父のコーヒー・サイフォン
おととしの11月22日に亡くなった父が使っていたコーヒーサイフォンを長野の山小屋で、昨日の朝、始めて使った。
私たちが目黒の家に行くと、「コーヒー飲むか?」 と言って、台所のテーブルにサイフォンを出して、父が入れてくれた。
冷蔵庫の中から粉を出し、「ブルマンと、モカとどっちが良いか。」とか言いながら、粉を計量スプーンで掬いいれた。アルコールランプを近づけると湯が沸いてフツフツとしてくる。そこにコーヒーの入ったガラス器をつなげる。下の湯が上の方に上昇していくと、しばらくはそのままにし、頃合いを見て、竹のへらで粉と湯をかき混ぜる。部屋中にコーヒーが香る。
私たちはそれを見ながら、好きなコーヒー碗を出しておく。デミタスのカップは何種類かあって、皿の上にカップを置き、父の商売である、銀のスプーンをセットする頃にはコーヒーは下のサイフォンに降りている。
父は亡くなる10年前頃には、豆を買って自分で挽いていた。そのもっと昔にはネルのドリップ用の漉し布でコーヒーを入れていた。父の仕事は銀器屋ではあったが、本当は喫茶店のオーナーが似合っていると思っていた。
山小屋のストーブのそばでコーヒーを飲んでいたら、父の仕草まで思い出した。
夜、夢の中に父が出た。病院の廊下を父を支えて歩いていると、介護の人がそばに来てこの荷物を持ってくれと言った。私が荷物を持つと、父が一人で歩き出し、坂になっているその場所をどんどん歩き転んでしまった。その場面は主人の母のいた老人ホームになっていた。支えた感触は私の母のものだった。
夢から覚めて、ずしりとした思いが心に残り、首まわりが寒かった。雪か。
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