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2008年5月の記事

2008/05/31

自分の名前のデザイン

今回の課題の 《自分の名前をデザインする》 はみな楽しんで描いた。子供が楽しんで描く要素はいろいろあると思うが、自分の小さい時に遊んだことを思い出して、ヒントにするとと大体ヒットする。

写し絵というのがあった。紙に絵が描いてあってそれを水をつけて手の甲や腕に張ると絵が写されて楽しかった。そのやり方をちょっと思い出して今回のデザインの作業をやらせてみた。自分の名前をアルファベットで書き、それを肉付けして太くし、裏に色を塗って上から写して下にかけた線をなぞり、濃くしそれを一つの原稿としてコピーマシンでもう一枚作る。そして子供たちには自分の名前を1枚じゃなくて2枚描く。それは一人の自分じゃなくてもう一人の自分 でもあるということを言った。

Namaed_kentarou

Namaed_kenta_2

Namaed_koutarou

Namaed_marie 左からケンタロウ、ケンタ、コウタロウ、マリエ。

子供たちはがんばって描いたのと、アッサリ系の自分などと言いながら描く。

ケンタはお化けの世界みたいだ。本が好きのようで絵を描き終わってからよく読んでいる。そこからのイメージが創りやすいのだろう。よくお姉ちゃんのエミも本を持ってあとりえに来て、読むこともあったが。ケンタロウも2つの名前を違うイメージでしっかり描いた。コウタロウは赤の色が効果的に使われていると思ったら赤が好きだという。マリエは上の方をすごい集中力で描いた。下はアッサリした自分。

Namaed_miku

Namaed_momoka

Namaed_yui

Namaed_momoko

左からミク、モモカ、ユイ、モモコ。

ミクは2枚繫げたら1枚の絵のようになった。絵を描くときは集中してしずかチャンだが、外で友だちと話しているのを見たときはとびきり元気な子だった。そんな感じが伝わる絵だ。モモカは木の枝と葉を描いていたがいつの間にか〇のところでキウイになっちゃった。皆で見ながら美味しそう! 絵を通じて笑うことが出来るのってうれしいね。自分の絵で皆が笑えるのって幸せだね!幸せをみんなにあげられるのって良いことだね!

ユイは少し色が薄いので濃く描こうと指導したけど全体は主調がある。イメージは強い。ユイは強い子だ。モモコはkoがずれたけどそれも面白いからと直さず進めさせる。1枚目はハワイにあったおうちを描く。2枚目はなんと!モモコが桃子であるという絵を描く。Oが桃になっている。そして遠くの方にはドンブラコッコのおじいちゃんとおばあちゃんちがある。そして桃の中には赤ちゃんがいる。それは最後にはケンかをしているお兄ちゃんで海の彼方にドンブラコッコと流れていくそうです。お仕舞い!

このように楽しいことをすると子供は精神を開放させて絵の中で遊ぶのです。他にも皆良い絵を描いたけれど、今日はココまでね! ドンブラコッコじゃなくてビューンairplane

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2008/05/26

NHKBS1の「こだわりライフヨーロッパ」から

Robococo 一昨日の土曜日のNHK,BS第一でこだわりライフヨーロッパの中で、『ロボットと一緒にスマイル』という番組をやっていた。食事の支度の合間に流れていたのであわてて見たのだが、どうも自閉症をロボットを使って直す治療のようだった。50分の番組の中で10分ほど見ただけなのだが、関心はあるのです。

また、知り合いの自閉症のお子さんをもっているYさんは、とても大変そうなので何とかコミュニケーションのきっかけが欲しいものだと思っている。そしてそのお子さんT君がここ2回ほど長野に遊びに来た時に、私たちとは目線が合わなかったのに、犬のココをじっと見ているのに驚かされました。

テレビの中でその医師はロボットを使ってラバン君と5回目のセラピーをしていた。手を触ったり、目線も合っていた。私ももっとNHKのインターネットでの『ロボットと一緒にスマイル』を調べてみたい。

このようなことを書いたのはYさんの奥さんが前回お会いした時に「人に言えるようになれば、大丈夫なのよね」 とおっしゃったからです。

そういえばドイツで岐阜大学の学生、菰口さんという方と出会ったがあの人は今どうしているだろう。確かロボットの研究の為に、ミュンヘンに来ていたのだが。ネルトリンゲンの城壁を廻っている時に会ったが。

ロボットはセラピーとしての研究も必要だが、私たちの老後にも介助のロボットは必要だと思う。何しろ少子化で子分になる子供が少ないのだから。以下はNHKのホームページより。

こだわりライフヨーロッパ  ロボットと一緒にスマイル  ~イギリス ロンドン~ 
BS1   5月24日(土)午後6:10~6:30      

自閉症と診断される人が50万人を超えるといわれるイギリス。ハートフォードシャー大学で人口知能の開発をするベン・ロビンスさんは、自分の世界に閉じこもりがちな自閉症の子どもたちが人と交流するきっかけを作りたいと、人型ロボットを使ったセラピーを行っている。自閉症の子どもたちは、「たくさんの情報を処理できず、予測不能なものが苦手」な傾向にあるが、パターン化されたシンプルな表情のロボットには、少しずつ慣れ、笑いかけるようになる。週に1度、学校を訪問してセラピーを続けるベンさんの研究チームに2か月にわたって密着。子どもたちのために科学技術を生かしたいというベンさんの日々を描く。

★取材ノート
ロボットのキャスパーに対する子どもたちの反応は千差万別。ベンさんは、一人ひとりが興味を持てるよう、様々な工夫を凝らしています。ベンさんの活動は、自閉症の子どもたちの将来に、きっと何かの光を当てると感じました。

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2008/05/25

雑誌をコラージュする

Koraju_harukiKoraju_hinataKoraju_kentaKoraju_manami左からハルキ、ヒナタ、ケンタ、マナミ。我が家にある切り抜き済みの写真雑誌を 使って、コラージュをした。イメージは自由に考えさせた。丸い線の内側に写真の色紙を貼って 丸い形を人に解らせるにははみ出さないで貼らねばならない。この作業をするには根気がなければならない。

Koraju_marieKoraju_mizukiKoraju_moenaKoraju_nami

左からマリエ、ミズキ、モエナ、ナミ。モエナがきれいな写真を見つけてうっとりして、どこでその写真を使おうかと考えているのが印象的。マリエの果物は思ったよりパワフルに配置できた。ミズキは新しく入ったミズキだが、先週私が皆を指導している時に、『どうして私にはどう描くかを教えてくれないの?』ときいた。それは同じ絵を描くのにもその子によって描き方や色の使い方が違うから、入って少しの間様子を見てから教えることにしているのよ、と答えた。分かったみたい。

Koraju_shouki

Koraju_yuiショウキとユイ。ショウキはあくる日の学校の遠足が気になってしょうがないので、一つ一つ描く部分、『羽根は、窓は』と言いながらやらせた。拘りを強く持つときがある。でも、それを描くのはショウキだから、いくら私が声がけをしても、ショウキの絵になる。ユイはエリナちゃんが辞めたので、どうかなと思ってみているが、カノンちゃんやアヤノチャンと楽しそうに描いている。そういえばユイって黄色が好きだったっけ。先生も好きなのよね。黄色。

ところでこの写真は芳州先生の書いた記事も載っているかもしれないし、写真家の大先生も撮っている写真があった。それをこんなにふんだんに使わせていただいて申し訳ありません。きっとこの子たちは写真も好きな子たちになるでしょう。

ところでハルキは入った時に比べてすごく理解力が増して積極的になった。このクラゲは自分で全部貼った。ハルキが落ち着かない時にはトモ君のことを思い出して私は注意した。そうなのです。ハルキはただ声が大きいのです。      

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野菜断面のデッサン・B

YdayanoYdshoukiYdmomoko希望が丘のアヤノ、ショウキ、モモコ。モモコが荒削りなデッサンだが力強い。特に赤ピーマンが良い。アヤノのレイアウトの仕方と色彩の散らばり方がバランスが取れている。ショウキがなんとも可愛らしい。

昨日の朝日新聞夕刊に 《生きる障害者アート》 の記事があった。障害のある人が描いた絵を有料で貸したり、商品として販売したり。こんな活動を企業やNPOが後押しし、作者が収入を得られるようにする試みが広がっているという。

神奈川平塚にある「工房絵」(こうぼうかい)という授産施設。ほかには会社や障害者のために手続き代行をする会社もあるようだ。その記事の最後に神戸芸術工科大の見寺貞子教授が「障害者のアートをビジネスとして生かすには、作品を判断し、コーディネイトする人がかかせない。利用の際は著作権を明確にして契約書を交わし、トラブルを防ぐ必要がある」と指摘している。そういう意味では私はぴったりの人材なんですがね。

この記事はあとりえの予定表にコピーしてお母さんたちにお渡しします。

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2008/05/23

日本での夏時間と裁判員制度導入は土壌が違う

私のブログの師匠、庄内拓明さんが《どうして夏時間に反対なの》の記事を書いている。思わず、ドイツを旅している時に見た光景が浮かんだので、コメントを書いた。それから同じように欧米に真似することでの裁判員制度も、専門外だが気になっている。

以前、ミュンヘンからオーバーアマガウまでの高原への道すがらバーベキューセットを庭の方へ移動している男性を二人も見た。その時間は夕方の5時少し過ぎだった。しかも平日だった。日本では考えられない光景だったのでよく覚えている。

日本では会社でも学校でも、あらゆるところで残業が多い。私の教えているあとりえの子供たちのお父さんもその激務のため身を粉にして働いている。お母さんたちはお父さんの分もがんばって父親役をしている。遅く帰るから、単身赴任で遠くにいるのと変らないという。

ドイツに限らず、欧米では個人の家庭の時間を大切にする。だが日本では会社を大切にし、城主や侍社会のままのように会社を大切にする。しかも東京、大阪と言った一極集中だ。狭い日本なのに慌てふためいて皆で同じ方向を向くから休みには渋滞する。

夏時間はドイツの緯度とも関係があると思う。夏は夕方の9時半にやっと日が沈む。10時くらいはまだ明るい。そのような背景での夏時間かもしれない。日本でテレビからよく流れる公共広告機構が 《夏時間です、お父さんはおうちに帰りましょう》 とカラスの歌を流してくれれば何とかなるかもしれない。

裁判員制度もこの頃考えていることだ。日本では昔の時代劇を見れば罪人は御白砂に並ばされて、もろ肌抜いて大岡越前が登場し裁いていた。お上が決めることに、へへーの世界だ。欧米では罪びとにはギロチンがあり、町の人々が集まって裁判をした。そして、ウエスタンに至れば裁判、引き馬があった。みな、市民が参加して裁いている。なにか土壌が違うと思う。それにしても急すぎる。私が気づいたのは2年前だ。もう少し議論があってのことでしょう。3000人に一人が選ばれるのですって?

もしこのことをすべてやっていくようにするには農業の土全部を変えてしまう《客土》をしないとできないと思う。農業に喩えればの話ではあるが、思い切り石灰の多い、欧米の土に入れ替える。

不勉強ではあるが、この頃変!と思うので、一応書いておきます。(追記:まさしく不勉強で、裁判員制度を陪審員制度と誤って表記していました。書き直しました。)

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2008/05/20

野菜断面のデッサン・A

YdatusiYdharukiYdhinataYdmiku 

             野菜の断面をデッサンした。左からアツシ、ハルキ、ヒナタ、ミク

いつもは表面を見て描く野菜だが、包丁ですっぱり切ってその断面を描いた。あえてデッサンの言葉を使ったが、デッサンはフランス語のデンネ(描く)からきていて、定義は難しいが、美術学校の受験の時の必修項目でもある。難しいことは小学生には解らないから、そういう言葉があることと、こういう描き方をして《対象》をしっかりと読むことが大切だと教えたい。デッサンも説明に終わらずに作品としての美しさを描きとどめればよい。

Ydkaho

YdsinoYdmomokaYdmanami   

左からカホ、シノ、モモカ、マナミ

子供たちは大人のデッサンとは違い可愛らしいものや、不思議なものに迷いなく反応している。どの絵も同じように見えるが対象を見る角度や、配置(レイアウト)、誇張や変形(デフォルメ)に微妙な違いがある。写真を大きくクリックして見てほしい。その子の性格が私には感じられる。まあ単純にアスパラ好きや赤カブ好きということもあるけど。

モモカはデフォルメが面白い。見えたように、また見えるように、また写真で撮ったように描くことも大切だが、形の在り様を自分なりに解釈するすることも大切なことだ。それを小学生のデッサンとして定義することも在りうると思う。今の年令がそういうデッサンを描かせているとも言える。学年が高くなり、物の見方が均一になったときにどのようなデッサンがあるのか、また大人のデッサンへのプロセスがどういう形で終結もしくは発展していくのかは、何も決まっていない。この年令だからこそ描ける面白さなのだと思う。

希望が丘教室も、美的なデッサンが描けたが、上越の写真を整理している途中で、パソコンに入れたと思い、削除してしまったようだ。今週のおけいこの時にまたデジカメとって今週末に載せますね。

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2008/05/19

地方都市のすばらしさ@上越高田

Nisidake

             

             

              

               

             

           

             

             

             

一昨日、上越高田に行った。私は信越線に沿って建ち並ぶいろいろな宗派のお寺を見、新緑と丹精込めて作っている花々を見た。町がきれいだった。

あくる日は街の知識人、藤野氏とそのお仲間と一緒に戸隠、鬼無里と軽い散策をした。私たちが上越にまで行くには上信越道を通るのだが、その小さな旅の足として国道18号を使って行った。芳州さんが若い頃からずっとスキーをしていた妙高や赤倉、燕を見ながら通った。若い頃芳州を育ててくれた大地が、中高年になっても再び生業の基となる。そのことに本人以上に妻である私が感激していた。そして、小自然が好きな私の胸は有り余る大自然の感動とマイナスイオンで一杯になっていた。

ドイツに行くと《自然》が大きな都市にも間近にありうらやましいのだが、日本でも地方に行けば自然を上手く取り入れている。18号の道沿いにはシュットッツガルトの道路に似て、黒い樅の木があり、外の空気の匂いも似ていた。こちらで暮らす人たちは幸せだと思った。

NiigatajNiigataNiigataj_3jpg  

撮影や散策の後で、戸隠蕎麦をいただいた。例によって夢中で食し画像なし。その後、お蕎麦のザルが根曲がり竹で出来ていることを聞き、普通のザルと違い竹のツルツルした表面を表に使っていると知った。そこで、近くの笊屋で、ザルを購入する。川上のお蕎麦を盛ってみよう。

そして私の専門外ではあるが、国は中央集権ではなく、地方分権をこの機にこそ、推し進めていけばよいと思うのだが、このような私の記事ではまだまだ説得力がない。でもいつか、誰もが納得できるように地方分権について書いてみたいものだ。上越高田に行くといつもそう思うから。

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2008/05/08

黒ツグミの声に送られ、戻ってきました横浜へ

Kawakami080504_saku 今日の朝、川上から戻った。畑に残した自分の長靴の足跡も、早朝から鳴く黒ツグミのヒョロリ、ヒョロリ、ヒョロリという鳴き声にも後ろ髪をひかれる思いがした。連休中のいろいろな仕事の荷物を車に詰めながら、自分の川上への気持ちを大事にしたいと心から思った。Kawakami080504_sumire_2

白樺林の中に咲くスミレがほほほとばかりに、朝早くから笑って咲いていた。思わず、私もほほほほほ。

昨日は畑の柵を直して、地面を開墾し、肥料を鋤こみ、畝を作って、種を蒔いた。赤カブ、イタリアンパセリ、ルッコラ、カボチャ、大根。苗も少しだけ植えた。トマト、シシトウ、キャベツ。毎年輪作をしてきたジャガイモは今年は止めた。

プロの農家じゃないのだから気楽にやろうと、クワを振りながら、心で反復した。やりたい事がいっぱいあって、やらねばならないこともあるから、気楽に気軽に楽しくやりましょう。それでも畑を耕しながら背を伸ばして、青い空を見上げ、シラカバを見れば、あの木はバランスが悪いから、冬になったら切りましょうとか。またその木をきった後にツリーハウスを作ったらどうかしらとか。楽しいことを思いつくけど、すべて時間と自分の体力との相談になる。

Kawakami080504_zumi 我が家のズミの木はその本来の性質のために複雑な生え方をし、いろいろな木にしなだれかかったり、自分で支えたりしていたが4月半ばに雪が降り、水を含んで凍ったために、その重さで木が折れた。

周辺の木々も折れたり、電線を切ったりした。そしてその日についにズミも折れて、道路に覆いかぶさった。管理人さんが切ってはくれたが、かなりの木材が道の傍らに置かれていた。どうしても仕方がない処置ではあったが、私は気になっていた。そこで自分の畑を仕上げてから、夕方の2時間ほどを使って、そのズミの木の処理に取りかかった。力がない分、頭を使って、工夫し、木材を切り、折り、投げ、処理した。Kawakami080504_souji 途中から芳州さんが手伝ってくれ、木の残骸を美的に処理できた。そうしなきゃ森を作っている木に申しわけない。

そして、黒ツグミの声に起こされ、さよならして横浜に戻ってきたのだが、好きな土地にしばしでも別れを告げるのはつらい。いつまでもそこにいたい。好きな土地が増えていくのは幸せなことだ。川上と横浜の二都物語と、それに加えて、ドイツを加えての三都物語もすべて私にとって大切な土地であり、大切にすることが自分の体を循環して新しい何かを生み出しそうなのだ。これを無しにしたら自分が自分で無くなってしまう。アイデンテイテイー。だからこのサイクルは止められないと思う。

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2008/05/03

もう一つのブログ≪旅歌ノート≫

お仕事でお休みをとれていない人、本当にご苦労様です。あとでしっかり休暇をとってください。

さて、今日何気なく、もう一つの私のブログ 《旅歌ノート》がグーグルのランク2になっていた。信じられない。あまり更新もしていないけれど、心から「ほんと!そうだ!そう思うわよ!」と感じた時に携帯を使って入れている。

歌心などはたいしてないし、短歌や俳句の勉強もしていないけれど、日常生活を送っていると人には言えぬこともある。愚痴程度で言ってしまってもいいが、自分の人格を低めることはしたくないし、でも言いたい telephone ear pen annoy punch sweat02 bearing それだけじゃない。大きな声で言いたい telephone birthday note pen heart lovely

そんな時、五七五、五七五七七の言葉を選ぶと、おのずから自分の品性を低めることなく、を伝えることができる気がする。それはマイナス思考な出来事だが、良い出来事があってもプラス思考をあっさり書くことが出来る。良いツールなのだと思う。俳号というものを付けたのも良いと思う。やる気が出た。それは「きっこの日記R」から学んだ。

これからも 《旅歌ノート》を続けていくので、どうぞよろしくお願いします。

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2008/05/02

ゴールデンウィークは人間ドックから

Kawa080501 連休前半の昨日、佐久総合病院の人間ドックに行った。朝から何も食べてないので行く途中に見えるレストランの看板がやけに気になった。蕎麦もうどんもうなぎも焼肉もいつもは気にならないのに。≪ホントかな♪≫ 

芳州先生が、可笑しいことを言うので笑いながらいく。それと八重の桜が所々で濃いピンクや薄いピンクに咲いていて141号線が心地よい。

「美味しい看板を見て、涎がいっぱいで、胃の検査が出来ませんって言われるかも。」 「大きいですね、奥さんの胃は。」「いいでしょ、元気ということで!」 「ケーシー高峰に病院ネタを教えてあげようか」 「そういえば、、ドイツで、病院を調べていてクランケンという事から、クランケ、クランケって言っていたケーシー高峰を思い出したわね」なんていう、日常会話を楽しんで佐久総合病院の駐車場に着く。年に一度の厄落としの人間ドック。

佐久総合病院は胃の検査は胃カメラでするのを旨としているが、私はその検査のあと、喉のあたりが傷ついた感触が永いことあったことがあり、どうしても無理なので、バリュウムによる検査をお願いした。バリュウムを飲みながらの撮影は診察台の上でグルグル廻ったり、右や左に向きを変えたりと忙しかったが、日頃のWiiで鍛えたバランスで対応した。グルグル廻っている時に、東芝の箱を見つけて、あとりえの小柴さんのお兄ちゃんが確か、その開発のお仕事をしていると聞いている、早くカプセル式のプチカメラが開発されてくれるよう願うばかりだ。

そのあと、医師と既往症についての話をし、小学校4年生の時にした腎臓病は全く完治していると申し上げたとき、目黒の母を思い出した。一昨日も留守中気を付けるようにと言って、会ったばかりだが。その腎臓の病気の時の心配げな母の顔を思い出した。「母がいつまでも気をつけてくれたので、現在は完治しています」 そう先生に言ってなおさら母を思い出した。

最近は痛いところに貼る膏薬も自分で付けられないでいるのだが、今回は従兄弟の雄ちゃんが来てくれた。弟が頼んでくれた。これからも頼もしい相棒だ。一緒に落とし穴を清水公園で作った仲だ。弟と雄ちゃんと私。

人間ドックを終えて帰る途中、佐久穂のツルヤで新茶を見つけたので、ほかに甘納豆や抹茶のキットカットやみすず飴や栗、それと野生の蕗が売っていたので一緒に入れて送った。電話で送った旨を話すと、うれしそうだった。母の蕗の煮物は私はまだ敵わない。

ところで、なぜ人間ドックを信州でするのかというと、こちらの人たち、特に看護婦さんやドックに関わる人の優しさを感じるからだ。医学の技術的なことが優先ではあるが、ドイツと同じゲミュートリヒトカイト(いごごちの良さ)を感じるからだ。それと私たちがこちらに定住することが可能かどうかは病院が大切な要素でもあるからだ。

明日からは畑の柵を直し、土を耕し、苗を植え、種をまき、長女一家を迎える支度に忙しい。

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