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2005年11月の記事

2005/11/27

父の死・Ⅲ

父は肺気腫、腸閉塞、の治療を受け、最終的には気管も切開し、人工呼吸器をつけていた。今になってみると、人工呼吸器というものは、医療機器でありながら、別の意味をもつものであった。自分の呼吸に逆らい、息をしていた。それでも、それを装着しないでいたならば、3日の命であるといわれた。確かにまわりで同じ病状の方でつけない場合は短い時間で亡くなっている。 最後は母も見舞いに訪れるのがつらかった。それでも、無くなる40時間前に、弟は母を病院に連れて行き、すばらしい写真を撮った。母がベッドに寝ている父の手を取り、二人で見つめあっている写真だ。

今、私は通夜、告別式と終え、2日が経った。そして今日、YOUテレビで、「デッドマン・ウォーキング」を放送するのに気づいた。以前見たことがあり、感動して、ノートに記していたが、父の供養は映画だと、勝手に考え、部屋の片づけを早々にして、ソファに座って見た。

ショーン・ペンとスーザン・サランドン主演で、罪を犯した死刑囚の心の動きと、その罪をいかに贖罪させるか、また死刑反対のテーマを絡ませてもいる。死刑のやり方は日本ではベールに隠れているが、この映画ではかなりはっきりと描いている。私はその中で、最後に死刑執行の場面を興味深く見た。そこで、死刑執行用の器械と人工呼吸器は目的は全く違うが取り付けられたら、同じだと感じた。感じたと言うのは感じたのであって、考えたのではない。

けれど、つらい思いをする父は今はもういない。

私の孫のトモクンは告別式の後、家に帰り、娘がひいじいが死んだことを話しても、理解できないでいた。そこで娘は「ひいじいはお星様になった」と話したという。すると「お星様にすんでいるの?」 と聞いたという。私も人工呼吸器のことなど忘れて、お星様に住んでいる父のことを思いたい。

このブログをみていて、通夜、告別式にご参列された皆様、「父の死」はこれで終わりにいたします。もう少しの時間をいただいて、明るいKEICOCOに戻ります。

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2005/11/26

父の死・Ⅱ

私が音楽を好きになったのは、父の影響だったと思う。戦後の6畳一間の部屋で、父と母はよく音楽をながして、ダンスを踊った。たぶんラジオから流れてくる曲に合わせて、急に踊りだしたのだと思う。私は、ロマンチックになりながら父と母を見上げていた。母を抱いて踊っている父を素敵だと思い、抱きしめられて踊っている母をきれいだと思っていた。そんな時弟は父と母の間に割り込んで入っていき、母の足の上にのって自分が踊っていた。私はせっかくいい気分になっていたのを、少しがっかりしながら、弟を見ていた。

父はタンゴが好きだった。ラ・クンパルシータ、碧空、真珠とりのタンゴ、たぶんダンスは他の洋楽を聴いて踊ったのだと思う。タンゴは好きだったけれど、踊れないと思う。その思い出の一場面は弟が幼稚園ぐらいの時のこと。遠い遠い昔のことだ。

父には入院中に病室にテープを持っていきタンゴの音楽を流した。息が苦しそうで少し流して終わりにした。そのテープをもう1度流したのは、通夜の日、家を出る少し前の葬儀社の方が来る前に流した。それは母が指示してくれた。北枕のそばでタンゴはながれた。

あの日のダンスの場面は目に焼きついて忘れられない。今、私は父と母の子に生まれたからこそ、幸せなのだと思う。

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2005/11/25

父の死・Ⅰ

最愛の父が亡くなった。心筋梗塞に始まり、たくさんの病いと戦い、11月22日の「いい夫婦の日」に人生を終えた。81歳であった。

幼い日、学芸大学や渋谷、目黒の映画館に連れて行ってもらったことは忘れられない思い出だ。映画の楽しさはもちろん、映画館での楽しみも教えてくれた。

当時、映画館ではスマックというアイスクリームが売られていた。それを私と弟が暗黙の了解のもと、ねだるとすぐに、売り子の人を呼んで買ってくれた。あの味は忘れられない。リンゴを持って入った時、ナイフを持ってないので手で割って食べさせてくれた。私たちには父がスーパーマンに思えた。

昨日、通夜を終えた。今これから、告別式にむかう。父は喉に穴を開けて、最後はしゃべることもできなかったが、なくなる1週間前に、意思の疎通ができた日があった。そのとき私の髪の毛を見て、きれいだねといってくれた。今、目黒のお寺にはまだ冷たい父の体がある。父との最後の別れの時だ。きれいにしてでかけよう。

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2005/11/18

Jazzを聴いて描く・Ⅳ

jazz_022 SHUはピアノを習っているせいか、音楽の規則性を色彩の構成で表しているような気がする。あとりえにはもう7,8年は通っているだろう。花や果物などの静物画も得意だが、こういった絵はSHUは楽しんで描くから、見ていても面白い。

中学になると、このような訓練は自分でしない限り、減るだろう。学校でのデザインの授業でこういった課題をたくさん出して欲しいものだ。

私はこのブログの中で、だいぶ前に情操教育について触れ、その名前を変えたいと言った。まだ思考中である。SHUに7年間してきたことこそ、情操教育なのだと思う。たぶん公立の小学校では意識して指導しているところは少ないだろう。まして、中学ではその余裕はもっと少なくなる。このSHUの感覚を伸ばしてやりたい。

今回の「Jazzを聴いて描く」のモダン・ジャズ・カルテットの 「ジャスミン・トゥリー」 は選曲として良かった。

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Jazzを聴いて描く・Ⅲ

jazz_016 jazz_017 jazz_018 jazz_023 左からユイ、ファリド、モモコ、エリナ。

まったく無言。ピン、ピン、ポロン。宙を見つめるファリドの目がきれい。ファリドはお父さんがイランの人だ。かつて芳州先生が撮影でイランに行ったとき、あちらの女性は目が大変きれいで、引き込まれそうだったと言っていた。1年前のファリくんは、少し落ち着かなかった。でも今ではしっかりと椅子に座って音楽を鑑賞し、こんな絵まで描けるようになった。金や銀のマーカーを置いておくと、それを使いたがる。今日はそれはなし。ピン、ポロロロン、ダン、ダン、ダン、ダダダン、ピン、ポロポロポン。ファリド再び、宙を見つめる。

ユイも夢中で描いている。夏の手術の影響は感じられない。40分経った。鼻くそほじる。ピン、ピピピン、ピン、ポロン。

エリナ、口をきゅっと結んで、ちょろっとユイを見る。いつも絵を描く時は静かなエリナ。全くしゃべらず、描き続ける子供たち。ポンポロポンポンポロロン、ボンボン、ピピロン、・・・・・・・モモコ、直感的に描いていく、今日は友だちと一緒に来たので、早く描いて遊びたいのだろう。3回のなおしでOK 。ダイナミックなタッチだ。

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Jazzを聴いて描く・Ⅱ

jazz_005 jazz_012 jazz_010 jazz_009 左からシノ、アヤノ、リョウ、H・ミク。

 シノはカエルの好きな女の子。今日もジャズが流れる中、私のそばに擦り寄り、「ねえ、先生お願いなんだけど、今日もカエル描いていい?」「今日は自由に描いていいのよ。」と言うと、うれしそうに、机に向かい描いていく。アヤノは始めに描いた絵は水玉模様で、変化に乏しかったが、もう1枚描くと、これを描いた。刺繍のデザインにも使えそうな、規則のある美しさです。

 リョウはサルが戦っている絵で、どうしてと聞くと、ゲームのバックで流れている曲なのだそう。ミクはかなり長い時間 (2時間半)丁寧に描いていた。今回の課題はほとんどの子が普通の時より集中力を感じる描き方をしていた。

このように、ジャズという抽象的に感じる音も、子供の感性は具象に置き換えてしまう。また、子供なりの音に対する感じ方をほめ、大切にしてあげたいと思う。間違っても、「えっ、なあに、この絵、よくわかんない絵ね。」などと言わないでね!お母さん!それを言ってはおしまいよ。そしたら、1時間もの間、一生懸命描いていたのはなんだったんだろうということになってしまう。そんな言葉に天才少年や少女が潰されていくんです。

あとりえ・チビッコに通うお母さんたちはそんなことしない!子供が描いた絵をコミュニケーションに使って、楽しい親子の会話を楽しむはずです。

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2005/11/17

Jazzを聴いて描く・Ⅰ

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左からカホ、ユリ、モモカ、カノン

今回はジャズを聴いて、絵を描かせた。モダン・ジャズ・カルテットのCD、ラストコンサートの中から、「ジャスミン・トゥリー」 そしてこの4点は幼稚園児の作品だ。カホとカノンは初めてだが臆せず、考えて描いていた。ユリはなんだかうれしそうで、ニコニコしながら描いた。

モモカははじめに半分の仕切りを描いていたが、その仕切りが違和感を感じることもなく、またまわりの白とも、凝縮した色彩の塊とも、バランスがとってもいい感じだ。カノンは塗るという仕事を1度トイレに行っただけで、60分あきずに塗った。子供が落ち着いて机に向かえるのは、15分といわれる。テレビの漫画のコマーシャルタイムまでの時間だ。あとりえではジャズを聴いて描くのははじめてのことだ。今までクラシックをジャズにアレンジしたものは聴かせて描いたことがある。リズム感が子供たちと合ったのだと思う。この作品で紹介するように幼稚園児や低学年に感性を感じた。

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2005/11/07

「豊田芳州のTheme」 スタートおめでとう!

2003germany_127    祝 「豊田芳州のTheme」 スタートおめでとう!

 夫である、豊田芳州が写真のブログをスタートします。私たちのブログに共通のカテゴリーは芸術であり、自然であり、ドイツでもあります。

フリーになって、12年がたち、思い返せば大変だったけれど、実り多い日々でもあり、人生の転換期はいろいろあるけど、このブログで話ができるのも幸せなこと。今日のこの日の新しいスタートは、新たな転換でもある。胸をワクワクさせて、飛び込みたいのです。

これまで芳州にいろいろ教わりました。音楽について、写真について、文章の決まりについて、どれもあまり真面目に聞いていない私です。それでもブログについて、今度はすこしだけ、私が教えてあげる。けんかしない範囲で。

これまでも応援してくださった皆様、これからもまた 「豊田芳州のTheme」 をよろしくお願いします。

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2005/11/06

インフォームド・コンセントと絵画教室

_049 今、父は東京の大学病院に入院しているが、今回の入院と手術にも、たびたびインフォームド・コンセント【 医師が患者に十分説明し、その処置には患者の同意が必要だとする考え方 】を受け、同意書に署名してきた。若い先生たちから、医学上の説明を受け、黒板に書かれたことを、ノートに写し、説明を聞いた。正直に言って理解はできたが、何か物足りなさを感じてきた。

ここ1週間ほど、ICを受けるともなく私たちは見舞いを続けてきた。母は同じ病院で治療を受けているK医師を大変信頼している。その医師が母が心配するのを受けて、父を見舞ってくれ、様子を見て下さったことを聞いた。やはり、年数を重ねたベテランのK医師は、こちらが浅い勉強をした質問にも気さくに答えてくれて、心が和む思いがした。

ところで、あとりえには、歯科医や、スポーツ医学や精神科医になった子もいる、また看護婦になった子もいる。 かつてその中の一人の子が受験の時に、絵画教室にいたことを証明して欲しいと言われたことがある。 多分インフォームドコンセントのために必要なのではと思った記憶がある。今では彼らも、若い医師としてきっと、このような場面を経験しているのかもしれないが、相手の心を思いやったインフォームドコンセントができるような医師になって欲しいと思っている。それは今回の若い医師たちの説明に抵触すると言うわけではないが、それにはもしかすると長い時間がかかるのかもしれないし、医師個人の個性のよるのかもしれない。

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2005/11/04

よく遊ぶ子は体験画がいきいきしている・Ⅴ

taiken_016 カスミは犬にえさをやっているところを描いた。新潟のおじいちゃんのうちの犬だろうか。楽しそうに描いているので、細かい設定を聞かなかった。カスミはつい最近までよく遊んでいたが、塾にも行くようになり、少し遊びから離れている。それでも、いきいきとした絵を描くのは小さい時から、じっくり遊んでいるからだと思う。

外で遊んでいる子たちを観察すると、友だちの話をしている子もいるし、ゲームをしている子もいる。本当の「 子供の遊び 」とはかくれんぼをしたり、ボール遊びをしたり、他者とのかかわりがあって本当の遊びになると思う。 そしてそれが、栄養となって、しっかりしたやさしい人格を育むのだと思う。

現代は子供たちが一人でいても、気づかれない。私は大きな声を出して、皆に言いたい。

「 遊びましょ !」

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2005/11/03

よく遊ぶ子は体験画がいきいきしている・Ⅳ

taiken_014 taiken_012 この体験画の課題では期待していた作品です。リョウ(左)とメグミ(右)の作品だ。

筆圧が違うので迫力は違うが、メグミもよく遊ぶ子だ。リョウは虫に夢中だ。カマキリは秋の終わりには卵を産むため、お腹が膨らみ、目立ち、取りやすい。

メグミは木登りと下の鉄棒を描いた。幼い日の木登りは自分がひどく高いところにいると感じる。それでも大人になって、同じ高さに登っても、あの日の感動はない。この絵を描いておくことで、「幼い日」を封じておくことはできる。いつかキラキラと輝いてくる、大切な時間。

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よく遊ぶ子は体験画がいきいきしている・Ⅲ

taiken_009 taiken_011 左はシノのお誕生日のプレゼントのローラブレードとお気に入りのカエルたち。シノは2年前の夏に鈴廣の蒲鉾いた絵コンクールでカエルを描いて入選した。 それからずっと、何の時にもカエルが登場する。1ぴきのカエルで自信を持った。

右はカナが「影送り」の実験をしたときの絵だ。国語の教科書、ちーちゃんの影送りの中にある自分の影をじっと見てから、青い空を見ると自分の影が現れるという、目の残像現象を絵にしたのです。私はまだその教科書を読んでいないので、もっと奥にあるものを知らないで、この記事を書いています。戦争反対の内容だそうです。カナはお父さんの仕事や家庭環境のせいか、視点がちょっと違います。伸ばしたい個性です。

この二人、学年は違いますが、並べてみると、なんて子供はいろんなことを考えるんだろうと言う気持ちになるので並べてみた。

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よく遊ぶ子は体験画がいきいきしている・Ⅱ

taiken_006 taiken_007 左のメイピーの絵は回転ジャングルジムに乗っていてみた光景を絵にしたものです。

右のエミの絵はここ1週間、よく見ている夢に出てくる女の子の絵です。ぼろぼろの服を着ているのに、きれいなのだそうです。

この二人はパソコンが得意です。先週エミにはパソコンの危ない部分について話しました。操作などでは私より得意でしょうが。

だんだん高学年になると、体験画の説明をしても、このように心象を描くようになります。それはそれで私はいいと思っています。それが、抽象画になるときもあるでしょうから。 学校でない、こういう町の教室こそ、自由に描く日があってもいい。

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よく遊ぶ子は体験画がいきいきしている・Ⅰ

taiken_001 taiken_005 秋は学校行事が多い。そのため体験画を描きやすい。行事にこだわらず、自分がおもしろく感じたことを何でも描いてよいと言ってはじめてみた。

左はカホの鉄棒と木登り。カホは現在4才であとりえ・チビッコの最年少だ。自由にマーカーとパステルで描いた。

ノドカは公園で遊ぶ様子を描いた。「 遊んでから帰る時を描いた 」というのが正しいかもしれない。友達もたくさんいて、サッカーの練習の合間に上手に遊んでいるのを見かける。

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