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2005年12月の記事

2005/12/31

来年もわくわく、ドキドキ!

kawakami05_002 冬の森で動物の足跡を見つけると、ドキッとする。それがもう何日も前のものなら、たいして感じないのだが、キツネのしっぽの毛の跡もフデフデした物だと、おおっと感動する。そして辺りを見回す。

いないかなー、キツネ。いないかなー、ウサ子、リスちゃんおいで!

自然の中で動物を探す目は、どこも見ないで目を開けて、ボーっとするといい。 林立する木々の間を目的を持って走るリスのシルエットを左の目の一番左端っこのところで確認できる。そして私はジロメになる。

動物がいると分かっていることなどない。会いたい、会いたいと思っていると会える。白樺に登ったテン、電線を伝わってきたヤマネ、月星の夜に道路を歩いていたキツネ、みんな私が会いたい会いたいと思っていて、それがふっと忘れていたような時に現れる。

もしかすると恋も同じかも、私は言うのも恥ずかしく、言わないと分からないから言うけど、かなり貞操堅固。それでも、たまには夫以外の人をすてき!と思ったことがある。その人の考え方がいいな。と思ったぐらいの軽い心の動き。人はそれを恋と言う。いつまでもわくわくドキドキすることをしようと思う。

今年はこれでおしまい。また来年もよろしく!おめでとうは言えないから。

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2005/12/30

大切な人とのもう一つの別れ

実は今年の秋に、父の死の10日前にもう一人、大切な人との別れがありました。私の日本画の師でもあり、小さい時にお習字を教えていただいた横溝由貴先生との別れです。

9月初めに長野の大根が鹿にやられてとれなかったので、レタスや紫蘇、ノリウツギの枝を持って行き、山小屋のお話をしたのが最後でした。最近では日本画は習っていませんでしたが、実家の帰りに寄って、ご機嫌いかがと、よくおしゃべりをしていました。

ノリウツギをきれいねとおっしゃってじっと見ていたので、今度また院展での作品のモチーフにしてくださるかしらと、思いながら帰ってきたのでした。その2ヶ月後にお別れの通知があろうとは思っても見ませんでした。年齢で考えれば、主人の母と同じ91才なのに、いつもしゃっきりして、お茶目な話し方をするので、病気のことなど思いもよりませんでした。またそのとき、初めて病院に入院したほどで、病院にはあまり行ってなかったようでした。生命維持装置も付けなかったそうです。

今年も、もうそろそろ年越しのカウントダウンが始まりました。我が家のお正月は喪中なので控えますが、おせち料理はいただきます。野菜の皮むきは、夕方までに、済ませました。野菜を切りながら、野菜を絵のモチーフにしていた小倉遊亀先生に思いを馳せ、その弟子であった横溝先生に思いを馳せ、今年一年が私にとって永い永い1年であったと思うのです。横溝先生ありがとう。先生はもう一人の母でした。

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2005/12/25

イブに摩耶寺で四十九日の法要

父の四十九日の法要を品川の摩耶寺で執り行った。摩耶寺は日蓮宗のお寺です。お経を御住職やお坊様と一緒にあげた。じっと聴くお経よりも一緒に唱える方が、解る気がした。

人は悲しみをじっと我慢していると、それは輪のようなものになって、喜びに近づいてしまうような気がする。昨日お堂の中で、ああおじいちゃんはいないんだと、ここずっとあった、感情にまた支配されていたのだが、お坊様がお経を唱え、太鼓をたたくうちに、なんだかジャズのフレーズを思い出して、「ね、ちょっと待って!そんなにやると、おじいちゃんが骨壷から出てきちゃうって!」考えるより早く私のシナプスがプスッと妙なところにつながっちゃって、太鼓に紛れて、クスッと笑っちゃったのね。笑っちゃったの。でもそばにいたのが、弟と母だから、一緒に笑い出したらどうしようと考えるよりも早く、私は正常に戻り、一般社会人になって、優良な、善良な市民になって、2週間前の風邪のゼロゼロした咳をしてごまかした。

摩耶寺では1月23日から29日までの1週間寒行があるそうです。お寺から碑文谷向原鬼子母神までお題目を唱えてウオーキングするそうです。

今から支度して二人の母の様子を見て、川上に行きます。昨夜の9時に野辺山でマイナス17度だった。私を頼りにしている人がいるから、風邪を引きなおさないように気を引き締めていこう。

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2005/12/24

サレジオ教会のクリッペ・再び

christmas_005 明日、父の四十九日の法要をする。いろいろな準備のため実家に行った。母の愚痴が多くなった。もともと愚痴は多かったが、二乗倍多くなった。私の耳に愚痴のたんこぶが出来たようだ。あさっての朝にでも、横浜の港に行って、そのたんこぶを切り取って、海に投げてこよう。

帰りにまた一人で、サレジオ教会によった。教会では写真を撮るだけで、お祈りもしなかった。前より電飾が多くなっていてきれいだった。それでも、まだ明日の準備の花屋に行く時間が気になって、写真はいい加減!

それでも母の愚痴が多くなったのはやはり愛する人がいなくなったからだ。とらえどころのない不安が広がっているのだろう。私だって気が付くと  「おじいちゃんいないんだ 」って言ってしまう。

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2005/12/23

クリスマスメニュー

christmas_008 あとりえの今年最後の工作を昨日した。新聞のチラシやホテルのデイナー用のカタログを切り取ってコラージュする。私の考えたメニューをそばに貼る。

こういう仕事をさせると、おうちの冷蔵庫とママのお料理の腕前がちょっと分かる。そしてその子の本来持っているセンスが否応なく出てくる。年齢には関係ない。ほかにはお母さんが集めたチラシに負うところもあるが、同じものを見ていても、それを切り取る子と、見逃す子がいる。

こどもは気楽にとって貼る。絵を描くとうまくいかなかったりするが、写真ならば切り方や貼り方に気を付けて進めるだけで、自分のイメージが表せる。幼くてもイメージがあれば、かなりのレベルになる。ミナちゃんとカナちゃん、メグちゃんがきれいで、センスがよかった。デザイン的センスだ。楽しんでやっていたので、しゃべらず集中していた。また、低、中学年の男の子、ノドカ、ジュンペイ、シュン、リョウもところどころに焼き鳥を入れたりしてかわいいこだわりを表していた。

私は残念ながら今回も指導に夢中になり、チラシのゴミの中に首を突っ込んでホームレス状態になって、ない写真を探していたので、デジカメ撮らずでした。写真は私の試作品。また今回は特に写真の著作権についてのお話はしなかった。来年早々の課題の中で話すことにする。分からなくても話さないといけないと思う。

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2005/12/17

サンタは何に乗ってやってくる

norimono_002 norimono_003 サンタは何に乗ってやってくる? 船? ヘリコプター? 自動車?

クリスマスオーナメントになるように、乗り物に、クリスマスカラーを塗りました。組み立てから自分で作業します。幼稚園児から小学校6年生までみんな一緒に作ります。

アクリル絵の具は乾いたら塗り直しが出来るので、失敗もおそれず出来る。2週にわたって作るので、1週目でうまく出来なくても、大丈夫!

今回の工作も指導に夢中になり、デジカメ撮らず。かろうじて撮った2枚のみ。もっとべたべた塗ったものや、本当にクリスマスっぽい、色彩構成もあったのだけれど、とってありません。

子供たちは既成の工作もたまにすると安心して塗ります。塗り方の工夫もうながして、色が混ざらぬように努力させます。何回も失敗する子には、私が手を重ねて一緒に塗ってコツを教えました。たぶん子供はこんなプロセスを経ていると思います。

失敗してがっかり→次はがんばろう→また同じような工作→なんか前にしたぞ→今度は失敗せずがんばるぞ→うまくいきそうだ→ヤッター

気が付いたら6年生になっていた。大切な時間に気づく。

ああ、いとおしい子供たち。私にとっても過ぎていく時間。ここでサウンドトラックを流すとしたら、「スタンド・バイ・ミー」

ダダダンダダン、ダダダンダダン、ダダダンダダン、ダダダンダダン、ダダダンダダン、ダダダンダダン、ダダダンダダン、ダダン、ダダン・・・・・・・・・・

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2005/12/13

目黒サレジオ教会のクリッペ(降誕劇のオーナメント)

sarejio_002  昨日、実家に行った帰り、少しまわり道をして、目黒サレジオ教会のクリッペ(降誕劇のオーナメント)を見に寄った。昨年写真を間違えて、消してしまったので、もう一度撮ろうと、寄った。芳州は去年の方が明かりがきれいだという。もしかすると今はまだ、照明を少なくしているのかもしれない。

 今から50年前、その辺り一帯は田園風景が広がっていた。私は弟と二人で、目黒第七中学校の美術教師の渡辺先生のおうちに、絵を習いに行っていた。春になるとよく写生に出かけた。当時建ったばかりのサレジオ教会は私が行っていた幼稚園の教会と比べて格段の大きさだった。イタリアの教会であると分かったのは、その後大学生になってから、同じ敷地にオリベティ(タイプライターの会社)が出来て理解できた。

小川が流れるそばの草の上に座って、絵を描いた。教会の屋根のスロープの下のアーチ状の模様を毎年毎年、がんばって描くのだけれど、数が合わないので、困って無理やり、アーチを小さく描いたりしていたっけ。何回かの写生会をするうち、その教会の真ん前に、リボンジュースの会社ができて、絵が描きにくくなり、写生会は終わった気がする。懐かしい思い出だ。先生はどうしていらしゃるだろう。当時久保山事件の後で、私のことを名前を間違えてよく、「久保山、久保山」と呼んだ。「先生、私は久保です!」

明日はあとりえの工作がある。少しでも風邪を治さなくちゃ。教会のクリッペを後に車に乗った。

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2005/12/09

サンタは何に乗ってやってくる

あとりえでは12月に入ると、キリスト教のアドベントのように、工作を何回かに分けて、制作する。私が小さい時、キリスト教の幼稚園に行き、高校生の時には日曜学校のチームリーダーのような仕事をしたことから、12月のクリスマスをそのようにすごす習慣が付いたのかもしれない。

今回の工作は自動車、ヘリコプター、船の木工製品を各自やすりで磨き、組み立て、クリスマスカラーで塗るというものだ。赤、緑、白で塗り、ボンドで付けるが、年齢によって、進行も、精密度も違う。皆で仲良く作る。

辛抱強く、集中して、自分で考えて作る。時間の流れを意識する大切な時間だ。

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2005/12/06

初雪

kawakami_012 mominoki_003 静かに雪は降り積もった。

雪を見て、うれしくなるのは、子供の心がまだ、あるしるし。

朝になり、昼になり、雪はツララになった。

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川上の夜空

「star.bmp」をダウンロード 川上の夜空をパソコンでペイントしました。いくら私ががんばっても、写真では撮れないほどの、星空です。

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焼き芋とココ

kawakami_008 山小屋のストーブは石油ストーブだ。17年前に家を建てたときは、ログハウスと薪ストーブが流行っていた。薪ストーブにするつもりでレンガを壁に付けてもらったが、途中で変更した。会社勤めで、長野と横浜を行き来するには薪ではあまりに非能率的だ。薪の3度の効能も捨てがたかったが、来てすぐ暖かくなることと、帰りに火を消す心配さを天秤にかけて、石油ストーブに決めた。

熱量の有効利用のため、やかんの水を沸かしたり、じゃが芋を茹でたり、洗濯物を干したりしている。サツマイモはホイルで包んで、のせておくといい匂いがしてくる。

ココに 「 焼き芋いい匂いがしてきたわよ。」と言うと、うれしそうにこっちを見た。4年半になったココは最近良い子になってきた。

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