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2006年3月の記事

2006/03/31

ココの妊娠

Coco_1 Kawakamimura04_001 昨日、朝起きて見ると、いつも元気なトイプードルのココが元気がなく、なぜか水ばかり飲んでいた。そのうち、ゲエッと言って吐きはじめた。どうしたのかと思い心配になって、近所のいつも懇意にしているペットの鹿馬(シカマ)先生のところに連れて行った。

聴診器を当てて、いろいろ調べるうちに、これはおめでたです、と言われた。「そんなばかな!」ココは甘えん坊で怖がりで、私のそばを片時も離れたことは無い!???「そういえば」

去年の暮れに川上で少し暖かい日があってリードをつけないで散歩した日があった。そのときなぜか、私が目を話した隙に山の方へ鳥を追いかけて戻らない時があった。プードルは鳥猟犬だと言う。 あんなトイプーにも、DNAがはっきり出る時もあるんだと思い少し待っていた。それでもいくら待っても戻らず、芳州先生と手分けして山に入った。1時間ぐらいすると体中、草の種だらけで戻ってきた。

あの時しか考えられない。どうしたらよいのだろう。とりあえず、鹿馬先生は人間と同じように、最初の1ヶ月気をつけてください、ということだが、私はまだ喜ぶことが出来ずにいる。写真はココが一時アバンチュールを楽しんだお山です。

ココログの不具合で日時の設定が間違っています。今日(4月1日)です。

皆さん、ここまで読んでお気づきですよね。今日は、というか、昨日は四月馬鹿(エイプリルフール)です。(4月2日 20時記)

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2006/03/30

桜のようにパッと咲いて、パッと散る

Sakura_001 先生、あの人工呼吸器をはずしてはもらえませんか。」

「父の苦しい様子を見てられません、もっと楽にしてあげてください」

私は父のいた病院で、その言葉を言ったことを今もはっきり思い出す。富山県射水市民病院の人工呼吸器をはずした事件は私にとってまたしても、池に石を投げた後の波紋のように心と頭と心臓に広がっている。

ここ数日、気分がすぐれない。

「父はパトリシア・コーンウェルを読む人なんです。父は銀座でコーヒー飲むのが好きなんです。いまはこのパジャマを着ているけど、もっとかっこいいんです。」 ナースに必死で言った。人工呼吸器は、喉に穴をあけて、付けられるものだ。医療器具の中では全くかっこ悪い。そのままでいたら死んでしまうが、付ける事によって死にはしないし、かなり永らえることもできる。人の話しではかなりのお年で、8年も生きた人もいるという。それでも、機械と自分の呼吸と合わせられず、苦しい思いをする。苦しいからそれを取りたがってしまうので、拘束の手袋もつける。紐で縛る。私は病院にお見舞いをして帰りに紐で縛って帰ってきた。手袋はかなり硬いから血が流れにくくなり、しびれる。ああ、ああ、思い出したくなかったが、思い出している。父は私に目で合図してこれを取ってくれと言った。何度も言った。何度も言った。最後まで認知症ではなかったからなおさら辛かった。

今マスコミではこの事件について、いろいろ論議されている。私の父のことでは家族は一致した考えだったが、場合によっては違う意見が出る家族もあると思う。親戚に違う考え方の人も出てくれば、今回のようなことになるやも知れぬ。父は日記に書いていたようだが、正式には書いていなかった。ただ、病院はその装置を急に説明することがある。家族全員が賛成するとは限らない時もある。

子供の頃、忘れていた宿題を思い出してドキッとしたことがあるが、ひどい点を取った答案用紙を隠していて、それを親に聞かれたときもドキーンとする。今の私はそんな気持ちの日々だ。

我が家からは今満開の桜が見える。さてさて、私は桜のようにパッと咲いて、皆にきれいって言われて、パッと散りたい。4832、もう無理か! 

(ココログの不具合で3月31日8時まで記事の更新ができず、お見苦しい画面だったと思います。昨夜はいつもの3倍の時間がかかりました)

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2006/03/26

3月の渋滞

juutai ★ あとりえ・チビッコの絵は5月の展覧会までこのブログに載せません。

今日はお互いの仕事がらみでお台場にいく。行きの湾岸は空いていたが帰りの首都高速銀座線はまた渋滞だった。一昨日も野暮用で出かけた湾岸は渋滞、行きと帰りで4時間も車に乗っていた。本来だったら2時間でOKのはずなのに。

朝のカーテンを開けた時に日差しが柔らかく、春めいてどうしても車で出かけたくなる時がある。一昨日はそんな日だった。一人で出かけたかった。海をちらっと見ながら、春の風を感じるのがお気に入り。春の天気は変わりやすい。朝の明るい青空は午後になると曇りがちだ。

今日の朝日新聞の《 病院「医師が延命中止」 》のニュースが車の渋滞の中で何度か流れていたので考えていた。人はその知識が必要にならないと考えない。延命治療は言葉を変えれば、「一発で死なないで、長く生かしていく」 とも言える。初めて、このブログをよんで、キツイお言葉と思われる方は以前書いた、05年11月の「父の死」の記事を読んで欲しい。今も父を心から尊敬し、思い出さぬ日はない。それでも自分が自分の命に対して何も出来なくなっても、後のものが、困らぬようにきちんとしておかないといけないんじゃないかな、と思う。

家の前の咲いたばかりの桜がヒヨドリについばまれて花びらが落ちていく。桜はいつか風が散らすのに。

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2006/03/20

Googleのイメージ検索に載りました。

「httpatchibi_cocolognifty_com__google_.htm」をダウンロード

Googleのイメージ検索のアクセスがあったので、どうしたのかなと、私のURLを入れてクリックしてみたら、本当にびっくりしてしまいました。あとりえの今までの写真がとても綺麗に掲載されていました。写真家の妻にあるまじきへたな写真ではありますが、たくさん並ぶととてもきれい。

特に最初の写真が、モモコチャンの兄の航平君でした。もう辞めてしまったけれど、航平のことは気になっています。ブログを始める前にいろいろな学校のホームページを見ると、顔を隠したものばかりでした。確かに肖像権に係わるのだが、顔の無いのは困る。あとりえでは出来るだけ顔を出したいと思っていました。それでも、女の子のは出したくなかった。航平は大丈夫そうだから。航平が最初に出るなんて!ありがとう!Googleさん。航平の励みになります。(ところが、私がこの原稿を描いていうる間に航平の写真は消えていました。よく解りません)

私のパソコンの知識はまだまだ発展途上です。ここまでできたのでも、自分で自分の頭をイイコイイコしながら来たのですから、こんなにすてきになっていると、もう、尾てい骨からしっぽが生えて、ニコニコ、しっぽを振っちゃいそうです。そして、グー、グル、グー、グルしちゃいそうです。(これはねこちゃんか?)

まだ、Page Rankの意味が解っていませんが、これからも勉強していきますのでよろしくお願いします。Thank you so much !

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2006/03/19

去年収穫の馬鈴薯完食す

poteto_006 今日の朝食に去年収穫した馬鈴薯をソテーして食した。2キロほど残っていたものを皮をむき、茹でてソテーしたのだ。

山小屋の畑は鹿が来て大根や菜類はまったく収穫は困難になったが、馬鈴薯はネズミの心配だけで収穫にはあまり影響が無い、それでも5キロの種芋から20キロほど取れる。収穫したものは11月までは長野に置いておけるが、12月になると、氷点下の日があるので、ダンボールの収納ではお芋は凍ってしまうので、横浜に持ってくる。そして1月の新年を迎えると、芽が出始めるので、この3月ではお芋の芽をしっかり厚く取って、茹でる。自分が丹精して収穫したものなので、食い気だけの欲望でなく、がんばって食べるようにしている。あと少し残して食べきる量になった。

馬鈴薯を育てることはこれから何があっても続けるつもりだ。芳州先生がかつて、出版社を退職したいと、私に話した時に心の奥で 「うん」 と言えたのは長野でジャガイモを作っていたからだ。あれがあれば、生きていける。もっとたくさん作ればいいんじゃないか。そういう声を山の彼方から聞こえたから 「うん」 と答えたのだのだ。その話しは私の株をチョコッと上げたらしい。それでも私は株より蕪が好き。

さて、今朝の朝日新聞に「団塊」争奪戦の記事がある。私の同年齢の友達はその中に入る。Uターンもいいけれど、畑もいいけれど、農業は大変です。趣味と自家用なら何とかなるけど。それに、700万人に対してUターンの招待状は2万人です。今は自分が培ってきたことからの展開の方がいいと思います。なーんて言ったりして!

今年も作るぞ、ジャガイモ! 「北明かり」、黄色い色で味の濃いジャガイモ! それと「メイクイーン」 それまでは展覧会の準備だ! ガンバルゾー!

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2006/03/17

リンゴキャラメル&マシュマロ

hana_002 あとりえでは展覧会の作品制作が進んでいる。昨日と一昨日は、「自分と友達」 を描かせた。

絵の技術的な工夫も大事で、何を描くかというコンセプト(発想)も大切で、子供たちの脳を刺激する。それとおけいこの後のごほうびだもたまにはいい。珍しいおやつを用意して楽しくお絵描きをする。

燕温泉で買った、リンゴキャラメルはご当地お土産で、リンゴの匂いがする、それがなくなると、レモン味のマシュマロにした。ふわふわで、いい匂いがして、始めに1個、後で2個。そんなささやかな、楽しみを混ぜながら、絵を描く子供たち。

3月になると、幼稚園年少で入った子があっという間に3年生や6年生になる事を意識させられる。ときどき私KEICOCOだけが、ピノコと一緒にニ次元に取り残されているような気がする。

さて芳州先生の知人の、庄司博彦氏はワールドチルドレンフォトプロジェクトを立ち上げていて、今までいろいろな土地で、子供に写真を教えている。昨年はイスラエル、今度4月にはパキスタンのフンザの学校で500人の子供に指導すると言う。「北壁に舞う」の長谷川恒夫氏が雪崩で亡くなった場所に建てたハセガワメモリアルスクールで教えるのだ。

人はその置かれた場所で精一杯がんばる。庄司さんもがんばり、KEICOCOもここでがんばっている。でもきっと庄司さんはキャラメルなんてあげないで教えているだろう。ちょっとだけ私は甘すぎかもしれない。小さいときに紙芝居やさんにいけなかったアンチテーゼかもしれないが。

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2006/03/14

遊び心を大切に

tubame_007 今日のホワイトデーはもうあと少しで終わる。めったに出せない男友達への手紙も、この日までならば大丈夫。それでも、お願いしたワンクリックは77になった。年に一度の私の遊び 「バレンタインデー&ホワイトデー」 も終わりです。お返しのワンクリックをありがとうございました。また中にはフリーの身を案じて過分なご心配をしてくださり、、「海老で鯛を釣る」でなくて、「イソメで鯵をつる」じゃなくて「シラスで鯛を釣る」ようなことをして申し訳ありません。

写真はあまり関係ないけど 今、気に入っている写真です。メチャクチャ下手だけど、この画面を大きくすると、手を触れて、外を見たくなる。 新しいことをしたくなる、私としては楽しい写真です。

ところで、バレンタインデーには実は別の手紙を書いてました。2月15日のは違います。ちょうどあの頃、あとりえのモモカちゃんのおうちに赤ちゃんが生まれる予定でした。漫画とはいえ、畸形嚢腫と言う言葉を使った手紙をあの時期に出したくなかったので、初めに書いていた畑の手紙に差し替えました。本当のはこれです。↓

「varentainday.doc」をダウンロード

ちなみに、モモカちゃんには元気な妹ができました。おめでとう!

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ホワイトデーのワンクリック

kawakami もう12時を過ぎて、ホワイトデーの日にになってしまった。バレンタインデーにお願いした「 ホワイトデーにワンクリック 」に合わせて記事を書きたいと川上村からさっき戻って来た。やはり、相模原から16号を通って帰るのは時間がかかる。

都会で忙しく働いている友人、知人に2月の14日に手紙とチョコを送り、またホワイトデーにお手紙をもらうのが私の趣味。私の手紙の中身は自然に関することで、身近な人たちに送っている。ブログを始めてからはネットの中で、すてきだなと思うことがあってもなかなかチョコは送れない。それはやはり、遅れているのかもしれないが、バーチャルに対して一線を画しているからだと思う。ちょっとした矛盾。

ところで、今年はまた天候が読み取りにくいようで、今日午後4時の野辺山の気温はマイナス7度だった。日本海側もまた雪が降るようだ。kawakami寒気の雲が山々に迫り 頂上は白い雪化粧をするのだろう。もう3月14日だというのに。

そして、あとりえの展覧会の準備は着々と進んでいます。先週、子供たちの作品のモデルに我が家の愛犬ココもなりました。子供たちが、ココがいることで、表情がいつもより和み、いきいきとした作品が出来上がりました。

ホワイトデーにワンクリックにちなみ、ワンワンクリックの写真にしてみました。これからもがんばります!どうぞよろしく!そしてありがとう!

キャン、キャン、キャーン

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2006/03/13

燕温泉の湯煙

tubame_003 T大学のスキー部OB会の集まりで燕温泉に行った。今年の降雪は十何年ぶりかの豪雪で、新年早々は大変だったと聞いた。スキーをするのは芳州先生で、私は初心者のため温泉と山菜料理を目的に付いて行った。

上信越自動車道で、妙高高原で降り、赤倉を過ぎて、燕へと向かった。途中で、積もった雪の多さに圧倒された。ニュースで聞いていたことを実際に見ると、本当に大変だったろうと思われた。スキーのリフトが土日だけになるということで、スキー愛好者には困ったことになるのだと思う。私には何もできないが、このブログで、長野関係の方が見てくださって、何とかできないものかと書いてみた。

温泉はかなり濃厚な成分のようで、以前私は入りすぎて湯あたりをしたので、今回は控えめにした。温泉好きの方には堪らない秘湯だと思う。また日本海を近くに控え魚介類が美味しかった。特に説明を聞き忘れたが、牡蠣がおいしかった。また山菜が絶妙の味で、蕗や夏のミョウガや、山で採った本当のなめこを食し、スキーができなくても、楽しかった。

tubame_011 雪こそ日本の旅情であるし、つきつめて考えれば温暖化が進む今日、もっと北へ、もっと北へと行っていい。雪の多さをお伝えしたかったので、芳州先生のうしろ姿と比べてください。ちなみに私の腕時計の燕温泉の標高は1160メートルを示してました。そして私たちの泊まった旅館は針村屋さん(0255-82-3121)です。

いい日 旅立ち!

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2006/03/06

中華街でランチ

tyuukagai_003 書類の整理がやっとひと段落したので、中華街に車を飛ばしランチを食べに行った。ひいきのお店もあるけれど、今日は違うお店で食べようと、善隣門から入って、真ん中ほどの台湾料理の蓮香園で食す。ランチの値段はとても、安くても間違いなく美味しい。昼のランチで開拓して、夜のコースで納得のいく食事ができる。

食後に市場通りに抜け、レコード屋のエキゾチックな音楽を聴きながら、前の店で生の鳥の陳列を見た。食後のせいかグロテスクに感じた。野菜を売ってる店で、ハチク(筍よりあくがなく、煮ても炒めても、あげても美味しいそうだ)とターサイ、ユリの芽、沖縄ラッキョウとモンキーバナナを買う。歯ごたえのある中華の一品を作ってみたくなった。

tyuukagai_019 ハチクと鶏のモモと、イかを炒めてみよう。ターサイはそのまま炒めて塩コショウ。モンキーバナナは杏仁豆腐に縦に切って入れてみよう。いつもこの季節は作る食事がマンネリ化してしまうのだが、中華街の正統な味を楽しむことで、リフレッシュされる。

今日までの書類整理は確定申告。去年まで父に手伝ってもらっていたが、今年は全部自分で計算し、書類を書いたので、大変だったけど、やりがいもあった。今日のランチは自分にごほうび。

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2006/03/05

3月6日は啓蟄、弟の日

明日は啓蟄、こよみのページによると弟の日でもあると出ている。「陽気地中にうごき ちぢまる虫 穴をひらき出れば也 」 (暦便覧) 二十四節季の一つで、雨水に続いて啓蟄となる。

かつて、私は小学生の頃,虫が大好きな子だった。夏休みは蝉採り、チョウチョ採り、籠の中を採ったものだらけにして持ち歩き、夜になると家の周りのコオロギや、カマドウマを捕まえたり、懐中電灯で、虫たちが羽根を震わせて鳴く様子を観察した。お昼寝中にセミの声を聞くと炎天下に出かけて行っては採っていた。夏休みは毎年わくわくしていた。 虫取りは今でも長野でしている。あとりえに入ったばかりの子供たちには今までの収穫物を見せている。セロハン紙に包んで虫の名を記している。お菓子の箱に入るほどの量だが、思い入れのあるものが集まっている。

テントウムシの模様の違うもの、ギンミドリウリハムシのエメラルドグリーンの綺麗さ。秋に紅葉した葉を集めていた時に見つけた、モズの早煮えになっていて胸に桜の芽が刺さったトカゲ。次女の家の近くに落ちていた蛇の子供の乾いたもの、公園の片隅で見つけた、蛇の抜け殻。初夏に車のボンネットの上に干からびて落ちていた鳥の雛、森の中で見つけたミヤマクワガタ。散歩中に見つけた、モグラの足と手。モンキチョウ、アサギマダラ。夏の夜に我が家の灯りをめがけて飛んできたルリボシカミキリ。山道を歩いていた時、ンッこの辺にカブトムシがいるぞ、と思ってザトウイチ見たいにクルッと振り向いたらいた、カブトムシ。など思い入れとこだわりが渾然一体となってその缶に入っている。

その私の大好きな虫たちが明日ぞろぞろ這い出すという。 暦の上では啓蟄の日だが、本当に出てくるのは春分の日くらいになるという。テントウムシの出てくる温度は15度だからだ。

それと、明日は弟の日だという。小さい頃はいつも弟と一緒に虫取りをしたっけ。ちなみに弟が小さい時にいじめられると私はいつも弟をかばっていた。またまた、ちなみにまた明日はジャンヌ・ダルクの日なのだそうだ。私はミラショボビッチのジャンヌダルクが好きだ。そんな感じで弟を守るように、今ではあとりえの子を守っている。

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