2017年8月10日 (木)

2017年の夏の思い出@前半

台風一過の空
台風5号は発生してから進路を微妙に変えて、中心の気圧は弱くなったものの時速が遅く、かなり長い期間日本列島の周りに停滞していた。そのため八ヶ岳の夕日の美しさを楽しむことが少なかった。7日の夜は家の周りを片付けて用心しながら就寝しました。ところが思ったほどの雨は降らなかったようで、夜中に雨音に起こされることはありませんでした。台風に神経を使うのは以前の2013年の大雪の事件があるからです。最近は日本列島のどこでも雨や土砂の災害が起きるので雨、雪、風には注意するに越したことはありません。

我が山小屋の丹精込めて育てているトマトとダリアも、台風が来る前に支柱を足して木を縛り、被害はありませんでした。ジャガイモも地面が泥濘む前に収穫しておきました。私が収穫できたジャガイモは男爵1キロ、メークイン1キロの種芋からそれぞれ5キロになり、日本の食料自給率をささやかに上げたのです。因みに日本の食料自給率(カロリーベース)は39%と低いが、カナダ258%、オーストリア205%、フランス129%、アメリカ127%、ドイツ92%、イタリア61% と言う具合です。「自分の食い扶持は自分で作る」精神を持つことは大切です。畑のその他の収穫に大根があります。ほって置いただけですがかなり太くなりました。そして辛いです。モロッコ菜豆はまだ収穫量は少ないです。バラクラで作った草花の寄せ植えはどの鉢もジグソウパズルのように仲良くベランダで育ち美を奏でています。
次女が作ったスイカ
ところで我が家は相棒の足が不自由なので車を出来るだけ家の近くまで来られるようにアプローチを整備 してきましたが、夏休み前半には次女夫婦が手伝ってくれました。木を切ったり除草シートを貼ったりせっかくの休日を肉体労働をさせてしまいました。でも若いから大丈夫よね。と自問自答してこき使いました。つばちゃんありがとう(*^o^*)

労をねぎらう焼肉パーティー
また10日は川上村の別荘地の自治会の総会がありました。自治会費を川上村に支払っているので自治会自体はその補助をする位の存在ですが、放置車両の問題、スリップをする坂道の問題、不審な不動産業者の電話の問題、道路のミラーの問題、湖畔のトイレの撤去問題、管理費滞納者問題などを質疑しましたが毎年同じ意見の繰り返しで村役場の対応への不満がありました。結局、住んでいる人たちに必要な17年度の活動目標
①別荘地の整備、②水道水源、③別荘地の管理体制、④水害対策
などの重要な課題には踏み込めずに終わりました。役員の方達の高齢化もあって、ここまでできれば良いではないかとも思えてしまいました。時々会う人たちで作っていく別宅の自治会なので本宅とは違うので仕方ないかとも考えられます。皆んなが気持ちよく住むための約束事を負担無く実行できれば良いなあと思いました。そうしてこそ子々孫々に残せる財産だと思います。

後半の休みには高校受験勉強中の孫が来ます。たった1日半ですが「15歳の夏の思い出」が出来ると良いなあと思っています。

2017年7月29日 (土)

スズメバチがいない?



ここ1週間以上雨です。時々晴れ間もありますが、雨が降って居ます。ここでまだ家が建つ前に長いこと雨の日がありました。敷地にキャンプのテントを張り、その時、4人姉妹の家族が来て座ることも出来ず閉口したことがありました。あれから30年は経ったでしょうか。




今年は6月くらいにスズメバチが多く飛んでいましたが、最近は全くと言っていいほど見かけません。どうしたのでしょうか。昨夜は雨が激しく降っている時に、カマキリが降雪の量と巣の高さが比例することと、スズメバチの不在と考え合せ、嫌な妄想が頭をよぎりました。
スズメバチの代わりに可愛いバッタがいます。大きくなるかと思っているけれど、ずっと小さいままです。きっと植木についてきたのでしょう。




雨が止んでいる時にガーデニングの寄せ植えの花が痛んで来たものを取り替えたり、お風呂場のタイルに出てきたカビを掃除したり、土嚢袋に刈った草や枯葉を入れて堆肥づくりをしています。晴れの日がはっきりわかったら、ジャガイモ掘りと梅干しのもう1日干すのをしたいです。


2017年6月21日 (水)

キビタキの巣立ち

【キビタキの営巣日記】


5/14 鳥の巣を発見。山小屋の水道の栓を開けに行って気づく。
5/16 キッチンの窓の柵の鳥の巣はまるで何かの動物かカラスに襲われたように見える、乱暴な作り方です。
5/21 鳥が来たのが家の中から判る。外に周り背伸びして見ると 卵1個 発見。色の具合からキビタキと判明。私はと言えば、 鹿の柵を作り直しに奔走し、毎年来るシジュウカラは緑の巣箱で営巣中でした。


5/26 卵2個 になっていた。絶えず温めている

🥚不在期間🐣

6/15 2羽が孵っていた。
6/16 オスとメスが交代し温めている。朝4時に親鳥が来ていた。
6/17
朝5時台
今にも飛び立ちそう 羽繕い 二羽なのか一羽なのか分からなくなる。
時々親鳥が来て餌をあげているが昨日より頻繁ではない。


しきりと二羽のフンを取りどこかに捨てに行く。それをしているのは母鳥だった。
多分体重を軽くして飛びやすくしているのだろう。
朝6時台
2羽巣の中を移動しきり。2羽突き合う。羽をばたつかせ窓ガラスを突く激しい。
朝8時台
しきりと動き回りかなり大きい。ヒナ飛び立ちそう。全く飛び立ちそう。
朝9時台
姿が見えないかに見えたが、寝ていたのだろう。
朝10時台


餌を2羽にあげている。カラスが間近に来て鳴くので、私は二階に駆け上り追い払おうとする。母鳥は枯れたズミの木の梢にいて、私を威嚇する鳴き方をした。そしてシラカバに移る。そのついでに私は写真を撮り見ると巣には1羽の嘴があった。母鳥の警戒音は他のキビタキを集め始めた。全部で4,5羽は居たと思う。大きな親鳥もいたが小さめの鳥もいた。先に巣立ったお兄ちゃんか。想像を巧みにすればお兄ちゃん鳥や従兄弟鳥かもしれない。全員が私を威嚇して居た。カラスが悪いのに!
朝11時台 巣には何かいるようだが動きは緩慢。11時17分考えに考えてスーと飛び立つ。あっけない巣立ちだった。

以前我が家のマンションの裏には椎の木があり、そこにこの同じ時期にキジバトが営巣した。今から30年前のことだ。その時にも日記を付けお絵描きの予定表に書いた。鳥たちは巣立ちが近づくと餌をあげない。今回のキビタキでは飛び立ちの30分前に餌をあげる場面を目撃したがキジバトはやらず親鳥もその日と前日は巣にも居なかった。この場所では都会より過酷な自然なのでそうするのだろうか。またしきりとフンを取って居た。ガラス越しに見て居たが、一円玉の大きさだった。私がもうすぐ巣立ちをすると感じた瞬間があった。写真には撮れなかったが、蚊が飛んで来た時に雛が待ち構えて嘴で食べた。もう自分で餌が取れるから生きていける。
キビタキは母鳥が茶黄色の色で体が父鳥より3割増し位大きい。父鳥は胸が黄色で美しい。今度生まれた子供たちはオスメスどちらなのだろうかは分からなかった。あまり上手ではない巣もキビタキの卵と雛の時代にはフカフカのベッドだったはずだ。今はもう木の枝を寝ぐらにしているのだろうか?
近くで鳴き声がするとあの子たちかと耳をすます私です。巣にはもう一度も戻って来ません。4羽で暮らしているのだろうか。夫婦仲良く子育てしているのだろうか。ところで今は雨が降っているが明日にでも晴れたら、巣を片付けようと思います。

2017年6月 3日 (土)

思いがけない鹿の害

5月26日の日記です

昨夜事件があった。ココの夜泣きに起き、眠れぬ時間を過ごすうち、外で鈍いドンと言う音がした。昼間は寄せ植え教室に行き、その前日には鹿に入られてモッコウバラやアナベル、イチゴが食べられていた。後ろ髪を引かれる思いで教室に行き疲れて寝ていてのドンなので、懐中電灯を窓外にむけた。ヒューン!ヒューン!子鹿の鳴き声!何処かに入り込んでいる。何度か鳴き声が聞こえた。普通は間遠になるのが、何処かに動かずじっとして鳴いている。


朝になって家の回りを見回ると、かなりの鹿害発見。百合、ギボウシ、バラ!
もうがっかり。新しく鹿柵を作り直しているのに反応したのだ。何処かに弱い場所があるのだ。とりあえずワイヤーメッシュを長坂に買いに行く。

裏の窓ガラスにはキビタキの巣が作られている。もう2個の卵を腹の黄色いオスと体が大きく黄色っぽいメスが交代で卵を温めている。



私はその巣を見ながら柵を作る。

怒涛の日々のため、今福島のいわきでこの記事を書いてます。思いは八ヶ岳に!届け!カラス近づくな!

2017年4月16日 (日)

復活祭の頃に生まれて

NHKのワールドニュース・フランスでは今日4月16日が復活祭(イースター)で、ストラスブールの菓子店ではチョコレートを買う人たちで賑わっていると伝えています。フランス人のチョコレート消費量は一人当たり年間7キログラムだそうです。特にその店ではウサギのチョコレートが売られていた。森の中に隠したペイントされた卵と一緒にするとイメージがわくようだ。イースターの日にちは春分の後の最初の満月の日の次の日曜日と決められている。去年は3月27日であり、一昨年2015年は4月5日、2014年は4月20日になるのです。






ところで昨日は私のお誕生日でした。遥か昔、中学か高校生の頃お誕生日に友人を目黒の家に呼んでお誕生会をした時、私が通っていた教会でのイースターで少し遅れて友人を待たせたことがありました。母がその頃はいつもカツとキャベツを陶雅堂の皿に盛り、ガラスの器にポテトサラダを盛り付けてくれました。フルーツポンチもありました。今もその陶画堂の食器はこの山荘にあって、時々思い出して胸がいっぱいになります。昨日は長野に来ているので、私たちは馴染みのお店パスタ・モリモトで相棒と鹿肉のパスタのランチを食べました。



そして昨日から今日にかけて山荘の庭に植えたチューリップが芽を出したことに気づきました。去年バラクラの教室で球根の植え方を教わりました。穴を開けて肥料を入れ土を少し戻し球根を入れて土をかけるのです。ですが今までここ川上村では球根をネズミに食われたりモグラにいたずらされたり、一度も芽が出て来たことはありませんでした。ところが今度は皆出ているようです。植木鉢にダブルデッキで入れてある球根も3つほど出てきています。しかも芽の葉が太く力強いのです。今まで私のやり方が悪かったのか、球根が良くなかったのか、もちろん今回はバラクライングリッシュガーデンのガーデンセンターで購入したチューリップの球根です。悪い訳がない!



さて昔、友人が来る誕生日の日にちの設定はいつも熟考して決めていました。それは我が家の生垣のマサキが新芽を出している方が美しいからです。4月15日前後で新芽が入れ替わって出てくるので私は友人を呼ぶのにいつにするか心の中で考えていました。でも母にそのことを相談したことはありませんでした。その家は東京オリンピックの年に新築し、その生垣はコンクリートブロックの垣根に変わりました。生垣のマサキの葉の緑が透けて見える美しい庭でした。自分たちの子供部屋がその年に出来たのです。

ちょうど私のお誕生日と復活祭・イースターの日にちが続くのでこの様なことを思い出しました。ところでその時に招待した友人5人のうち2人は鬼籍に入られています。1人は大親友と思っていた水谷寿美子さん、高校3年でアメリカに留学しドイツのシーメンスで働きドイツ人と結婚し47才で亡くなりました。またもう1人は大野幸子さん、10年前くらいに熱中症が流行った年にそれが原因で亡くなり、翌年年賀状が来ないので連絡したところ、彼女の死を知りました。後もう1人は音信不通。
もう1人はやはり大親友、ニックネームはデラ! 私は彼女に元気でいて欲しい。
私は70歳になりました。昨日Facebookでお誕生日のメッセージをたくさんの人にいただきましたがその中のもう1人の大親友からのを紹介します。

誕生日🎂おめでとう。🔔♥️🚘🎀🇬🇧🐾🌷🍅🍏🍒🍓

2017年3月16日 (木)

ベランダに動物の足跡が🐾🐾



昨夜、目が醒めるとすぐ近くでフクロウが鳴いていた。
ホーホー!ゴロスケホー!
朝雨戸を開けるとベランダに軽く降った雪の上に動物の足跡が🐾🐾🐾
ココの5倍ぐらい大きい。そしてベランダは地表から2メートル近く高い。
何だろうと「アニマルトラック ハンドブック」今泉忠明 高崎有起 著 自由国民社 を開けてみると、どうもテンらしい。

2017年2月19日 (日)

しろいうさぎのイヤリング



今日は壊れていて修理が必要だったイヤリング三点を直し、テーブルフォトで遊んでみました。
イヤリングはファッションの一部として私には重要な位置を占めていますが、無くした物もたくさん有ります。無くして探し見つけたものも有ります。一番の武勇伝はお正月の雪が降った日に真珠を銀で巻いてあるイヤリングを落とした時です。夜になって気づき雪の中で探し見つけた感動は忘れがたいものです。


最近無くしたのは寒さでマフラーとマスクを取る時に落としたものです。また川上村に長女がきた時に「素敵ね!」と言って即座にプレゼントされたものを耳に着けて森の中を散歩した時に落としたことも悔しいことです。山小屋にはその片割れがいつもピカピカ光っています。この頃は落とした方のイヤリングは白いウサギが長い耳に着けているのではと思い始めています。写真は私の好きな絵本「しろいうさぎとくろいうさぎ」福音館書店
今とても川上村に行きたいのですが、寒さが厳しく、三年前の大雪の恐怖がトラウマになっている私です。

2016年12月21日 (水)

冬至の夕焼けと鹿の角



以前森で拾った鹿の角が整理出来ずあったので彫刻風に木に止めてみました。実は髑髏も有るのだけどまだ作品には仕上がらないので年明けに整理しようと思っています。取り敢えず髑髏の骨の中に詰まっている砂や骨の欠片を取り除いた。


この森に私たちが住むようになったが鹿の害が酷くてフェンスや垣根を作ったけれど、元はと言えば彼らの住処だった訳で、私たちは後からここに来たのだから、このような髑髏や角は大切にしないといけないと思う。


ヒムロスギで作ったハッピーホリデーリース。夕焼けが美しかった。でも今は満天の星空⭐️

2016年12月17日 (土)

冬至まで5日@山小屋のユーテイリテイ



昨夜は雪がチラチラ舞う中こちらに来ました。川上村に入っての温度計はマイナス5度でした。あと5日で冬至になる今日この頃、午後4時半には薄暗くなって来るので荷物を運ぶ時間と水道や電源を開けたりストーブを着けるユーテイリテイー関係の時間を考慮して3時半には着かないといけない。自宅を出たのが10時15分だと昼食と食料品の買い物時間とを入れれば中央道はそれなりの時間で走らないといけない。川上村に入ると雪がチラチラして、山小屋近くになると地面も白くなり、この中私一人で全てやることに不安を感じ始めます。頭の中で優先順位をつけてロボットのように行動する。まあ言ってみれば鉄腕アトムの相棒ウランちゃんと言えるでしょうか。可愛すぎ?


①自宅の電源を入れ、②ストーブを2箇所着け、③外の水道の防寒対策の電源4カ所を入れ、④車に戻り夫3つ、私3つ、ココ2つの荷物を入れ、⑤食料品を冷蔵庫に入れ、⑥室内の水道の栓を閉め、⑦車を駐車場に入れ、⑧外の水道の水抜き用の栓を閉め(ここまでやって防寒用の熱源が暖まっているので)、⑨足が不自由な相棒が室内に入れるように救援に向う。
これが何もトラブルが無い場合のことです。室内の排水口が凍っていたりすれば、ドライヤーとホカロンで対応することや、外の水道の栓が凍っていればヤカンのお湯で溶かしたりもする。昨日もこれをしました。全てのことをして昨夜はポークシチュウと片口鰯のおつまみ。友人に頂いた越乃寒梅、それは熱燗。
2人でこの空気が良いんだよね!冷涼かつ頬に鋭く、全て緊張に包まれている。へそ曲がり夫婦の二重奏。
さて夜が明けて、水の出ない水道があった! ギャ!外に出て点検すると1箇所水道の防寒用プラグが入れてなかった。やはり完璧でなかった私。1時間もすると開通。これからは気をつけよう。
時々いつまでこのような生活が出来るだろうと思うことがある。それは出来るまでするということだろう。

写真は白い重い雲に覆われた八ヶ岳と雪が少し降ったベランダ。

2016年12月 4日 (日)

大原治雄「ブラジルの光、家族の風景」を鑑賞




清里フォトミュージアムで開催中の大原治雄「ブラジルの光、家族の風景」を見に行きました。移民したブラジルの地で森を開墾しコーヒー豆などを作り、家族(9人の子供)を養い、写真を撮る彼の生き方に感動しました。
大原に写真の世界を教えたのは妻との結婚式の写真を撮った移動写真家ジョゼジュリアーノでした。会場に飾られている写真の中に奥さんの幸の肖像が印象深いです。現在飛行機で飛んでも遠いブラジルの地に移民として行くのは尋常な覚悟ではない筈です。その写真の中に日本を象徴するような花や植物が写されていました。柿、椿、りんご、藤の花、さつき、菖蒲、ダリアまた干し柿などです。それはもしかすると妻の幸が荷物に忍ばせて持って行った日本の花の種だったのかも知れません。私は自分が園芸をしているので、頭に浮かぶ発想です。
そして会場の中の写真には苦労とか悲惨とかを感じさせないのです。思いどうりにいかずたべるものにも困ったでしょうが子供たち全員を大学に入れたそうです。ー在伯高知県人発展史、南国土佐を後にしてーのなかには大原治雄の「子供たちが一人前となり世のために少しでも役立つ人間になれば満足である」と書いています。しかし遠い地に来て二人三脚でがんばったのですが1960年代末に妻が難病を発症し大原の献身的な介護の甲斐もなく1973年に62歳の若さで他界します。その後大原は自室にこもり喪に服しつつアルバム「幸の思い出」を制作し、子供たちに手渡します。大原治雄はサンパウロの写真クラブに入って腕を上げました。そして1972年生まれの彼の孫、サウロハルオオオハラは祖父の写真を撮っています。その写真はまた印象深いものでした。文章も素晴らしいものでした。私はその前で涙が出て止まりませんでした。
ー芸術に関する限り必ず感動があり、然る後に知識がくるのでその逆はありえないー



ここ川上や野辺山、清里一帯も入植地です。レタス畑や高原の一隅には開墾碑が建っています。川上村の村史には開墾時の苦労談が書かれています。それからして推し量れます。しかし彼の作品には苦の表現は感じられない。農民賛歌であり、家族の肖像の大切さである。今回清里のK✴︎MoPA清里フォトアートミュージアムでこの展覧会が開催されたのは深い意味があると思います。
重ねて感動したことを記し、会期は12月4日までです。近くまで来られる方は是非鑑賞されますようお勧めします。

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