2018年4月13日 (金)

独活と山椒と女人禁制

最近の注目ワードに女人禁制という言葉がある。その言葉が出る前に、私は杜氏の規則に女人禁制があるのではないかと思い何気なく調べていました。すると杜氏の世界では女性が杜氏になりにくいのは、家事をする女性は糠漬けをするからという理由であると分かった。そして糠には乳酸があり酒の酵母に影響がある。また納豆も杜氏は食べてはいけないと決まっているという。そして酒蔵見学をするときは納豆を朝食に食べてはいけないという。私はそのことが意外だと思った。今まで女性の生理のために忌み嫌われ女人禁制になっているとずっと思っていたからだ。つまり酒造は女人禁制ではなかったのです。確かに女性の杜氏もいる。

そんなある日、舞鶴の相撲巡業で市長が挨拶をしている時に倒れ、救命処置をするために土俵に上った女性に対してアナウンスで土俵から下りるように指示がありました。その後女人禁制論が沸騰している。市長が一命をとりとめたから良かったが、相撲界ではモンゴル力士の暴力沙汰に始まり落ち着く間も無く次から次へと事件が起きている。今度は女人禁制です。女人禁制は他にも日本古来の伝統的世界にありそうだけど、どうだろうか。

伊勢神宮に行ったけれど、娘と2人で神宮の奥の方も見学ができた。清子様も祭主になっている。神道は本来天照大神が女性だから女人禁制ではない。相撲界だけではないだろうか。また今度はちびっこ相撲の女の子が急に参加が禁止になったと言うニュースが静岡で起きている。千葉に住んでいる孫の七五三の時に子供相撲を見る機会があったが可愛い女の子が相撲をしていた。古い体質はその自治体にもよるのかもしれない。古い体質で女性を差別視しているスポーツは他にもありそうですが。

私は相撲のニュースを見る度に「ボーッとしている関取」の表情を見ていると「大男総身に知恵が回りかね」という諺が思い浮かぶ。「土俵に入らないで下さい」と言った相撲界の御仁が大男かどうかは分からないがその責任者たちはおそらく総身に知恵が回り兼ねている大男に違いない。「人命救助もしないで、女を排除して総身に知恵が回らない大男じゃないのさ」と言いたくなる。因みに「大男総身に知恵が回りかね」を辞書で調べると同義語には「独活・ウドの大木」がある。また反義語には「山椒は小粒でピリリと辛い」がある。



なんとこの独活も山椒もこの山小屋の敷地に春になると芽吹き、地面からニョキニョキと顔を出す。まだこの春は独活も山椒も出てきていないが、最近独活と海老で美味しいパスタを作りそれにはまっている。作る度、食べる度にに独活、大男、女人禁制、山椒と考えが巡るのはグルメにはマイナスの思考だ。
もうすぐ独活も山椒もこの山小屋の周りに湧き出てくる。味も天然、自然の力強い味だ。こんな料理を食べていたら私だって太って力持ちになってしまいそうだ。体操教室で筋肉をつけることが贅肉がつき力士街道まっしぐらになって女人禁制論に風穴をあけるかも? はあり得ない!もうエイプリルフールは終わったからね。

2018年3月15日 (木)

春彼岸


南無南無と唱えて椿 陰に咲く



真宗の墓に添えたる椿かな

2018年2月16日 (金)

八ヶ岳の星空

私のホームページに設定しているniftyの天気予報には横浜港北区と長野川上村がダブルで設定しています。川上村はここずっとマイナス12度からマイナス17度までが記されています。私たちが山小屋で生活し始めた頃にはマイナス20度の日もありました。その時は確か子供たちの頭に夜中帽子を被せました。昼間にスキーから帰ってきた時に外気温がマイナス5度でも結構大丈夫でした。お風呂に入るのに初日は地獄の苦しみでした。だんだん慣れたからか最近はそれ程で無いけれど、このような寒さの中でお風呂に入ると、私たちももう老人の部類に入ってしまうので地獄よりは天国に行ってしまいそうです。(笑)
こうして川上に行けないでいるとよく夢を見ます。昨日も見ました。お絵描きの準備ができていないのに山小屋にいる夢でした。焦って歩き探している場所は土が出ているいつも夢に出る場所です。キングオブキングスの映画で母マリアがキリストに出会う洞窟の入り口です。それが以前住んでいた希望ケ丘の散歩道のようでもあります。
収ちやんと祖父
前回川上に行った時、従兄弟が亡くなったという連絡を白樺の森の中で受けました。また同じ日に実家の前に住むご近所の佐々木さんのおじさんが亡くなったという連絡も受けました。
従兄弟は最近Facebookで友達になり近況がわかるので昔よりも近しい感じがありました。「エアーボクシングに夢中なんだ。本当のボクシングの試合もあるんだ。東京マラソンにエントリーしたんだ。お誕生日おめでとう。」などの連絡をしながら、彼の幼い日を思い出させる時が多々ありました。東京マラソンの準備のために20キロ走り、ビルの中で心筋梗塞を起こしての突然死でした。61才ではあまりに早い死でした。

こうして八ヶ岳に行けないでいると夜の星空も思い出されます。彼はどの星になってしまったのだろうか。去年は義理の叔母も亡くなり、ただでさえ川上村の夜空は空気が澄んでたくさん星が見えます。その星を探すのは簡単ではありません。でも従兄弟の場合、好きなことをしていて亡くなったのは幸せだったんだと思いたいです。今度川上に行って私が夜空を見た途端に最初にピカリと光った星を彼の星にしてあげようと思います。

2017年11月 3日 (金)

家族仲良く湯河原旅行


秋の台風が2週続けてやってくると言う先週の土日に娘たち家族と一緒に湯河原まで一泊の旅行をした。我が家では時々娘たちと旅行をする。どうしても会社勤めや学校の都合から土日になるのは仕方がない。だから皆渋滞の記憶が先に思い出される。去年は千葉に行ったがやはり大渋滞で一家族は千葉から東京湾フェリーで帰ったし、一家族は延々と下道を行ったと言うし、私たちは明くる日の予定がなかったのでペンションに泊った。その前は伊豆に一台のレンタカーで7人で行った。その時も大渋滞だった。それからその前は長女家族と館山に行き、その前は次女夫婦と草津に行った。計画は次女が立てる時が多く、幹事さん役で疲れてしまうことが多々ある。適当に最近のテレビのバス旅行のように行き当たりバッタリでできればいいけれど人数が多いとそうはいかない。が今回は台風が加わり、主人の足が悪いので車椅子にもなり次女のお婿さんには車椅子と乗用車の運転もさせてしまい、本当に有難かった。

小田原港に着いて海を見に行ったが目の前で2匹もイカを釣った人がいた。港の近くにはたくさんの魚料理の店があり。「マサカリ担いだ金太郎」じゃなくて三太郎はお魚を美味しく食べさせる工夫がいっぱいで本当に「ギョぎょ魚の三太郎」だった。


湯河原の「一夜城ヨロイヅカファーム」ではモンブラン、一夜城蜜柑テイーも美味しかった。美味しさの中に鎧塚さんが亡くなられた川島なお美さんを愛おしく思う情熱がこのスイートを作っているんだと思った。雨が激しく降っていたのでファームの見学が出来ず残念でした。孫の一週間遅れのお誕生日も出来た。

モア美術館では茶道具展をしていたので暫しの静かな時間を味わった。私の持っているいいお茶碗で茶を点てなくては、と思った。


まんりょうと言う割烹旅館は食事が美味しく、刺身の舟盛りが良かった。温泉の湯で肌に滑らかな感じになり、私はもう一段美人になった。ホホホ! しかし台風の雨と車での生活で歩きもせず体操もせずにいたので身体的、タニタ的にはノーグッド。


明くる日は湯河原の老舗旅館のあるエリアは紅葉の準備をする葉が湯けむりとそぼ降る雨に濡れていた。箱根駅伝ミュージアムに行ったので来年のお正月のテレビ中継はよりリアルに感じる事ができそうだ。帰り道の芦ノ湖スカイラインはいつまで経ってもS字の道が続き、朝の朝食の2膳のご飯がどうも消化しきれずにいて、小さい時に気持ち悪くなった現象が頭をもたげ始めていた。雨もどんどん激しくなっていた。スカイラインをもうすぐ終わりに近づいた時に30センチ太さの木が道路の半分まで折れて転がっていた。それを機に「ウッ?ウッ?」キモチワルイ〜
他の皆んなは蕎麦屋さんに入って行ったが私は目が回っている感じを抑えて車の中で寝ていた。皆が食事を済まし戻ってくる頃には私の不快な症状はいくらか収まっていた。あのスカイラインが晴れていたらこうはならなかったと思う。それに後ろに電動車椅子Whill100キロが載っていたから揺り戻しが大きくなったかもしれない。S字のカーブをツバちゃんが運転してくれたのだけど、一度もホンダの警告は点かなかった。上手で安全な運転だったのだ。皆んなは蕎麦屋の中でどの辺りでママが気分が悪くなったかと噂したそうだ。芳州さんは「きっと倒木のところだ」と指摘してたそうだ。当たり! 阿吽の呼吸だからね!

2017年9月20日 (水)

アプローチの手摺



台風18号が来る前に山小屋のアプローチの手摺りは作り終えました。資材購入に1日、組み立てるのに1日かかりました。それは以前作った入口の階段の1メートルの手摺りで予測がついて居たのである意味、簡単でした。ただ八ヶ岳山麓の小石や大石の混じった地面に穴を開けるのは大変でした。

長坂のJマートで買った螺旋穴掘り機で6センチの穴が開けられ大変便利でした。錐のように回して30センチほどの所で戻し、土も一緒に掻き出します。そこに焼杉の杭を刺し木槌で打ちます。パイプをT字に通せる金具を杭の側に取り付け、2メートルのパイプを通します。パイプの取り付けが微妙に角度を調節するのを1人でやることが大変でした。パイプは8本使いました。また穴あけで地面に掘っていっても、石や木の根が邪魔をして思った箇所に杭を打てないことがあり、手こずりました。



これから冬が来て少しでも相棒が早く家に入る手助けになればという思いで杭を打っていると「何でこんな病気になったんだ!」とも思いがしてくるとどうしても力が入りみるみるうちに出来ました。夕方薄暮の中小雨に濡れて作ったので、まだ遣り果せてないこともあります。次回に回します。いつも若い人が手伝ってくれますが、これはどうしても自分で作りたかったことです。



台風18号は夜中に吹き荒れて風が強くとても怖かった。朝、見廻ると隣の家の大きな白樺が倒れて居た。我が家の畑の小さな白樺も折れて居た。皆虫やキツツキにやられている木が倒れて居た。
今回の手摺作りの中では「自分の身体の体幹」を意識して掘ったり打ちつけたり持ったりした。そのため翌日になって身体の痛みなどがあまり感じられなかった。タニタの体操教室「フィッツミー」のおかげだと思う。

2017年9月17日 (日)

バラクラオータム教室と秋のジャム作り


今回の山での生活はまたしてもJアラートによって起こされた。前回もそうだったが、長野県までがその通報範囲なのだという。北海道の先の襟裳岬の太平洋側に落ちているのになぜ、あのようなオドロオドロシイ警告音がなるのだろう。川上村も村の放送を通じてサイレンが鳴り響いた。東京も神奈川もその範囲なのに警報は無しとは不思議なことですね。

そのような中、私は寄せ植え教室で球根と秋の花のダブルデッキの寄せ植えを習いました。イギリス人講師マイケル・ベリー氏による英語での解説は私の右脳キリキリ舞いで通訳の原嶋先生が命綱でした。実技は今ある花の下にラザニアのように埋め込まれた球根が春になると出てくる寄せ植えです。花の組み合わせと季節の移ろいとが一つの鉢の中に表現できることは素晴らしいと思います。それは自分で予測し計算して植えるのですから、情緒は超えて制作するという男らしい仕事なのかもしれません。女らしさを押し殺して、でもチラッと女の情熱も表現に加味する。今度の芸術展は頑張らねば!



季節は収穫の秋へと移ろっています。バラクラへは諏訪南インターを降りて、ビーナスラインを走ります。その途中に自由農園があり、野菜や果実が売られています。今回はジャム作りの果実を購入する予定だったので朝の早い時間に寄り、ルバーブ、イチゴとプルーンを車に乗せて教室へと向かいました。新しい車、フリードは気のせいか、前のフィールダーより横幅が大きく感じます。前より荷物を載せるのに向いていて車椅子、植木鉢などが工夫次第でたくさん乗せられそうです。フリードの黄緑色は乗るうちに徐々に気に入って来ています。もう車の赤は卒業です。

戻ってからジャム作りに精を出し、その後2日は相棒のための入り口から家までの手摺りを気が狂ったように作りました。それはまた後ほど。

2017年9月 6日 (水)

2017年の夏の思い出@後半



今年の夏は出来るだけ山小屋で過ごしたいと計画を練りました。主人の体調を優先と言いつつも、空気の澄んだ山で過ごしました。
病気というものは医師により薬が処方されますが、身体的な不具合を出来るだけ良好にすることには自分たちで考え参考書を読み、次にはケアのプロにお願いしなければなりません。2人の母と1人の父の介護の認定や手続きの手伝いを経験しましたが、こんなに早く夫のことに時間を費やすとは思いもよりませんでした。まだまだ介護の入り口なのでしょうが。だから慣れているとも言えるので、ケアマネジャーさんには「主人は這ってでも写真が撮りたいので、クオリティーオブライフで出来るだけ山に行く」と伝えています。足も不自由で滑舌も悪くなっているのですがリスクを伴う治療法は避けてこのままでいいと思う夏の日々です。私は基本的には保守的です。でも何かの具合で世界が開けたら、新しいことに挑戦するかもしれません。後悔のないように。


そんな中、私たちは車を変えました。トヨタフィールダーからホンダのフリードの福祉車両です。全て次女のお婿さんが考えてくれて、これからの私たちに良い方法を選び説明してくれました。
そして記念すべき8月22日にフリードは来ました。
今までと仕様が異なるので初めは心臓バクバクでしたが、なんとか慣れて来ました。ホンダのSさんが「困ったらブレーキを踏めば大丈夫です」「何かあったら電話ください」が心強い言葉です。
相棒は横浜では電動車椅子も借りて乗っています。マンションの大規模修繕工事中は全てが停滞してしまいました。けれど、手摺りが出来て住まいのグレードは上がったと言えます。役員の方たち、工事の方たちには感謝です。でもその間に16年半の愛犬の白内障は進むべき所まで来て歩けなくなり、お散歩は抱っこでしています。



孫とお婿さんが山小屋に来ました。こちらのお婿さんは特に何かをしてくれるということは無いのですが孫と男同士の話のような時間が頼もしく感じます。高校受験の話も私には遥か彼方な気がします。私たちは子供たち家族の個性が上手く絡み合って良いコミュニティーを作っていると思っています。皆んなが仲良くこの場所を使ってくれると良いなあと思う今日この頃です。



そろそろ暦の白露が来ます。川上はススキや白樺の落ち葉を揺らす秋風が私をセンチメンタルにしています。そうそうセンチメンタルついでに2回涙が出た話をさせてください。一つは赤いカローラとお別れした時、もう一つは……あれ、忘れた。どうも思い出せない。年のせいとしておきましょう。

2017年8月10日 (木)

2017年の夏の思い出@前半

台風一過の空
台風5号は発生してから進路を微妙に変えて、中心の気圧は弱くなったものの時速が遅く、かなり長い期間日本列島の周りに停滞していた。そのため八ヶ岳の夕日の美しさを楽しむことが少なかった。7日の夜は家の周りを片付けて用心しながら就寝しました。ところが思ったほどの雨は降らなかったようで、夜中に雨音に起こされることはありませんでした。台風に神経を使うのは以前の2013年の大雪の事件があるからです。最近は日本列島のどこでも雨や土砂の災害が起きるので雨、雪、風には注意するに越したことはありません。

我が山小屋の丹精込めて育てているトマトとダリアも、台風が来る前に支柱を足して木を縛り、被害はありませんでした。ジャガイモも地面が泥濘む前に収穫しておきました。私が収穫できたジャガイモは男爵1キロ、メークイン1キロの種芋からそれぞれ5キロになり、日本の食料自給率をささやかに上げたのです。因みに日本の食料自給率(カロリーベース)は39%と低いが、カナダ258%、オーストリア205%、フランス129%、アメリカ127%、ドイツ92%、イタリア61% と言う具合です。「自分の食い扶持は自分で作る」精神を持つことは大切です。畑のその他の収穫に大根があります。ほって置いただけですがかなり太くなりました。そして辛いです。モロッコ菜豆はまだ収穫量は少ないです。バラクラで作った草花の寄せ植えはどの鉢もジグソウパズルのように仲良くベランダで育ち美を奏でています。
次女が作ったスイカ
ところで我が家は相棒の足が不自由なので車を出来るだけ家の近くまで来られるようにアプローチを整備 してきましたが、夏休み前半には次女夫婦が手伝ってくれました。木を切ったり除草シートを貼ったりせっかくの休日を肉体労働をさせてしまいました。でも若いから大丈夫よね。と自問自答してこき使いました。つばちゃんありがとう(*^o^*)

労をねぎらう焼肉パーティー
また10日は川上村の別荘地の自治会の総会がありました。自治会費を川上村に支払っているので自治会自体はその補助をする位の存在ですが、放置車両の問題、スリップをする坂道の問題、不審な不動産業者の電話の問題、道路のミラーの問題、湖畔のトイレの撤去問題、管理費滞納者問題などを質疑しましたが毎年同じ意見の繰り返しで村役場の対応への不満がありました。結局、住んでいる人たちに必要な17年度の活動目標
①別荘地の整備、②水道水源、③別荘地の管理体制、④水害対策
などの重要な課題には踏み込めずに終わりました。役員の方達の高齢化もあって、ここまでできれば良いではないかとも思えてしまいました。時々会う人たちで作っていく別宅の自治会なので本宅とは違うので仕方ないかとも考えられます。皆んなが気持ちよく住むための約束事を負担無く実行できれば良いなあと思いました。そうしてこそ子々孫々に残せる財産だと思います。

後半の休みには高校受験勉強中の孫が来ます。たった1日半ですが「15歳の夏の思い出」が出来ると良いなあと思っています。

2017年7月29日 (土)

スズメバチがいない?



ここ1週間以上雨です。時々晴れ間もありますが、雨が降って居ます。ここでまだ家が建つ前に長いこと雨の日がありました。敷地にキャンプのテントを張り、その時、4人姉妹の家族が来て座ることも出来ず閉口したことがありました。あれから30年は経ったでしょうか。




今年は6月くらいにスズメバチが多く飛んでいましたが、最近は全くと言っていいほど見かけません。どうしたのでしょうか。昨夜は雨が激しく降っている時に、カマキリが降雪の量と巣の高さが比例することと、スズメバチの不在と考え合せ、嫌な妄想が頭をよぎりました。
スズメバチの代わりに可愛いバッタがいます。大きくなるかと思っているけれど、ずっと小さいままです。きっと植木についてきたのでしょう。




雨が止んでいる時にガーデニングの寄せ植えの花が痛んで来たものを取り替えたり、お風呂場のタイルに出てきたカビを掃除したり、土嚢袋に刈った草や枯葉を入れて堆肥づくりをしています。晴れの日がはっきりわかったら、ジャガイモ掘りと梅干しのもう1日干すのをしたいです。


2017年6月21日 (水)

キビタキの巣立ち

【キビタキの営巣日記】


5/14 鳥の巣を発見。山小屋の水道の栓を開けに行って気づく。
5/16 キッチンの窓の柵の鳥の巣はまるで何かの動物かカラスに襲われたように見える、乱暴な作り方です。
5/21 鳥が来たのが家の中から判る。外に周り背伸びして見ると 卵1個 発見。色の具合からキビタキと判明。私はと言えば、 鹿の柵を作り直しに奔走し、毎年来るシジュウカラは緑の巣箱で営巣中でした。


5/26 卵2個 になっていた。絶えず温めている

🥚不在期間🐣

6/15 2羽が孵っていた。
6/16 オスとメスが交代し温めている。朝4時に親鳥が来ていた。
6/17
朝5時台
今にも飛び立ちそう 羽繕い 二羽なのか一羽なのか分からなくなる。
時々親鳥が来て餌をあげているが昨日より頻繁ではない。


しきりと二羽のフンを取りどこかに捨てに行く。それをしているのは母鳥だった。
多分体重を軽くして飛びやすくしているのだろう。
朝6時台
2羽巣の中を移動しきり。2羽突き合う。羽をばたつかせ窓ガラスを突く激しい。
朝8時台
しきりと動き回りかなり大きい。ヒナ飛び立ちそう。全く飛び立ちそう。
朝9時台
姿が見えないかに見えたが、寝ていたのだろう。
朝10時台


餌を2羽にあげている。カラスが間近に来て鳴くので、私は二階に駆け上り追い払おうとする。母鳥は枯れたズミの木の梢にいて、私を威嚇する鳴き方をした。そしてシラカバに移る。そのついでに私は写真を撮り見ると巣には1羽の嘴があった。母鳥の警戒音は他のキビタキを集め始めた。全部で4,5羽は居たと思う。大きな親鳥もいたが小さめの鳥もいた。先に巣立ったお兄ちゃんか。想像を巧みにすればお兄ちゃん鳥や従兄弟鳥かもしれない。全員が私を威嚇して居た。カラスが悪いのに!
朝11時台 巣には何かいるようだが動きは緩慢。11時17分考えに考えてスーと飛び立つ。あっけない巣立ちだった。

以前我が家のマンションの裏には椎の木があり、そこにこの同じ時期にキジバトが営巣した。今から30年前のことだ。その時にも日記を付けお絵描きの予定表に書いた。鳥たちは巣立ちが近づくと餌をあげない。今回のキビタキでは飛び立ちの30分前に餌をあげる場面を目撃したがキジバトはやらず親鳥もその日と前日は巣にも居なかった。この場所では都会より過酷な自然なのでそうするのだろうか。またしきりとフンを取って居た。ガラス越しに見て居たが、一円玉の大きさだった。私がもうすぐ巣立ちをすると感じた瞬間があった。写真には撮れなかったが、蚊が飛んで来た時に雛が待ち構えて嘴で食べた。もう自分で餌が取れるから生きていける。
キビタキは母鳥が茶黄色の色で体が父鳥より3割増し位大きい。父鳥は胸が黄色で美しい。今度生まれた子供たちはオスメスどちらなのだろうかは分からなかった。あまり上手ではない巣もキビタキの卵と雛の時代にはフカフカのベッドだったはずだ。今はもう木の枝を寝ぐらにしているのだろうか?
近くで鳴き声がするとあの子たちかと耳をすます私です。巣にはもう一度も戻って来ません。4羽で暮らしているのだろうか。夫婦仲良く子育てしているのだろうか。ところで今は雨が降っているが明日にでも晴れたら、巣を片付けようと思います。

«思いがけない鹿の害

最近のトラックバック