2009/07/06

犬の散歩は三文の徳

コネタマ参加中: 教えて!あなたと愛犬のちょっといい話

Coco0906朝はハヨから「お散歩♪、お散歩♪、お散歩♪」

梅雨のために地面が濡れていて、散歩がしにくい。中型や大型の犬ならば、水たまりも気にはならないが、愛犬ココはトイプードルなので、水たまりは避けないといけない。

朝の散歩ではアジサイが雨にけぶって美しい。この間は四つ葉のクローバーを見つけた。今日はクチナシが芳しい。実家の梅雨時の庭の匂いがする。

今日、夕方私が美容院から戻るとお散歩を要求して騒ぐ。「お散歩♪、お散歩♪、お散歩♪」 しつけはあまり良くない。長女も次女もいなくなってから買ったので、ネコかわいがりならぬ、犬かわいがりで、しつけが行き届かない。いつも、まあいいかで過ぎている。前飼っていたコロ(マルチーズ)もしつけは良くなかったが。

教育に関わるものとしては良からぬことかもしれないが、かわいがって育てる実験をしているつもりなので、いつか良い子になると信じている。でももう8歳だ。

今日の夕方の散歩では3歳ぐらいの人間の女の子と5歳ぐらいの人間の男の子とそのお母さんとすれ違った。大きな声でおしゃべりしてた。

「小鳥がチヒロ、チヒロと鳴いてるよ」・・・・・・

なんてかわいいこと!と私は思った。そのお母さんはゆったりとしていた。男の子が「僕はちひろ」 「わたちはここ」と言う。「ええっ、ワンちゃんもココちゃんよ」 お互いに座って撫であう。ゆったりとした時間。「お兄ちゃんはアラタっていうの」・・・「そう3人兄弟なのね。」「いいですね!・・・・」

犬の散歩でかわいい子供たちに会えた。教訓!「犬の散歩は3文の徳」 私は子供が好きだ。

| | コメント (0)

コラージュ@不思議な花・木・魚

Kirihari09manamiKirihari09kahoKirihari09namiカッティングシートを切り、造花紙を張って平面を構成した。

ありきたりではない、不思議な花・木・魚というコンセプト

左からマナミ、カホ、ナミ。よく説明をして、不思議なというコンセプトも言ったのだが、どうしても、普通に普通にと考えてしまう子もいる。その意味ではこの子たちは材料を楽しく使って工作をした。始めはみんなありきたりの考え方をする。だってしょうがない、ありきたりの考え方をする方がみんなと一緒でとび抜けないでいられるのだから。日本の教育はそういう感じだからね。崩すのは大変さ!崩してからまとめ上げる。

おしゃれなマナミ、カホは犬の鼻が分からないと言ったので、隣の部屋に行ってココちゃんを見せて、ちょっとだけ舐められてから制作に戻る。ナミちゃんはマイペースで楽しんで切って貼った。

Kirihari09risaKirihari09ayanoKirihari09momoko左からリサ、アヤノ、モモコ。リサはこの下に切って貼ったものをカーテンのように造形紙で隠している。その接着がかわいらしい。性格もかわいらしいけど、時々茶目っ気たっぷりないたずらっ子になる。シートを小さく切ってあいちゃんの背中に貼ったりしてね!アヤノは細かいところから出発したが、全体も見て淡い表現をした、やはり性格が出ている。モモコは7月4日がお誕生日なのでまるでお誕生日のカードのようだ。最後に12のハートを貼る。 

Kirihari09kentarou ケンタロウは不思議なカメを作る。男の子は亀や魚を選んだ。その上に貼ってある黒いバックのもう一枚は切りくずを貼ったものだ。なんだか怪獣になった。私は抜け殻と言っていたけど。ケンタロウはそれだけじゃつまらないから地球を丸く作ったよ、と言う。今回のコラージュはスタートをそこから始めてもいいと思っていたが、ケンタロウの柔軟性はそこにある。どの子もあまり気づかない。そこをもう一度作っていく。伸びていってほしい彼の個性だ。私が彼の人生の道道にいて、応援してあげたい。がそうはいかない。

日本の梅雨の特徴が出た気候が続き、私自身あまり軽快ではない。

| | コメント (0)

2009/06/29

バラの花を描く@2009

Barashoukiいつも自由に絵を描き始める、ショウキ君。「先生!花瓶は好きな色にして良い?」「いいとも!」

宙を見つめて自分で想像しているショウキ君。彼の表現の自由さはいつも、何かに捉われていない時が自由でいられる時だと気がついた。今日はお相撲も野球もレストランでのお食事もない日のようだ。ゆったりと絵を描いている。彼がこういう自由に時間を使える職業に就けるといいなと思った。兄弟、姉妹が協力して、イラスト会社を創る。「寿造形社」なんてね。ショウキが社長。妹のレイカも一緒にイラストレイター。そして二人の妹さんが営業。そして弟君が副社長。お父さんはショウキ専用のパイロット。お母さんは総務。他人の家庭なのに子供たちが多いので勝手に想像させていただきました。ごめんなさい。

Barareika 妹のレイカはバラの花をクレパスで一生懸命描いていた。それよりも絵具で塗りこめていくことが好き。もしかすると油絵的表現が好きなのかもしれない。自分の中に渦巻いている情念みたいなものを絵具で表せることに満足している。レイカが入ったことでお兄ちゃんを刺激し、二人の絵が相乗効果を増している。

Baraayano アヤノは今回私がいつも使っている、顔料のマーカーを使って彼女流の丁寧な表現でバラを描き、ゆったりとした静かな時間を楽しんだ。私が女子美で作った、重くてきれいな水色の花瓶をデフォルメして描いた。私が想像していたとおりアヤノに向いた課題だった。アヤノも三人姉妹なので両親の子供たちへの方向性がはっきりしている。

Baramomokaモモカはまだ花瓶とバラをレントゲン現象で描いていた。それでもいいけどこの絵の感じでは花瓶をしっかり描いた方がいいと思ったので手直しさせる。バラの花弁はこの間の粘土の時に一枚一枚重ねるようにと指導したのを絵でも同じようにしなさいと言い、子供たちに描かせたのだが 、モモカはそれを丁寧に描く。下の縞模様と上の平方の線とのバランスが良い。モモカは前からバランスを大切にする絵を描く。

Bararisaリサはマーカーを使いたいけどバラのピンクが1本だと言ったので、では先生のピンクが少し違う色の感じもするけど使って良いよと言って渡す。ドイツに行って写生するときに使う私専用のマーカーだ。今回ほかの子でも使わせたが、「大切に使ってね、高いんだから」と言った言葉をよく理解して描いていたと思う。きっとおうちで大切に物を使うことを教育している。バックの群青、黄色と描いてから、どうしようと、考えていたので、同じようにすると重くて苦しくなるから、点とかで軽くしてみたら、と促す。結果としていい感じに描けた。リサちゃんもいい子でがんばっている!

| | コメント (0)

2009/06/28

銀座のウィンドウディスプレイと私の小さな一言

自分の仕事以外の時間がアウトドアのために設定されているので、銀座や六本木のおしゃれな場所に行くことは少ない。華やかな都会にいる自分が願望としてないわけではないが、山の中に向かって車のアクセルを踏んでいる自分の方がしっくりする。

Ginza0906 今日は昔、夫が一緒に仕事をした出版社の写真部の友人たちの集まる会に出かけた。いつも集まると昔の失敗談が聞かれて面白い。お酒の勢いでいろいろしゃべる。笑顔が昔の顔になっている。Ginza09a_2 その会の前に一人で銀座を楽しんだ。昔女子美に行っていた大昔、ウィンドウディスプレィの勉強にと、銀座に行った。松屋の展覧会の会場係りのアルバイトもしていたが。本当はデイスプレイの仕事がしたかった。親の言うことを聞いていた従順な時代だった。

Ginza09c ルイ・ビトンのバックは昔一つ持っていた。シャネルの香水は2種類持っていた。ブランド信仰は私にはない。でもココシャネルの生き方が良いと、プードルにはココと名付けた。御木本パールのデイスプレイの中に造形のスズメバチがいた。川上村で山小屋の周りでぶんぶん飛んでいたスズメバチを思い出した。

そう言えば朝日新聞のbeエンタの≪人生の贈り物≫で作家の髙樹のぶ子がこう書いている。

「年甲斐ってほとんど意識していない。私この年になっても構わずジ-パンはいてるし、ミニスカートはいてるし。年齢による括りではなくて、その人の個性であり、好みであり、そういうもので。だからエイジレスの時代になっていったほうがいいんじゃないですか。」 

「健康寿命はあるけれど、男でもない、女でもないっていう状態って、私不自然だと思う。・・・・・・・・恋心であれ、ときめきであれ、自分は男である、女であるって意識することはすべての感性に通じるものなので、それを閉ざしちゃったら、すべての感動も自動的に閉じてくる。・・・・・・・・」

私もそう思って銀座を歩いていた。お食事をする場所の≪がんこ≫に行く前に教文堂に寄った。「介護セラピー」、「祈りセラピー」(サンパウロ)という本と、「ドイツの根底にあるもの」蓮見幸恵(新教出版社)を買う。Ginza09d まだ、「不干斎ハビアン」釈徹宗(新潮選書)が読みかけであるが、仏教とキリスト教、それとドイツは一緒に考えたい。

アジサイの花が綺麗だった。アジサイはドイツでもホテルの玄関にあった花だ。オランダではオタクサという。シーボルトの奥さん、おたくさんの名前から命名したという。

こうして今年の梅雨もアジサイとともに進んでいく。6月30日が暦では夏越の祓だ。大祓は、罪と汚れをはらい清める神事で、6月と12月の末日行われ、疫病よけの茅の輪くぐりなどの行事が行われる地方もあると、≪こよみのページ≫に書いてある。私たちがドイツに行っている間に母が転んで救急病院に入院したり、その後介護施設に入ったりして1年がたった。

Ginza09b 銀座のアジサイは並べ方が西洋的だった。帰りにもう一度見たいと思ったが、もう置いてなかった。細かな雨が降ってネオンがチリチリしていた。マイケルジャクソン死亡のニュースや、日本の政治の恥ずかしい状態がある。私は自分のブログのカテゴリーの中に政治経済の項目について、書いたことは少ないが、母の介護や教育について考えるとどうしても、この現状が続くことは避けなければいけないと感じている。

今年、ドイツに行っていて、もし日本の政治の状態が映るテレビをみていたら、恥ずかしくて、どうしようもなかったことだろう。というよりは取り上げもされないかしら。だから良いってことはない。typhoontyphoontyphoon今、私の言える小さな一言。私のカテゴリーにはないかもしれないが。世の中が変な方向に行くのが判ってきたなら、それは反対しなければならない。本当の政治をしてくれる人たちに委ねないといけないと思う。

| | コメント (0)

2009/06/25

乾杯の時間と2009年の夏至

Kawa0906kanpaiドイツの夏が思い出される今日この頃、川上で夏至を迎えた。昼と夜の長さが同じだった春分から3か月が過ぎて、昼が一番長い日が夏至だ。

ドイツに行かない分、思う存分川上村の山小屋の畑で農作業が出来るかと思っていたが、やはり空いた時間は母の介護の仕事が待っている。世田谷の老人保健施設に入っているので、若い介護士さんが身の回りを世話してくださるが、季節が変われば下着の替えも必要で気持ちが休まることはない。

そこでブログの更新もやる気が失せていた。それでも、私がいつも見ているブログの大先輩の記事の中に食事と掃除はグローバルなテーマ(言い方は違うかの知れないが、そういう意味にとらえた)と書いてあったので、書く気が少し出てきた。

川上で作った乾杯のおつまみは大したものではないが、新玉ねぎのステーキだ。ものは言いようで、フライパンに玉ねぎの輪切りを入れてオリーブオイルをたらして焼くだけ。それにビールで乾杯にした。奥に見えるのは赤カブ。今がちょうどいい育ち具合。ベランダで乾杯をして室内に戻る。気温は15度。

畑はルッコラが生い茂り、朝のサラダで堪能できる。イタリアンパセリは薹が立ってきた。大根はまだまだ成長が遅い。モロッコ菜豆は種が悪かったのか芽が出たのは4本。もしかすると山鳩に食べられたかもしれない。小松菜も密生している。あとりえの子供たちに分けてあげよう。迷惑かな? じゃがいもは前回芽を搔いたのですっきりしているが、これからの本格的な梅雨の気候で、蒸れが心配だ。そこで畑の周りの草刈りをしっかりした。ブルーベリーが花をつけていないことを花松園で聞くと、どうも、ミントの茂りすぎが原因のようで、アップルミントを雨に打たれながら取り除く。ミントやオレガノの傍の草刈は贅沢な仕事だ。いい香りの中でできる。

室内の片づけもした。私の相棒があまり片づけを積極的にはしないので、いつも「増殖する芳州ちゃん」と言いながら私が片付けまくっている。私も川上には昔読んだ漫画「あさりちゃん」を置いていたりする。今回自宅の方を整理して、「ブラックジャック」を持ってくるつもりなので、その場所を作った。すっきりした。

夏至という言葉が好きだ。小さい頃にいくら遊んでも遊んで居られた。夕闇になり母に呼ばれて帰ったあの頃。「惠子ちゃん、御飯よー」。 今まだその言葉は母に頼めば、言ってもらえる。

| | コメント (2)

2009/06/16

二人絵・コミュニケーション絵画を描く

今回、初めて子供たちに二人で描く、「二人絵」を描かせた。

始めにAちゃんもBちゃんも一つのマジックを持って線を描いていく。その線が交差してできる陣地(子供に分かりやすくそう教えた)を≪面≫というと伝えた。そして、3分ほどしてその線だけの絵を二人が交換して、できた面を塗る。つまりAちゃんが描いた線だけの絵をBちゃんが塗る。そしてBちゃんが描いた線だけの絵をAちゃんが塗る。

今まではこれと同じやり方で線も面も一人の子、Aちゃんだけで描いていた。今回は交換することで自分が描くのとはと違う構図になるので、子どもたちは少し緊張し、たくさん期待して、いつもと違うことに動揺して描き始めた。どの子もいつもの倍ぐらい楽しんで描いていた。不思議なことに大倉山より希望が丘の方が絵画的には美を感じるものが制作できたように感じた。それは私がこの≪二人絵≫を指導して二日目ということもあるかもしれないし、希望が丘のほうが長いこと通っている子が多いのと、少人数なので結束力があるかもしれない。そして子供たちは二人で描くことによる言葉や文字ではない絵によるコミュニケーションを楽しんだと思う。きっと心の中に友達から受取った線画を大切にしてきれいに表現しようとしたのだとも思う。

Hutarieharuki

HutariekentaHutariekentarouHutariemizuki_2左からハルキ、ケンタ、ケンタロウ、ミズキ。(大倉山教室)

Hutarierisa_2

Hutariekanon

Hutariekanon_2

Hutarieayano_2

左からリサのみ(大倉山)、カノン1、カノン2、アヤノ(希望が丘)

Hutariemomoko

Hutariereika

Hutarieshouki

Hutarieyui_2

左からモモコ、レイカ、ショウキ、ユイ(希望が丘)。

予想通りこれは画期的なことだと思う。これからは学校の授業にも≪二人絵≫として図画の授業に取り入れられる日があるのではないだろうか。もしかすると道徳の授業に取り入れられると良いかもしれない。子供たちが口から出す言葉でもなく、字を書いて文にするのでもなくて、絵でワイワイ仲よく、これはロボットみたいだねとか、お魚みたいね、とか笑いながらコミュニケーションがとれるならばとてもいい。でもその中に、友達を苦しめようとする気持も入り込む余地はあるかもしれないが。

12枚の作品の真ん中の2枚は希望が丘のカノンちゃんの作品だがカノンちゃんのママは福山雅治のファンでよくコンサートに行っている。カノンちゃんも一緒に行く時もあるそうだ。そのせいとは言えないが、何気に作品にセンスがある。そう言えばこの間の日曜日に、TOKYO FMのSUZUKI Talking FM では福山雅治さんがコンサートに来る親子のファンの方は入場料が大変で、申し訳ないとも有り難いともと言っていた。でもママが好きな音楽を聴きに行くのもいいし、そのママの張り切りぶりを見る子がいるのもいいと思う。パパはちょっと大変かな? このカノンちゃんの絵はCDのジャケットに使われないかなー。(ふふふ、さすが先生おばさん発言でした。)

こうしてこの≪二人絵≫は大変良い成果をもたらしました。相変わらず、私の児童美術への新しいチャレンジは学術的裏付けがないので迫力に乏しいが、長年培ってきた勘の冴はあるのでいつか、日の目を見ることもあるでしょう。どちらにしても日本や世界の子供たちが絵を通じて楽しいことができるといいなあと思っているKEICOCO先生なのです。大きいこと言いすぎですね。まあ少なくとも、大倉山と八ツ橋幼稚園の両教室の子供たちが楽しい絵が描けるといいなあと思っているのです!

| | コメント (2)

2009/06/09

小鹿のバンビとアリの歓迎

090608d6月の緑は何物にも代えられない美しさがある。葉の色と空気の緊張感が生まれたばかりの小鳥たちのさえずりを金色の音符に変えてしまう。

その中で私は畑の土を耕し、ジャガイモの芽掻きをし、黒い土を盛り上げ、収穫の日の料理の味を思いながら、うっとりと自然と一体化していた。

そして今回はじめて川上へ来た友人が畑の脇にいた鹿を発見した。私たちがいる場所から8メートルほどの所に小鹿を見つけた。未だかつてなかったことだった。小鹿は1分くらいの時間動かずにいた。痩せた小鹿だった。090607a

090607c

パエリヤと鶏肉、レバーの燻製が今回のおもてなしだった。あっ、塩を忘れた、なんてことはなかった。その夜のデイナーをみんなで食べているときに天井からアリが落ちてきた。始めは1,2匹と思っていたら、足もとに結構いて、お客様も一緒にアリの巣探検!そのうち、アリキンチョールを玄関の壁の穴にシュー!

芳州さんも「こうなったら外に出てやる鹿ない!?」と言って懐中電灯とアリキンチョールを銃のように持って夜の闇に出て行った。待つこと10分、サンダース軍曹は戻ってきた。その後、アリは数えるほどに減った。やーほっとした。

アリと鹿で小学校時代に見た映画を思い出す。一つは以前もブログの中で書いたが「小鹿物語」。もう一つは題名が思い出せないが、ボートに乗っている人がアリで真っ黒になるのだったが。思い出したらまた書きます。≪6月9日記:黒い絨毯でした≫川上ではそんなことはありえないけれど。

090608b

6月の風は爽やかだけれど、梅雨の前後のアリの登場がよくある。それにしても初めて川上にきた友人は鹿とアリの訪問を受けたわけだ。私たちはそのあくる日、友人たちを清里まで送り、戻ってきて野辺山のビックリ市で南高梅を買い、所定の約束どうり漬けてみた。きれいな黄色い色だった。ちなみに我が家のベランダの日除けも黄色。テント用のフライシートを使っている。黄色は紫と同じくらい私の好きな色。

≪6月9日記≫昨夜川上から4時間かけて戻りこの記事を更新していたので、疲れと眠気で誤字が多く失礼しました。そう、ブログって時々、なぜこんなこと書いているんだろうと思うこともある。この時間早く眠って疲れをとればいいのに、パソコンに向かってしまう。その答えは分かっているけれど、今、うまく言えない。

| | コメント (0)

2009/06/08

観葉植物を描く

私は室内の中に緑を多く取り入れて暮らすのが好きだ。手入れはあまり良くないがベランダにも植物を育てている。食用になるルッコラも、赤い花が咲くゼラニウムも、カボックもある。子供たちに描かせた植物は近くの園芸店・ヨネヤマプランテーションで揃えた。今回は予定では大きな葉の観葉植物にするつもりだった。ところが、スケッチブックに描くため大きい葉は子供たちが困りそうなので小さい葉の植物にした。

Shoayano

Shomanami

Shomomoko

左からアヤノ、マナミ、モモコ。

絵画教室だからモチーフをしっかり観察して、丁寧に描写することも大切だけれど、グリーンのある暮らしが大切という、生活を楽しむライフスタイルを教えることも重要だと思っている。それぞれの家庭でも実行していると思うが。

Shoriho

Shorisa

Shoshouki

左からリホ、リサ、ショウキ。

アヤノちゃんは丁寧に写生したが、ショウキは植物の茎の曲がりに沿って着色してハートが出来上がった。

マナミ、リサは籠が気に入って描いた。モモコは描いているうちに何となくハワイっぽくなった。小さい時からの経験がなんとなく絵に出てくる。ハワイに家族でよく行っていたからだ。大倉山の子たちは絵を描き終わると外の原っぱで団子虫を捕まえに行った。希望が丘の子は絵が描き終わると、日がまだ燦々と差し込む廊下でボール遊びをしていた。学校がしばしの間落ち着く時期だ。成績とは関係ないゆったりとした制作の時間が子供の心を育てている。

次回のあとりえもいつもと違う楽しいことをする。子供たちに説明すると、聞いているうちに意欲が出てくる子も何人かいた。それを一週間、待つ。待つというのは結構大切な時間だ。パンだって、お酒だって干し柿だって、美味しくなる。

|

2009/06/01

谷川俊太郎の詩・いろはにほへと・を描く

TanigawakanonTanigawakentaTanigawakentarou

              

             

谷川俊太郎の詩、「いろはにほへと」を私が読み、それを描かせた。作品は左からカノン、ケンタ、ケンタロウ。

いたいくりのいが  ろぼっとがころんだ  はくしょんくしゃみ  にじにさわりたい  ほろあなくらい  へたでもへいき  ときどきおねしょ  ちきゅうもおほしさま  りっぱなうんこ・・・・・・・・・・

ここから先はどうも著作権にかかわるといけないので、消します。あとは詩集を買って読んでね。 

この3人の作品はアイデアがほかの子と少し違った視点から出発しているので選択した。そして全体の絵としてまとまっている。カノンのテーブルの上のものはハンバークかと思っていたが下手でも平気な絵のようでもある。 ロボットが転んだは描いた子もいたが、くしゃみや眠らない目玉焼きを描いた子はいなかった。カノンはどちらかというと、細かい表現が多く、それが今まではうまく描けなかったので面白みに欠けたのだが、このごろほかの子との視点の違いがはっきり出てきたようだ。

ケンタはたんぼにかかしだけを描いたのだが全体として樹木が大きな位置をしめて夢でも見ているような絵になっている。大きくクリックしてみると筆のタッチの至らなさが見えもするが、絵として面白い。アクリル絵の具でキャンバスにこのレイアウトで描いたらいい絵になると思う。夏休みにもう一度描いてみようか。健太!

ケンタロウはかかしが表情を出し、またロボットも動きを出していて、こういう絵は得意だ。

ほかの子も面白く描いたがこの3人は特に自立した感じがあったので取り上げてみた。ひいきはしていないがこういう表現になるとどうしても自分を持っている子の方が強い絵を描く。谷川俊太郎さんの詩を読んで絵を描くのは「あとりえ・チビッコ」が昔からしていることだ。よく≪うんこ≫ が出てくる。子供たちはやはり絵を描きながら言っていた。「描けるけど描いちゃいけないよね、何だか嫌だよね、お母さんに怒られちゃうよね」 などなど!

そういえば今から18年前ころに公則くんが来ていたが、彼はどうしているだろう。谷川俊太郎の「えをかく」を展覧会で描いて、すばらしい作品だった。 谷川俊太郎は創作の感性、特に子供たちの感性を刺激する詩を書く人だと、私は思っている      

| | コメント (0)

2009/05/31

私の大切な言葉

コネタマ参加中: あなたのTOUCHING WORD(大切な言葉)を教えてください!

小さい時に、プロテスタントの教会の日曜学校に行っていた時、牧師さんが聖書の一節を教えてくれました。「今日の苦労は、今日にて足れり、明日はまた自ら思いわずらわん」です。

いままで、幾度となくその言葉を心の中でつぶやきました。私は幸運にもいろいろな人に守られて生きてきました。ほとんど苦労もなく過ぎてきましたが、その言葉が出る時はもう本当の苦労が過ぎ去って平穏になっている時なのかもしれません。

|

今日はクリント・イーストウッドのお誕生日

昨日、「グラントリノ」を観た。クリントイーストウッドの演じたウォルトについて、若干書いてみたが、どうもまとまらない。結局は彼の作品を観ていないからだとわかった。それも含めて書いたが、なおのことまとまらない。

ただ、今日はクリントイーストウッドの誕生日なのでどうしても、その跡を残しておきたかった。お誕生日おめでとう!

Happy birthday to Clint !

|

2009/05/26

スイーツ・デコは面白かった

Deco2Deco3Deco4樹脂粘土を使った最近はやりのスイーツ・デコの指導に挑戦した。子供たちの制作過程の予測は試作したことと、だいたい合っていた。つまり超大変てことだった。

「大変なことになりますよ!」と言って、子供たちに手順を話す。およそ無理なこともあった。もっと簡単な状態にして作らせるべきとも考えてもみたが、あえて、本当のショートケーキを作る工程と同じにして作らせる。つまりショートケーキのスポンジの段の間にイチゴの欠片を入れて、またスポンジを載せて作った。

食いしん坊のケンタが模造のチョコを舐めていた。ほらほら食べちゃだめよ!バラの花は子供たちにできるだけ作らせた。こうして粘土細工を作ることで、多少とも物事は一朝一夕にはできないことを教えたかった。でもほとんどの子はそれは分からなかったと思う。だがヒナタはそれをすぐに分かった。Deco5

「先生はこっちに来てイチゴのことを教えて、向こうのケンタに別のことを教えるの大変だよ。すぐにはできないから。」 ヒナタは3人姉妹の真ん中だから、家の中でもいろいろ我慢をしていることもありそうで、小さい時から客観的に人間関係を言う。だから、今回の工作も一応の手順を説明してあげると、理解力は早く良かった。それだけでなくおうちでの育て方もお父さんの協力が良いように感じる。ママの手伝いや子供のおけいこごとの送迎も時々手伝ってくれるようだ。日本中のお父さんがヒナタのパパのようだったら、いい子がいっぱいになって少子化でも日本は乗り切れるんじゃないかと思う。

小さいイチゴを作り楊枝に挿し乾かし、粘土にバラの色の絵の具を混ぜ煉り、花びらを作り、バラを組み立て、別の粘土でカステラを作り、クリームを絞り出し袋で出し、イチゴの欠片を入れ、飾りのクリームで絞り出し、飾りは自由にトッピング。ビンの飾りも自由にトッピング。細かいチョコやナッツの欠片はあいか先生が作っておいてくれました。

今回1年生から6年生まで、手順が分かるように説明する。これって子供が好きじゃないとできないよね!うんうん!もう一人の自分が言う。「よーくがんばりました!ごほうびにこれ食べていいよ!」いえいえ、ご遠慮させていただきます。やっと3週間で変なにおいが消えました。見た目とは大違いです。でも子供たちの中では楽しい記憶になること間違いなし。カノンちゃんがまたこの工作やりたいって? 先生、考えさせていただきます。

|

2009/05/17

おいしいものを食べること、作ることへの感謝

Hatiku中央道の須玉インターを降りてすぐの所においしい市場がある。今回、野菜の苗を買いに寄り、ついでに野菜も買い求めた。

細い筍を買ったが、ラベルにはハチクとあった。ハチクというと、ハチクの勢いを考える。それは辞書で調べると「破竹」とあった。竹は一節目を割り切ればそれから先は何もしなくても力を入れるだけでスーッと切れるのを破竹の勢いという。

ではこの筍のハチクはと調べると、淡竹とあった。中国原産で、関東以南で採れ、高さ10メートル、直径3~10センチになる大型の竹。たけのこの皮が淡紅色で斑紋がないことが普通のたけのこと違うそうだ。茹でるためにタケノコの先を斜めに切ると外側の葉が強いので何枚かを取り、糠を入れた湯で茹でた。見た目ほどあくはないが、タケノコらしい香りが強かった。庭の所々で生えていたワラビは採ると10本ほどになったので灰で茹でてやはりあく取りをし、タケノコと一緒に醤油、みりんで煮て、酢飯の中に入れて筍ごはんを作る。裏の山椒の葉が若葉で、いい香りなのでそれをかなりの量ハラハラと散らした。見た目にも香りも食べてもおいしかったが、デジカメ撮らず。いつもそういう時は夢中になって食欲に勝てず、デジカメと撮れず。

今日の天気予報が雨だったので、昨日は畑仕事を一心にした。連休にやり残した種まきを主に、苗も少しだけ植えた。獅子唐、ズッキーニ、レタス、グリーンボールの苗を植える。山側から大根、赤カブ、ターサイ+小松菜、ルッコラ3分の1+レタス苗。ブルーベリーのそばにズッキーニの苗1本、ミントのそばにもう一本ズッキーニ。なんで、こんなに遅くになって苗を植えるのかと言えば、ここは標高1400メートルで高冷地農業になる。今から10年前ぐらいは4月下旬でも地面が凍っていた。この頃は温暖化でだいぶ暖かになってきたが、それでも五月の半ばまでは遅霜の心配がある。Siitake

知ったようなことを言っているが、本で読む知識ではなく、身体で分かってきたことだ。だからといってこの栽培したものがすべて収穫できるかと言えばノンノン!sunrainthundermoon3  自然は厳しい待ってもくれず、丁度の時にいなければ育ちすぎたり、折れたりと、難しい。そういえばシイタケも取れた。古いホダ木から結構出てきた。

こういうことをしてるのはお百姓さんへの感謝の気持ちを育てるためと言って良い。

ところで最近、私のブログには大人過ぎるコメントがあるので当分の間コメント欄を閉めさせていただきます。

|

もう一人の自分@2009年版

私があとりえ・チビッコのブログをはじめて4年半が経った。ブログを作ったばかりの頃に何気なく課題にした≪もう一人の自分≫が結構重要な意味があると気付いたのはネットを通してだった。

今回2009年版の≪もう一人の自分≫を子供たちに描かせた。ちなみにその2004年の10月25日の記事をここに載せたい。

色画用紙に自分を描き、その自分を切り抜いて、抜けた紙に、もう一人の自分を描くというのが今日の課題。怖い目とかわいい目の自分。昔と今の自分。夏と冬の自分。笑っているのと驚いている自分。派手な自分と地味な自分。ひげやかつらの付いた自分。いろいろな自分が描けました。智奈美ちゃんが描いたのは、「朝の自分と夜の自分」です。
PA130015.JPG

今回、私は子供たちの作品を撮ったデジカメをウェブ上に載せるためにじっくりと作品を見ていうちに胸がいっぱいになった。子供たちの置かれている状況が読めてくるからだ。芳州先生は泣いている私にこう言った。

「もう一人の自分か、でもね、僕たちの子供のころは、周りの大人は子供たちの日常を何も気にしなかった。今は教育的な配慮や、社会も進んで余裕があるからね。いろいろ解明されていることもあるからね。君がやさしいいい先生だってことだよ。 」

この助言を私があえて言いたいわけでも、子供たちをことさら取り上げてその家庭環境を言いたいわけでもない。しかし、絵を通して言えることがいっぱいありそうなことはいつも確かだ。そして4年半前より私自身がいろいろ勉強できたことがあることがわかるのもちょっとうれしい。いや、うんとうれしい。

Mouhitoriharuki

Mouhitorihinata

Mouhitorikaho

Mouhitorikanon

左からハルキ、ヒナタ、カホ、カノン。

Mouhitorikenta

Mouhitorikentarou

Mouhitorimanami

Mouhitorimomoka

左からケンタ、ケンタロウ、マナミ、モモカ。

Mouhitoririsa_2

Mouhitoriyui_2

Mouhitoririho

Mouhitorishouki

左からリサ、ユイ、リホ、ショウキ。

こうして子供たちはもう一人の自分を描いた。犬や亀や金魚を飼っている自分、そしてたくさんのスポーツをしている自分、きれいなお洋服を着ている自分、月に行っている自分、自分で作ったテーマパークで遊んでいる自分。

先生に教えている自分、元気な自分、表彰台に乗っている自分。運動会でがんばっている自分。巨人軍でがんばっている自分。子供たちには未来の自分じゃなくて今の自分を描いてね、と言った。その言葉を聞いて子供たちが頭の中で考える時間を持ったことも大切なことだ。

そして、本当は子供たちの置かれている状況など話したいこともある。ただ、この記事を書きながら、子供たちが通っている横浜市の大綱小学校の標語を思い浮かべた≪気にしない、君がみんなとちがっても≫ 子供はいつも気にしないでマイペースだ。気にしすぎることこそ、おかしいんだ。そう戒めねばならない。ただ、指導するものはそれだけではダメな時もある、意識下の意識と言うか。深い配慮が必要のような気がする。

Mouhitorireika_2

左は新しく入ったレイカちゃんだ。ショウキの妹だ。この課題が気に入ったのか、夢中で描くうちに、指で絵の具を付けて描き始めた。汚れることも気にせずに。 また、最近お兄ちゃんが集中しないでいたがお母さんに聞くと、自分の気になることがあると早く絵を描いて帰ろうとするそうだ。そこで、「がんばって描かないと、お絵描きをやめさすわよ」と言ったところ、「それは絶対いや」と言って、今回は集中できたのだと言う。レイカちゃんのペースに兄としての自覚が促されたという気もする。

ところで、最近は運動会を春にすることがほとんどのようになったようだ。私は昔4年生の時に腎臓病になり、半年近く学校を休んだのだが、その後の運動会は駆けたくても駆けられず、よく見学をしていた。ユイちゃんの絵を見てその時の気持ちを思い出してしまった。

2009年版の≪もう一人の自分≫は子どもの頃の心を思い出すような作品でした。

|

2009/05/14

今日は何の日?温度計の日

Tak1 昨日のおけいこ日には3日遅れの母の日の花束をあいかから貰った。アレンジを大倉山駅前のデルフィで頼んだが、私の好きな花、ブバリアと黄色のバラとガーベラに黄緑のカーネーションが組み合わさっていた。

今日は暦のページによると、温度計の日だそうだ。そして今日は私の弟の60歳の誕生日だ。

小さい時はお友達を招いて良くお誕生日をしたが、大人になってから落ち着いて誕生日を祝うことなどなかった。母の介護で頻繁に連絡が必要になり、今回はお誕生日をすることにした。還暦でもある。今弟は新しい仕事のプロジェクトを立ち上げている。うまく成就してくれればと応援の気持ちもあって、今日は私もあとりえが終わったら、急いで都心に出かける。

思い出せば、私は弟をとてもかわいがった。でも母に聞くと、弟が生まれたばかりの頃に寝ている弟の耳にかみついたことがあるそうだ。それは私が2歳の頃のことだから覚えていない。でも正直言っていつも弟を、母に可愛がられてうらやましいと思っていた。若干の激しい気性はそのころあらわれていたともいえる。

今朝犬と散歩しながら、自分の記憶をじーっとたどっていったら、胸の奥の方にそんな記憶のかけらがころっと、石けりのかけらのように出てきた。良く見るとそれはうちの実家の前でしていた≪いっけにけ≫の時のお気に入りの石のかけらのようでもある。

たぶんそのかけらのことが今日の会での話のネタの一つになるだろう。それよりも、きっと、弟の大事にしていたボブディランや、ジョーンバエズの話になるのかもしれない。いやーそれよりは海外での連戦練磨の民間外交の話でしょうか。それとも慶応経済学部の話でしょうか。麻布中高の友人たちの最近のことでしょうか。予約したレストランAが音楽が流れる素敵なところなので私も楽しみ。

| | コメント (0)

«連休と蟲師と人の命