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2009年7月の記事

2009/07/23

皆既日食と飛行機工作

Bp7227304Cp7227305Dp7227306 昨日はあとりえ・チビッコでは夏休み前半の工作である飛行機作りをした。先週の曼陀羅模様の時に教えた色彩の補色についてまた話してから始めたが子供たちは上の空。上の空と言えば部分日食を見たと口々に子供たちはしゃべり始め、高いテンションを、押さえて指導するのは大変と感じた。

この工作で大変なのは垂直尾翼を切りこんでいくのが難しいと思っていた。また割りばしほどの細い木の隙間にスチレンペーパーを通すことが難しいと予想していたが、何人かが切るのに失敗した。失敗を繰り返し、高くなったテンションが少しずつ落ち着いた。

あいか先生が自分のデザインの仕事で忙しく、来られなかったので、芳州先生に飛行機を飛ばす指導を急きょお願いした。ヒナタが最長飛行距離を記録していた。それは切り方も塗り方も落ち着いて要領よくしていたからだ。リサはリホの飛ばした飛行機をすぐに取ってきてくれた。ほんとにやさしい子だ。でも正面切ってそう言うと反対に悪いことを言ったりする。

Ep7227301 本当は色彩のことを言いたかったけど、飛ぶか飛ばぬかの方が問題になってきた。ゴムの回し方や飛ばす角度や力の入れ方をそれぞれが工夫した。体感が大切だ。

そう言えば昨日はきっこのブログで「日食とお稲荷さん」で書いている。小さい時のシールの思い出を語っていた。お母さんと一緒に部分日食を観たと書いていた。その中でやはりきっこは優しいと感じて私の目がウルウルしたところがある。

とにかく、「皆既日食」に限定すれば、今度は26年後だそうだけど、普通の「部分日食」なら、ワリとチョコチョコと観られる。あたしの住んでる東京でも、最近なら、2002年の6月と2004年の10月に「部分日食」があったみたいだし、来年2010年の1月15日にも、日が暮れる間際に「部分日食」が観られるそうだ。2012年の5月21日には「金環食」が観られるし、「部分日食」なら、2016年3月9日、2019年1月6日、2019年12月26日、2020年6月21日‥‥って、26年も待たなくても、たくさん観られる。

そうです。マスコミでは「次の皆既日食は26年先!」の言葉を何度も言っている。そりゃあ、先生だって長生きしてあとりえの子供たちの未来を見て、自分の仕事の成果を実感したい。だから次の皆既日食を見てみたい気もする。でも、ほら、ほら、美人薄命と言うでしょ!だから私には無理な気がする。ショボン!でも、きっこの優しい言葉は何だか元気を出させてくれた。

きっこと同世代のあいか先生は来られない分、子供たちにフルーツゼリーを送ってきた。昨日、子供たちは飛行機を飛ばしながらおやつに食べた。お仕事がんばってほしい。

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2009/07/20

「剣岳 点の記」を2度観て

この物語は明治39年(1906年)から、40年にかけて実際に起きた事実を新田次郎が小説にし、木村大作が映画化したものだ。一世紀も昔のことだ。私はこのように装備して山に登ったことはない。残念だが小自然しか知らないから。大自然は想像するだに怖い。

映画は日本山岳会ができて2年目に入っての頃の話だから装備品の進歩も今とは隔世の感があるのだろう。山岳会の面々が来ているコートなどはデザインも素晴らしいものがあったが。映画の画面の中でなにか見覚えのあるものもあった。測量隊のリュックサックは父が戦争のころに撮った写真のものに似ていたし、芳州さんが昔持っていたリュックサックも黄土色のものだったし、テントは映画の中のものと似た仕様のものがまだ我が家の物置にあるはずだ。捨てただろうか? 防寒の服も防水も今のようなものはなかったのだから大変なことである。しかも、ただの登山ではなく日本地図の完成を目指しての測量としての作業が目的だ。危険は十分承知しているがあの時代の日本軍の命令だ。無理を承知で日本の急峻な山を目指すのだ。

実は私はこの映画を2度見た。二週間前と今回また観た。その間には北海道大雪山系での遭難・10人死亡の事故が起きている。きっとこの「剣岳」を見て北海道に行った人もいただろう。この映画の中では人が死んで悲しむ場面はない。だが登山への危険を危惧する雰囲気は全編を覆い漂っていた。実はこの映画のことを知った時から私は観にいくと決めていた思い出がある。

今から42年前に小学校時代の友人が剣岳で滑落死している。転校生だった彼は東京医科歯科大学に進んだ。二十歳を記念してのクラス会を登山中とのことで彼は欠席した。だが数日あとに新聞の紙面に彼の名前が載った。松川烈(きよし)君だ。その時から、私は剣岳は過酷で怖い山なのだという印象を持ち、彼の分まで私たち鷹番小学校6年4組のみんなは生きないといけないと思ったりした。

2度鑑賞した訳だが、それほど優れた作品ということだ。そして私は小自然しか知らないが、自然は常に大自然へのアプローチだと思っている。山小屋の家の角を曲がった途端、熊に遭うかもしれない。すぐ戻ると思って出た森の散歩で道に迷い雨と雷雨と雪に見舞われ、その逃げる途中鉄砲水に遭うかもしれない。大石が転がってくるかもしれない。マムシと思って捕まえた蛇がアナコンダということはないか? 自然は常に未予知だ。こうして私の老婆心も出来上がっていくのかもしれないが。

そしてこの映画は浅野忠信と香川照之の顔がいい。精神が正しい顔をしている。やはり映画にはその主人公の人物の人選が重要だと思う。この前見た「スラムドック・ミリオネア」の主人公の若者も、監督が探しまくったという。そして普通の男の子がいいと探したという。なにもキャリアを積んでいなくとも、精神が良ければいいのだ。映画は主人公の配役、人選がすべてを決めてしまうように思う。人生の配役である夫婦も同じだ。これこれこういう筋書きのこういう人生を一緒に送れるのはどう言う人なのか? 五感を鋭くして探さないといけない。木村監督ありがとう! ああ、また横道にそれてしまったかな。

そしてYamyam町一丁目さんのブログでも書いてあったが、浅野忠信は皇太子さまに似ている。浅野忠信も真摯な感じがいい、私は香川照之の矯正していない歯が素敵だと思った。そういうところに象徴される、なにか、DNAを操作していない感じが荒削りで良い、もっとお友達になれそうな感じがした。TSUTAYAで二人の作品を探したい。夏休みのお楽しみ!

またエンデイングでは《家族に支えられている》というメッセージが流れていたが浅野忠信演じた柴崎芳太郎、香川照之演じた宇治長次郎の夫婦に言えることだけではなく、それは木村大作監督にも、作者の新田次郎も、その息子である藤原正彦(国家の品格の著者)にも映画を見る私たちにも言えることだと同感した。「何をしたかでなく、何のためにしたか。」「何物にも囚われず、なにものをも恐れず」これはこの時代を乗り切る言葉(メッセージ)に違いない。

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2009/07/19

マンダラ模様と民族模様の塗り絵

COLORING MANDALAS マンダラ塗り絵(スザンヌ・F・フィンチャー著、正木晃解説、訳)春秋社の中から1ページを子供たちが描いた。スザンヌフィンチヤーはユングの影響を受けたアートセラピスト兼カウンセラーと紹介されている。

夏休みを前にして、うきうきした子供たちを机に向かわせることは結構大変だ。今回はマンダラの塗り絵を子供たちに描かせた。その前にオストワルト色相環の相対する色を2つ組み合わせると、表現が強くなり、反対に隣りあう色同士は仲良しな感じになる。と説明。そのことはもっと高校生ぐらいになって勉強するが、今の小学生の間はこういう色の法則があるけど、楽しく描ければいいと説明する。

マンダラの規則性が嫌いなタイプの子のためにインドの文様を同じように塗り絵にして描かす。仕事の速さよりも好きなものをじっくり描いていいと説明し進める。

Mandara_risa1Mandara_ayano1           

左からリサとアヤノ。この二人は仕事をきっちりとした。アヤノはもともとの性格がこうしたきちんとした仕事の手順をする子だ。

リサはそうではない。いくらクーラーを入れていたとは言え、この密度に塗ることはリサの性格上大変なことだ。よほどこうしたことが好きでないとできないと思う。だが、私がこうして、性格上合っている!個性がそういう方に向いている!と力説しても、あと6、7年経って、人生の進路を考えないといけなくなったときに果たして学校ではそう言ってくれる状況になっているかは分からない。だから今から、私が言っていることを少しでも信じて進んで行ってもらいたい。

この2枚は色彩の組み合わせも仕事も満点(今いる生徒の中では)の子たちだと思う。ほかに部分的に色彩が個性的だった子もいるがこの2人はとりわけて全部描きがんばっているので、ブログの載せるのは2枚のみにした。

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2009/07/12

スイカを食べる自分を描く・Ⅲ

Suikahinata_2SuikanamiSuikarihoSuikashouki 左からヒナタ。 ナミ、リホ、ショウキ。

大倉山の子には切り分けた元の大きなスイカも見せたので、周りにホールで描かれていることが多い。

ここであとりえの子供たちは全員ではない、あのくいしんぼのケンタがいないことにお気づきだろうか。学校行事で欠席したので、この絵は描いていない。今度のお稽古に来たら、描かす予定だ。明日月曜日4時から1時間空いてないかな?

ケンタの作品→→→→

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スイカを食べる自分を描く・Ⅱ

SuikamizukiSuikamomokaSuikamomoko 左からミズキ、モモカ、モモコ。

モモカはいつまでも写実的な表現を避ける。お姉さんになる自分をまるで避けるようにかわいい、自分流の個性を出している。私はこれでいいと思っている。だから無理に直したりしない。反対にモモコは良く見て写生をする。

SuikareikaSuikarisaSuikayui 左からレイカ、リサ、ユイ。

こうしてマーカーあり、絵の具あり、色鉛筆あり。子供たちは日常的にある、食べ物を食べるという動作を、鏡を見たり、友人の食べる様子を見たりして、描画の構造を頭の中に浮かべて描いた。大切な 時間の繰り返しだと思う。

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スイカを食べる自分を描く・Ⅰ

SuikaayanoSuikaharukiSuikakaho 左からアヤノ、ハルキ 、カホ。

夏休みが目前の7月のあとりえ・チビッコでは、スイカを食べながら絵を描いた。始めに半分、書き終わってまた、食べられる子は食べた。学校の給食も昨日がスイカだったと言う。大倉山の駅前商店街エルム通りのヨコヤマフルーツのスイカは巨大だった。

スイカをよく見て、立体的に描くことを教える。その上で、自分の顔を描くことを教える。それから先は自分の表現を優先させた。

SuikakanonSuikakentarouSuikamanami 左からカノン、ケンタロウ、マナミ。

写実的な表現も、漫画的な表現も、すべて、ある所からは自由にさせることがいいと考えている。べったりと先生流を押し付けたくない。でも、ある日、新しい発見につながりそうな予感を感じれ、ばしつこく、「もっと塗りなさい」と言う。だからうちの教室は苦しいかもしれない。手取り足取り教えないから。でもこうして苦労して自分流を探せれば、きっと脳にいい刺激があって、人の真似はしないで、自分流を探す楽しさを感じて、仕事としても、人生の歩き方としてもきっといい結果をもたらすと信じている。

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2009/07/10

鹿はギボシを食べていった

山小屋に来ている。あとりえで子供たちが描いた≪スイカを食べている自分≫を載せようとしたがUSBケーブルを忘れたので写真をパソコンに入れられない。今6時半だがまだ太陽は八ヶ岳の雲の間で燃えている。そしてシラカバの木を横から照らしている。こうして写真でなく言葉で表現するのも少しだけ快い。

今日の夕食はレトルトのハンバーグをメインにして、サラダ(レタス、ルッコラ、赤カブ、トマト)、付け合わせに黄ピーマンのバルサミコ酢かけ、メークイーンポテトのボイル、たらこスパゲッテイ添え。デザートはグレープフルーツ。トマトとグレープフルーツ以外の野菜はうちの畑で採ったもの。ジャガイモを茹でながら、ポテトサラダをついでに作る。空気がいいから食べ過ぎに注意だ。

今日畑の草刈をしながら、ルッコラを採り、無農薬なので葉をおつまみした。甘みと辛みと香りがえも言われず美味しい。畑を移動しながら、ミミズを取る。私が自宅の冷蔵庫から釣りの餌を忘れたからだ。

敷地の中にはやはり鹿の足跡が残っていた。この間我が家にきた、友人が気に入ったのか、昨夜も鹿がすぐ近くまで来て鳴いていた。朝起きてから庭を廻ってみるとギボシの葉が噛み切られている。また今年もあの薄紫色の花を楽しめないのかもしれない。仕方ない。畑を荒らされるよりはいい。

あっという間に20分経った。夕食の時間だ。

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2009/07/06

犬の散歩は三文の徳

コネタマ参加中: 教えて!あなたと愛犬のちょっといい話

Coco0906朝はハヨから「お散歩♪、お散歩♪、お散歩♪」

梅雨のために地面が濡れていて、散歩がしにくい。中型や大型の犬ならば、水たまりも気にはならないが、愛犬ココはトイプードルなので、水たまりは避けないといけない。

朝の散歩ではアジサイが雨にけぶって美しい。この間は四つ葉のクローバーを見つけた。今日はクチナシが芳しい。実家の梅雨時の庭の匂いがする。

今日、夕方私が美容院から戻るとお散歩を要求して騒ぐ。「お散歩♪、お散歩♪、お散歩♪」 しつけはあまり良くない。長女も次女もいなくなってから買ったので、ネコかわいがりならぬ、犬かわいがりで、しつけが行き届かない。いつも、まあいいかで過ぎている。前飼っていたコロ(マルチーズ)もしつけは良くなかったが。

教育に関わるものとしては良からぬことかもしれないが、かわいがって育てる実験をしているつもりなので、いつか良い子になると信じている。でももう8歳だ。

今日の夕方の散歩では3歳ぐらいの人間の女の子と5歳ぐらいの人間の男の子とそのお母さんとすれ違った。大きな声でおしゃべりしてた。

「小鳥がチヒロ、チヒロと鳴いてるよ」・・・・・・

なんてかわいいこと!と私は思った。そのお母さんはゆったりとしていた。男の子が「僕はちひろ」 「わたちはここ」と言う。「ええっ、ワンちゃんもココちゃんよ」 お互いに座って撫であう。ゆったりとした時間。「お兄ちゃんはアラタっていうの」・・・「そう3人兄弟なのね。」「いいですね!・・・・」

犬の散歩でかわいい子供たちに会えた。教訓!「犬の散歩は3文の徳」 私は子供が好きだ。

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コラージュ@不思議な花・木・魚

Kirihari09manamiKirihari09kahoKirihari09namiカッティングシートを切り、造花紙を張って平面を構成した。

ありきたりではない、不思議な花・木・魚というコンセプト

左からマナミ、カホ、ナミ。よく説明をして、不思議なというコンセプトも言ったのだが、どうしても、普通に普通にと考えてしまう子もいる。その意味ではこの子たちは材料を楽しく使って工作をした。始めはみんなありきたりの考え方をする。だってしょうがない、ありきたりの考え方をする方がみんなと一緒でとび抜けないでいられるのだから。日本の教育はそういう感じだからね。崩すのは大変さ!崩してからまとめ上げる。

おしゃれなマナミ、カホは犬の鼻が分からないと言ったので、隣の部屋に行ってココちゃんを見せて、ちょっとだけ舐められてから制作に戻る。ナミちゃんはマイペースで楽しんで切って貼った。

Kirihari09risaKirihari09ayanoKirihari09momoko左からリサ、アヤノ、モモコ。リサはこの下に切って貼ったものをカーテンのように造形紙で隠している。その接着がかわいらしい。性格もかわいらしいけど、時々茶目っ気たっぷりないたずらっ子になる。シートを小さく切ってあいちゃんの背中に貼ったりしてね!アヤノは細かいところから出発したが、全体も見て淡い表現をした、やはり性格が出ている。モモコは7月4日がお誕生日なのでまるでお誕生日のカードのようだ。最後に12のハートを貼る。 

Kirihari09kentarou ケンタロウは不思議なカメを作る。男の子は亀や魚を選んだ。その上に貼ってある黒いバックのもう一枚は切りくずを貼ったものだ。なんだか怪獣になった。私は抜け殻と言っていたけど。ケンタロウはそれだけじゃつまらないから地球を丸く作ったよ、と言う。今回のコラージュはスタートをそこから始めてもいいと思っていたが、ケンタロウの柔軟性はそこにある。どの子もあまり気づかない。そこをもう一度作っていく。伸びていってほしい彼の個性だ。私が彼の人生の道道にいて、応援してあげたい。がそうはいかない。

日本の梅雨の特徴が出た気候が続き、私自身あまり軽快ではない。

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