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2008年6月の記事

2008/06/27

『雨ニモマケズ 風(風邪を訂正)ニモマケズ』を描く

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左からアツシ、カホ、ミク、コウタロウ。

子供たちは宮沢賢治の詩『雨ニモマケズ 風ニモマケズ』を描いた。何人かの子が《NHKのテレビであそぼ》でやってたから知ってると言っていた。

私は子供たちがあとりえに来るたびに一人一人にコピーした詩を間違えないように読んだ。

絵なのだから、自分の感覚を信じて描かせてやりたい。でも子供たちには書いてある詩の世界を説明も具体的にした。まるで国語の授業のように。

出来るだけ感覚的に描けている子を選んだ。アツシは風になびく葉が同一の方向を向いていることで強い風を表現した。3年半の間あとりえに通い、今回で辞めました。新しいおけいこ事もがんばってね。

ミクは体の動きがあり、宮沢賢治の新解釈をしているようだ。コウタロウは4つに区切って病気の子供、疲れた母、死にそうな人、喧嘩や訴訟を描いた。コウタロウは説明的でもあります。

カホは雨ニモマケズ、風ニモマケズなどという世界とは無縁の絵を描き、あとから漢字で表現していった。Amenimo_momoka Amenimo_risaAmenimo_shoukiAmenimo_yui

   

左からモモカ、リサ、ショウキ、ユイ。

この子たちは感覚的な面白さがある。モモカは4つの場面にして人の大きさが少しずつ大きくなっているのが、詩の文体のたたみかける感じを表しているように感じる。リサの傘もかわいい。ショウキも小さい人をがんばって描いた。ユイは色を少なくしてペンだけで表現。顔つき、目付きががんばっている。

Amenimo_sino シノは《野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋二イテ》を描く。上の字がしっかりお習字で書けている。シノが描く絵や工作の中に演劇的な表現を感じることがある。この絵は劇団の公演『雨ニモマケズ風ニモマケズ』のパンフレットになりそうな絵だ。

さて、この課題は私がドイツに行く前に予定していたのだけれど、戻ってきたら、この詩が妙に現在の私の生活にぴったりで、今回読みながら何度か胸がいっぱいになった。子供たちが大きくなってこの詩の意味を改めて思い出せるように絵に描かせた。どんな大人に育っていくのだろう。

さて、ドイツの旅行記を載せたいが母の入院、夏休み工作の試作などに忙しく、夏休みに入ったら載せるられるでしょう。それまでは芳州さんの記事を見てください。

追記:タイトルが間違っていた。『雨ニモマケズ 風ニモマケズ』です。最近喉が白くなる風邪が流行っているからと、風邪と打ってしまったのだろうか。母の入院でドイツからの時差ぼけの解消ができていないのかもしれない。ガンバレ!KEICOCO!

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2008/06/20

初夏に描く

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左からハルキ、アツシ、モエナ、アヤノ。

初夏の果実のアンズを描く予定だったが、アンズはあと3日経たないと入荷しないという事で、絵にしやすいプラムにした。また、急きょ、あいか先生がクワガタ虫を捕まえたので、そのクワちゃんにもモデルになってもらうことになった。予想どうりの子がクワちゃんの前に座った。

カホもがんばって描いた。ただこういう絵の場合に男の子が生まれつき持っている感覚といおうか、本性と言おうか、そういうものが絵をいきいきとさせるので、それは致し方ない。

初夏になりいろいろな果物が実ってくることを絵を描きながら教えたかった。

Shoka_kentaShoka_yuiShoka_bobu左はケンタとユイ、そして八つ橋幼稚園のボブ。

お稽古中にちょっとメタボなボブ君が教室にはいって来た。猫が苦手な私は遠くから見ていた。興味津々なボブは筆洗いを見てる。モデルのクワちゃんを狙われるといけないので、あわてて非難させる。そのうちボブは教室の窓から外を見ようとジャンプ! ユイとモモコと私で『アブナイ!ダメッ!』 数秒ボブはぶら下がっていたが、自分の太った体が功をそうして飛び越えられず、セーフ。3人で大笑い! 心の中で『笑って良いの? 自分は大丈夫?』

ケンタは絵の中でクワちゃんが木にしがみついている所をとてもよく描けてご機嫌。ユイちゃんは透明さをグレーの色で描かせた。時々私に聞きながら描いたのだけど不思議な絵になった。子供たちの中には昆虫の手がどうなっているかが理解できていない子もいるため、私の手で関節を教えてやった。インド舞踊のように。

Shoka_hinataShoka_miku 左はヒナタとミク。ヒナタはサッカーが好きな子だが、始めは大らか過ぎて絵が乱雑に感じたがまわりに点を描くことで面としての力が出て、美しくなった。

ミクはデッサンでは紙全体を使い、性格の大らかさが出ていると思うが、廻りを強く描くことで花が弱くなったので、もう一度濃く塗ることをさせる。

子供の絵の指導と言うのはその子の個性を壊さないように見極めて、指導しないといけないと思う。そういう意味では未完成さを漂わしている子のほうが指導しやすい。それはある意味で素直と言うことだ。個性が強い子は黙って見て描かせていても良いときが多い。個性が弱いけれど、対象には真摯になれる性格が良いと思っている。まっ、私の小さい時の『けいこちゃん』ということですが。それは絵だけでなく全科目への姿勢といえるが。少し脇道にそれたかもしれない。

子供たちの絵はクリックすると大きくなります。筆遣いの中に子供の願望 (このクワちゃん欲しいなあ、プラム食べたいなあ)を昔子供だった大人の皆さんに読み取ってもらえるとKEICOCO先生としてもうれしいのですが。

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2008/06/10

二丁目の朝日@Google map

もうすぐ、六月の父の日が近づいているが、私は父が亡くなって3回目の父の日が来る。今年の四月に父絡みの不思議な体験をしたので過去のことだがそれを報告したくなった。

数日前に、グーグルマップで、私の実家の場所を検索したところ、父が亡くなってすぐの2005年12月にマップを見たことがあったが、今回は近くの薬品会社が建て替えで取り払われている写真になっていた。コンクリートのビルはなく、地面が見えていた。あれはあの道路側からから見ると50年ぶり位に夕日が見えた光景なのだ。そして実家の前の私道に白い車がある。赤い点もついている。なんと、救急車だ。父が亡くなる前には何度か救急車で病院にいったことがあったが、何とその日の写真がグーグルマップに写っていたのだ。

庭にはモッコクの丸い木があり、ベランダには白いバスタオルが干され、前のSさんの駐車場には息子さんの白い車も止まっている。裏のMさんの庭にはやはり緑が色濃い、8月末ではないか、だとすれば一度目の早朝に救急車に乗ったときだ。そしてその救急車には父が乗っているのだろうか。人の出入りは見えない。あまりの映像に驚いてしまった。『三丁目の夕日』ならぬ『二丁目の朝日』が見えていることになる。

「おじいちゃん!その救急車から出て来てよ!」思わず私は叫んでしまう。

ファザコンをこの歳になって自認している私なのだが、このような映像こそ心に残る場面と言うのだろう。驚きと同時にグーグルマップが約2年を経て更新されているのを知った。悲しいことだが、皆に見てもらいたいが、個人情報もあり、目黒区のナニガシ町何丁目何番地と言えないのが残念で悔しい気持ちもある。

気分を変えて長野の川上をグーグルマップで検索した。いつも行っている川上村に行く途中の山や川が見てみたかったから。大きな川はめったに変わることはないが小さな川は流れが変わることもある。山も時々地滑りを起こして、竹林が山肌をさらけ出すことも在る。高速道路に面した崖に樹齢を重ねた桜が咲いていることもある。いつも通っている道も脇にそれるとどうなっているかが分かるから、仕事が立て込んで行けない時にはそれを見て楽しんでいる。

ドイツ関係では知人の住所を入れて探したこともある。ドイツは屋根の色が微妙に違うので、その色を目に焼き付けて現地で探した。壁の色は分かるが上空から見た屋根の色はわからないので、それを目当てには探せなかった。またドイツから戻り、面白いことがわかった。私が宿泊していたホテルから外の景色を写生した。日本に戻ってグーグルマップでその出窓のデザインを見て、反対側の私が泊まったホテルの位置が分かった。

いつか年を取ってドイツに行けなくなっても、グーグルマップを検索してその臨場感を楽しむことが出来るだろうとも思っている。もっとも、ドイツは古いものを大切にしているので日本のように極端に変らないだろう。ただし私がパソコンのハード面での変化や操作についていけるか、対応できるかが問題だ。私の脳味噌がマルコメでも信州一でも歯を食いしばってついていきたいと思っている。

ところで、前述の実家のある場所だが、時間と暇のある方は目黒区の救急車の停まっている家を探してほしい。私の不思議な感動を追体験して欲しいから。そして私はこの奇跡的な事実を記録してくださったGoogleに感謝を込めて「二丁目の朝日」という形でブログに残しておきたい。    (2008年4月1日の日記より)

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2008/06/03

夢の実現

先月5月26日に三浦雄一郎さんがエベレストの登頂に成功し、5月31日にはスペースシャトルが打ち上げられて、日本人星出彰彦さんが宇宙に飛び夢を叶えた。2つのニュースは最近にない明るい希望のあるニュースだ。

三浦雄一郎さんは『夢に向かって1歩を踏み出す、踏み出したら諦めない』と言っている。75歳でエベレストに挑戦するというのはアンチエイジングを通り越している。凄すぎる!

また、星出さんの4歳のときの絵には宇宙を旅する自分を描き、そばに、《ME》と書いている。この絵を見て私は、子供たちにいつも自分の夢が何であるかを意識させないといけないと思った。絵はそれを意識しやすくさせる道具だと思う。

Kawa0806_002

Kawa0806_yume ちなみに私の夢は以前にも書いたが、植木職人だ。『おばさん、お茶が入りましたよ!』って言われるのが夢と、高校の友人のデラに言っていた。多分その点では私は夢を実現できていると思う。まだまだ別の可能性への夢はを捨ててはいないけど。

ただしこの夢を追う人たちは帰ってくるまで目が離せない。

そして人にはいろいろな夢があると思う。その夢は時としてわからなくなるときもある。夢を実現したい時に出会った人とその同じ道を歩き、手を携えて一緒に行ければ良いけれど、時としてその線路の分岐点に来てしまうときもあるかもしれない。遠くに見えるものが違って見えるかもしれない。めざしていることは同じでも、そこに行く道には花の咲いている道と険しいがけを通る道があるかもしれない。そこで、考え込んでしまうかもしれない。夢を実現するには一人でがんばることも大切だがサポートする人も必要だ。その一人になれる人となれない人がある。雄一郎さんの息子さんも途中で高山病になりサポートを断念した。そんなことはよくあるのだろう。父の雄一郎さんは自分が登頂に成功したことより息子がベースキャンプに戻れたほうがうれしかったと言っていた。親心はそんなもんだ。夢の実現は現実をしっかりとしておかなければ実現しない。きっと息子さんも父親のために、下働きをして疲れきって登頂に同行したのだろう。

本当の自分の夢がなんなのかをよーく考えよう。人によってはごく身近に普通の家庭を幸せに築いていくことが夢である場合もありそうだが。先に良い家庭を築いてから、夢を築くことは出来ないものだろうか。上の写真は私の夢が実現している畑の作物。オーマイ ルッコラ!

当分《あとりえチビッコ》より、《旅歌ノート》の更新が多めになると思います。ダンケシェーン!

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