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2006/10/07

無機的なことを乗り越える 《自動車免許の場合》

私は自動車免許を40才で取得した。それ以前から、家族で自然の中に出ていたのだが、車で出かけると必ず渋滞があり、それを乗り越えるために、どうしても免許が必要になった。 そのことを書いた文章が出てきた。2000年2月に書いている。

・・・・・・・私は小さい時、遊園地でゴーカートに乗っても必ず途中で車をぶつけてしまい、泣いて母のところへ戻るような子だった。小学校4年では腎臓病をして学校を休み、スポーツにはあまり興味もなく育ち、内向的な性格もあって、車や電車に乗れば酔っていた。

このような私が免許を取ることは至難の業だった。しかしどうしても取らねばならなかった。私たち家族はキャンプに行くときにいつも渋滞があり、主人一人が汗を流しながら車の運転をしているのを見ているのは我慢できなかった。二人ですれば疲れない。

教習所は初めは誰にも言わずに行った。運転の仕方もわからないのに、車がどうして動くのかとか、なぜクラッチがあるのかとか、道路になぜ安全地帯があるのかとか、妙なところで考えがストップしていた。教習所の教官に「ばか!」と言われたときもあった。「主人にも言われたこともないのに、あんたにそんなこと言われたくない。」 と泣きながら抗議し、がんばった。第三段階で試験に落ちて昼12時から夕方5時ぐらいまで泣いた。すると飼ったばかりの愛犬コロが私によじ登って、涙をなめてくれた。

終了検定の最後には交通が頻繁な道を右折し、踏切を渡るコースがある。右折のウインカーを出すと、ちょうど向こうからダンプがきた。「ダンプ!」 私は固まっていた。するとそのダンプは真っ昼間だというのに、全灯点けて銀色に輝き、クリスマスのイルミネーションのように、ピッカピッカしながら、私に、「さー、曲がりなさい!」と合図をくれた。あれは宇宙から来たUFOではないかと思っている。

車という無機質なものが血の通った生き物のようにも感じられた。

そして、運転免許は無事取れた。しかし教官は何度も、「教習所を出たらご主人が隣に乗ってくれるんですね? ご主人が乗ってくれるんですね」 と何度も聞いていた。何度も。

あれからもう12年経ったが、今では主人の母のデイケアや、実家の両親のご機嫌伺い、絵画教室の大きな荷物を載せたり、主人の写真の現像に、教材の仕入れに車を使っている。

そして汗と涙の結晶の免許証を大事にして、今も中央道を走っている ( 2000年2月 )

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