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2006年11月の記事

2006/11/30

いいニュースだけの日

Garasumado 世の中が殺伐としたニュースばかりの毎日です。一日ぐらい、いいニュースや楽しいニュースだけの日があってもいいのに。

そんなにいいニュースがなかったら、日本や外国のきれいな自然を写した映像や音楽を流しているだけでいいのに。

その映像の下にはコマーシャルの会社の商品だけをリストに書いてあればいいのに。テレビを見ている人は多いから、そんな感じで 

《日本を変えよう》 としたらいい。真の情報を早く欲しい人はパソコンですればいいのだから。

新しい風が欲しい毎日です。

私のお気に入りの写真です。気分を変えてもらえるかしら?

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2006/11/26

いじめと自殺

最近の子供のいじめのニュース、そして自殺のニュースを聞き、いろいろな形でいじめをやめるよう、また自殺を踏みとどまるようにとマスコミを通しての訴えが続いている。

私自身もいじめにあったこともあるが、それは気にしないでいて、過ぎてしまった。人と違うことをしたいという私の生き方が他の人も納得したのかもしれない。また感受性は人より強いと思うが、我も強いので、自ら命を絶つという行動は考えられない。

いじめは1対1では意見の言い合いで済むが、1対2では場合によっていじめと感じるかもしれない。いじめは明快な場を持っていないときに起こりそうに思う。また軽い冗談でも、それを自分の心の中に隠しておきたい時に、妙に図星で言われるといじめと感じるかもしれない。ただ、それは意外とよくあることでそれがなければその人の中身ももよく分からないのだから、言うこと、言われることを気にすることはその人を小さくする。

だからあとりえでは失敗してもそこから脱出する方法を覚え、感じさせて、絵を通して感受性はあるが、いじめにへこたれない性格を育てたいと指導しているつもりだ。そういえるのは二人の娘もいじめにはあったと感じた時があったからだ。確かに学校のPTAでもそういう雰囲気はあった。PTAで威張ったり、徒党を組んだりしているのはその人自身何の力もない人がしていた。過ぎてみると気づく。

ただ私は12才の時、死ぬと言うことに関心を持ったことがある。それは霊とか、見えないものにも意味があると気づいたからだ。

私が今までに身近な人の自殺は3人知っている。私が高校生の頃行っていた教会での友人の娘さんだ。お互い大人になり、久しぶりにカナダから戻ってきた時に20歳の娘さんが亡くなったと聞いた。また、5年ほど前に芳州先生のかつての所属していた会社の友人の息子さんは30歳位で亡くなったと聞く。また、芳州先生のT大スキー部友人の妹さんも22歳で亡くなっている。

昨日、家の本棚に父上がまとめた追悼集があったと思い出し、探してみた。40年近く本箱にあったのだが、探してみると容易に見つかった。追悼集が届いた頃は私たち夫婦が結婚したばかりの時で、しかも主人の友人の関係の本という意識もあり読んでいなかった。昨夜一気に、読んでみたが、人の心は計りがたいものがあるということだ。しかし、20歳の人の死と10歳、12歳の人の死とは違う。

私は今世間を騒がしている子供の自殺を知る何かの手懸かりがあるかと、この追悼集を読んで見たのだが、改めて、いじめとは別の意味で採り上げなければいけないと感じた。

(11月27日追記) 追悼集を読んで、デザインを学んでいた、『あぐり』さんを身近に感じたが、私の拙い文章力で亡くなった方を40年の時を隔てて、紹介することに、自信がないので止めます。それでも、,私が40年近くたった今、追悼集を読んだことは伝えるつもりです。それは、同じ美術を学んでいた22歳の時があった女の子として。

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2006/11/23

牛糞、鶏糞より鹿糞でハーブを作ろうか

Kawakami_hun 朝の散歩を小1時間する。湖の水を皆掻き出して、ブルドーザーで浚渫していた。人造湖であるが夏には釣りをする人も多い。あの魚たちはどうしたのだろう。どこに行ったのだろう。

そういえば、我が家のベランダに小動物の糞があり、尾篭な話だが、匂いを嗅いだところ、海草の匂いがした。形状からも、テンではないかと考えていたが、湖底から出てきた藻や魚を食べたのだろう。

私はこのごろ、テンには会えずにいる。

村のイベント用のステージの前の芝生でココと遊ぼうと思ったら、鹿の糞! それが3畳に1塊ぐらいの割合でバラバラとある。鹿に混じって、もっと大きい糞もある。Kawakami_mizuumi

ここは森のトイレ? 集めたらすごい量だ。1トンはある。そんなないか。芝が刈り込まれたようになっているのは食べられたからか?夜に来てみようかな。懐中電灯つけたら、一斉にこっちを見たりして。

ピカーン! ギョローン! ピカピカ! ピカーリ!

流星群よりすごいかも。

その鹿たちが来て、我が家の畑は柵も踏みつけられて、ルッコラも食べられている。網も破れかけている。来年はジャガイモも連作になるからできない。ディルだらけの畑にしようか。そしてあの鹿糞を撒いて、地力を蘇えらせようか? 日本の農業の縮小版をうちの畑で試行錯誤している。これ結構、深刻な現実!

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2006/11/22

トップオブ・八ヶ岳

Kawakami_yatu1_1 父の一周忌を終えて、川上にいる。今日が本当の父の命日で、いい夫婦の日でもある。

摩耶寺の御住職は《罪福相》と、言葉を気をつけようというお話だったと思う。罪という字が気がかりで御住職の話が上の空だった。そのため、罪福相の意味が今もわからずにいる。調べかけたがわからない。

親戚の方々が母の老いに気づいて慰め、励ましている様子が不憫だった。

とりあえず、一周忌は終わった。

弱いものが傍にいれば、守るものは強くなる。病気だからと弱くても、エネルギーを温存して結果として強くなっているものもいる。守るために強い言葉も発する。弱い弱いと何もしないで、いるのはずるい気がする。強いと思われているものだって必死にがんばっているのだから。そして、ミラショボビッチのジャンヌダルクみたいに守っているんだから。長い年月、ジャンヌダルクを気取っても、エネルギーがなくなって、濁点なしのシャンヌタルク、ミラショホヒッチになるやもしれぬ!また、熱くなってしまう。

冷涼な空気は気分を鎮め、戒めてくれる。百の説法より、百の説教より、清らかな空気が今の私には分かり易い。いつか説法や説教が必要となったら静かに山を降りて、聴くようにするだろう。

今朝の八ヶ岳は雪を頂いて、朝日を受けて光っていた。デジカメの画面でほんの少しだけの面積だったので、露出を変えてみた。すると頂の白が明確になった。

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2006/11/16

きれいな町《喜連川》と忘れられないフォト

Kiduregawa_004日光のお参りの後は喜連川に行った。

喜連川神社から、見下ろすと寺町が広がり、階段を下りて行くと、足利家の菩提寺の龍光寺、御用掘りといわれる、鯉がゆったりと流れる堀が随所にあった。

日本も良い所がたくさんあるなあと思った。京都や奈良、観光を目的とした小京都といわれるところは日本各地にあるが、このような《隠れた大和》を探すのも楽しいものだ。申し訳ないが、芳州先生とは別行動の時によく巡り合う。

1年も経っているので、資料を探そうとインターネットで検索してみるが、栃木県のホームページ、さくら市(氏家町と喜連川町が合併)のホームページもあまり喜連川を美しくは表現できてはいないと思う。かろうじて喜連川商工会議所のホームページがいいかもしれない。

Kiduregawa_006Kiduregawa_016  町の中を流れる小さな川、御用堀には赤や白、黒、斑の入った鯉たちがゆったりと流れに身を任せている。刈り込まれた植木などの植栽は趣味もよく、町も塵一つなかった。

このあと、東北自動車道、常磐自動車道とぐるっとまわって、夜中に福島のいわきに行った。

あくる朝、朝食を食べている時に電話があり、父の死を知った。

《 写真を撮っている時 》と《 写真を見ている時 》と、こんなに気持ちの持ちようが違う写真もあるのだと思うと、私にとって、この喜連川は永久に忘れられないフォト になったのです。

父の命日は11月22日、いい夫婦の日だ。その日で一周忌を迎える。その日を境に私は、絶対に、気持ちをリセットする。つもりだ。

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忘れられない日光の旅

Nikkou_009私が生まれて始めて、日光に行ったのは去年、父が亡くなる前々日だった。

前にも書いたが、私は小学生の頃、乗り物酔いがひどく、日光ではいろは坂も通るので、無理だろうと考えて、修学旅行には行かなかった。本来12歳で行くはずの旅行を5X歳で行くと言うのも、おかしなものだったのに、2日後に父が亡くなるとはまたまた、妙な巡り合わせとも思える。

Nikkou_018_2写真を整理していて、心に残っている気に入った写真なのでブログに載せることにした。毎日のように病院に行くことからいくらか開放されて、あの日は青空を当たり前に青空と思っていた。                                               

見ざる、言わざる、聞かざるの彫刻も、百聞は一見にしかずと感じた。

川の水も清らかで、2日後にに父が死ぬとは思いもよらなかった。

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2006/11/12

パソコンの壁紙を換えました

Colmarjpg 先週の土曜日に目がゴロゴロして、眼科に行った。結果としてはドライアイかもしれない。その間、疲れたり、いらだつことがあったので、長い間の疲れがたまっていたのだろう。子供たちの《自転車の記事》を書けてうれしい。

元気が出れば、苛立ちもなく、人にもやさしくなれる。その間、自分のブログの更新も止め、お気に入りのブログも見ないでいた。

パソコンの画面を長い時間、見ることは目を悪くする。どうしても、続けていくのなら、環境を整えないといけないと思う。少しでも気分を変えようと、パソコンの画面を換えてみました。

あとりえもクリスマスの工作にとりかかるし、父の一周忌も近づいている。

最近、一日の平均アクセス数が30を越える時がある。これも、なにかのご縁でうれしいことです。また、Googleのページランキングが3になっていることがあり、時々2とか、1とか、0とかもありますが、これも、この世の定めととらえ、よく分からないパソコンの世界ではあります。また、同時に 《豊田芳州のThema》 もページランクが3を維持できており、私、山之内一豊田の妻といたしましては、限りなく、うれしゅうございます。これからも、精進努力を怠りなくしていく所存でございまする。

写真はパソコンの新しい画面にした、フランス、コルマールの町並み、これが初夏の夜9時位です。

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2006/11/11

自転車を描く・指導の方法・6

Jitennshajpg23 Jitennshajpg22_2 Jitennshajpg19_2 Jitennshajpg21_2左からメグミ、ハルナ、アヤミ、カスミ。

今回、子供たちの指導にあたり、難しいと思うような恐怖心を起こさぬように、描かせました。また描くものが決まっていたので、少し考えてきた子もいるかもしれません。ほとんどの子が夢中で描いていたし、苦痛ではない表情で描いていた。幼稚園児でさえ、満足感のある様子で帰って行きました。

ところで、指導の方法1から6まで気づいてメモしたことをブログに書いたが、肝心の指導の仕方を話してはいない。もしかすると、それが一番聞きたいことかもしれない。それは、企業秘密なので、書けません。それはいつかこのブログが書籍になる日には、そこに書きたいと思います。おけいこに来ている子はわかっているんだけどね。

こうして、子供たちのブログ上の展覧会、『自転車を描く』はこの辺で終わらせたいと思います。

今日偶然にこのページをご覧になった方は子どもたちが、真似をしないで一生懸命に描いている様子を見て、ちょっと感動しませんでしたか? ここに、この自転車に乗っている子の顔が、彷彿として思い浮かぶと感じた方はきっと、あなた自身が楽しかった少年時代、少女時代を送った方でしょう。私はそう思います。

そしてもう一つ、あなたはどの自転車に乗りたいと思いましたか? 私に教えてくださったら子どもたちに伝えます。 きっと絵を描く励みになるでしょう。

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自転車を描く・指導の方法・5

Jitennshajpg26_1Jitennshajpgjpg25_2Jitennshajpg24_1Jitennshajpg20_2                           

左からユイ、エリナ、モモコ、ミヅキ。

指導方法の1で書いたように、自分の気づいたことを一生懸命描けば、人を感動できると言って指導してきた。モモコの自転車はチェーンを描いてそれにあわせてタイヤがあるので、少し変。 でも、これを見たら誰だって、自転車と分かる。途中少しだけ、困っていたが、私が最初からその、戸惑いにぶつかった時のことを言っておいたので、めげずに乗り越えた。もちろん、そういう戸惑いにぶつかる日もあっていいが、今日は子どもたちにそれを乗り越えたと実感させる日だ。

その二つを交互に組み合わせて、子どもたちは粘り強く、諦めずに自分のなにかに向かっていくはずだ。私はただ、絵を描けるだけの子を育てているんじゃない。

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自転車を描く・指導の方法・4

Jitennshajpg18Jitennshajpg17_1Jitennshajpg16Jitennshajpg15              

            

            今回の自転車で気づいたことは、ネジとか、空気入れのチューブの部分とかを描いた子は家で自転車を直している子だ。パンクするとお父さんか、おじいちゃんが水を入れた入れ物を持ってきて、穴の開いたゴムのところを直してくれていると思う。

そういえば、私の父も良く自転車の修理をしてくれた。その父も、来週の日曜日には一周忌の法要をする。もう一年が経った。 まだ、だめだ。私は父のことが大好きだ。自転車と言っては思い出し、今日の朝も、学芸大学のマッターホーンの名物ケーキのダミエ を食べては泣いてしまった。『お父さーん、お土産買ってきてね、マッターホーンのケーキよー!いってらっしゃい!』  よくそういって庭から父を見送った。あの庭も姿を変えた。でも、学芸大学のマッタ-ホーンのケーキの味は変わらないぞ。すごい。でも私はこのブログを書きながら泣いている。

作品は上左からSミク、メイコ、ノドカ、Hミク。

ノドカが集中して描いていた。小気味よいほどだ。Hミクはどうしても今回がんばって欲しかった。これからも、紹介していきたい。メイコのクレパスがふんわりして、夢の中の自転車みたい。

ところで、今日当たり、メイピーの自転車みたいな自転車に乗った父の夢を見たい。おばあちゃんの面倒がんばってみているんだから。

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自転車を描く・指導の方法・3

Jitennshajpgjpg12Jitennshajpg10Jitennshajpg9Jitennshajpg11                                                        

             

今回の《自転車を描く》 はあとりえ・チビッコでよく検索される項目だ。多分幼稚園などでの指導に役立てるために検索しているのかもしれない。

作品上左から、ユキミ、モモカ、ユウキ、ケンタ。

今回のブログに載せる子は、今まであまり、紹介していない子を載せるつもりでがんばって指導した。そうしたら予想外に、たくさんの子が面白い作品を描いてくれた。困ってしまった。そこで、デジカメで撮った子は皆載せることにした。サヤカチャンが欠席だったが。ユキミちゃんは絵が上手になりたいと言って入会した。なんだか自転車はずいぶんうまく描けた。私が手を加えたところはないんだけどね。

Jitennshajpg14Jitennshajpg13  作品はシノ、リオ。

リオは元気な女の子、自転車のサイズが描ききれなくなりはみだしたけど、よく描けた。シノはお姉さんの後を付いてまわって歩いていた、おちびさんがこんなに自分の力で描けるようになった。涙が出るほどだ。シノが描き終わって、デジカメとって、帰るときに、 『シノチャン、こんな補助輪ありの自転車もう乗れないわよね』というと、 『うん』先生シノの小さい時の姿今も、目の奥に残っている!いつまでも、いつまでも!

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自転車を描く・指導の方法・2

Jitennshajpg5Jitennshajpg6Jitennshajpg7Jitennshajpg8                               

             

           子どもたちには生まれつきの性格もある。絵を描きながらそれに没入する子もいれば、友だちとおしゃべりしながら描く子もいる。

性格以外に絵を描く傾向も違う。傾向はタッチや色彩にその違いがでてくる。教材の選び方も 違う、それはまた、性格と絡まって、楽な教材にしようとか、汚れないものにしようとか、片づけが楽なものにしようとかと言う、マイナスな考えに支配されている子もいるし今日はきれいな色で塗りたいのとか、大変だけどマーカーで細かく描きたいのとか、プラスの考えに支配されて描く子もいる。また、初めはきれいに描くつもりがだんだん汚れちゃったなんてこともある。また、初めから丁寧にやる気はなかったけど、うまく描けちゃった、なんて、ラッキーな日もある。

つまりは、思いどうりではないと言うことを、絵を描きながら学んでいく。

指導者は、子どもが少し躓いた時に子どもの自尊心に配慮しながら個性を認めてあげることが、次の指導に生きていくと考えている。抽象的だがこう考えている。

ちなみに作品は左から、ハナカ (幼稚園年長)、マナミ、ナオフミ、ジュンペイ。

          

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自転車を描く・指導の方法・1

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           どのモチーフも幼稚園や低学年の子にとってはそのまま描けと言われたら、とまどってしまうだろう。そこで指導者は描く立場に立って説明をする。こういう時私は自分が小さい時に、失敗したことを思い出しながら教えることにしている。

写生会の時に教会のアーチの模様を大きさがまちまちになってしまったことや、ストーブの上のやかんが宙に舞ってしまったこと、消しゴムで消しすぎて穴を開けてやる気が失せたこと、目の白いところが絵の具でどんどん黒くなってしまったこと、こうして失敗を生かして指導をしている。

子どもたちには気がついたことを一生懸命に描けばママやパパが上手に描けたと分かってくれると説明している。そしてそのことは子ども一人一人で違うから、まわりの子と違っても、気にしない!といい続けている。

作品は、左から、ナミ、ケンタロウ、リサ、ユリの順。

ちなみに、ケンタロウは幼稚園年長、この絵を描きながら、『 曇りのところにすき間から太陽が出ている 』 と言った。

                                           

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2006/11/07

夢を抱くこと!

Getijoujpg2 私の弟は海外に出かけることが多い。大学時代から交換留学生として、フィンランドに行き、今も仕事上出かけぬ月はないほどよく行く。芳州先生も仕事上行くことが多かった。二人の話を聞きながら、私はいつも、『いいな、いいな、』と思っていた。

芳州がフリーになって良かったのは仕事上で海外に行く時に助手としてついて行ける事だった。彼自身、海外では1人での撮影もしてきているが、安心して機材を確保したりする人間がいるにこしたことは無い。

Getijoujpg 写真は上が今年5月にドイツに行ったときの帰りのシベリア上空。下は行きのミュンヘン上空だ。この菜の花畑が見える写真は私のパソコンの壁紙にして毎日見てきた。ちょっと厭きたのでそろそろ変えようと思っている。

私は仕事の仕方を芳州に教わってきた。しなければならないことを紙に書き出しておくということもその一つだ。若い頃は実現しないことが多く紙に描いて見えるように、貼っていた。例えば、《県民ホールで展覧会》とか。最近ではいろいろ実現できるほど私自身、歳も経てきたので、ちょっとしたメモ程度に手帳の片隅にかいてあるほどになった。

私はあとりえで子供たちに絵を教えているが、通ってくる子のお母さんにも《夢》をもっていきいきとしてもらいたいと思っている。

このように、写真を見ていると、その意志がはっきりしてくる。

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2006/11/04

パステルで描く・Ⅳ

Pasuterujpg23Pasuterujpg25Pasuterujpg24Pasuterujpg28                                                         

                                               

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左上からユイ、モモコ、エリナ、カノン、下がサヤカ。

ユイは何もためらわずに鳥のような、亀のような模様を描いた。元気で、かわいくて素敵な模様。モモコは最近プードルを飼ってもらったので、うれしそうなのだけど、犬が下痢をしているので、病院に入っている。心配だけど、困っているけど、積極的な会話が出来ている。絵も、パステルを複数混ぜて、バランスがシブトイ感じ。エリナはとてもたくさん話してくれた。笑いながら、描いている。私もうれしい。カノンはこれが課題を理解して描いたものだ。シンプルさの中に今のカノンのかわいさが込められていると思う。サヤカはいつも、真面目に、真剣に考えて困って描くときが多いが、今回は気楽に楽しく描いた。

『あとりえ・チビッコ』はいろいろ取り混ぜ、駄菓子屋さんのようなお絵描き教室だ。

         

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パステルで描く・Ⅲ

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左から、Sミク、カスミ、ユキミ、ハルナ。下はFメグミ。

Sミクは今日がお誕生日でもう一枚の絵の中にイチゴを描いた。でもそれより、この方が色彩構成はいい。カスミは今日のは、いつもから比較すると普通の出来だ。ユキミはだんだん、絵の楽しさを感じてきたように描いている。彼女には3人のお兄さんがいるが、3人とも、以前あとりえに来ていた。ハルナはさっぱりした子、絵もこだわりはない。

Pasuterujpg22 メグミは線の構成から、色を塗る場所もよくよく考えて仕事を進めている。次女あいかの小さい時からの仕事の仕方に似ている。どのような道に進むかわからないが、きっと辛抱強くなにかをしていく子になるだろう。同学年の友だちのまとめ方もしっかりしている。絵が物語っている。

私は、いままで、子どもに教えていて、才能を感じても、言わないことにしている。努力をしなくなれば、才能もしぼむからだ。才能がなくても、努力し続けることで、自分できっとなにかが見えてくることもあるし、続けることで、楽しくなることもあるし、人も信じてくれる。ここで言ったからといって、メグミが、というわけではない。皆あとりえの子どもも私も発展途上にある。 まだまだね!                                                     

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パステルで描く・Ⅱ

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左から、アヤミ、メイコ、シノ、リオ。

アヤミの色彩構成はいつもいい。メイコもおしゃれな組み合わせをする。

シノは丁寧に、を心がけていたようだ。リオは元気な配色だ。

子どもの絵の色彩はその日の服の色になると以前なにかで読んだ。私が教えていて、このような自由画の時にその定義が当てはまるかと思うが、『楽しく描く』をコンセプトにしてるので、統計を取っていない。そのため、なんとも言えないが、当たっている時もあるようだ。ちなみにシノはエメラルドグリーンのTシャツだった。

フランスでは子どもが着る服の色を、黒や、白、もしくはグレーにして、子どもの色彩への希望を募らせるようにしていると聞いたことがある。 無彩色にすることが、子どもの色彩への欲望が募ると考えているわけだ。時々、日本ではピンクから、赤、水色、緑の全体の上下の服を着ている子がいる。顔がかわいいと、それも日本的でいいが、満艦飾の服はずっと、大人になってから自分の意思で着たいものだ。

ところで、私の服は黒が多い。ジーパンに黒のセーター、、Tシャツが良くする組み合わせだ。でも、あとりえに幼稚園児が増えると、私は明るいきれいな色を着るように心がけている。      

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2006/11/03

パステルで描く・Ⅰ

Pasuterujpg3Pasuterujpg2Pasuterujpg13Pasuterujpg4                                                                                                        

              

           左からケンタ、モモカ、ノドカ、アツシの順

今回、柔らかいタッチのパステルを新しく用意して描かせる。以前のものが少し硬めだったので柔らかいものを画材店で試して購入する。

マーカーで自由に線を描き、交差で出来た部分を塗るという、誰にも描ける、やさしい塗り絵。言われたままにやさしく描く子もいれば、必要以上に難しく考えて複雑な線を描き、後ではみ出さずに塗ることが大変で、苦労している子もいる。それもやってみて気づくこと。やらなければ解らない。

この4人はどちらかといえば、課題の説明から、はみ出した絵を描いた子だ。ノドカはこちらは説明どうりだが、もう1枚は違う描き方をしている。ケンタは色の対比がはっきりしている上に、濃く塗っているため、強いインパクトがある。モモカはべったり塗らず線で描いていった。描きながら、兄弟はたくさんいたほうがいいかという話がでて、低めの声で「一人っ子の方がいいよー」といっていた。春に生まれた妹の赤ちゃんは元気に育っている。

アツシはいつでも、あとりえの後には原っぱで虫取りのコースがあってのアトリエだから、描く絵にも自然と、原っぱの区切りがでてくる。色も芝や、葛や、ススキに分けられていく。本人は気づいていないようだが。

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