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2006年7月の記事

2006/07/30

私の幼少時の夢は植木職人だった

Tukasa_1 昨日は銀座1丁目のギャラリー現 GALLERY GENで冨井君の展覧会を見に行ってきた。大学の彫刻科の助手の仕事をしながらの展覧会のため、自分の制作に時間がかけられないような気がしていたが、今回の作品に新しい芽を感じた。

どこかに忘れてきた幼少時の「夢」のような感じがした。それでも、私が感じたのと本人のめざすところは今まで往々にして違っていたが、今回は私は何かいい感じがした。ちょっと分かった気がした。

そのあと、銀座松屋の裏にある、野の花 に寄った。長野の川上村にはその種の野草はたくさんあるが、アレンジの仕方次第でその花の格もぐんと上がる。もう完成されたプチ盆栽はつまらないので、手に入らなそうで涼しげな野草を求めた。

青風知草と言う名だ。今日ベランダで大きい鉢に植えてみた。またココと散歩中に、椿の実生の幼い双葉を探したのでそれも植えてみた。今度川上から苔を持ってきて、ところどころに置いてみよう。いまのところは安定してないが、秋になれば、それぞれがしっくりとしてくるだろう。

以前、私は小さい時から園芸が好きだと書いたが、特に中学の頃の友人には、いつか、植木職人になって、「おばさーん、お茶が入りましたよー」って言われるのが夢といっていた時期もある。そう言えば、一昨日マンションの高木を植木屋さんが切っていた。窓からずっと、いいな、いいな、と思って見ていた。でも最近の私はつとに高所恐怖症が強くなったので、植木職人は無理かもしれない。

ちなみにその時、この夏の工作に、どうしても、あのケヤキの木が使いたいと思い、植木屋さんに木の枝を譲ってもらった。少し乾かしてから、ノコで引いて準備しよう。木も、きり刻まれても子どもたちの工作の材料になるならば本望だろう。木を切ってから、オナガや、カラスが切られた枝にやたらと止まっている。そんな観察を話せば、また子供たちは好奇心旺盛になって、面白い絵も描くだろう。

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2006/07/24

蛇騒動

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梅雨はなかなか明けず、山小屋の空気も湿度が多く含まれ、その上、太陽が出ないため、温度も低く冷えている。

昼食のお蕎麦をベランダで食べた。食べ終わって、北のほうの雲を見ようと、足下を見ながら歩きかけた。置いてある白樺の丸太の脇に何かがうごめいた。

ぎゃー ! ぎゃー!  へびー!

私の大きな声に驚いたのか、蛇はベランダ北側から下に下りて、コンクリートの基礎と支柱の間で、とぐろを巻いてこちらを見ている。芳州に教わったようにデジタルズームをONにして写真を撮り、戻り、整理をするうちに、写真を全部消してしまう。がっくり。ブルーベリーを撮ったのが消えてしまった。あわててはいけない!

そして、また外を見ると蛇はベランダの柵に登りかけている。そのうち、窓枠の側にへばりついている。そして、アッと思う間に地面に落ち、ノリウツギの枝にダランと引っかかっている。

しばらくして見ると、またフェンスに来て舌をチロチロ出している。はてさて、午後2時から4時ぐらいまで蛇騒動であった。蛇の名はヤマカガシだという。ベランダの10メートルほど先には、もうすぐ巣立つはずのシジュウカラの巣箱がある。自然界は容赦ないが、あの親鳥のがんばりをゼロにはしたくない。祈るばかりだ。

「蛇君、鳥肉も美味しいけど、バッタも美味しいよ」

それにしても、私は当分森を落ち着いて歩けなさそうだ。

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2006/07/22

始めは小さな自然から

Bonnsai_002 いよいよ夏休みになった。子供みたいと笑われるかもしれないが、私は夏休みに入ると、よく、《今年の夏の本100冊》をチェックして読んできた。

今年は父が読んでいた、パトリシア・コーンウェルを読もうかしら。父は 「外国物は登場人物の名前が覚えにくいよ」 とよく言っていた。そして丁寧に表紙をして本の名前を書いていた。今私のところには13冊ほどあるが、まだ半分も読んでない。眠れぬ夏の夜に読むにはいいかもしれない。

昨日、家の近くの園芸店《ヨネヤマ・プランテーション》に行き、苔玉で小さい観葉植物を包んで飾るミニ盆栽を見て、楽しそうなので自分でも作ってみた。部屋の窓辺に置くと気持ちがいい。よく犬と散歩をしていると、ザクロやケヤキ、ツバキの小さい芽を見つける。その苗を植えてもいいかもしれない。そうだ、母にもやらせてみよう。きっと楽しくなるはずだ。

私は都会にいると無性に、自然が恋しくなる。小さい時から小さな自然は好きだった。実家の庭の中を箱庭を作るように、石を置き、水を流し、図面を書いて、球根を植え、お友だちがいなくても1人で庭で遊んでいた。まだレタスがスーパーに現われる前に、レタスを知り、防火用水を入れてあった大きな鉢に種を蒔き、栽培していた。サラダが好きだったせいもある。

今、マンション暮らしはそういう点では不満だ。それでも、仕事を片付け山小屋に行けば、中ぐらいの自然がある。標高1400メートルの冷涼な空気は頭と心に心地よい。

そして田園の誘惑は私にとってのすべてのストレスを取り払い、大きな腕を広げていざなう。もう1人の恋人に会いに行くように。

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2006/07/21

ミニ絵本

作品は上左から、モモカ、上中画面の上がアヤミ、下がノドカ、上右がユキミ、

下左がカホ、下中がユウキ、下右がケンタロウ。

自分の身近なものを描こうとはじめた。色画用紙はロ-ズ、赤、黄緑、黄色などを用意したが、どうしてもセルリアンブルーを選んでしまう。

モモカは犬のお散歩を描いた。今までで一番よい絵がかけたと思う。今まで正直言って絵がむいていないと思うこともしばしばだった。やはり、妹誕生のことが原因していたのだろうか。先週から楽しんで描いている。根気も出てきたので、塗りつぶすから、密度も出てきた。そうだ、先週からママがお迎えと言ってた気がする。妹が原因というより、ママと一緒の時間がうれしいのだろう。絵とバレーがんばってね!

アヤミは飼育しているメダカを描いた。イラストがはっきりして、デザイン的にきれい!ノドカはゴリラがいろいろなフルーツを食べている絵を描いた。そういえば君のお姉ちゃんたちも、よくフルーツを描いていましたねー。

ユキミは犬と風が吹いて落ちてしまった木を描き、最後には犬も木も死んでしまうお話し。悲しいけど、絵を描いている片隅に滋子おばあちゃんの骨壷もあるからこれは心理学以前です。

下段のカホは太陽とミミズをシンプルに描いた。この時期、幼稚園児だからこそ描けるかわいい絵だ。

ユウキは後のページを大きな木にして鳥を枝にのせた。ブランコは楽しいね。

ケンタロウはカブト虫とクワガタの長い長い物語があるらしいが、それを聴いたのはあいか先生なので、私はちょっとわかりません。長すぎて、忘れてしまいました。ごめん!でもケンちゃんが帰ってから、アイちゃんはその話を私にしきりとしていた。そういえば、アイちゃんも小さい時そんな子でした。

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2006/07/14

子供の絵《デルフィニュウム》いい絵が描ける幸せ

Derufiniumu_014jpgb ユイの絵。

迷わずに花瓶を描き、デルフィニュウムを描き、マンゴーを描き、敷き布を描き、虹を描いた。

子供が迷わずに絵を描くと言うことは幸せだと思う。

マンゴーが宙に浮いたのを私は楽しんで見ていた。

もうひとつ次のアクションが起きそうな絵だから。

ユイちゃんの隣のエリナがまたまたいい絵を描いた。2つ下の記事を参照してください。

2人は仲良し。

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子供の絵《デルフィニュウム》やはり女の子は花が好き

ユキミとモモコとシノの絵。

ユキミは絵がうまくなりたいと思っているが、自信がないので、つい絵を隠して描く。今日は本人の絵に少しだけ、クレパスを重ねて、煩雑な動物の絵を消してみた。すると、花がはっきりしてきて全体がいい雰囲気になった。本人も了解。この感じ大切よ!

モモコは絵の具箱の色数が少なくなっていたので3種類ほど、出してあげた。その割にはダイナミックな絵が描けた。性格そのものとも感じられる。

シノは花を気に入ったらしい。丁寧に、その軽量感も出して描き、まわりは重い色で塗った。カエルは卒業かな?

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子供の絵《デルフィニュウム》でココログ工事完了おめでとう!

ココログのコンピューターシステムの大工事が2日間かけて行われ、記事の書きにくい状態と、アクセスできない状態だったのが、無事終了し、以前より改善されたと思う。

日々莫大なブログが誕生しているらしいので、このようになるのは必然だとは思うが、予定通りに終わり、軽いタッチになったのはとってもうれしい。

とりあえず、おめでとう!ココログさん、これからも、がんばってね!

絵はエリナ、モモカ、カノン。暑さにめげず、よく観察し、良い絵を描いた。

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2006/07/12

曽野綾子「晩年の美学を求めて」を読む

Kawa5 長野の山の家の近辺もだいぶ様変わりをし始めている。以前来ていた人が来なくなったり、家を塗り替えたり、持ち主が変わったりしている。

寂しいけれど仕方がない。

木々も始めは林のようだったのに、今では反対の山側から見ると、高く伸びた木が家々を覆い隠して、深い森となり、まさに眠れる森の美女!

散歩中にマーガレットを見つけた。かつて私が受けた美大受験のモチーフとして使われた花だ。

あの、18歳から遠く遥かな時間が経ったが、葉をちぎって匂いを嗅げば、あの日の新鮮で初々しいころの自分には戻れる。瞬時ではあるが。

私は美学と言う字が好きだ。最近、その字に誘われて、曽野綾子の「晩年の美学を求めて」を読んだ。こういう本は本当の老年になる前に読んだ方がいい。そしてところどころに、聖書の出典があった。聖書も落ち着いて読んでみたい。

読んだ本が自分の体で栄養になるには、時間がかかる。母に向かい合うときそのところどころを思い出そう。

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2006/07/10

サッカーW杯はイタリアが優勝!

Ge_108 サッカーは今朝、フランスとイタリアが戦い、PK戦の末、イタリアが勝った。

この写真は1ヶ月と1週間前にミュンヘン空港に向かうバスの中からあわてて撮った私の写真。

ドイツのレストランの中には、イタリア料理店が結構数多くある。パスタにしても、ピザにしても注文しやすいので、ドイツ旅行中に2回ぐらいは食べている。2000年にはドイツ北部のツエレに行った時は威勢のいい、イタリア料理店があった。隣の日本人のアイスクリーム店の噂話まで話し出して、面白いチョイ悪オヤジだった。

きっと今日の試合もあの店のオヤジは大きな声で応援していたんだろう。

今年のドイツ旅行は行けただけラッキーだった。時差ぼけがやっと戻ってから母の葬儀になり、あっという間の1ヶ月だった。これからまた1ヶ月、両方の親の仏事が続く。

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2006/07/09

@nifty.conu 5、4、3、2、1、0工事終了

Kawa9_1 ココと散歩中にウツボグサを撮った。梅雨の合間の高原の空気はミストが含まれて癒される。

朝の9時に、シラカバを登るリスを見た。以前も9時にリスを見た。

そういえば、朝5時半に天井裏をネズミが走る足音を聞いた。ネズミと思っているがヤマネかもしれない。以前梅雨どきに見かけたから。

畑の馬鈴薯はネズミにかじられている。コンポストは2基とも蓋が開けられていた。獣道は畑の脇にできている。

今、大切なことは、

私が仕事を通じてわかっていることは、子供の感受性がすばらしいということ。

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@nifty.conu 再びココログ→ココロング

Ongaku_009 6年生のシホは5月からあとりえに入った。この学年から入るということは、描きたいという意欲とうまくなりたいという気持ちの2つがあるのだと思う。もちろん仲良しの友だち、カスミやメグミと一緒にいたいこともあるかもしれない。

子供の情操教育として、絵画はあると思うが、できるだけ低学年から教えこまない指導を受けるのが望ましいと考えている。

自分で考え、自分で選び、自分で描いていく。このプロセスこそ大事だ。

そして指導者としては、子供に意欲を持たせる話、描画の道具の使い方を教えることから、絵を描く楽しさにつなげていく。それは私の描く絵とはもしかするとあまり関係ない、とも考えている。

6年生から入ったシホが、絵が上手になりたいと思って入ったのだとすると、カスミやメグミとはちがう指導になる。競争をさせるのではないが、ちがう指導になる。ゆったりと教えてきたカスとメグは多分芯のところで、本領を発揮すると思う。それは、もっともっと先にいってのことだと思うが。花開くのは絵画だけではないと思うが。

そしてそれが、私がめざしている、情操教育なのだと思う。シホは別の形で自分が今までに受けてきた情操教育を1つにまとめればまたちがう花が咲くと思う。

私はここで公言して先に進むつもり。

さて、タイトルでごねてるように、ココログ工事のため更新に時間がかかりストレス加重中

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@nifty.conu 再び オーノー!

Ongaku_003 ココログが工事中のために記事の更新に時間がかかっている。せっかく子供たちが課題、 「音楽を聴いて絵を描くー倉本祐基ーほのかな愛」で、いい絵を描いているのに、写真に関してはクリックしてから6分はかかっている。たくさん載せられない。アクシデントが起きそうな気がする。

これはアツシの作品。あとりえに来てから、いつもどうり虫を描き、ほっとしてから、今度は虫無しで、もう1枚描こうと言うと、サラッと描き始めた。アツシの感受性はお母さんの優しさが鏡のようにいつも現れている。

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2006/07/04

明日の課題「音楽を聴いて描く」

Shokubutu_001 先週の木曜日に主人の母の訃報を聞いたのは希望が丘教室に着いてすぐでした。

同じ仏教でも半年前に亡くなった父の葬儀と違うことも多く、喪主を補佐する仕事はあとで考えれば至らぬ事だらけ。

今、明日の課題の音楽 倉本祐基のロマンスを流しながらこの記事を書いている。

老人ホーム、グラニーの若者Mくんは母の最後を優しく見取ってくれた。「滋子さん涼しい風が入ってきますよ」と言うと息を吸うようにして亡くなったと、聞いた。

その1週間前の木曜日におけいこの帰りにグラニーに寄り、ドイツの鈴の音を耳元で聞かせ、香水をシュッと吹きかけて 「ドイツの香水よ」 というと、母が鼻をクンクンさせていたのが私にとって最後になった。

明日は子供たちに合掌をさせてから、課題をさせよう。そして今までの中では少し悲しい音楽を選んでいる。あとりえの子供たちは優しい子が多い、音楽に影響されてまた今までとは違う絵を描くかもしれない。そしてそれを見ることで、私も仕事に救われ、助けられていく。それは教師をしていた母と一番意見があった点だった。

ちなみにすおみ先生は明日から西船橋に教室を開く。2人の生徒が集まったと聞く。がんばって欲しい。

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