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2007年9月の記事

2007/09/30

コスモスと月夜

2 久しぶりにペイントを使って、絵を描いてみた。

雨降りの日に塗り絵をした幼い日が思い出された。マンションの通路にはデンデンムシが何匹か歩いていた。私は久しぶりに降っている雨に傘をさして、クルクル回してみたりした。

今日は寒いと思った。地球も帳尻を合わせるのに大変だ。

もうすぐ、ブログ開設記念日だ。そう思ったらなんだか暑くなってきた。

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2007/09/29

子どもが描いた夢・その視覚的な記憶は自由に

Yume_kentaYume_junnpei_2Yume_harukiYume_atusi_2

Yume_meikoYume_koutarouYume_hinataYume_nodoka               

           

            

Yume_yuiYume_sinoYume_ayamiYume_risa           

夜、子供たちが寝てから見る、《夢》について、おしゃべりしてから描かせた。高学年の子が抽象画になったのもうなずける。顔だけ描いてあるのも納得できる。いつもより、いきいきした絵になっている。心に問いて描いているからだろう。

私は心理カウンセラーではないので、この絵を読み解くことは出来にくい。子供たちの個人情報を考えてみると、何かわかってくるかもしれないが、それはしたくない。

この中には心を出していると感じる絵がいくつかある。

この絵を見て、児童心理を考えてみるのも一考ではあるが、シンプルに「子どもってかわいいなあ、こんな夢を描いている」 で過ぎていくのでも良いと思う。

絵を通して、シグナルを読み取るより、あとりえ・チビッコに来て、私やまわりの子供たちとで、コミュニケーションをはかるほうが感情の吐き出し方としては正しいと思う。

今回は作者の名前を記しません。

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2007/09/27

2007・秋の花を描く

Akihana_kahoAkihana_junpeiAkihana_atusiAkihana_moena            

           

左からカホ、ジュンペイ、アツシ、モエナ。

コスモスの花を描かせてもこれだけ、子どもはいろいろな表現をする。私が見ていると、稚拙な表現でもきれいだったり、見ていて楽しくなってくることがある。それはその子を知っているから。

いつもニコニコしているママたちが居たり、いつも心配性のママが居たりする。これを採り上げて言ってしまうと、個人情報漏洩になるのだけれど、そういう子どもたちを取り巻く環境が、絵を活き活きとさせている。

子どもは人の真似をしないで、自分の個性を出すことが出来ると 、饒舌になる。そしてもっともっと自分を出したくなる。去年と同じ花であっても、描くことで今年の花に対する自分が変わっているのにも気が付く。だから、同じ花を描くことで自分が変わったことと、成長したことを意識する。そのはずだと私は感じている。

私はこのやり方にこだわってやってきた。まだ、理論構成はできていないが、これがいいと感じている。

子供たちの絵画の稚拙な表現は天才的芸術性にもつながるが、勉強と言う常識性にとらわれて、いずれはそのほとんどがしぼんでしまう。ただ、観察した科学性はしっかりとした知識として身につき、その努力したプロセスが子どもの記憶に刷り込まれ、そしていずれそのスキルは子どもの体内で、芸術以外の分野でも試され、成長していくと思う。

Akihanashouki_2Akihana_meikoAkihana_nami 左からショウキ、メイコ、ナミ。

子どもたちは対照を描く場合には、その年齢の範囲において観察し、道具を選んで表現する。

学年が高くなると慎重に描くようになって偶然の面白さにかけてくるが、自分の個性を選んで描き始めるので、指導者としては より慎重に接することになる。そこで、始めの一歩に戻って、2、3才から4才ほどの自由に描く時期が非常に大切なことだと気が付くのです。

児童美術の指導者で画家であった、オーストリア人のフランツ・チーゼックは言っています。 「子どもたち自身によって成長させ発展させ、成熟させよ。」

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2007/09/26

あとりえの更新は明日になります

Kawayasude_001 《秋の花》の作品の講評は明日になります。今日書くつもりでしたが、朝から畑の収穫物を洗ったり、調理しているうちに時間がなくなりました。

紫蘇の実がたくさん取れたので、他にブログをのぞいて、紫蘇の味噌煮を作ったり、ルッコラをうろ抜いたり、洗ったり、とにかく商品みたいにするのは時間がかかります。そのため、標高差10メートルを息を切らして登ったり降りたり。登るついでに駐車場においてある肥料を床下に運んだり、降りるついでに木酢液入りのじょうろに水を入れて畑に撒いたり。

これで体脂肪が下がるといいけど。オー、タイムオーバー。

これから、ETCの通勤割引時間で帰りまーす。

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2007/09/25

ヤスデ大発生

Kawayasude1 上越高田、塩尻、ここ八ヶ岳山麓にと主人の仕事を手伝って戻った。まるで、風林火山の野武士のような気分で、川上に戻ってきたのだが、家の前の通りの排水溝に、節足動物のヤスデが大発生している。私には苦手な部類だ。

我が家の畑には、ほんの少し、地面を掘り返すと見つけられるほどだが、この写真の溝の中や、道路の枯葉の下に、折り重なって無数に生息している。かつて、15年くらい前にも大発生して家の中にも入り込まれた。今回と種類が違っている。今年のは白いが以前は赤い固体だった。

Kawayasude2 気持ち悪いけれど、ブログ訪問してくださった方にも、分かってほしいので写真を掲載します。始めに気がついたのは犬のココとお散歩中でした。ココが妙な姿勢で飛び上がるので、なんだろうとよく見ると、1匹、また2匹、ゲエッ30匹!急ぎ、写真を撮って調べると、ムカデかと思ったけれど、ヤスデでした。毒はないが臭いにおいを発するそうで、鼻のよいココが気持ち悪くなったのでしょう。

Kawayasude3 畑の仕事をしてから落ち葉を掃いて3箇所に集めて、ムカデ退治の薬を撒きました。畑ではルッコラが売れるほど上手に出来ました。ちなみに横浜の家のベランダでもルッコラを育て、毎日のようにサラダに入れてこの夏は食べ続けました。クレオパトラも大好物だったそうです。

Kawayasude4 今日の夕方は16度、そろそろ、秋支度というか冬支度です。畑もあっという間に霜が降りて、野菜もしおれてしまいます。夕方の光の中で、収穫を感謝し、過ぎ行く秋に感謝し、このように好きな山に来て仕事ができる幸せを感謝しました。ありがとうございます。

ところで明日は子供たちの絵を載せます。写真の整理と考えをまとめるのに時間がかかりました。

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2007/09/18

昨日の敬老の日と今日のうれしいメール

昨日は敬老の日だったが、私にとっては気持ちの上で 《毎日が敬老の日》 と思っているから、ことさら、そういうニュースを聞くと、「シャラクセー」なんて、汚い言葉が心の上っ面に漂ってしまう。そして、私も結局シャラクセーと思いつつ、実家の母に前日から用意したおはぎを朝作り、一週間前に注文したダイニングコタツが届く日だったので、母の部屋を片付けて生活がしやすいようにしてあげた。

母が私に感謝していると言い、いつまでもいろいろやってもらって悪いと言った。いつものパターンで泣きそうになって言うから、私は言った。

「親孝行をしていれば、自分がどうやって年をとっていくかがわかるから、それは自分に帰ってくる、ダイジョウブだからね。」 よく考えれば冷たい台詞だ。

人はいつから、自分一人だけで生きてきたのかは解らないように、いつから人に助けられて衰えていくかは解らない。母はいつも一緒だった父が今は居なくなって、心は完全に一人では生きていない。誰かが、そばにいるか、支えていると確約してくれなければ安心していない。そして、足がかなり、弱っている。掘りごたつに入るのが苦しくて、全くのバリアノンフリーだった。

車で、碑文谷のダイエーに行き、コタツ敷きとワゴンを選びまた実家に戻り、掃除をしてセッテイングなどをした。途中で、芳州先生から電話があり、あちらはあちらで、親戚の叔母さんの台所のリフォームで、家を片付けている。こんな日は一生の中でめったにはあるまいというほどの日だ。

年を取り、面倒を見る人が居ても居なくても、簡単には老人ホームには入れない。そして、できるだけ自分の家に居たいのが心情だ。特に痴呆になっていなければ。だから、ベストな暮らしをそばに居るものがしてあげる。ただ、このことを子どもたちにはさせたくない。絶対させたくない。自分たちで決着していきたい。

なんてね!暗い話題はごめんごめん。 

うって変わって、今日は前から待ちに待っていた横浜市市民利用施設からのメールが来た。当の一文字。希望していた来年の 《あとりえ・チビッコ展2008》 が大倉山記念館ギャラリーで出来ることが決まった。3月25日から1週間だ。前回は3ヶ月にわたり抽選に手こずったが、今回は1回で決まった。がんばりまーす!

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2007/09/14

動作を描く

DousakentaDousahinataDousamanami_3Dousayukimi

DousakanonDousashouki2Dousashouki 上段左から、ケンタ、ヒナタ、マナミ、ユキミ、下段はカノン、ショウキの順。

今回は、新しいマービーマーカーを用意して描かせる。今までのマーカーが子供たちの筆圧に耐えられず、よく埋まってしまうので、熟考の末購入した。人体の説明、関節の動き、その勉強のために、この課題をするので、絵に個性が無い感はある。今日のレッスンは、人の体の仕組みを子ども流に説明してすすめる。

まず、円を書き、胴体、足、手を骨人間のように書く。服を着せて、肉を描き、髪の毛を描く。関節の説明をする。性別を髪の毛や、服の種類で違えて描く。

今日は動作の種類、歩く、飛ぶ、走る、泳ぐを描くのだから、物語はいらないと言う。

ケンタは大きく一人描いて進めた。確かスケートをしている自分だと言っていたが。ヒナタはサッカー少女なので、絵も元気だ。マナミはハイハイ人間になった。彼女も笑いながら、私も笑いながら絵を見た。きっとバブーの弟がいるからだ。  ユキミは動作をつけた子たちに、ネコジャラシを持たせた。カノンは一斉に骨人間を描いてから、仕事を進めた。手際がよく、良い意味で要領が良い。ショウキは今日の課題の説明を理解していたが、あるところからお相撲に決めてしまい、描いていく。両手でマーカーを持って土俵際の人を描いていく。まだ集中力が足りないので、ここまででよしとする。

希望が丘は人数が少ないが、一人一人が友だちを感じている。絵を描きながら良い時間が流れている。先週、台風でお休みにしたので、今日は張り切っている。レイラがちょっとだけ、元気がなかった。来週、検査入院するユイちゃんのほうが元気だ。夏の旅行の話を楽しそうにしている。それを聞いているエリナもよく喋る。ユイのご両親の気遣いはいかばかりと思う。カノンはモモコと一緒に来れてとてもうれしそう。兄弟姉妹がいなくとも、あとりえに来る途中、おしゃべりしながら来て、楽しくなるのかもしれない。ショウキが皆の中で違和感なく出来るようになったのは彼がノンビリしているけど、ちょっとリズムが違うけど、それのも増して、何か特別のものを持っているのを子供たちがなんとなく感じて、心の門を開いたのだろう。モモコは絵を描きながら2つの怖いお話をしてくれた。ショウキが両手で絵を描いていたのはふざけてではなく、ごく普通に描いていた。

芸術の秋が来た。少し涼しくなった。集中力を養う課題を考えよう。

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2007/09/10

トランスフォーマーを心して観よ!明日は9・11

昨日すごい映画を見た。《トランスフォーマー》 

ホントは1人で、医療関係の《シッコ》を観るつもりだったのだけど、芳州さんも一緒に行く時間が取れたので、検索してから《トランスフォーマー》にした。トランスフォーマー=変身。

私は単純に面白いと思った。芳州は映画を制作する立場で観ていたようで、楽しんでいなかった。妻の私の心臓がどうかするのじゃないかと思っていたみたいだ。心臓の悪かったニトロな父の娘だからね。

音響が半端じゃなかったから、耳をふさいで観ていた。小さい子どもは映画館では観てはいけないんじゃないかな。刺激が強すぎると思った。DVDの方が刺激が少ないと思う。面白いかどうかとは関係なくね。映画館にもよるけど、私が観たのはララポート横浜のTOHOシネマズだ。

想像力を働かせる映画はたくさんあるけど、ロボットが映画館で変身していく様を見るのはすごい。そして、そこらにいるようなアメリカの高校生の男の子が地球外生命体と対等に戦うことになっていくこともすごい。でも、面白いと思って観ていたけど、やたらと、国名が出て、ロシアと北朝鮮を敵とし、日本の優れた製品ほめてるのが、気になった。パンフによれば、マイケル・ベイ監督が日本へのオマージュを捧げているのだとスピルバーグは言っているけれど。それくらい日本は軽く見られているのかなとも取れる。

トランスフォーマーの中で始めに異星体と戦う場所ががカタールで、話が進んで、アメリカの都市での戦闘場面では9・11を思い出させた。それはビルの中にその金属ロボットが滑り込んでいくからだ。だから、映像を逆戻りしていけばカタールはイラクのような気もする。が、カタールは英国領だった国で、ドーハが首都だ。でも石油産出国だ。そして明日は9・11だ。

昔、なにかの話で聞いたことがある。人間は地球の中でどうしても他の国と争ってしまうけど、宇宙人が来たら結束して、地球を守り、きっと地球人同士仲良くなるだろう。その話はどんな時、誰が言っていた話だか覚えていないが、この映画を見て思い出した。

そして、上映前のコマーシャルで、他の映画の紹介がされていたが、あと2本くらい、エイリアン的なものがあった。アメリカとして、地球外生命体の出現しかもう期待できないほどになっているのだろうか。それともそんな深読みなしで戦争に行く若者を増やしたいのだろうか。ゲームのように。それとも、日本にオマージュを捧げて日本の若者も戦争に行ってほしいのだろうか。

8月上旬だったら、そうは考えなかったかもしれないが、昨日今日では安倍首相の発言もあり、そうも考えられるような気がする。私は昨日書いたブログにちょっとしたミスがあり、削除して、落ち込んでいたので、今日、この事を書いて少しすっきりした。専門外のことに夢中になってはいけないようだ。そして良く調べて書かないといけない。

訪問してくださる皆さんのアクセス数が応援の印になるだけだ。ショボ!でも私にミスを教えてくれた友人にはお礼を言いたい。

ところで、地球外生命体の核になっているキューブは私としてはまた父のルービックキューブのことを思い出した。CGで金属が変化していく様子はきれいだと思った。一番私をうれしくさせたのは車がトランスフォーマーして、主役のサムの子分ロボットとしてその後も一緒にいて、ガールフレンドと一緒の生活を見守っていると言うハッピーエンドだったから。いつでも、映画は勇気あるものが、幸せになる。

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2007/09/04

ココログ展覧会@バルサ材の木の家

夏休みの工作は 《バルサ材の木の家》でした。いつもは何人かの子を選んでブログ上に載せていますが、今回はみんなの作品を載せました。私が作品を選んで批評するより、ブログ《あとりえ・チビッコ》に来られた方が見て、子どものそれぞれの感性の違いを感じてほしいからです。それは特にこの教室を選んでくださった保護者の方にわかってほしいからでもあります。

特に、ショウキ、エリナ、レイラ、(希望が丘教室)、ハルキ、ジュンペイ、アツシ、コウタロウ、hミク、シノが優れてがんばっていると感じました。

シノはバレーや、オペラの舞台装置のような作品を作りました。かつては冗談ばかり言って、お笑い芸人を目指すと言って姉と一緒にあとりえに来ていたいたシノも、お姉さんになりました。

ショウキは始めのレッスン日に当惑しており、2回目に来る時はどうなるだろうと思っていましたが、1週間の間に自分の中に期待感を育てて、仕事を進め、出来上がりの図面は、とても素敵な絵になりました。

エリナ、レイラは美のセンスがあります。エリナは京都から帰ってくると良い作品ができるような気がします。レイラはアメリカから日本に来たのですが、アメリカの家のほうが、日本の家よりきれいと言って、この作品を作りました。

作品写真はブログ上に載せるために、小さくしてあります。ダブルクリックすると大きくなり、カーソルをそばにあてると名前がわかります。数が多いので、省略し、修整はしていません。写真も指導しながら撮っているので、下手ですが、イメージだけは伝えたいです。作品の素材セットの版権は《あとりえ・チビッコ》にありますことを、記しておきます。夏休みの教室のために作品を早く作り、持ち帰ったマナミとモエナの作品は ここにありません。後日掲載する予定です。

NatukousakuatushiNatukousaku_harukiNatukousaku_marieNatukousakuayami_2 

Natukousakuhmiku_2NatukousakuhanakaNatukousakuhinataNatukousakuerina

            

             

NatukousakukahoNatukousakujunpei_2NatukousakukentarouNatukousakukanon              

                         

NatukousakukoutarouNatukousakumeikoNatukousakumizukiNatukousakumomoka              

             

NatukousakunamiNatukousakunodokaNatukousakureiraNatukousakurisa

             

           

           

NatukousakusmikuNatukousakuyuiNatukousakusinoNatukousakushouki_3Natukousakuyukimi_2                                              追記:マナミの作品Natukousakumanami_2

追記:モエナの作品Barusamoena

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2007/09/02

リスのブランチは松ぼっくり、そしてわが菜園は緑なり!

Kawahatake1Kawahatake2Kawacoco              

            

昨夜、中央道を通って川上に来た。途中大泉、清里、野辺山と霧が濃く、141号線では今までにない濃厚な霧のため、危うく車線を間違えそうになった。

家の近くではキツネがいたので、懐中電灯を点滅させてコンタクトを取ろうとしてみた。一匹と思っていたが、別にもう一匹の目が光り、私たちとお話がしたそうだった。

私は前に聞いたキツネの声を真似て、「コーン、コーン」と鳴いてみた。それでも、始めよりはジリジリと車に近づいて来たので、いくらなんでも車のすぐ下に来られては私が野生に戻っちゃいそうな気がしたので、芳州さんに「もうこわい!」と言って、車を動かしてもらった。

今朝は朝食後、ココと散歩をした。芳州が木の上で動く何かを発見。リスだった。リスは松ぼっくりの実を剥がしては中の実を食べていた。乱暴にぼりぼりと切片を落としている。だから、前拾った松ぼっくりがあんな形になっていたのね、とうなずける。様子を観察し、写真は撮らなかった。

ココを連れてのロング散歩は小一時間かかる。山道で息が切れる。標高1400から1500メートルだからでもある。そしてこの頃ココは自己主張が出てきた。横浜でも散歩中に行きたくないほうにはてこでも動かなくなる。写真のように山道の階段は怖いのかもしれないが、またもやストップしてしまった。そのままでちょっと待っていたら、自分で降り始めた。飼ってからもう6年半が経った。

散歩の途中で、また、リスを見た。さっき見たリスのほうにむかって行くと感じた。私は勝手に彼らを男の子と、女の子と思った。出会えるといいなとも感じた。きっとそうだよねと、隣にいる芳州に言った。

そして、鹿と戦っていた我が家の菜畑はガードを堅固にしてもらったお陰で昔の畑に戻った。青梗菜、ターサイ、正月菜、水菜、大根、ルッコラ、ブロッコリー、紫蘇と緑が美しい。

今日は特に間引いた水菜を使って夕食を作ろうかな。

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