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2015年10月24日 (土)

我が家の畑の変容と象徴的なダリア

Niwa1 今年の畑は以前のように目いっぱい野菜を育てずに、花やハーブなどを区切って植える形に移行しています。それは自分の体力が低下してきたことと、お互い夫婦が支えあっていかなければいけないので、100パーセントの力を出し切ることは支えが効かず、人の字が崩れてしまうと感じたからです。人の字が崩れるということはパタン-パタン一となってそれは-マイナスにつながります。 それは40.50才の時には考えもしないことでした。

その野菜の畑の中にダリアの球根を植えて、ダリアのコーナーを作り、今年の夏は川上に行くたびにダリアの枝を切り、花を活けました。 第二次世界大戦が終わって1年8か月後に私は生まれたわけですが、幼い頃、母が庭に植えていたのはダリアでした。切った時に独特の匂いがしましたが、思い返すとそれは昭和の匂いに感じます。それと焼け野原になった庭にはトマトが立派に実り、私は離乳食代わりにトマトをチューチュー吸ったと母から聞いています。今年川上で私が育てたトマトは途中から黒くなり、あまり芳しくありませんでした。ナス科の野菜を多く育てているからかもしれません。じゃがいもは輪作を避けて植えたために質と量ともに良好でした。

最近は次女が私よりも野菜の育て方を研究し、計画的に作付けをしています。えっと驚くほどに車に野菜を乗せて持ってくるので、ビックリポンです。小さい時から教えたわけではないのにここ2年ほどでこのように上手になり、夢中になっているのには、よほど食いしん坊の血が流れているのだと母はもう降参です。

そして長野の畑の今年の華、ダリアは夏と秋に花を咲かせ終わり、次は球根を取り出して、来年の春まで凍らない横浜で冬眠させます。そして春が来たらまた川上に植えます。
Niwa2
ああ、なんと春が恋しいのでしょう。
紅葉をまだじっくりと見てもいないのに、もう春を想う。
「田園の誘惑」は強力だな。

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