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2008年11月の記事

2008/11/29

見捨て奉ること悲しくて・・・・

Madokaki先週忙しく過ごしたので、撮った写真を整理できずにいたのだが、今日かたづけることができた。そして山小屋に干してある柿の写真を見ているうちに高校生の時に習った古典の授業の中のフレーズを思いだした。《見捨て奉ること悲しくて》

ところがその出典を思い出せず、本棚の昔の全集などをぺらぺらとめくっても分からない。そこで困った時のインターネット。《見捨て奉ること悲しくて・・・》 で検索。すると、《更級日記、門出》と出てきた。私の脳内のシナプスたちがピッとつながってなんだかホットした。

インターネットの言葉の組み合わせの中には時々、困ったことや、不快に感じる組み合わせ方もあるが、こういった探し方ができるのはうれしい。このフレーズがなぜ思い出されたのかと言えば、ちょうど川上の山小屋をあとに、車に乗って窓を見たとき一生懸命むいた柿がまるで私に気を付けて帰ってねとばかりに見えて、あの古典の文章のことが浮かんだのだ。検索するうち、NHK高校講座学習メモというのもあったので、印刷した。手帳にはさんで暇な時に読もう。だが、その私の思い出したフレーズじたい間違っていた。

あづま路の道の果てよりも、なお奥つ方に生い出でたる人、いかばかりかはあやしかりけむを、・・・・・・・・車に乗るとて、うち見やりたりければ、人まには参りつつ、額をつきし薬師仏の立ち給えるを、見捨て奉る、悲しくて、人知れずうち泣かれぬ。(更級日記、門出より)

Sika0811_2 さて、その帰りの道でまたシカに会った。今年の夏にシカを見たときから、見つけるコツを覚えた。車の運転に似ているが、集中しないで全体をジロ目で見ることだ。そうしてこの鹿も見つけた。芳州さんが車を止めてくれたので私は道を戻って走った。川上と野辺山の境のYMCA近くの場所でそばには農耕車が畑を耕していた。が、シカはそれも気にせずにいた。

やはり私が近づくと逃げた。林間を駆け登ってこちらを振り向いた。何とか撮れた4枚の中で一番良いのはこの写真だった。カーソルを置いて大きくクリックしてみるとちゃんと写っていますから見てくださいね。

角は黒かった。数秒かもしくはもっと永かったかもしれないけれど鹿と目が合った。ジーン。heart01秋は鹿の恋の季節だ。だからと言って私は人間。シカもおばちゃん。モシカするとおばあちゃん。かなわぬ恋。

『鹿さん、よく私と会うけれど、私は人間ですからね。もっと可愛いバンビを探してね!』

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2008/11/28

クリスマス工作@2008.フエルトの聖夜

11月最終週からクリスマス工作を始める。キリスト教圏の子供たちがアドベントのカレンダーに日を追って印をつけるように、あとりえ・チビッコも真似している。今回の工作は2回で出来上がる。昨日、一昨日と、2教室でその工作をした。

フエルトを使って、クリスマスの場面を考え、そのアイデアに沿って各色を切り、貼る。フエルトを絵の具のようにあつかう。問題はフエルトの切り方だ。毛のけばが出ぬようにきっぱりと切るようにしないといけない。またアイデアを出来るだけ叶えられるように色数を揃え、多用に対応をしなければならない。それが結構大変。でもあいちゃんが助手としてがんばってくれた。

子どもたちは同サイズにマーカーでアイデアを描き、夜、曇り、室内、好天などの場面の設定をし、バックの色を決めて貼る。

昨日は大変さを子どもたちは感じていた。また風邪も流行っているようで少し元気がない子もいた。ケンタは足を怪我して病院に行ってから来てアイデアも出ずに、始めはふさいでいたが、たまには絵本を見てアイデアを考えるのもいいでしょ、とクリスマスの絵本を用意してあげた。ケンタはサンタさんがお家に来る様子を絵にした。そしてフエルトを貼りながらケンタが 『先生がサンタにお願いするのは若さでしょうね。』と言った。オイオイ、お姉ちゃんの恵美も結構きついことを言ったけど、君も言うねえ。

この頃忙しすぎて《旅歌ノート》に俳句も和歌も載せられなかった。一応考えたり詠うときはあったけど余りにもヘタで感動もないものだったので載せずじまいだった。ところが出来ましたよ!ケンタ君!君の言った言葉どうりの俳句です。

  coldsweats01  先生はサンタに若さをお願いするねと 健太言い      恵鼓子

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2008/11/19

心穏やかな日々を過ごすには

Kawakaki_2川上に来て、母の一時帰宅に向けての諸々の用事をしている。戴いたお見舞いのお返し(追記:母の年代ではこういうことが常識であるので私は代理でしている。)や、それに添える母の近況を書いた手紙などを準備している。 合間にまた、141号のびっくり市で干し柿を買ってきた。この間皮を剥いた柿は1個300グラムほどのものもあり、季節も早めだったのでカビ゙が生えているのではないかと心配だったがかなり冷え込んだ日もあったようで、無用の心配だった。今度の柿は小さく体積は半分ほどなので早く出来上がるだろう。皮を舐めたら10分間は口が渋くなった。

そして今年のクリスマスの工作に使うフェルトを助手のあいかが私の試作に合わせて用意してくれている。なにかと心強い。今回の工作には私の幼い日の思い出を反映した。

昔多分5歳ぐらいの時に母と手をつなぎ買い物帰りに鷹番小学校のそばを通ると、紙芝居屋さんが来ていた。ほかの子がなめている飴も、紙芝居も見たかったけれど、母にいけませんと言われて、どうしてなのかも考えず、従順に後ろを振り向きながら帰ってきた。今度の工作を準備しているうちにその時の心の騒ぎみたいなものがフー と思い出された。大変でもがんばってみよう。そう考えるとなんてことはない。

最近は接着にはいろいろな教材がある。東急ハンズやUniartを散歩道にしているKEICOCO先生としては子どもの力量と満足度を天秤にかけて考える。今年のクリスマスの工作はクリスマスの光景を作るのだけど、2つの物語を作れるようにする。そんな感じ。

お蔭さまで《クリスマス、工作》でのアクセスが増えている。皆に公開している作り方だが、まだあとりえの子どもたちに教える前は非公開だ。楽しめる作品が作れると良い。

母のいる中目黒の施設で、今後のことを話し合う打ち合わせの折に、ケアマネージャーさんが、『心穏やかな日々を過ごすには』というフレーズを言った。なるほどと後になればなるほどその言葉が浮かぶ。もしかすると母よりも私が心穏やかな日々を過ごすようにしないといけないのかもしれないが。今の母にとって、私たちが目標にしてあげる言葉だ。

Kawakaki_1午後遅めの散歩をすると手ががちがちになった。夏よりも家の真正面の方向に夕日が落ちる。信州峠のほうだ。時計は4時45分だった。鳥たちはシラカバの木の間をぬっては群れとなって家路に向っている、家路があるとすればの話だけれど。私はがちがちの手で畑の赤カブを抜いた。葉はもう凍っていた。自分の皺のある手を見て、ふっと母のことを思い出した。気温はマイナス3度、多分今夜は天気予報どうりに今年一番の冷え込みになるだろう。予測はマイナス7度。青い空からちらちらと雪も舞っていた。

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2008/11/16

内田樹の研究室@費用対効果教育

私の尊敬する現代思想家 内田樹先生が11月16日のブログの中で、子供たちが勉強するにはどうしたらよいかを述べている。内田先生は若い頃に人一倍勉強をされた方のようで、文章を読むと、ほろほろと私たちには解らない単語が出てくるがそれを気にせずに読んでいけば理解できる。先生の文章はいつでも大要を理解するようにすると、どんなに長い文章でも解ってくる。細かなところは辞書を引いて見ると判ってくる。この時代を生きるのに大切な栄養素を受けることができる気がする。

そして、内田先生の文章を読んでいる姿、特に後姿を子どもに見せておくことは大切に思う。ブログの文章はすぐに本になっているほど中身の濃い文章だから、子どもが寝たあとにパソコンで読めば子どもたちより年上だからといっても、毎日読めばIQはわずかに上昇するかもしれない。

今日の『費用対効果教育』では、私は辞書を引いたのは3つの単語だった。(この部分に書いたことはふさわしくないと削除しました。) 以下に記す。

  • クレーバー (頭のよい、抜け目ない)
  • 喫緊キッキン (さしせまって大切なこと)
  • シラバス  (授業内容の概要や授業計画)

ところで私が読もうと買った3冊の内田樹の本は1冊目の『女は何を欲望するか?』を昨日やっと読み終わった。するときっこの日記で、11月14日がウーマンリブの日だと取り上げていて、フェミニズム、ジェンダーなどの言葉が出ていて、なんとなくビックリしてしまった。これからまだ、『街場の現代思想』と『子どもは判ってくれない』を勉強する予定だ。難しい言葉が出てくると、辞書で引いて、ついでにシャンソンが流れているような気分になると理解できそうだ。これは私流の私的な理解術。

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2008/11/14

音楽を聴いて描く@フジコ・ヘミングの幻想即興曲(ショパン)

Ongakufujiko_kentarouOngakufujiko_ayanoOngakufujiko_nami イングリット・フジコ・へミング演奏ショパンの幻想即興曲を子どもたちに聴かせ描かす。音楽 は芳州先生が詳しいのでいろいろ相談して選んだ。左からケンタロウ、アヤノ、ナミ。

ケンタロウは音楽の規則があるところと、ないような感じがすることがあると言う。だから絵にもそう感じることを描かないといけないと私は話す。音楽は解るというより、感じるだけでいいとも話す。大倉山教室はピアノや音符は描かないでね、と言ったが希望が丘では言わずに薦めた。希望が丘のアヤノとショウキは具体的なものが登場する絵になった。大倉山のケンタも時計が登場した。

ケンタロウは考え考え進めた。この個性を小学校高学年になっても大切にしてあげたい。中学になっても、高校になっても、大学になっても、変化はするだろうが伸ばしてあげたい。壊したくない、だから静かに見守り、働きかけなくてはならない。

アヤノは素直な子だ。2台のピアノときれいな青と緑を塗る。ナミは一生懸命描いた。姉のヒナタも似た感じの絵を描いたが、もしかすると姉の方が先にこのモチーフを描き始めたかもしれないが、ナミちゃんも、久しぶりにいい絵になったので選んだ。

Ongakufujiko_haruki

Ongakufujiko_shouki 左はハルキとショウキ。ハルキは3ブロックを丁寧に描いていた。入ったばかりの頃より格段の仕事振りだと思う。ただその3つの塊に関連がなくなっているので何かでつなげて一緒の仲間にしようと言う。このまま続けてもっと良い作品が描けるようになって欲しい。色彩構成も原始的で力強い。

ショウキは描いていると、この羽根の生えたのは天使じゃなくて、ドラキュラだという。犬が人間をかむと言っていた。あの音楽からそういう発想をしたのは自由に考えて描くショウキらしい。ニコニコ笑いながら自分が考えついちゃったのが、ひどく可笑しいと感じているようだった。

Ongakufujiko_kentaOngakufujiko_risa_2Ongakufujiko_momoko_2  左はケンタ、リサ、モモコ。ケンタはいつもマイペースで描いていく。時計の中の歯車をピアノの曲の中に感じていた。でもその曲はお母さんがよく引いている曲だと行っていた。お母さんがピアノを弾いているお家ってなんだか素敵だ。

リサはもう一枚もよく描いていて、こういう課題は好きなようだ。よく見ると塗りつぶしている楕円や四角を太い線が囲んでいる様子は音楽の中のピアノの右手と左手のようだ。

最後のモモコの作品は飛びぬけて美的ではないのだが紹介したい。本人が言ったこと。上の方は大きく3つに分かれていて、右端のドアが塞がれていて勇気がなくて行けないのだが、上の明るいところが良いグループでその方に行きたい。でも仕方がなくてこっちにいる。下は家族で犬がいてつないでいる。こうしてモモコは描いて話してすっきりした。

ところで希望が丘の教室では、ピアノを弾いているフジコへミングさんについて話す。彼女はは70過ぎたおばあさまではあるが、今も若い気持ちを持ち、人を好きになっている、つまり恋をしていると、話す。そういう気持ちも大切と私は言った。カノンちゃんはその言葉を受けて『容疑者Xの献身の映画を見た』と言う。そうね、カノンちゃんのママの理想の恋人は福山雅治よね。理想の夫はカノンのパパだけどね。

今回の作品でも感じたがどちらかと言えば男の子の感受性のほうが客観的で抽出力が感じられるのはなぜだろう。特にケンタロウとハルキとショウキの粘り強さと色彩の良さに指導しながら感激した。

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2008/11/09

オバマ氏がアメリカ大統領選に勝利した

先週水曜日の午後はあとりえの日だった。デジカメを忘れたので教室から自宅に戻り、テレビのスイッチを入れると、オバマ氏が大統領選の勝利宣言をしていた。数分私はテレビの画面に釘付けになった。高揚した口調、理想を実践しようとしている真の政治家の姿を見た。その後のいろいろなメディアの反応は正直ではないという感じがする。それ程何かを畏れるものがあるのだろうか。わたしには解らない。だが、あの演説を瞬間聞いた感想は『すごい!』のだ。

かつて、私の弟が英語の勉強にとケネディ大統領の演説をテープで繰り返し聞いていた時があったがそのケネディ大統領を彷彿と思い出す響きもある。日本にもこのような理想の実現をしてくれる人はいつになったら登場するのだろうか。

インターネットのgooニュースにオバマ氏の公式演説の動画があったので落ち着いて見ることにした。日本語訳をコピーしたので、いつも持ってこの理想の精神で行動したいと思っているが、私のことだからわからない。訳もgooニュースから掲載します。

gooニュース2008年11月5日(水)20:57
黒人指導者マーティン・ルーサー・キング牧師が「私には夢がある」と演説してから45年。米民主党のバラク・オバマ候補が4日夜(日本時間5日午後)、米国初の黒人大統領になることが決まった。地元イリノイ州シカゴの公園で約20万人を前に行われた、オバマ次期大統領の勝利演説全文を、複数メディアの生中継をもとに翻訳します。解説を含めた要旨はこちら英語全文はこちらですオバマ公式サイトの演説動画とテキストはこちらです。(gooニュース 加藤祐子)

シカゴのみなさん、こんばんは。

アメリカは、あらゆることが可能な国です。それを未だに疑う人がいるなら、今夜がその人たちへの答えです。建国の父たちの夢がこの時代にまだ生き続けているかを疑い、この国の民主主義の力を未だに疑う人がいるなら、今晩こそがその人たちへの答えです。

この国が見たこともないほどの大行列が今日、あちこちの学校や教会の周りに伸びていました。並んだ人たちは3時間も4時間も待っていた。人によっては生まれて初めての経験でした。今度こそは違うと信じたから、今度こそ自分たちの声が違う結果を作り出せると信じたから、だからみんな並んだのです。そしてそうやって並んだ人たちが今夜、疑り深い人たちに答えを示したのです。

老いも若きも、金持ちも貧乏人も、そろって答えました。民主党員も共和党員も、黒人も白人も、ヒスパニックもアジア人もアメリカ先住民も、ゲイもストレートも、障害者も障害のない人たちも。アメリカ人はみんなして、答えを出しました。アメリカは今夜、世界中にメッセージを発したのです。私たちはただ単に個人がバラバラに集まっている国だったこともなければ、単なる赤い州と青い州の寄せ集めだったこともないと。私たちは今までずっと、そしてこれから先もずっと、すべての州が一致団結したアメリカ合衆国(United States of America)だったのです。

私たちは今まであまりにも長いこと、あれはできないこれはできないと言われてきました。可能性を疑うよう、シニカルに恐れを抱いて疑うように言われ続けてきました。けれども私たちは今夜、アメリカに答えをもらったおかげで、手を伸ばすことができたのです。歴史を自分たちの手に握るため。より良い日々への希望に向けて、自分たちの手で歴史を変えるために。

ここまで来るのに、ずいぶん長くかかりました。しかし今日と言うこの日、この夜、この決定的な瞬間に私たちが成し遂げたことのおかげで、アメリカに変化がやってきたのです。
・・・・・・・・・・・・ココから先は上の全文の翻訳をクリックしてご覧下さい。

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2008/11/07

Gペンで描く落ち葉のモチーフ

Otiba_kanonOtiba_kentaOtiba_kentarou左からカノン、ケンタ、ケンタロウ。

落ち葉をよく観察してGペンとインクで葉脈を描き、クーピーで着色した。写真をクリックすると大きくなり、ペンのタッチや子どもの努力がよくわかります。

カノンはいつもより丁寧に描いた。ペンの使い方を子どもたちに教えたが実際に使ってみるうちに分かってくる。あとりえでは始めての教材だったが、楽しんで描いた。ペンを持って動かないとか、人にペン先を向けないとか、危険なことがあることを言って描き始めた。インクをこぼすことの注意はあまりしなかった。ケンタもこの教材が魅力的だと感じていた。始めの1枚目の葉が集中して描けていることがよく分かる。ケンタロウは自然の中にいつも居たい子だから、描写は細かい。本当は縦位置だがレイアウト上横にした。

Otiba_marieOtiba_yui 左はマリエとユイ。

マリエは今日は大きく堂々とのびやかに描いた。ペンでは描きにくかったかもしれないが、葉を重ねて描いたりさすがに原っぱで遊んだ成果が出ている。久しぶりに紹介が出来てよかった。

ユイは葉脈を細かく描き、集中して仕事をしていた。描きながら、病院で点滴をしながら不自由な時間のことを話していた。点滴をしながら移動する時に転んで点滴が抜けたこともあったそうだ。それから比べるとこうしてペンで細かい線を描くのはなんと楽しいことなんだろうといっているような気がする描き方をしているのを私は見ないようにしながら見ていた。

私が日本画をならっていた横溝由貴先生は小倉遊亀先生の弟子でありました。私が横溝先生に習っていたとき、妙に感動したお話があります。小倉先生が先の皇后様(長子皇后)に日本画を教えていらした時に、皇后様が絵を描く時にめざすことはなにかと聞かれたそうです。小倉先生は1枚の葉を見つけるようなものと答えたそうです。今回の課題をしていて、そうおっしゃった横溝先生を思い出しました。椿の花が咲いていた、柿の実が実っていた横溝家のお庭を思い出しました。

ところで、そのような優雅なお話とは別に昨日は不思議なことも2つあった。一つは希望が丘に行く時に家の前の道路の真ん中に大きなネズミがいて、前のマンションの管理人さんが箒を差し出すとそこにネズミが乗った。それを原っぱに投げた。

もう一つはお稽古を終えて車を駐車場に入れて戻る時のこと。私のハンチングの帽子に何か尖った物がありそれが動いた。私はもう暗くなった道路を渡りながら原っぱの脇の道の坂を上がりながら、目を凝らしてじっと見た。私の目は上目遣いになり、ジロ目になり、次には寄り目になったが、なおも見ると、三角のものがまるで私を見ているのです。エッ!それはカマキリだった。カマキリだあ!

私は工作用に買った細い角材を持っていたので、私のハンチングの帽子を叩いた。すると地面にはカマキリが美しい緑色で歩いた。まさに暗闇に紛れて歩いていた。葉っぱをたくさん持っていたので匂いがしたのだろうか? まだ目に焼きついて離れない映像となっている。以前葉を描く時にやはり桜の木の下で、葉を集めたのだが、面白いものを見つけた。モズのはや煮えになっているトカゲだ。なぜそれが分かったのかと言えば、桜の芽が腹部に刺さっていたからだ。

今回も、先生が大変な思いをした時(葉を集めること)は、子どもたちは楽しんで描いている。まだまだ作品としては強さはないが、Gペンを使う好奇心が刺激されたのは良かった。また使いたい教材だ。

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2008/11/03

干し柿を作りながら今年の菜園の反省をする

Kawa08kaki_004Kawa08kaki_005 昨日、141号線野辺山の《びっくり市》で買ってきた、百目柿を夜のうちに皮を剥き、洋服がけに工夫してつるした。去年同じように作った干し柿が成功したからだ。

そして柿を剥きながら今年の菜園の野菜の作り方や利用法の反省をした。毎年それなりに考えて工夫しているが、二都を行ったり来たりする生活のため、時間も限られて、趣味の範囲を超えられない。つくづく柿を剥きながら考えた。でもそれでいいと思う。

今年の菜園はドイツのクラインガルテンを見学した時のことを思い出し、真似してみた。地元の園芸店の苗を利用して、ほんの少しだけ植えてみた。キャベツとトマトと、ブロッコリー、シシトウ、レタス、白菜などを3本ほど。自分たちが食べる分だけ作れて、農作業  (一応そう言わせて下さいね)がハードではなくなった。ほおって置いても育つのがカボチャだ。それも草の蔭からひょこっと出来ていたりして楽しかった。ルッコラはベランダで作るより強力な匂いがして栄養がありそうだ。ただ無農薬なのでカメ虫が付くのが困った。

失敗もあった。夏に作った大根が思いのほかにたくさん採れたので、沢庵に挑戦した。だが市販の沢庵漬の元を鵜呑みにして使い、異常な臭いがしてきた。そこで食べるのは断念して捨てた。先ほど地面に還した。作る過程では、干したり塩漬けにしたり時間をかけて作ったのにがっくりだった。どうも材料がよくなかったみたいだ。私は母の家事を真似てきたけれど、母は今までに沢庵をつけたことがなく、やはり、見よう見まねが正しいようだ。今度川上村のどなたかに聞いてみようかしら。またトマトが実は付くが赤くならなかった。去年植えたブルーベリーも実を付けなかった。

Kawa08kaki_008 そして今年はジャガイモを作ることが出来なかった。連作で、休んだからだ。もう2年間植えてない部分の地面があるので来年はやってみようと思う。作物はやはり時々変えて、以前やっていたものをまた作るのが良いのだろう。来年はモロッコ菜豆を作りたい。余裕があったらマンションのベランダで芽を出させ、川上に持ってきて地植えすると時間を短縮できる。そのことは以前学んでいる。

今年はドイツから戻ると母が病院生活ということになり、農作業の変更をしたが、その中にあって、川上の由井さんに戴いた梅を急遽梅干として仕込んでみたところ大きなカリカリ梅干ができた。柔らかくないがそれなりにカリカリの食感があって、包丁で切って使うことも多いのだがいろいろと使うことが出来ている。何でも挑戦してみると楽しい。

今年は産地偽装や異物混入など食物に関しての信頼が揺らぐことが多かった。今まで知らなかっただけで結構食べちゃってたんじゃないかと思いもするが、手作りを旨としてあとりえの子どもたちにも食育の一環として年に一度はこのようなことを企画していきたい。今年は展覧会のあとにピザと、この間はリンゴジャムを作った。お料理教室ではないので、ささやかですが。

川上の畑ももう、野菜は白菜ぐらいでビニールのマルチも取り払われているところが多い。これから来る冬は農作業ができないと思えば長い。ほかに勉強することがあれば短い。秋の夜長は鹿の鳴き声で脳細胞が活性化する。

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2008/11/02

我が菜園は緑なり@鹿に勝利宣言!

Kawa08aki_008昨日はマンションの隣の原っぱの草刈に参加し、所々痛い筋肉をさすりながら、イヤリングのような鋭い三日月moon3と星を見ながら中央道を走った。先週は実家の母のこれからの生活を検討するために介護施設と相談があり、合わせて3日通った。結構大変だった。自分のことでなく人のことをその人の立場になって考えてあげるのは大変だ。88年の歴史と情念を背負っているから。

母に頼まれたレッグウォーマーを買いにぺぺに行く。戻る時にエレベーターが開いたとたんに、『アッ誰だったかな?』そう、マリ・クリスティーヌさんにお会いした。15年位前に鈴廣蒲鉾での蒲鉾板絵展というメセナに子供たちと一緒に応募し、私はマリクリスティーヌ賞を取った。とてもうれしかったが、その時だけで終わっていた。昨日会ってすれ違いで、そのことを伝えることができた。新幹線に乗られるようで、こういうときに声を掛けるのは私の趣旨ではないのだけれど、昔お手紙を書かずじまいだったので声を掛けてしまった。私はもっとあの傾向の作品を作っていかないと、いけないんじゃないかなとちょうど考えていた所だったのもある。

Kawa08aki_019 141号線から川上村への道を右折して、小海線の線路を渡ったとたん私の第6感が囁いた。今日は鹿に会いそう。この間の鹿にぶつかり、困っていた車のことを思い出した。そのとたん、坂道の暗がりを上がろうとしている鹿を見つけた。小さい鹿だった。

そこはYMCAの施設のあるところでよく鹿が出る。そしてなおも道を走り、もうすぐ山小屋に着くパイロット畑のレタス畑でまたもや鹿が現れた。今度はかなり大きかった。昔、由井幸徳さんの畑があったところの少し手前だった。車のヘッドライトが届かないで、暗闇に紛れてしまいオスかメスかは判別できなかった。

山小屋に着き車を降りると満天の星だった。荷物を入れて、ストーブを点けた。清里有料道路で7度、野辺山で2度だった。室内は9度だった。私はココに餌をあげて、懐中電灯を持って菜畑を点検に行った。懐中電灯の灯りに出てくる柵も大根も小松菜も赤カブも皆無事だった。Kawa08aki_022

そう2008年今年は鹿に勝ったのです。エイ!エイ!オウー! でも車のヘッドライトに映し 出された鹿のお尻が目に焼きついて、『なんだか、可哀そう』

秋のメランコリーな空気はアップルミントで爽やかにしたい。フジコ・へミングのピアノ曲でも聴きながら~♪

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