心穏やかな日々を過ごすには
川上に来て、母の一時帰宅に向けての諸々の用事をしている。戴いたお見舞いのお返し(追記:母の年代ではこういうことが常識であるので私は代理でしている。)や、それに添える母の近況を書いた手紙などを準備している。 合間にまた、141号のびっくり市で干し柿を買ってきた。この間皮を剥いた柿は1個300グラムほどのものもあり、季節も早めだったのでカビ゙が生えているのではないかと心配だったがかなり冷え込んだ日もあったようで、無用の心配だった。今度の柿は小さく体積は半分ほどなので早く出来上がるだろう。皮を舐めたら10分間は口が渋くなった。
そして今年のクリスマスの工作に使うフェルトを助手のあいかが私の試作に合わせて用意してくれている。なにかと心強い。今回の工作には私の幼い日の思い出を反映した。
昔多分5歳ぐらいの時に母と手をつなぎ買い物帰りに鷹番小学校のそばを通ると、紙芝居屋さんが来ていた。ほかの子がなめている飴も、紙芝居も見たかったけれど、母にいけませんと言われて、どうしてなのかも考えず、従順に後ろを振り向きながら帰ってきた。今度の工作を準備しているうちにその時の心の騒ぎみたいなものがフー と思い出された。大変でもがんばってみよう。そう考えるとなんてことはない。
最近は接着にはいろいろな教材がある。東急ハンズやUniartを散歩道にしているKEICOCO先生としては子どもの力量と満足度を天秤にかけて考える。今年のクリスマスの工作はクリスマスの光景を作るのだけど、2つの物語を作れるようにする。そんな感じ。
お蔭さまで《クリスマス、工作》でのアクセスが増えている。皆に公開している作り方だが、まだあとりえの子どもたちに教える前は非公開だ。楽しめる作品が作れると良い。
母のいる中目黒の施設で、今後のことを話し合う打ち合わせの折に、ケアマネージャーさんが、『心穏やかな日々を過ごすには』というフレーズを言った。なるほどと後になればなるほどその言葉が浮かぶ。もしかすると母よりも私が心穏やかな日々を過ごすようにしないといけないのかもしれないが。今の母にとって、私たちが目標にしてあげる言葉だ。
午後遅めの散歩をすると手ががちがちになった。夏よりも家の真正面の方向に夕日が落ちる。信州峠のほうだ。時計は4時45分だった。鳥たちはシラカバの木の間をぬっては群れとなって家路に向っている、家路があるとすればの話だけれど。私はがちがちの手で畑の赤カブを抜いた。葉はもう凍っていた。自分の皺のある手を見て、ふっと母のことを思い出した。気温はマイナス3度、多分今夜は天気予報どうりに今年一番の冷え込みになるだろう。予測はマイナス7度。青い空からちらちらと雪も舞っていた。
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