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2008/08/02

ドイツの誘惑@独仏国境近くアルザスのエギスハイム(Eguisheim)

Mariazou2008年6月の10日から14日まではドイツ国境近くのフランスのアルザス地方エギスハイムにいた。4年前の同じ6月にその近くのコルマールに滞在していたのだが、帰りの列車から小さな村々を見て、もう一度この辺りに来たいという思いを強くしたので、また来ることにした。

この旅行中に母の転倒を知ったのだが、戻って病院通いが続く中、自由が丘の駅近くの古本屋で大谷暢順著『聖ジャンヌ=ダルク』・河出書房新社を見つけた。約1ヶ月かかってその本を今日読み終えた。

そのジャンヌ・ダルクが生まれたドンレミ村が写真のちょうど後方の彼方になるようなのだ。距離としてはヴォ-ジュ山脈を越えるので100キロは離れていると思うが、その本を読むうちに私が撮ったこの写真が意味あるものに感じられてきた。とにかくこの丘の向こうなのだ。

エギスハイムは城壁に囲まれた町でそのまわりに造り酒屋が数多くあり、旧市街はブドウ畑に囲まれていた。Mariazou2コウノトリが巣を作っている教会の中は献金をすると会堂の明かりがついてフレスコ画が見れた。町の所々にマリア像があって、昔から信心深い人が住んでいるのだとわかった。

ジャンヌ・ダルクは映画やお話では華々しいが、事実は極めて、悲惨な最後になったようだ。 イギリス軍が割拠する中でフランスの国王シャルル7世の戴冠式にまでこぎつけ、フランス中を戦い抜いたのに最後にはイギリス軍に宗教裁判に掛けられ、一番苦しい火あぶりの刑に処せられた。また裁判の最中にはキリスト教への信心を試されることなど、また牢獄の中での拷問にも近い、女性としての尊厳を打ち砕かれることもあったようだ。そして20年後に再び復権裁判があり、フランス国からも、ある程度は正しい評価が下されたようだが、真に宗教的に評価が下されたのは1920年にローマ法王庁が『聖ジャンヌ・ダルク』と認めたので、他界してから489年後のことなのだそうだ。そして、彼女が救国の少女として戦い、周りの人に利益をもたらしたにもかかわらず裁判の時に彼女に不利なことを言ったり、陰謀を画策したほとんどの男たち(司教、裁判官、判事)はその後、結構要領のよい生き方をし、良い人生を送ったのだという。

Pinoguriこの本は1986年が初版で書いている、大谷暢順氏は浄土真宗の僧侶であるようだ。そして本の最後にキリスト教の受難や殉教が大事なことだと書かれていた。悪人ではなく、善人に苦しみが必要なのだと。

私はこの町エギスハイムで100キロ程先にジャンヌダルクが生まれたドンレミ村があることもその時は知らず、ワインのピノグリをレストランで飲んでいた。するとウェイターが私に車の絵を描いて欲しいと言ってきた。食事中ワインの絵を描いてはいたが、ちょっとビックリ!言われるままに車の絵を描きましたが。あとでワインや飲み物代がサービスになっていました。

雨で席の移動をしたのでそのお詫びなのでしょうね。フランス人の機転といおうかセンスといおうか、心にぐっと来るものがありました。だからといって誘われてもその車には乗りませんけど。そばに芳州先生がいたのですし、貞操堅固なオルレアンの?女ですから。

注・ドイツ旅行から行ったフランスなのでカテゴリーはドイツにしてあります。

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コメント

あのアルザスの辺りはなだらかな丘陵地でほんとに良いところです。それにしてもtamayam2さんはどのようなお仕事をされているのか、興味しんしんですが。
いつもコメントありがとうございます。
そちらのブログにもお邪魔していますが、写真がとても上手に撮られていて、画面がきれいです。たくさんの方のコメントを読むうち、なんと言ってよいか考えてしまい、いつも失礼をしています。

投稿: keicoco | 2008/08/18 22:40

アルザス地方のお話、なつかしく拝見しました。
私は、コールマール郊外の旧「アルザス成城学園」
の跡地でセミナーをしたときに泊まっただけですが。

素晴らしい絵のあるコールマールの美術館のこと、
暑かった田舎町を自転車で走ったことなど、
思い出しました。いいところですね。

投稿: tamayam2 | 2008/08/18 07:20

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