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2007/06/16

こうのとりのゆりかご・雑感・2

日本ではこうのとりのゆりかごが出来たが、3才の子が入れられていたという。育児放棄にならぬように、こういった施設は望ましく無いと政治家は言っている。

インターネットで 《 裁判所、養子縁組 》 で検索すると、養子をもらうための手順が出ている。養子は子供が物心着く前にと、6歳までにと決められている。熊本のこうのとりのゆりかごに置かれていた子が3歳だったということが、心に傷を残すと、騒がれていたが、日本の法律では6歳までにと言うことになっている。日本の法律だから多分、大昔からなのだろう。

私は昔、養女に貰われてきた方を知っている。確か、1年生になったときから、そのお家に来た。弟と同じ学年で、近所であったため、大変仲良く、幼少時代を過ごした。

一緒にご飯を食べたり、一緒に夏休みを過ごし、一緒にお風呂にも入ったりした。お互いの家で遊んだが、私の母は私に輪をかけて子供の面倒見が良いので、その子はまるでうちの子のように育った。或る時、母がその子から、《私にはホントのお母さんがいる。今のお母さんは違うの》 とお昼寝のあとで打ち明けられた。私たちもそれを聞いてビックリしたが、なにかの物語のような気がして、ことさらその友情に変化はなかったと思う。子供だったから。

だが、噂によれば、本当のお母さんはある地方の芸者さんで、子供がいると仕事ができないので、養女に出したのだと聞いた。そういえばその子はよく言うお人形さんのような子だった。そして、母は或る時とてもきれいでその子に似ている女の人とその子が一緒に歩いているのを見たと言っていた。

お互いに大人になり、進学や結婚を経て、現在も《その子》と行き来している。

つい最近、実家の母が頂き物の筍を届けてと言われ、彼女の家に行った。世間話や、介護の話になったが、最近の赤ちゃんポストやこうのとりのゆりかごを彼女は意識していたかはわからないが、

『 私は両親にすごく感謝している。本当にやりたい事をさせてもらった。今の私がいるのは母が自由にさせてくれたからだと思う。』と言っていた。つまり養母への感謝の気持ちだ。

彼女は昔から音楽関係の仕事をしている。そのために、ご両親は日本の音楽大学、ドイツの音楽大学にと留学させている。現在もある楽器の演奏もし、その指導もしている。私は彼女と小さい時から暗黙の了解のもと、そのことは知っていたが、一度も聞いたり、話したりしたことは無い。

私は赤ちゃんポストのニュースを聞くたびに、彼女の言葉を思い出し、うなずいている。そして、彼女の人生のことがスポットライトを当てたように光り輝きだすのです。舞台で光り輝いているように。 でもこの友人のようにうまくいくばかりではないかもしれない。それでも、虐待や子殺しなどになってしまうより、選択技を増やし、子供を育てる力や心がある人のところに、こうのとりが運んでくれるようにするのも善であり、注目すべきことのように思うのです。いろいろ紆余曲折があったとしても。

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コメント

がんばっていらっしゃるのですね。
ひょっこりひょうたん島懐かしいです。
メールが戻ったのはどうしてでしょう。
調べてみますね。
そちらももう一度送ってみてください。

投稿: KEICOCO | 2007/06/23 21:48

豊田恵子さま メール届いています。ありがとうございます。メール送りましたが、エラーで戻ってきました。こちらは相変わらずでNHKの短歌と俳句の番組などを作っています。

投稿: 宇田川東樹 | 2007/06/23 18:36

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