« 粘土感覚でピザ作り | トップページ | 花束を描く »

2008/04/20

コーエン兄弟のノー・カントリーを見て

ジョエルとイーサン・コーエン兄弟が監督した《ノー・カントリー》を2週ほど前に見た。コーエン兄弟はどちらかと言えばミニシアター系のコーナーにあったが、今度はプレミアでの上映でアカデミー賞もたくさん取っていたのでメジャーになったのだと楽しみに映画館で見た。私にとって少し残念だったのは、奥さんのFマクドーマンドさんが出ていないことだった。それは些細なことだが。チョコッと出ると、ああ内助ね、と頷ける。

この映画について、考える資料にしようと、以前も見た《ファーゴ》を借りようと、2回もTSUTAYAに行ったが貸し出し中だった。アマゾンで買えばよかったのだが、デスクワークを少しでも減らし、ついでに体重も減らそうと駅前まで歩いた。

TSUTAYAではその代わり、《ミラーズ・クロッシング》があったので、それを借りた。イタリアマフィアとアイルランドマフィアの戦いと駆け引きと男の友情。ここには、《ノー・カントリー》と同じ底に流れているものを30%ほど感じた。つまり、女脳じゃない考え方だ。

ノー・カントリーではテキサスの荒野の画面を天と地に2分の一にしていることだ。そのために、テキサスの広大さが臨場感を伴って感じられた。美しい画面構成だった。そして映画を映画館で見る面白さが感じられそこからワクワク・ドキドキが始まった。

映画の中には、隠された比喩≪メタファー≫がある。それを探そうとこの2週間考えている。コーエン兄弟が言いたいことと、自分にとっての思い当たることと、それは今までにないアカデミー賞を取るほど、庶民を感動させる何かがあったはずのものがあったのだと言うことなので、それは簡単には探せないと思って、考え続けている。まるで、スルメを噛み続けるみたいに。

そのせいか、上映されている時に感じた殺し屋シガーの恐怖はその後の咀嚼作業のために、今ではかなり薄れてしまった。今残っているのは、保安官トム(トミーリージョーンズ)の奥さんとの会話だ。パンフレットの中にはこれが男脳のストーリーのためにどなたも、解説、評論していないが、引退を前にした、男の心情を受けとめる妻の気持ちも表している気がする。そこまで言うと平坦なドラマに成り下がりそうなので言えないのかもしれない。ここでマクドーマンドさんが奥さん役で登場しないからよいのだ。

全編を覆っている、恐怖感や暴力的なものがありながら、怖い怖いと言いつつも、耳を塞いで見ていた。私自身、最近年令による攻撃性が出てきたことを、夫に指摘されることもあるので、このぐらいの恐怖を感じる作品を見ておくことも生理上、ホルモンバランスのうえで、必要なのかもしれない。

それと逃げる男モスが日本の誰かに似ているように感じたが、誰だったかはまだ思い出せない。

|

« 粘土感覚でピザ作り | トップページ | 花束を描く »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 粘土感覚でピザ作り | トップページ | 花束を描く »