バベットの晩餐会

バベットの晩餐会

19世紀後半のデンマークの漁村にプロテスタントの牧師を父に持つ姉妹は出会った男たちとは結ばれず時が経つ。フランスパリコミューンの革命で父と息子を殺された調理人バベットは逃れてその姉妹のもとにどり着く。教会を中心に漁村の人々は信仰熱く暮らしていたが年を経て気短く怒りっぽくなる。バベットはくじに当たりその資金を使って牧師の記念日のために晩餐会を催す。隣人である村人たちは美味なフランス料理とワインを心から楽しみ、次第に敬虔な信仰心を取り戻していく。デンマークの漁村、プロテスタントの奉仕の精神、年老いていく中での気持ちの持ち方などがそれぞれの言葉で編まれていくのが心に沁みた。

一軍人から将軍となった年老いた男の言葉より

「慈悲や心と真心が今やひとつになった。正義と平和が接吻を交わすのだ。心弱く目先しか見えぬ我らはこの世で選択をせねばならぬと思い込み、それに伴う危険に震えおののく。我々は怖いのだ。けれどもそんな選択などどうでもよい やがて目の開く時が来て我々は理解する。神の栄光は偉大であると。我々は心穏やかにそれを待ち感謝の気持ちでうければよい神の栄光は等しく与えられる。そして見よ 我々が選んだことは全て叶えられる。拒んだものも捨てたものも取り戻せる。慈悲に心と真心がひとつになり正義と至福が接吻を交わすのだ」

映画の中で語られる言葉だが見てない人は漠然としていると思われるだろうが、映画を見れば理解できる。別れてからもずっと思い続けていた。これからも天に召されてもそうであると。

原作はデンマークの紙幣にも印刷されているカレン・ブリクセン

Img_0241

| | コメント (0)

2025/11/09

演劇「アイノカタチ」を観て

昨日は神奈川県立青少年センタースタジオHIKARIで演劇「アイノカタチ」を観てきました。

急な紅葉坂を歩き会場に入るとそこは日常とは別の世界です。昭和の歌謡曲懐かしのメロディが流れる中、開演のベルがなります。横浜大空襲の場面から始まりました。音響は大迫力です。登場人物の相関関係は事前に読んでおきました。どうも結婚するらしい。そして会場狭しと踊る演者たちの表情は明るい。横浜の70年代の若者の様子がフラッシュのように演じられていく。

特に山本リンダの「狙い撃ち」「どうにも止まらない」があの頃を象徴しているように思い出された。聞くうちにいつのまにか眼から涙が出てきた。あの頃テレビを見ながら父母と楽しく談笑したことなども思い出し。

私はいつもの読書の習慣から、その作品の趣旨や言いたいことは何なのかなど理屈で考えがちでしたが、演劇とはイメージで観るのだと気がつきました。全体を覆っているイメージを感じ取ることが快い感動を生むと思った。


私は11年パーキンソン病の夫の介護をしています。長野八ヶ岳の山小屋ではその病に良いと言われるカラオケを用意し歌った。ただ相棒はカラオケが嫌いなのではじめは小学校唱歌や童謡、ドイツの歌で試みました。ところが私は実は昭和の歌謡曲ポップスも好きだったので、私がハマり色々相棒に披露しました。上手いと言われた時もありました。2人で良く歌ったのは「ヨコハマたそがれ」

そのような経緯があって今回の山本リンダは感動したのです。


一緒に行った長女と帰りの坂道で「演劇を見ることで自分の感じる部分に触れて感動するのが良いのよ。」と鑑賞好きの彼女は言ってました。なるほど!


私は入院している相棒の精神的介護は続いています。全く寝たきりの相棒の手をさすりながら、ひどく泣きたいこともあります。結構我慢していました。昨日はその悲しみの関所が色々な場面、《コウロギ》《シャンソン》《どうにもとまらない》《カメラ》《横浜が見える時間》などの場面がデジャブになり、自分と相棒の人生に素直に感動し、涙が後から後から出て止まりませんでした。


因みに主役であった豊田豪さんは我が相棒、豊田芳州の従兄弟のご子息です。このような演劇のお仲間《劇団Q》とのご縁を大切に、これからの益々の活躍を祈っています。

感動をありがとう!

Img_4507

| | コメント (0)

2025/10/27

映画「ぶあいそうな手紙」を観て

Img_4446_20251027110201



ブラジル南部、ポルトアレグレの街。エルネストは
78歳の独居老人。隣国ウルグアイからやって来て46年。頑固で融通がきかず、本が好きでうんちく好き。老境を迎え、ほとんど目が見えなくなった。もうこのまま人生は終わるだけ。そう思っていたある日、一通の手紙が届く。差出人はウルグアイ時代の友人の妻。エルネストは、偶然知り合ったブラジル娘のビアに手紙を読んでくれるように頼む。「手紙の読み書き」のため、一人暮らしのエルネストの部屋にビアが出入りするようになるが……それは、エルネストの人生を変える始まりだった。

映画「ぶあいそうな手紙」公式サイトより一部引用

 

自宅を見にきた不動産購入者が帰った後、息子が「家を早く売って」と言う。エルネストは「お前が決めるな」と言う。この場面から映画は始まる。

彼が抱えている目の不自由さはいろいろな場面に出てくる。薬を一粒落としても他の何錠かを捨てて新しくセットしないといけない。紙幣を家政婦に渡してもまた確認する。家を出て垣根や塀を手で触ってレストランに行く。目は見えないが色彩は分かるので50レアル紙幣と20レアル紙幣を銀行で赤と青の小袋に分けて入れてもらっている。目は見えないが年齢相応の賢さはある。。

上の階の住民の犬の世話をしているビアと知り合ったエルネストは目が不自由なので手紙の読み書きを頼む。友人の妻からの手紙の読み書きを手伝うピアとのやり取りを家政婦が心配する。郵便局員がエルネストのお金の出し入れを心配する。隣に住む同年代の友人ハビエルとは朝の新聞のシェアをして良い距離で付き合っている。2人がチェスをしながら血圧や血液検査のH ba1cPSA(前立腺の値らしい)、クレアチニン、などの数値を言い合っている。

友人の妻ルシアは夫が亡くなり手紙を書いてきた。そのやり取りは若い出逢った頃を想像させる。

ピアは手紙の読み書きを手伝ううちに、エルネストの才能に気付いたようだ。ピアは本が好きだ。しかしお金のことではずる賢いやり取りもする。エルネストも金銭などのやり取りは騙されぬよう考えている。ボケてはいない。

ピアの仲間との夜の集会でエルネストは詩を読む。そして踊る。独居老人だったエルネストに青春の光が差し込んでくる。ビアがエルネストにルシアからの返信を読む時が私もエルネストになったように嬉しい。そしてルシア宛のエルネストの手紙も心打つ。

隣人ハビエルは妻が急死してしまいサンパウロに住む娘と暮すことになる。そしてピアは金が必要とエルネストに言う。彼女には悪い男が着いている。ビアは孤独を埋めるためだったとエルネストに言う。エルネストは水道の工事費と偽って息子に金を頼み込む。息子はエルネストの様子を見に来ながら金を届ける。工面してもらった金をピアに渡す。そしてピアは「別のところに住む」とエルネストに別れを告げる。そしてエルネストも旅の支度をする。

ビアに書いて貰った最後の手紙を息子ラミロが読んでいる。そしてエルネストは………

 

2019年のサンパウロ国際映画祭で批評家賞、同年のウルグアイ・プンタデルエステ国際映画祭で男優賞と観客賞を受賞した[3]。オエターノヴェゾールの名曲が素敵。

| | コメント (0)

2025/09/19

映画「イル・ポスティーノ」を見て

イル・ポスティーノ

チリの政治家であり、詩人のパブロ・ネルーダは亡命してイタリア、ナポリ湾の島に移り住む。たくさんのファンレターが届き、島の若者マリオがその郵便物を配達をすることになる。ネルーダは妻を愛し時にはタンゴを2人して踊っている。その様子を垣間見ながらマリオは詩が書けたらいいなと思い始める。詩が書けたら女性に愛してもらえる。郵便を配達しながらマリオはどうすれば詩人になれるかネルーダに聞いた。

「入江に向かいゆっくり岸を歩きなさい。この島の辺りは海そのもので絶えず溢れ出る。いいと言い、いやと言い、いいと言い、またいやと言う。青い波と泡の動きの中でいやだと繰り返し静かにしていない。私は海と言いながら岩にすがる。でも岩を口説けない。」

海辺でネルーダはジョルジョに伝える。

「7匹の緑の虎、7匹の緑の犬、7匹の緑の海で、岩を撫でくちづけをしぬらす。我が胸を打ち、名を繰り返す」ジョルジュはネルーダに言う。「変だ。変な気分になった。言葉が打ち寄せて海のようになった。」

ネルーダ「それがリズムだ。」

ジョルジュ「船酔いになった。なぜか説明できない。でも感じた。まるで言葉の真っ只中で揺れる小舟だ。」

ジョルジュ「この世界の海や空や雨や雲や世界全体が何かの隠喩になっているのですか」

 

ジョルジュは酒場で働くベアトリーチェを見初め恋に気づく。

「君のほほえみは羽を広げた蝶だ。君の笑いはまるでバラだ。鋭い槍溢れ出る水。」

そして次から次に熱い詩を贈る。

ネルーダはジョルジュを詩人として認める。

ジョルジュの詩をベアトリーチェが受けてネルーダが介添人となり教会で結婚式をする。

その日にネルーダの亡命が解除されてチリに帰ることが決まる。

 

そして5年の月日が経ちネルーダが島に再びやってくると男の子がいる。ジョルジュはいない。

この物語の中心の言葉は「隠喩」でもある。亡命してきた詩人と郵便配達人との友情。

ジョルジュ役のマッシモ・トロイージはこの撮影終了12時間後に心臓病で41歳の若さで夭折したと言う。ネルーダ役はニューシネマパラダイスのヒィリップノワレ。

 

詩ができるまでの精神の高まりが隠喩で表現されるのが勉強になった。ジョルジュは彼女への愛を詩にしたがその愛の気持ちを永遠に持ち続けることは日常にあっては難しいと思う。私も若い頃は詩も書いたが、最近では日常が白い波も青い海も遠くに押しやり、詩情を感じにくくなった。歳をとったからかもしれない。別離が目前に現れたら詩が思い浮かぶかと思うがそれも無理だ。詩は愛が押し寄せる時でないと浮かばない気がする。

イルポステイーノ!いい映画でした。

| | コメント (0)

2025/08/24

「法医学者マダムエール」に「アストリッドとラファエル」

Amazonプライムで「法医学者マダムエール」14話<目には目を>を見ていたら、「アストリッドとラファエル」が登場して来たのでビックリ!

同じ🇫🇷フランステレビドラマなのでこの回だけのクロスオーバーにしたようだ。金庫の開錠に眼球を使うという設定にも驚き、お料理をしようとして玉ねぎの瓶詰めに👀が入っているのを見たおばさまが卒倒!


<アストリッドとラファエル>

パリの犯罪資料局で働いているアストリッドは自閉症ではあるが警官だった父親の影響を受けて犯罪捜査の知識を並外れて持っている。アストラッドの論理的で几帳面な謎解き型捜査方法に対して思いつきと猛進する捜査方法でおおらかな警視正ラファエルはベストなコンビだ。

<法医学者マダムエール>

フランスのボルドー法医学研究所に勤めるアレクサンドラ・エールは、“遺体は真実を語る”がキャッチフレーズの、有能で変わり者の法医学者。真相究明のためなら解剖室の外に飛び出し、身分を偽って事件関係者に聞き込みをしたり事件現場に潜り込んだりして、兄である刑事のアントワーヌを困らせている。


この「目には目を」の特別コラボはこの回だけのようだが2倍の面白さがあった。

また2つのドラマはフランスの地を感じさせる撮影が楽しい。そして特にマダムエールのスタイリッシュでカラフルなファッションは参考になりました。

<アストラッドとラファエル>はもう終了しているのが残念ですが、ラファエルが最後に殉職しているのでもう復活しないでしょうね。この<法医学者マダムエール>で再び会えて嬉しかった。

Img_0835

| | コメント (0)

2025/08/15

エコドキュメントというツール

昨夜テレビではNHK「ドキュメント太平洋戦争1941 開戦」をやっていた。4年前の再放送だった。戦争中に生きた兵士や一般市民の日記や手記を集めた特集だった。[エコドキュメント]というらしい。

今日は敗戦記念日だ。

私が戦争に関わることで話せることは[父が赤紙で招集されて千葉の〇〇どこかに行ったが足に豆ができて治療を受け、母からの手紙を読んで上等兵に往復ビンタを受け、いろいろ戦争以外のイジメを受け、終戦で戻り、母と結婚した]という話しだ。

母は日記を書いていたが[海ゆかばが聞こえるとその地が負けた時だつた。東京大空襲の時に東京の空が真っ赤だった。食料は千葉に疎開している時は何とか食べられていたが終戦後結婚してから父の実家との生活で食料は足りず、千葉に食料調達して戻ると家族が皆食べてしまい、身重の体で大変だった。母は弟の小学校の先生に戦争中の日記があると話したら、それは大切にしていなさいと言われた] としきりと話していた。私は両親が夜中に戦争中の話をよくしていたのを垣間聴いていた。

夫の両親は小学校教師の家で父親が結核を患ったので戦争には行っていない。だから家族の会話には戦争に関わることは少なかったと思う。

夫は戦争開戦の年1941年に生まれ[四万温泉に疎開したと聞くが細かいことは分からない。終戦で母親に会った時は4歳位で変な顔していると思ったと言ってた。なぜそんなふうに思ったのだろう。他には疎開の思い出はないらしい。幼かったから記憶も無いので話せることは形にならないのだろう。叔母たちが育児に携わっていたようだ]

この話を聞いた結婚直後に主人も戦争の犠牲者だと思った。

このNHKの放送を見て、戦争責任者たちはなぜ犠牲者が増え続けるのにポイントポイントで終了を宣言できなかったのかと思った。危ない道に入って行く三叉路に私たちもこれから気を付けないといけない。

写真は川上村の花火

Img_3858

| | コメント (0)

2025/08/05

「ブラジルの赤」感想

ルネッサンスの時代16世紀半ば、フランスの植民地をブラジルに作ろうとマルタ騎士団のヴィルガニヨン提督が立ち上がった。イタリア始めヨーロッパで戦ってきた歴戦の強者は配下の騎士や教会関係、行政官、商人、水夫などをその旅のために集めていた。その中にヴィルガニヨンの同志だったクラモルガン騎士の子ジュスト(兄)とコロンブ(妹)が居た。彼らは新天地での通訳として仕事が用意されていた。数ヶ月の大西洋の航海では集まった同志の探り合いや争いがあり食料もなくなり悲惨であったが、フランス王のための植民地を築くことと新教徒のために新しい土地を開拓することの大いなる希望で新天地に着いた。今のブラジル、リオデジャネイロなのだ。海岸の向こうは果てしないジャングルで、食人のインデアンとの戦いでもあった。航海の仲間はそれぞれの出自があって簡単には仲間と言えなかった。

クラモルガン家の2人の子供は2人とも男子として乗船し、ブラジルに着いてからもそのままの処遇だつた。2人はそれぞれ違った道を進み始めた。本国から送られてきたプロテスタントカルビン派に兄は影響され、妹はジャングルのインデアンの自然な暮らしにのめり込んでいく。時間が経つにつれて悪と正義とが見えてくる。2人はクラモルガン家のアイデンティティを芯に困難を乗り越えていく。


夏の暑さを忘れるほどに私も脳内で冒険をした。それにしてもページ数と、登場人物とキリスト教と時代背景を調べつつ読み進めた。章ごとにあらすじと登場人物をメモして進んだので、時々わからなくなると見返した。

この本との出会いはAmazonプライムで見た映画「再会の夏」を検索し、「ブラジルの赤」の小説を知ったのだがたまたま価格が300円送料200円だったので買いやすかった。(o^^o)

23年前の早川書房初版、仏ゴングール賞受賞だが本の状態は極めて良好だつた。

夏休みの後半に同じように胸躍る小説は出てくるか? 10日余の適度な脳の疲労感は熟睡を誘った。作者ジャン=クリストフ・リュファンへの憧れが夢となって現れますように! ジャングルの植物の葉が重なり合い鬱蒼としている中に女性として艶やかな肌のコロンブが自由を手にして生きていく、これは読み手の想像に任された世界でもある。


Img_3804Img_3809

| | コメント (0)

«映画「クジラ島の少女」を観て 原題The Whale Rider