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2009/07/20

「剣岳 点の記」を2度観て

この物語は明治39年(1906年)から、40年にかけて実際に起きた事実を新田次郎が小説にし、木村大作が映画化したものだ。一世紀も昔のことだ。私はこのように装備して山に登ったことはない。残念だが小自然しか知らないから。大自然は想像するだに怖い。

映画は日本山岳会ができて2年目に入っての頃の話だから装備品の進歩も今とは隔世の感があるのだろう。山岳会の面々が来ているコートなどはデザインも素晴らしいものがあったが。映画の画面の中でなにか見覚えのあるものもあった。測量隊のリュックサックは父が戦争のころに撮った写真のものに似ていたし、芳州さんが昔持っていたリュックサックも黄土色のものだったし、テントは映画の中のものと似た仕様のものがまだ我が家の物置にあるはずだ。捨てただろうか? 防寒の服も防水も今のようなものはなかったのだから大変なことである。しかも、ただの登山ではなく日本地図の完成を目指しての測量としての作業が目的だ。危険は十分承知しているがあの時代の日本軍の命令だ。無理を承知で日本の急峻な山を目指すのだ。

実は私はこの映画を2度見た。二週間前と今回また観た。その間には北海道大雪山系での遭難・10人死亡の事故が起きている。きっとこの「剣岳」を見て北海道に行った人もいただろう。この映画の中では人が死んで悲しむ場面はない。だが登山への危険を危惧する雰囲気は全編を覆い漂っていた。実はこの映画のことを知った時から私は観にいくと決めていた思い出がある。

今から42年前に小学校時代の友人が剣岳で滑落死している。転校生だった彼は東京医科歯科大学に進んだ。二十歳を記念してのクラス会を登山中とのことで彼は欠席した。だが数日あとに新聞の紙面に彼の名前が載った。松川烈(きよし)君だ。その時から、私は剣岳は過酷で怖い山なのだという印象を持ち、彼の分まで私たち鷹番小学校6年4組のみんなは生きないといけないと思ったりした。

2度鑑賞した訳だが、それほど優れた作品ということだ。そして私は小自然しか知らないが、自然は常に大自然へのアプローチだと思っている。山小屋の家の角を曲がった途端、熊に遭うかもしれない。すぐ戻ると思って出た森の散歩で道に迷い雨と雷雨と雪に見舞われ、その逃げる途中鉄砲水に遭うかもしれない。大石が転がってくるかもしれない。マムシと思って捕まえた蛇がアナコンダということはないか? 自然は常に未予知だ。こうして私の老婆心も出来上がっていくのかもしれないが。

そしてこの映画は浅野忠信と香川照之の顔がいい。精神が正しい顔をしている。やはり映画にはその主人公の人物の人選が重要だと思う。この前見た「スラムドック・ミリオネア」の主人公の若者も、監督が探しまくったという。そして普通の男の子がいいと探したという。なにもキャリアを積んでいなくとも、精神が良ければいいのだ。映画は主人公の配役、人選がすべてを決めてしまうように思う。人生の配役である夫婦も同じだ。これこれこういう筋書きのこういう人生を一緒に送れるのはどう言う人なのか? 五感を鋭くして探さないといけない。木村監督ありがとう! ああ、また横道にそれてしまったかな。

そしてYamyam町一丁目さんのブログでも書いてあったが、浅野忠信は皇太子さまに似ている。浅野忠信も真摯な感じがいい、私は香川照之の矯正していない歯が素敵だと思った。そういうところに象徴される、なにか、DNAを操作していない感じが荒削りで良い、もっとお友達になれそうな感じがした。TSUTAYAで二人の作品を探したい。夏休みのお楽しみ!

またエンデイングでは《家族に支えられている》というメッセージが流れていたが浅野忠信演じた柴崎芳太郎、香川照之演じた宇治長次郎の夫婦に言えることだけではなく、それは木村大作監督にも、作者の新田次郎も、その息子である藤原正彦(国家の品格の著者)にも映画を見る私たちにも言えることだと同感した。「何をしたかでなく、何のためにしたか。」「何物にも囚われず、なにものをも恐れず」これはこの時代を乗り切る言葉(メッセージ)に違いない。

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コメント

tamayam2さん、ダブルでコメントありがとうございます。私もドイツで初めてミュンヘンの裏道(シラーストラッセ)を歩き始めた時にヒットラーの足音を感じたものです。また、日本で川上村から北の方に141号をさかのぼる時にも流された血を感じます。
二人の俳優のビデオは夏休みのお楽しみになりそうですね。

投稿: keicoco | 2009/07/21 16:46

私のBlogにTBをありがとうございました。
二度、見られたって?本当にいい映画でした。
あの後で、北海道の事故があって・・・私も
同様なことを感じました。
koeicocoさんは、鷹番小学校のご出身ですか?
あの辺りは東京でもいい場所です。松川君の
思い出・・・そう、いつでも生かされている人
は、死者の分も、今をしっかり生きなくてはと
思います。ヨーロッパで暮らしていたとき、
石畳の道の敷石と敷石の隙間に流された多くの
先人の血と汗、動物の排泄物・・・そういうもの
の上に今の自分がいるのだなぁと感じたこと
です。
二人の若き俳優>。精神が正しい顔・・・・
同感です。きりっとした顔に会いたいですね。

投稿: tamayam2 | 2009/07/21 09:13

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