2018年6月24日 (日)

フラワーショーの作品作りの日々



あとりえチビッコの方に書いたようにここ三週間ほどはガーデニングのことに夢中でした。また山小屋の作庭にも心と体を砕き、夢中でした。幸せな夢中!
バラクラの芸術展では全般にいつもより厳しい評価でしたが、私はもうこれで十分でした。チェルシーフラワーショーのジャッジ、キムパリッシュ女史が選んでくださったのですから身に余る光栄です。キムさんの講義の中身はあとりえチビッコの方に詳細に記しましたが、寄植えの作品を40分で7つ作っていくのは凄いの一言でした。しかも出来上がった作品を良い位置に置くのにさっさと自分で運んでいく姿はいわゆる男前と言うのでしょうか?かっこよかった!

天気が良い時のバラクラのお庭は最高です。そして寄植えの実技の時間に私の作った作品がキャンディー賞に選ばれました。先生は最初から植物の選び方も良いと言ってくださっていたので、私は期待に胸膨らんでいました。たしかに素晴らしい作品が選ばれて行きます。しかし私は年相応に控えめに、うつむき加減で、伏し目がちに微笑みを隠しつつおりました。そして最後にヤンチャにキム先生は私の作品を指差してくださいました。私はリュックサックを背負いながら小躍りしてしまいました。異常な光景かもしれませんが私の素(す)の表情ではあります。いや優しいキム・パリッシュ先生ですからフランスのリセの聴講生ぐらいに受け止めて下さったと思います。(^_-)



私の今回の寄植えの芸術展の作品のインスピレーションは山小屋のイメージにあります。ヨーロッパオークの木を使いました。いずれ川上に植える予定です。黄色いと言うよりはゴールドの葉の色は目に沁みます。そこには紫が合うと考えまたその強さを中和させるために白のギガンチュアを入れました。
もう1つはアーン型に今までにない組み合わせの色を使いたいと頭を切り替えて作っていきました。アーン型の方がゴールド賞をいただき黒鉢がシルバーギルトでした。

相変わらずバラクライングリッシュガーデンのゴールデンアカシアはシンボルツリーとして聳えたち庭の植栽は学ぶことが多くあります。我が川上の標高1400メートルがもう一つ難しい要素ではあります。

2018年5月31日 (木)

家庭菜園の小さな工夫

5月半ばすぎになると標高1400メートルの高地でも遅霜の心配がなくなるので、豆類の種を蒔きます。最近は急に寒気が押し寄せたりするので心配ではあります。また豆類のタネを蒔く時には付近にカラスやハトの姿がないか、気をつけます。全部取られて再びタネをまいたことがあります。以前は霜と鳥の害を避けるために横浜のマンションのベランダで、プランターに蒔いて育て長野の畑に移植しました。それはその成長とタイミングが一致すると良いのですが必ずうまく行くとは限りません。


今回は頻繁に行くことができそうだったので、種蒔きをしてから、ある工夫を実行しました。それは種を蒔いた土の上に園芸店で植物を入れてもらった黒いプラスチックのザルを被せて置きました。5日ほどして芽が出てきていました。いつになくしっかりとしているのは鳥に突かれていないのとザルが若干の暖かさを維持していたからだと思います。モロッコ菜豆とインゲン豆はジャックと豆の木のようにきっと大きくなるでしょう。そして夏に沢山のサヤを付けてくれるでしょう。私はそれを美味しく料理します。

2018年5月30日 (水)

キングサリをシンボルツリーに!


今年山小屋のキングサリの花が咲く様子を落ち着いて見ることができました。たった3輪ですがしっかりと咲きました。私は2007・8のあとりえチビッコのブログに書いています。この脇のバックナンバーをクリックすると2004年まで遡ることができます。

「道路に面したところにズミが3本生えているが、キングサリを植えたのに、日差しを遮ってしまう。ちなみにキングサリはドイツのネルトリンゲンで黄色い房を下げて咲いていた樹木だ。始めて,かの地でそういう樹木があるのを知ったのだが、川上にも植えたいと思っていた。ネルトリンゲンは隕石が落下して出来た町だからだ。この八ヶ岳の麓、大泉の 《花松園》(今はその店は無い)で販売していたので、この辺りでも植えられると知った。
そしていつも、私が園芸用品やペットの餌を買っている、《ヨネヤマプランテイション》 で、去年の秋に丈夫そうなキングサリの苗が思ったより安く売っていたので、横浜の家のベランダで一冬越させ、今年春に川上に植えた。ところが、肥料としてコンポストのゴミを50センチ掘って入れ、植えたところ、狸かアナグマが掘って木をひっくり返していた。そのためまた、移動して植えたのだ。いわく因縁が付いてはいるが、是非定着させて、きれいな花を咲かせたい。」

過去ログにそう書いています。そして今、山小屋の庭をケイ山田先生に設計デザインしていただきバラのアーチを置く予定があります。私はバラは好きです。寄せ植え教室で使ったバラを庭にも植えていますが、上手に育て花をたくさん咲かす自信がありません。でもキングサリだったらなんとか寒冷地でもできるんじゃないかという小さな自信はある。気候が合っているから育つのでしょうが。
今年3輪のキングサリの花を確認しました。そこで新しい庭のシンボルツリーにはキングサリとゴールデンアカシアのどちらかにしようと思っています。
キングサリの花言葉は2つあるようです。1つには淋しい美しさ、もう1つは相思相愛だそうです。ドイツのネルトリンゲンのキングサリはビール工場の庭に咲いていました。かなりの大きさの木でした。今回清里の駅の列車の展示の側にもキングサリがありました。
私がこのキングサリの話をしていたら芳州さんが自分のブログを検索して写真を出してくれました。

かつて、ドイツ旅行をしていた時に「いつか歳とってあの頃は良かった」と写真を見ることがあるかもと言っていたことは現実になりました。

2018年5月27日 (日)

シジュウカラ、ヤマガラの巣立ち



山小屋のお庭の改修は前に書きましたが、ちょうど工事の準備にかかり始めたのと同時に鳥たちが我が家の巣箱のあたりをうろうろしていました。我が家には4つの巣箱があります。
①駐車場から家へのアプローチに近いヤエガワカンバの木にある巣箱 ②ベランダの支柱に取り付けた巣箱 ③樅の木の下の作るときに失敗した巣箱 ④入り口の白樺につけた巣箱






そのうちの①と②が1番工事の影響を受けるかもしれないので移動しなければなりませんでした。巣箱①と②は工事にかかる前に移動しました。その時すでに①は卵が生まれ、②は巣材のみでしたが5/6には卵が7個、5/18には8個になっていました。


工事中は4、5人の人たちが大きな声で連絡しあい重機の音がし、巣箱に餌を持って行きにくい時もありましたが、全然気にせず出入りしていました。
現在は①のヤマガラは工事前に巣立ち、②のシジュウカラはかなり大きく成長し③は失敗の巣箱で蓋は開けられず、丸窓を覗くとシューシューと威嚇します。④のシジュウカラも頻繁に営巣中でヒナ6羽です。
こうして工事中にも拘らず鳥たちは成長し、多分4、5日中に巣立って行くでしょう。私も頻繁に巣箱を覗き工事の人たちは大きな声で話をしたけれど4つの巣箱の鳥たちは巣立って行きます。
この森に5+6+?+5のシジュウカラたちを放ったのはすごいと思わない!

2018年5月21日 (月)

Englishな庭とLOVE for ever



1ヶ月前にここ長野川上村の山小屋の庭をバラクラで造成してもらうため、ケイ山田先生にお出でいただき庭を見ていただきました。
先生は主人の病気を主に考え、私が荷物を入れる時の動線も考慮して駐車場を直す事が大切と考えられました。今あるベランダに広い階段を設け、お庭はフォーカルポイントを重要視して少し直すことになりました。ただし植栽は私が勉強しながら樹木や草花を改めて植えて行くと良いので楽しみながら実行して行きます。今まであった木々や草花を移動したり、忙しい1ヶ月でした。

そして5 月19日は蓼科のバラクライングリッシュガーデンでケイ山田先生、ポールウィリアム先生の寄せ植えとハンギングバスケットの講義を受けました。


寄せ植え作品は色調、植材、全てがイギリス的に感じました。イギリスのハンギングバスケットの沢山の写真は参考になりました。
私はハンギングバスケットはあまり得意ではなく難しいのですががんばりました。作品の写真は二週間先ぐらいがちょうどいい見頃になるのでその時に載せたいです。


教えて下さったポールウィリアム先生は毎年春に来てもう3年、つまり3回は指導を受けているので、英語力の無さは私の笑顔でコミュニケーションをとって充実した時間を過ごしました。
今回も私の弟が主人の車椅子Wheelの先導をしてくれるので安心して授業を受けていらられました。


そして、その日は教室を終えて中央道を走り、川上の山小屋に戻り美味しい食事作りをしました。ちょうどテレビではイギリスのハリー王子の結婚式が流れて、神父様の「富める時も貧しい時も、健やかなる時も病める時も」を私は深く再び心に刻みました。



ハリー王子、メーガン妃2人の幸せな笑顔は印象的でした。その後のニュースでも型破りの結婚式としきりに言ってましたが、若い2人が歴史の重圧に苦しまないように見守るための結婚式でもあるようでした。ハリー&メーガンは一度の結婚で幸せを持続して欲しいと思いました。同じ人生の目的があればきっとうまく行くはずです。私が言うのもなんですが。(*≧∀≦*) 愛はフォーエバー!love for ever🎵
5・19 for ever!

2018年4月13日 (金)

独活と山椒と女人禁制

最近の注目ワードに女人禁制という言葉がある。その言葉が出る前に、私は杜氏の規則に女人禁制があるのではないかと思い何気なく調べていました。すると杜氏の世界では女性が杜氏になりにくいのは、家事をする女性は糠漬けをするからという理由であると分かった。そして糠には乳酸があり酒の酵母に影響がある。また納豆も杜氏は食べてはいけないと決まっているという。そして酒蔵見学をするときは納豆を朝食に食べてはいけないという。私はそのことが意外だと思った。今まで女性の生理のために忌み嫌われ女人禁制になっているとずっと思っていたからだ。つまり酒造は女人禁制ではなかったのです。確かに女性の杜氏もいる。

そんなある日、舞鶴の相撲巡業で市長が挨拶をしている時に倒れ、救命処置をするために土俵に上った女性に対してアナウンスで土俵から下りるように指示がありました。その後女人禁制論が沸騰している。市長が一命をとりとめたから良かったが、相撲界ではモンゴル力士の暴力沙汰に始まり落ち着く間も無く次から次へと事件が起きている。今度は女人禁制です。女人禁制は他にも日本古来の伝統的世界にありそうだけど、どうだろうか。

伊勢神宮に行ったけれど、娘と2人で神宮の奥の方も見学ができた。清子様も祭主になっている。神道は本来天照大神が女性だから女人禁制ではない。相撲界だけではないだろうか。また今度はちびっこ相撲の女の子が急に参加が禁止になったと言うニュースが静岡で起きている。千葉に住んでいる孫の七五三の時に子供相撲を見る機会があったが可愛い女の子が相撲をしていた。古い体質はその自治体にもよるのかもしれない。古い体質で女性を差別視しているスポーツは他にもありそうですが。

私は相撲のニュースを見る度に「ボーッとしている関取」の表情を見ていると「大男総身に知恵が回りかね」という諺が思い浮かぶ。「土俵に入らないで下さい」と言った相撲界の御仁が大男かどうかは分からないがその責任者たちはおそらく総身に知恵が回り兼ねている大男に違いない。「人命救助もしないで、女を排除して総身に知恵が回らない大男じゃないのさ」と言いたくなる。因みに「大男総身に知恵が回りかね」を辞書で調べると同義語には「独活・ウドの大木」がある。また反義語には「山椒は小粒でピリリと辛い」がある。



なんとこの独活も山椒もこの山小屋の敷地に春になると芽吹き、地面からニョキニョキと顔を出す。まだこの春は独活も山椒も出てきていないが、最近独活と海老で美味しいパスタを作りそれにはまっている。作る度、食べる度にに独活、大男、女人禁制、山椒と考えが巡るのはグルメにはマイナスの思考だ。
もうすぐ独活も山椒もこの山小屋の周りに湧き出てくる。味も天然、自然の力強い味だ。こんな料理を食べていたら私だって太って力持ちになってしまいそうだ。体操教室で筋肉をつけることが贅肉がつき力士街道まっしぐらになって女人禁制論に風穴をあけるかも? はあり得ない!もうエイプリルフールは終わったからね。

2018年3月15日 (木)

春彼岸


南無南無と唱えて椿 陰に咲く



真宗の墓に添えたる椿かな

2018年2月16日 (金)

八ヶ岳の星空

私のホームページに設定しているniftyの天気予報には横浜港北区と長野川上村がダブルで設定しています。川上村はここずっとマイナス12度からマイナス17度までが記されています。私たちが山小屋で生活し始めた頃にはマイナス20度の日もありました。その時は確か子供たちの頭に夜中帽子を被せました。昼間にスキーから帰ってきた時に外気温がマイナス5度でも結構大丈夫でした。お風呂に入るのに初日は地獄の苦しみでした。だんだん慣れたからか最近はそれ程で無いけれど、このような寒さの中でお風呂に入ると、私たちももう老人の部類に入ってしまうので地獄よりは天国に行ってしまいそうです。(笑)
こうして川上に行けないでいるとよく夢を見ます。昨日も見ました。お絵描きの準備ができていないのに山小屋にいる夢でした。焦って歩き探している場所は土が出ているいつも夢に出る場所です。キングオブキングスの映画で母マリアがキリストに出会う洞窟の入り口です。それが以前住んでいた希望ケ丘の散歩道のようでもあります。
収ちやんと祖父
前回川上に行った時、従兄弟が亡くなったという連絡を白樺の森の中で受けました。また同じ日に実家の前に住むご近所の佐々木さんのおじさんが亡くなったという連絡も受けました。
従兄弟は最近Facebookで友達になり近況がわかるので昔よりも近しい感じがありました。「エアーボクシングに夢中なんだ。本当のボクシングの試合もあるんだ。東京マラソンにエントリーしたんだ。お誕生日おめでとう。」などの連絡をしながら、彼の幼い日を思い出させる時が多々ありました。東京マラソンの準備のために20キロ走り、ビルの中で心筋梗塞を起こしての突然死でした。61才ではあまりに早い死でした。

こうして八ヶ岳に行けないでいると夜の星空も思い出されます。彼はどの星になってしまったのだろうか。去年は義理の叔母も亡くなり、ただでさえ川上村の夜空は空気が澄んでたくさん星が見えます。その星を探すのは簡単ではありません。でも従兄弟の場合、好きなことをしていて亡くなったのは幸せだったんだと思いたいです。今度川上に行って私が夜空を見た途端に最初にピカリと光った星を彼の星にしてあげようと思います。

2017年11月 3日 (金)

家族仲良く湯河原旅行


秋の台風が2週続けてやってくると言う先週の土日に娘たち家族と一緒に湯河原まで一泊の旅行をした。我が家では時々娘たちと旅行をする。どうしても会社勤めや学校の都合から土日になるのは仕方がない。だから皆渋滞の記憶が先に思い出される。去年は千葉に行ったがやはり大渋滞で一家族は千葉から東京湾フェリーで帰ったし、一家族は延々と下道を行ったと言うし、私たちは明くる日の予定がなかったのでペンションに泊った。その前は伊豆に一台のレンタカーで7人で行った。その時も大渋滞だった。それからその前は長女家族と館山に行き、その前は次女夫婦と草津に行った。計画は次女が立てる時が多く、幹事さん役で疲れてしまうことが多々ある。適当に最近のテレビのバス旅行のように行き当たりバッタリでできればいいけれど人数が多いとそうはいかない。が今回は台風が加わり、主人の足が悪いので車椅子にもなり次女のお婿さんには車椅子と乗用車の運転もさせてしまい、本当に有難かった。

小田原港に着いて海を見に行ったが目の前で2匹もイカを釣った人がいた。港の近くにはたくさんの魚料理の店があり。「マサカリ担いだ金太郎」じゃなくて三太郎はお魚を美味しく食べさせる工夫がいっぱいで本当に「ギョぎょ魚の三太郎」だった。


湯河原の「一夜城ヨロイヅカファーム」ではモンブラン、一夜城蜜柑テイーも美味しかった。美味しさの中に鎧塚さんが亡くなられた川島なお美さんを愛おしく思う情熱がこのスイートを作っているんだと思った。雨が激しく降っていたのでファームの見学が出来ず残念でした。孫の一週間遅れのお誕生日も出来た。

モア美術館では茶道具展をしていたので暫しの静かな時間を味わった。私の持っているいいお茶碗で茶を点てなくては、と思った。


まんりょうと言う割烹旅館は食事が美味しく、刺身の舟盛りが良かった。温泉の湯で肌に滑らかな感じになり、私はもう一段美人になった。ホホホ! しかし台風の雨と車での生活で歩きもせず体操もせずにいたので身体的、タニタ的にはノーグッド。


明くる日は湯河原の老舗旅館のあるエリアは紅葉の準備をする葉が湯けむりとそぼ降る雨に濡れていた。箱根駅伝ミュージアムに行ったので来年のお正月のテレビ中継はよりリアルに感じる事ができそうだ。帰り道の芦ノ湖スカイラインはいつまで経ってもS字の道が続き、朝の朝食の2膳のご飯がどうも消化しきれずにいて、小さい時に気持ち悪くなった現象が頭をもたげ始めていた。雨もどんどん激しくなっていた。スカイラインをもうすぐ終わりに近づいた時に30センチ太さの木が道路の半分まで折れて転がっていた。それを機に「ウッ?ウッ?」キモチワルイ〜
他の皆んなは蕎麦屋さんに入って行ったが私は目が回っている感じを抑えて車の中で寝ていた。皆が食事を済まし戻ってくる頃には私の不快な症状はいくらか収まっていた。あのスカイラインが晴れていたらこうはならなかったと思う。それに後ろに電動車椅子Whill100キロが載っていたから揺り戻しが大きくなったかもしれない。S字のカーブをツバちゃんが運転してくれたのだけど、一度もホンダの警告は点かなかった。上手で安全な運転だったのだ。皆んなは蕎麦屋の中でどの辺りでママが気分が悪くなったかと噂したそうだ。芳州さんは「きっと倒木のところだ」と指摘してたそうだ。当たり! 阿吽の呼吸だからね!

2017年9月20日 (水)

アプローチの手摺



台風18号が来る前に山小屋のアプローチの手摺りは作り終えました。資材購入に1日、組み立てるのに1日かかりました。それは以前作った入口の階段の1メートルの手摺りで予測がついて居たのである意味、簡単でした。ただ八ヶ岳山麓の小石や大石の混じった地面に穴を開けるのは大変でした。

長坂のJマートで買った螺旋穴掘り機で6センチの穴が開けられ大変便利でした。錐のように回して30センチほどの所で戻し、土も一緒に掻き出します。そこに焼杉の杭を刺し木槌で打ちます。パイプをT字に通せる金具を杭の側に取り付け、2メートルのパイプを通します。パイプの取り付けが微妙に角度を調節するのを1人でやることが大変でした。パイプは8本使いました。また穴あけで地面に掘っていっても、石や木の根が邪魔をして思った箇所に杭を打てないことがあり、手こずりました。



これから冬が来て少しでも相棒が早く家に入る手助けになればという思いで杭を打っていると「何でこんな病気になったんだ!」とも思いがしてくるとどうしても力が入りみるみるうちに出来ました。夕方薄暮の中小雨に濡れて作ったので、まだ遣り果せてないこともあります。次回に回します。いつも若い人が手伝ってくれますが、これはどうしても自分で作りたかったことです。



台風18号は夜中に吹き荒れて風が強くとても怖かった。朝、見廻ると隣の家の大きな白樺が倒れて居た。我が家の畑の小さな白樺も折れて居た。皆虫やキツツキにやられている木が倒れて居た。
今回の手摺作りの中では「自分の身体の体幹」を意識して掘ったり打ちつけたり持ったりした。そのため翌日になって身体の痛みなどがあまり感じられなかった。タニタの体操教室「フィッツミー」のおかげだと思う。

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