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2009/04/01

しろいうさぎとくろいうさぎにみる愛のプロセス

私は以前 「しろいうさぎとくろいうさぎに見る愛について」 を書いた。

絵本の中で黒いうさぎが寂しそうな顔をしていると、どうして寂しいのかと、しろいうさぎが聞くと、『いつも、いつも君と一緒にいたいから』と言う。

『ねえ、そのこと、もっと一生懸命 願ってごらんなさいよ』と白いうさぎが言う。

『いつもいつもいつまでも』と二匹は見つめ合い、手を握り合い、森の仲間たちと一緒に結婚式のダンスを踊る。そして結婚をする。

そして、私も白いうさぎみたいな恋をして、結婚した。だからこのうさぎたちの愛のプロセスは同じだと思ってきた。そして結婚のための教科書になるとも言った。だが、この物語としての愛の過程はこれから先が違っていくこともあると思う。それは人間の世界では離婚だ。なぜ、『いつもいつもいつまでも』と言い合ったのに、一緒に居たくなくなるのか。

それは一緒にいるよりも他に楽しいことができてしまったのかもしれないが。くろいうさぎはひなぎくや、きんぽうげの咲いている野原でかくれんぼをしていたけど、かくれんぼをしながら、くろいうさぎは灰色のうさぎとも遊びたかったのではなかったか?とか。また、くろいうさぎは黒いちごのしげみで、かけっこをしながら寂しそうな顔をしたのはずっとクローバーくぐりをしていたかったのではなかったか?とか。できるだけ、メルヘンチックに考えたいものです。

私は離婚をしたことがないが、以前離婚した複数の友人の悩みを聞き、その時、親身になって考えた。いや親身には程遠いかもしれないが、自分とは違う『愛のプロセス』を歩んでいく人にこのうさぎの愛が別の意味での教科書にならないかと考えた。だからこの、絵本、『しろいうさぎとくろいうさぎ』を教科書として考え続け、離婚の傷を広げたりしないで、何とか良いアドバイスをしてあげたいものだと思ってきた。

人はもし離婚を経験したら一瞬はこの物語『しろいうさぎとくろいうさぎ』は全くの絵空事になるだろう。一緒に住んで居たくはなくなることだ。その信じたことすら、ウソくさく、愛はなかったのかと、考えるようになると想像する。多分それは長い人生の中では一瞬の時間に違いないが。

その友人カップルの二人をよく知っていれば、同じようにつらく悲しい。そしてそのカップルの間に子供がいればもっと悲しさが増えるだろう。

愛すると言うことは自分の心も体も相手に寄せることだ。だから『いつもいつもいつまでも君と一緒にいたいと』と言ったのだ。その言葉にはウソはないのだ。離婚になる前には喧嘩があるだろう。その喧嘩を我慢できるかできないかも大切だ。私も若いころはよく喧嘩した。だいたいが私が喧嘩をふっかける。自分の理想と違う彼の姿に苛立っていやになる。それを面と向かって言う。そこで相手が興奮する。プロセスはだいたいどこでも同じだろう。いつもと同じぐらいの喧嘩の程度であれば離婚まではいかないのだろう。うさぎの世界にはこうしたことはない。

この黒いうさぎが別の寂しさに耐えられず、考え込んでいたのを白いうさぎが、勘違いしたこともありうる。寂しいのは別のことで寂しかったのに、自分と一緒の人生を歩けば幸せになると白いうさぎは勘違いし、思い込んだ。そんなことはないだろうか。黒いうさぎは白いうさぎと一緒になっても、いつかまた寂しくなって、自分の道を歩き始めているかもしれない。もっと哲学的なことかもしれない。

それと反対にしろいうさぎが今度は寂しくなって悲しい顔をするかもしれない。

その時にはあの教科書『しろいうさぎとくろいうさぎ』はまた復活する。過去の愛の形にとらわれることはない。だが、過去の間違いを繰り返すのじゃないかとトラウマに囚われるだろう。だから、離婚したその失敗はなんだったのかとよーく始めの離婚の時に考えておくべきだ。たしかにくろいうさぎが寂しい顔をしたのが何だったのか。少しの時間、待って考えよう。その答えは日記に書いておこう。詩でもいい。気持ちの変化はいつも流動する。自分の気持ちをしっかりと書いておけばその地点に戻れる。

日本政府の統計では

《 平成18年の婚姻件数は732000組で、平成17年の714265組より18000組増と推計される。婚姻率(人口千対)は5.8となり、平成17年の5.7を上回る。
 また、離婚件数は258000組で、平成17年の261917組より4000組減と推計され、離婚率(人口千対)は2.04となり、平成17年の2.08を下回る。》  つまり平易に解釈すれば、62、要するに313組結婚して1組は離婚することになる。

だがまわりを見回してうまくいっていない場合も離婚はしないで一緒に生活をしている。だとすれば、11対1。うまくいっていないほうが2対1で多いということになる。緑色部分はあくまでも適当な統計だけど。

うさぎの話に戻ろう。森の中にはよくうさぎの糞が転がっている。触って潰すとハラハラと植物性の葉の削りかすのようなものになる。笹の匂いもする。白いウサギと黒いウサギが出会った話は、恋の始まりとしていつでも森の中に入ると思いだす。糞を見つけると思い出す。

うまくいかない小さな愛をずっと背負って生きていくより、悲しく辛くても、ゼロに戻って愛がない生活をしたほうが明快でいいと思う。私は離婚はしたことないし、これからの予定もないけど。でも、人生の中で離婚した人やうまくいっていない人のために、もう一度シャッフルしてみるのもいいとは思っているが。

どちらにしてもしろいうさぎとくろいうさぎの物語のようには人間の世界は単純ではない。だから愛という形はそれを押し通したかったらなるべく簡単な形、つまり絵本の世界のように単純な形で愛し合っていれば、うまく添い遂げられるのじゃないかと思う。このしろいうさぎとくろいうさぎにみる愛についての記事もアクセスが多いので、あえて、「しろいうさぎとくろいうさぎにみる愛のプロセス」を書き加えた。

愛は壊れやすいものでもあるらしい。だとすれば私たち夫婦の間もまだ分からないと言えると言っておこう。

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