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2009年10月の記事

2009/10/31

デジカメ活用法@介護

Terukohuku_001 母はまた新しい施設に移動した。今までの世田谷区の施設が思いのほかゆったりとした設計で、母の衣類や化粧品、本などを持ち込んでいたため、新しい施設へ持ち物が入りきるか心配だった。

そこで私は母の衣類をハンガーに掛け、私のたんすの取っ手にぶら下げ、それをデジカメで撮った。A4サイズの用紙に9枚の名刺サイズに設定し写した。これがいい加減にしていると、母はおしゃれなので、「赤い色が混じったセーターを持ってきて」などと言われると、自分のでさえ忘れてしまうこともあるのに、人のなんか思いだせない! と意地悪な答えをしてしまう。そういうことは基本的にはしたくない。そこでこういうことを考え付いた。

≪知は力。技術は愛。頭は心≫ 

人はその気になるといろいろな難しいこともたやすくできる。今回もほかの書類の整理や、洗濯物の整理をしながらしていたので、時間が限られていた。だから写真の撮影もいい加減だが、母との連絡には用をなす。昨日母も喜んでくれた。

ところで移動のために使った海外旅行用のバックがファスナーから壊れた。今まで危ないと感じていたがついに壊れた。もう新しいバックは買ってあるので、もう粗大ごみとして捨てるのだが、豊田がビジネスで使った時代、私がドイツに10回使ったものだ。愛着がある。先ほど、中の布地を少しだけ切ってまるでへその緒見たいに小箱に入れた。

また、今度の施設に慣れるまで、ある程度時間がかかる。だが、昨日の医師との面談で、その先生が知人の医師と懇意と分かった。その時私たち姉弟は心の中で「にこっ」とした。母はお医者さんが好きだ。しかもその医師の名前がOO鹿先生だった。このブログをブックマークしている人は知っているが我が家は鹿にどうも縁がある。

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音楽を聴いて描く@アランフェス協奏曲

子どもたちは今回はFour Seasons ClassicsのCDのなかのアランフェス協奏曲を聴いて描いた。マーカーを使い描く。どこから描いても平気なように升目のデザイン用紙を使う。

Aranfes_reikaAranfes_momokoAranfes_ayano 左からレイカ、モモコ、アヤノ。

レイカは今日は私とお話をしてくれた。まだ小さい子たちは、なぜ絵を描くのに音楽を聴いて描くのか分からないだろう。あとりえの子どもたちは成長して大人になり、何故か音楽関係の仕事をしている子が多い。小川正人、保刈あかね。

Aranfes0harukiAranfes0_risaAranfes0_kentarou 左からハルキ、リサ、ケンタロウ。

今日のおけいこにまたハルキは玄関のピンポンを押しまくって元気に来た。「おれ、今日の音楽を聴いて描くのみたいなの得意なんだ!」  ムムム!(良いのを描いてね!)

リサも言わないけどがんばっている!良い子たち!ケンタロウも!みんなノリノリ!

Aranfes0_kentaAranfes0_hinata ケンタとヒナタ。ヒナタは全体と部分のデイテールが良い。久しぶりに滅茶苦茶マルをあげた。サッカーが好きで、そちらも頑張っていて、風邪や、骨折をして調子がいまいちの時があったけど、最近は自分が分かってきているように良い作品を描いている。楽しみだ。相変わらずケンタは人生を知ったようなことを言いながら絵を描いている。

アランフェス協奏曲はクラシックの中に民族調の少し悲しげな静かさが漂っている。子どもたちの元気さを少し鎮めるのもいいと感じている。子どもはその微妙な感覚を描く。私は楽しんで実験をしている。芳州先生が音楽を選ぶことを一緒に考えてくれる、それも楽しい時間!子どもたちはそれを察知しているのかも。

今日の絵を描きながらどうしてウェデイングドレスが白いか知っている?」と聞いた。答えは「ケーキが白いから!」「白がさわやかで綺麗だから!」「人生を描くから!」「めでたいから」「可愛く見えるから」「目立つから」「お葬式は黒だよねー、なぜだろう?」「お父さんが白が似合うからって言ってた!」もっともっといろんな答えが出てたけど、子供たちの答えに感激して忘れた。

「相手の人の色に染めてもらうからなのよ」昔から言われていたことを言ったのだけど、これってちょっと男女平等ではないかもしれない。私にとっての宿題になったのかも。私的にはこうして生きてきたのだけど、そして幸せになったのだけど。胸の奥がふぉわんとしてきた。

どちらにしても今回の≪音楽を聴いて描く≫は良い課題になった。

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2009/10/27

酔余の日記

Kawamilk

一カ月ぶりに川上に行った。やらなければならないことがたくさんあった。そのほとんどがやりたいことだった。野辺山のびっくり市で百目柿を購入。15,20,24個計59個を剥いて、紐で吊るす。そのうちの15個にT字型の木の枝が付いていなかった。ただのI字型の枝では紐が結べない。これは干し柿のお約束のはずだ。そう、だから少し安かったのですね?私は信じているから、ひっくり返したりしませんよ。うそつきね! これも脳の体操と考え直し、針金と金網で工夫をして2階の窓辺に干す。柿のカーテン。

畑の周りのススキを刈る。夏に切った木の枝の上にガシガシと乗り、ビシバシと枝を折る。台風で落とされた木の枝を拾い白樺の根方に置く。木のチップスは足裏に心地よい。その上に降り積もった白樺の葉を竹箒でパパパと散り払う。外の通りに落ちている白樺の葉をU字溝に掃き落とし、ビニール袋に詰めて畑まで持っていき、大根の畝の周りに置く。これを8回往復する。裏の家の周りの葉も箒で掃く。ベランダの下に生えている木や草を鎌で刈り、熊手で掻き集める。Kawacoco

ベランダの横の樅の木が八ヶ岳の頂上を遮り始めたので切る。鋸で木の屑が鼻やのどに入りそうになるのをふーと言いながら鋸を引く。花壇と決めてある場所に鹿が来て、また菊の花を摘むように食べていっている。来年は私が好きなヤマユリをまた再び植えたい。この冬は我が家もフェンスを巡らす。その棒や網を見積もるため、鹿目線になって家の周りを考え考え歩き回る。そうしている時も鹿は近く遠く、ヒューンヒューンと鳴いている。「来てもいいけど、負けないからね!」

私は母のことを考えていた。最良ではない方法をとらざるを得ないこのやるせない気持ちを持ちながら、なぜ、いつも、反対のことを言ってしまうのか。自分の言った言葉がこの土地の向こうにある尾根にやまびこになって私に還ってくる。家に戻ったら来週は母の身の回りを片づけ、ヤドカリのように次の老健への移動だ。皮膚科にも連れて行く。もう一度、聖書のどこかを開けようか? それともまた、深沢七郎の楢山節考を読みなおそうか。

梯子に登って梅の木を切る。黄葉した葉がはらはらと落ちる。桜切るバカ、梅切らぬバカ。今年は花が咲いたのに蜂が受粉をしてくれなかったのか、実は少しだった。

畑の周りのミントは歩くたびに匂いがする。パイナップルミントの甘いにおいとペパーミントのさわやかな匂い。鹿はついにミントもオレガノも、験の証拠も食べつくすつもりだ。花がしごくように食われている。その下にはコロコロの鹿のフンが撒かれている。

Kawaberanda2009年10月26日の畑の収穫はルッコラ と赤カブと細い大根、大根以外を鎌で切り取ってバケツに入れ外の水道で雨に濡れながら、洗う。そして家に戻りゴミの分別。あー、なんと!生きていくのは大変。

これらのすべての作業に3日半を擁した。

それでも移りゆく今年の秋を愛でて、訪ね来る鳥たちと言葉を交わした幸せな時間。それは勝ちとった時間かもしれない。

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2009/10/25

二人絵・コミュニケーション絵画

今回の二人絵・コミュニケーション絵画は色紙を使った。ドイツのミュンヘンのカウプトリンガーで買った色紙だが、日本のそれとはちょっと違う色調だ。子どもたちはクレパスで2枚描き、1枚は自分、もう1枚を友だちにあげて、それをスケッチブックに貼り、絵を完成する。友だちが描いたものは自分とは違うが、それを尊重し、自分流に変えていく。できるだけ自分の身近ではない環境を選ばせたいが、子どもたちが来る時間帯はどうしてもいっしょになるので、こちらで選択を決めたかった。かっこ内は色紙の絵をもらった子の名前。

Hutarie_kentarou_2Hutarie_kentaHutarie_riho 左からケンタロウ(リホ)、ケンタ(自分)、リホ(ハルキ)、

Hutarie_hinata

Hutarie_hinata2

Hutarie_kaho 左からヒナタ(自分)、ヒナタ(ナミ)、カホ(ケンタ)。

Hutarie_shouki2相変わらずマイペースで楽しいショウキ(自分)

もちろん、この課題の作品に対しての私の嗜好が働いて、どちらかといえば元気でおおらかな作品を選んでいる。このような課題は子どもたちにとって大切だと考えている。色彩や、パターンが女の子、男の子に偏った表現になりがちなところを新しい要素が入って、違う表現になる。

ヒナタは2枚とも元気に描けた。絵を描きながら、私大きくなったら自分で、野菜を作る仕事をするのと言っていた。どうもサッカー選手ではないようだ。前回のパセリを播いたのが影響を与えたのかな。夢はたくさん持つほうがいい。

今回の絵を描かせて、どちらかというと自分の殻や、自分の仲間を意識しすぎる傾向のある子を、少しだけ変えたいと思った。

ところで、二人絵・コミュニケーション絵画 の言葉は私が考えた新しい造語で、新しい描画方法です。これで、2回目の発表となります。

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2009/10/21

ベイブレードとWiiFitPlus

004 今、男の子の遊びでベイブレードが流行っている。親戚のとも君に教えてもらって、こんな世界があるのだと分かった。

かなりたくさんの駒があるのだが、それは星座の名前がついている。ザジタリオ(射座)、レオーネ(しし座)、ブル(おうし座)、ペガサス、ウオルフ(オオカミ座)、ジェミオス(双子座)、スコルピオン(さそり座)、ストームぺガシス、エルドラゴン(りゅう)、ライトニングエルドラゴン(りゅう)、アースアクイラなどがあるそうだ。とも君から聞いたメモのほうを書いているので、間違っているかもしれないが。 016_2

ベイゴマにも似ているが、攻撃力、機動力、持久力、遠心力、防御力、重量などの性能を競わせるとタカラトミーの公式サイトで説明があった。

私はとも君の持っていないベイブレードをビックカメラで探し、お誕生日のプレゼントに先週持って行った。7年前の雨のざんざん降る日に生まれたとも君は今日7歳になった。私に子どもの世界を教えてくれる先生だ。

ところで私はと言えば、1年10カ月前に買ったWiifitを飽きずに続けて、前にときどき起きたぎっくり腰にはならなくなった。この間、鳩山さんが圧勝した日の前後にかけて、Wiifitの中の≪サッカーのヘデイングの初級≫で2回、パーフェクトを記録した。555点だった。運動神経は開発すればするだけ、伸びるとどこかで言っていたが、まさに私はそうだと言える。このごろではWiifitプラスも準備して、新しいゲームや運動のメニューで遊んでいる。

時間がない時でも、夜でも、やる気さえあれば、運動ができるので、私には合っているのだと思う。一番のお気に入りはボール入れとヨガの三日月とフラフープだ。このゲームを教えてくれたのは希望が丘のモモコちゃんとカノンちゃんだ。私にとって、子どもの世界を教えてくれる先生たちとはいつまでもお友だちでいたい。

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2009/10/20

ワインについてのブログ@プファルツさん

私がよく出かける八ヶ岳は、途中に甲府盆地があり、葡萄の産地だ。ときにワインをいただくが、まったくそのことには無知で、無作法だ。だがドイツつながりで知った、「Wein,Weib und Gesang」 さんのブログをよく見ている。ルターの言葉を副題に使っている。≪   ワイン、女、そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルチン・ルター(1483-1546)≫

そろそろ日本でもボジョーレヌーボー解禁の季節になる。私は去年行った、フランスのアルザスの葡萄畑の道が好きだ。欧州を舞台とした小説の原風景は葡萄畑のような道だ。あちらでデッサンした6月の葡萄はまだ実が小さかった。その絵をペイントで描いた。

私のお気に入りにWein,Weib und Gesangさんをリンクします。

Wain5a_2 でも絵の題は≪アルザスの葡萄≫です。

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2009/10/19

浜松の浜名湖立体花博

Hamamatu_029先週末は浜松に行った。千葉大スキー部OB会の集まりだ。新幹線の浜松駅に着いた頃には雨が降っていたが、何台かの車で浜名湖立体花博会場に着く頃には雨はほとんど止んでいた。9組の夫婦とシングル参加の4人計22人の中年ツアーとなった。

花博会場での出展作品の中でカナダ、モントリオール市からの「木を植えた男」(フレデリックパック)の作品が素晴らしかった。モザイカルチャーという新しい園芸の分野があることを知った。そして宿泊先は浜名湖ロイヤルホテルだった。

グループに入ることが苦手な私が35年も過ぎると、先輩後輩の奥さんと普通にお付き合いができるようになった。食事も美味で、カラオケでの演歌やダンスの得意な奥さんもいて、今回も盛り上がり、毎年カラオケを上手に歌う人を見ていると、たまには練習をして、マイクを握ってみたいと思うのだけど、結局できない。今回は特にK氏夫人がダンスを踊って盛り上がり、それを見ながら、私とF氏夫人は笑い転げていた。こんなに笑うことないわよねーと言いながら、私も酔った勢いで「ヒューヒュー」と掛け声をかけてしまった。

ところで、私が浜松から戻って開いた「内田樹の研究室」では≪配偶者の条件≫について書いている。読む間に3つの漢字が分からず漢字辞典で調べた。≪疚しい、遊弋、膾炙≫、やはり、研究室は難しい字があってこそ研究室だ。

さてその酒宴の席でも、結婚しない娘や息子についての親たちの心配の声が聞かれ、私なりの考えもあったのだが、いつもよりは言いすぎないでいた。いやー、お酒の勢いでシャッフル、シャッフル!とかいったかも?しれないが。子どもが大人になると言いにくくなる。親になると分かってもらえるのだが。

子どもが小さければ、ご飯の支度を一緒にしながらとか、車を運転しながら言いたいことを言ったりした。子どもは親が事故を起こしてほしくないから車の中では一応は話を聞いてくれるからだ。そんな時は私も冷静な気持ちで接しないといけなかったが。

あくる朝、8時過ぎにホテルの窓から雁が渡るのを見た。湧き上がるように絶え間なく群れ、飛んでいく。浜松ははなんていい所なのだろうと感じた。2日目には臨済宗の寺、方広寺半僧坊で五百羅漢、釈迦三尊像を見た、小堀遠州の庭がある龍潭寺はまた、井伊直助の井伊家の位牌などのある寺でもあった。二つの寺とも修理中で2年後には完全に直っているらしい。また来たいと思った。

車を運転していただいた竹形さん、幹事役の月花さん、倉本さん、どうもありがとうございました。楽しい旅でした。

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2009/10/16

ビンを描く@2009-Ⅱ

先週の台風で、希望が丘教室の「ビンを描く」がずれて、昨日描くことになった。

BinBin_2Bin_3 左からアヤノ、カノン、ショウキ。久しぶりのショウキもレイカも自分流を徹して描く。何も問題はない。アヤノは丁寧なデッサンをしたうえでパステルで塗る。カノンと一緒に、全校合同で大池公園に歩いて行った事を話している。あまりに疲れて足が痛いから裸足になっていた。カノンも疲れて、初めはやる気がしないと言っていたが、だんだん元気が出てきて、最後はバランス良く仕上げた。

Bin_4左はレイカ。

ユイは夏休みにできなかった作品を仕上げた。小さな一枚にはビンを描いた。まだ去年の手術の定期的な検査があるけど、だんだん元気になって、絵の中のハートが銀色に輝いている。ピンクのハートにも銀色を塗ったらというのだが、「それはもういい。先生しつこいという。」「もっとここ塗って!❤」 「センセー、シツコイヨー!❤」Photo

モモコはお母さんからインフルエンザになったと連絡があった。飛び飛びのおけいこで、会っていないからきっと、おしゃべりしたいことがいっぱいあったのじゃないかな。ママやお兄ちゃんと岐阜に入った話、早く良くなって聞かせてね!

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2009/10/15

ドイツの誘惑@きっこに会うならこんな町でⅢ

きっこの日記に紹介されたのが10月6日でその後約10日がたち、私もアクセス数がいつもの30倍も記録した日もあり、とびぬけた棒線グラフを見るのはうれしかった。いつもは40人ぐらいの人が来て50ぐらいのアクセス数なので、うれしい半面、変なコメントが付くのではないか、ウイルスが入ったらどうしようと考え始め、パソコンをしながら用心深くインフルエンザ用のマスクをして、老眼鏡をかけて、書いていました。

きっこのブログにチョコレートのことも載ったので、ひそかに贈っていることがばれてしまったけれど、60才も過ぎているのだからもういいでしょう。今まで私はいろんな人にバレンタインデーにチョコとエッセイを送ってきた。本チョコ、義理チョコ、いろいろ混ぜて、でも義理も送る段になれば、本チョコレート。

これからも送るけれど、いつだって勇気がいる、初めは義理チョコなのに、だんだん気持ちが本チョコっぽくなっちゃって、郵便局や宅急便では手続きするのに汗タラタラ。なんて自分は正直なんだ。もう来年は辞める!といって三千年。無邪気にしていてもいいのですが、どこかでもう一人の自分が「いい年をして」と言っている気がする。

私はきっこが以前書いたドラえもんの誕生日や今度の「幸せの分かち合い」を印刷して彼女の出版した本といっしょにしてとってある。そして私も、自分を親孝行な娘だと自負していたが最近は親の面倒をみることも大変で、きっこを想像すると、杞憂してしまうこともある。

しかし、生まれついての文章力の才能がきっと自分の道を開くだろう。文章の展開の面白さは、難しい、いやなことを扱っても、平易な言葉とユーモアでぐいぐいと引きつけてしまう文才は絶対凄いと思っている。

けれど、インターネットはリアルに迫っても、霧に包まれているほうがよさそうな時もあるようで、私も今までに書いた「きっこに会うなら、こんな町で」、「ドイツの誘惑@きっこに会うならこんな町でⅡ」に続いて今日の日記に想像の写真を載せます。「きっこに会うならこんな町でⅢ」(写真はシュトッツガルトのマルクトの花屋さんの前)結構気に入っている写真です。

きっこさん、どうもありがとう。あなたの幸せも祈っています。

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2009/10/14

「しろいうさぎとくろいうさぎ」再び

絵本「しろいうさぎとくろいうさぎ」は今まで、ずいぶん長いこと我が家の本箱にあった。娘二人に読み聞かせ、あとりえの子供たちにも読み聞かせ、孫にも読んでやった。あとりえの課題として、絵本の模写にも使った。この汚れた1冊の本は私とたくさんの子供が手にして読んだ絵本ということになる。もう、カバーも無いし、切れた所に貼ったセロテープは茶色く剥がれそうになっている。そこで、愛着ある絵本だが今度新しく買うことにした。

ピカピカ、ツルツルの本は今、目の前にある。以前私は<絵本「しろいうさぎとくろいうさぎ」に見る愛について>と<しろいうさぎとくろいうさぎに見る愛のプロセス>をブログに書いている。その二つの項目だけでもこの本への思い入れは言い尽くしているのだが、今回あまりに汚くなっているこの本を買い替えて、新しい本と見比べた。そして再び書きたくなった。お時間のある方と今、恋愛中の人は是非、2つの上述の「しろいうさぎとくろいうさぎ」をクリックしていただきたい。何かヒントは得られると思う。

新しい本は、2009年8月20日第142刷で定価は1200円+税。古い本は1975年9月25日第29冊で定価は580円だ。価格から考えても長い歴史だ。初版は1965年に発行しているが、私が女子美に入学したばかりのころだ。ユリイカなんて雑誌を読んでいたころだ。なんであの頃この本に気がつかなかったのかしら、と思う。結婚して子供が生まれて、この本を知ったのだろうか。やはり、結婚は良いものなのだ。前にも言ったけど、この本は若い人の出会いの教科書になる本だと思っている。Usagi_n_2

Usagi_o 

さて本の扉部分には書名、副題名、著者名、出版社名が書かれているが、1975年のものには表記されてなかった、Kyoko Matsuokaの文字が2009年には書かれてとあった。訳者の著作権がしっかりと書かれている。また最後の奥付には福音館のURL、それと、<紙のはしや本の角で手や指などを傷つけることがありますので、ご注意ください>とある。世知辛いとも言えるし、時代が変わったのでしょう。私も娘たちが小さい時に読みながら、寝てしまい本を顔に落としたことがあるけれど、怪我はしなかった。こういう注意事項を言わなくてはならない世の中になっているのだと思う。

ところで私は30年もたっていると、ガース・ウイリアムズさんもどこか絵を直したくなっているんじゃないかと思い、最初のページから穴のあくほど見てみた。するとなんと、しろいうさぎの出ている2ページ目がなんだか違っている。眼がひどく違うではないか。2009年版は眼が小さい、1975年版は眼が大きくて隣のくろいうさぎと同じ眼をしている、ジッと見る。いくらなんでも眼だけ作者が変えるわけない。あれ!どうも、誰かが書き加えた感じがする。そういえば、昔誰かが、「先生このうさぎの目なんだか怖い」、そう言っていたことがあった様な気がする。模写をした時に誰かが描いてしまったのかしら。悪い子!でも結構このほうがいいかも。著作権に関わるから写真は載せられないが。

ところで2009年も、1975年の「しろいうさぎとくろいうさぎ」の扉のページには<THE RabbitsWEDDING>と書いてあった。今まで気づかなかったが、作者ガース・ウイリアムズの原題の書名は<うさぎの結婚>だったのだ。やはり結婚という言葉より、「しろいうさぎとくろいうさぎ」のほうが良いかもしれない。隠喩としての効果だ。だとすると、この方法を反対に使ってみるのも一つの方法かもしれない。愛しているのに気が付いてくれない人に、「この本の英語の書名はTHERabbitsWEDDING、うさぎの結婚なのよ」なんて。でもこれは男の子が言うともっと素敵な感じがする。「この本の英語の書名はTHE RabbitsWEDDING、うさぎの結婚だぜ」なんてね。さりげなく。本をプレゼントしたりして。

ところでたくさんの子供たちが生まれた、私たち団塊の世代の頃は賑やかでよかったけれど、いまは少子化が続いている、子を産む、産まぬの前に、誰かと出会うことが大切だ。だから、この絵本しろいうさぎとくろいうさぎをもっとたくさんの子供たちが読んで、いつか人を恋する頃になったら、「野原でかくれんぼをしたり、クローバーくぐりをしたり、馬跳びをしたり、どんぐり探しをした、いろんなことを一緒にしたあの人と私は(僕は)(おれは)(おいらは)結婚しよう」そんなことを言うきっかけの本になるといい。

我が家にあって、たくさんの子供たちがお世話になった、古い「しろいうさぎとくろいうさぎ」の本は私の大切な宝物入れの中にしまいましょう。そして142刷目の新しい絵本「しろいうさぎとくろいうさぎ」のページをめくることにしましょう。

そして目を丸くして、「これからさき、いつもきみといっしょに いられますように!」「いつも いつも いつまでも!」

 

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2009/10/11

金木犀とシクラメンと沈丁花のかおり

2 10月上旬から、金木犀が甘くかぐわしく咲いている。かつて、わが娘たちと金木犀の木の下でオレンジ色の絨毯のようになった花柄を集めて香水を作ろうと色水遊びをした。希望が丘に住んでいた時のことだ。3歳の次女はその時に金木犀を触った手で目を掻き、眼の中の角膜が腫れて、魚の目のようになってしまった。香水を作ると言いはじめたのは、母親である私が考えたことだと思う。

私はその目にびっくりして慌てて、とりあえず実家の近くの眼科の先生のところに行った。夫が運転する車の中、碑文谷の環七の交差点でこわごわと、彼女の目を見たことを今でも思い出す。休日にもかかわらず見て下さった先生が眼を洗浄し、薬を塗って、その日のうちに治った。

これだけ年月がたっても、毎年金木犀が香るとあの日のことを思い出す。

もうひとつ金木犀の香りをかぐと思い出すことがある。それは私自身のどんな年になっても思い出す記憶になるのだと思う。私たちの結婚式は11月半ばだった。そこでその年の10月初めの金木犀は結婚する前の甘い、切ない心模様を思い出すからだ。結婚までのあと2か月もない時期を一緒にいたいと思う、そんな気持ちが金木犀の匂いに象徴されている。人を心から愛した人だったらわかることだと思う。どうもこの世にはそれをわかっている人は少なそうだから、ここで私が言うことはちょっとためらわれる。しかし、もう言い始めてしまった。これを言ったからといって世の中がどうなるということでもないが、金木犀の匂いに促されて言いたくなったことは確かだ。

我が家ではその金木犀の事件が起きる2年ほど前に「シクラメンのかおり」事件がある。布施明の「シクラメンのかおり」が流行っていたころだ。シクラメンは私にはどんな匂いか分からない。匂いはない気がする。

そのシクラメンの匂いは歌詞としての思い出になった。それは夫と喧嘩をした日の思い出だ。私に喧嘩の履歴があるとすると、そのほとんどが私の性格に起因することが約40年たってわかってきた。私の理想的な気持ちが高揚して、相手が違うと感じると拒否反応として喧嘩が起きる。夫だけでなく、友人たちとの軋轢もそうだった。相手はもしかするとたまったものではないのだろうけれど。それを理解してくれる人が長続きしている。人数は少ない。

「シクラメンのかおり」事件の原因は何だったかは忘れた。30年も前だからね。でも、小さなリビングの小さな黒板に次女の粉ミルクの調合の仕方を書いて、お財布を持って家を出た。そして、希望が丘駅近くのスナックで、その頃流行っていたコークハイを何倍も飲み、生まれて初めてジュークボックス、これも流行っていた言葉だが、お金を入れて、「シクラメンのかおり」を聞いた。それでフラフラになって家に帰った。その途中には、電車の線路のわきにその後のあの金木犀事件の木もあった。蛙がゲロゲロ鳴いていた。夜になると相鉄線の踏切の信号が鳴って、狭いながらも楽しい我が家だった。若い頃たくさん喧嘩をしたけどほとんどわたしが仕掛けた喧嘩だった。

ところで秋の金木犀に対して春の沈丁花も匂いの強い花だ。じつは沈丁花にもちょっとした思い出がある。もっとずっと昔、中学生の頃、つまりはトキワ松学園中学校にいた頃、お友だちと沈丁花を<ジンチョウゲ>と呼ぶか、<チンチョウゲ>と呼ぶかで、賭けようということになった。当時学校に来ていた、五本木ベーカリーのハムカツパン1個を賭けた。皆で図書室に行って調べたら主に書いてあるのがジンチョウゲということで私が勝って、ハムカツパンを貰った記憶がある。他愛もないことだけど、自由な風潮の学校であった。それよりも旺盛な食欲の時代だったと言いなおしたほうがいいかもしれないが。母の作ってくれたお弁当を平らげてのハムカツパンだ。

私のお気に入りに入れている<暦のページ>には金木犀は10月10日の誕生花とある。そういえばこの間、次女といっしょに歩いていると金木犀が匂い始めていた。しきりと目が痒いと言っていた。わたしもこの時期にはよく眼が痒くなる。

そして私には花や木に関する記憶や、思い出がたくさんある。それが私の環境だったかとも思う。

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2009/10/08

ビンを描く@2009-Ⅰ

子どもたちは今日、ビンを描いた。芋焼酎からコーラ、ワイン、ビールまで一人4本ぐらいをさりげなく並べて描かす。透明なビンを描くことは難しいが、避けるよりは真剣に考えさせる。描いているうちに、いつか何かが分かってくる。

子どもが形の理解をしやすくするためにははその並べ方にかかわるところがある。ビンの個々の色彩の対比も描く子供の心模様に影響がある。指導者はその並べ方に心を砕き、その描く素材 (パステル、クレパス、水彩絵の具)の理解もさせながら、3か所にセットしたモチーフのどれかを選ばせ、座らせる。そして描き始める。

Bin_2Bin_3Bin_4左から、マナミ、波、リサ。

Bin_15Bin_5Bin_6              下段はリホ、カホ、モモカ。

もちろん、ものを見て描く観察画ではあるのだが、たとえばバレーの舞台の美しさや、ピアノのメロディーの心地よさを思い出して描くようにさせたい。リホは丁寧に描くのだが美しさが絵を描く途中に表れているのにそれに気がつかないことがある。今日、私はそこで良いと思うところでストップさせた。本当の目的は自分でそれに気づくことだけど。マナミは今日の絵は今までで一番、美しい表現をしたと思う。リサは計算外の描き方をした。青いビンのラベルの文字だ。大人になってしまうと描けないと思う。

Bin_14Bin_8Bin_11Bin_13左はミズキ、ケンタ、ハルキ、ヒナタ。

Bin_12 左はケンタロウ。   

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2009/10/06

大切な人からのお祝いメール

10月4日は「あとりえ・チビッコ」の5周年の日だったが、大安だったせいもあって、おめでたい気持ちで、一日を過ごした。夕方、パソコンのメール欄になんと、「きっこの日記」のきっこさんからおめでとうのメールがありました。うれしい気持ちとびっくりの気持ちで、舞い上がりそうでしたが、こういうときは一晩寝てから。そして、きっこさんから了解を得て、このメールをご紹介します。

恵子さま、「きっこのブログ」のきっこです。

このたびは、「あとりえ・チビッコ」のブログ開設5周年、本当におめでとうございます♪心より、お祝い申し上げます。ひとことで「5年」と言っても、義務でも仕事でもないことをコツコツと続けて行くのは、とても難しいことです。今は、パソコンの知識などなくても、誰でも簡単にブログを始められるような時代ですから、毎日、数え切れないほどの人たちが、何の考えもなくブログを開設しています。しかし、そのうちの9割の人は、わずか1ヶ月も続かずにやめてしまい、1年続けられるのは100人のうち4~5人だと言われています。ですから、恵子さんが5年間もコツコツと続けて来たというのは、100人のうちの1人どころか、数百人のうちの1人なのです。これは、本当に素晴らしいことです。

あたし自身、もう9年も続けて来て、来年で10年目になりますが、最初の5年は、何度やめようと思ったか分かりませんでした。でも、それが、自分の感覚が変わったからだと気づいたのです。最初は、「誰かのために」ではなく「自分の楽しみのために」と思って始めたWEB日記だったのに、いつの間にか「読みに来てくれる人たちのために」という義務感のような気持ちで書くようになっていたのです。

そのため、日記を書くことが重荷になってしまっていたのです。そのことに気づいたので、6年目からは、初心に戻り、「自分の楽しみのために」という気持ちで書くようにしました。そうしたら、それまで重荷に感じていたことが嘘のように、日記を書くことがとっても楽しくなって来たのです。まるで、恵子さんのところの子供たちが純粋な心で絵を描いているように。

やはり、どんなことでも、「三尺の童にさせよ」という芭蕉の言葉のように、迷った時は子供の純粋さをお手本にすべきなんだと気づきました。もしかしたら、恵子さんは、子供たちの純粋な感覚に囲まれているから、常にマイペースで楽しい日記を続けて来られたのかもしれませんね。

これからも、バラエティーに富んだ楽しい日記を楽しみにしていますので、恵子さん、無理のないように、自分の歩幅でのんびりと続けて行ってくださいね♪

きっこ拝

私は「きっこの日記」を耐震偽装問題の時から「知のヴァーリトゥード」を通して知った。きっこは病身のお母さんを支え、ヘアーメイクの仕事をして猫を可愛がって暮らしている。いつも、政治の世界や私の知らない新しい世界を紹介してくれる。多分きっこの母さんと私と同世代だと思う。私がきっこから学ばねばならないのは、調査し勉強し、勇気を持って言葉にしていく作業だ。そのほんの欠片でもがんばりたいけど、きっこさんもメールで言って下さったように、自分の歩幅で進んでいこうと思います。

きっこさんメールありがとう!これからもよろしくご指導ください。ブログ「あとりえ・チビッコ」は、これから6年目に入ります。

10月7日午後9時:追記

なんと、「きっこの日記」に紹介されて、アクセス数が600人を超え1230アクセスを超えようとしている。夢を見ている。ホッペ、ツンツン、痛い!夢じゃない!

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2009/10/04

❤ブログ「あとりえ・チビッコ」開設五周年❤

ブログ、「あとりえ・チビッコ」は今日で五周年目を迎えました。2004・10・4の「はじめまして こんにちわ」の記事から始まり、この記事で658回の更新を続けた。これはひとえにあとりえチビッコをクリックして下さった訪問者の皆様のおかげと心から、感謝しています。

毎年この時期には≪初心忘るべからず≫を心に留めて、暮らしてきた。今日もこの日までの感激を心に留めて、子どもの絵や工作、山小屋での出来事を綴っていきたいと思う。

私はそれまでインターネットも、ホームページも、ブログも作りたいけれど無理だと思っていた。それでも少しずつ、インターネットを探って見てみると、いろいろな情報が出ていることに気が付きいた。自分でもできるかもしれないと思い、今まで見たこともないネット関連の書籍を読むようにした。そしてできそうと思い始めた。

私も誤字脱字、文章が乱れている時もあり、書くことは一方で、恥ずかしいことにも感じる。だから、お気に入りにリンクしている先生、師匠、女王のブログをお手本に、より精進していきたいとも感じている。最近ではアクセス数が40人を超えて、私には過分な人たちが見に来てくれているので、がんばらなければ! とまた書きだすのだ。

基本は子どもの造形絵画作品の講評と指導者である自分の日常を書くことで、子供たちの保護者である方々に公な自分を表明していきたいということです。たくさんの目に晒して自分の仕事を見ていただきたい。そうしなければいけない。これには反対のリスクも背負うと思ったが、こうして「あとりえ・チビッコ」の子どもたちの作品を見ていただけば、保護者の方も理解しやすいとも思う。

そして私のやり方に賛同してくれる造形絵画、もしくは教育的な仕事に就いている人が私の仕事の理解しやすい部分を継承してくれるだろうと考えるに至ったのです。

絵を描くことで、少しでも幸せで楽しい気分の子どもたちが日本に1人でも増えるとよい、そうも思っている。

最近ではあとりえ・チビッコのブログ立ち上げ以前の昔の子たちの講評や写真は残っているので、その作品にも触れていけるかとも考えている。これからもどうぞよろしくお願いいたしします。

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2009/10/02

ほかりあかねさんのコンサート

今から15年くらい前にあとりえに来ていた、ほかりあかねちゃんがコンサートをするそうです。11月6日に≪青山月見ル君想フ≫で初のワンマンライブをするそうです。あとりえチビッコの30周年のお祝いのときに集まった面々も時間があったら行ってほしいですね。(若干訂正)

この連絡があったので昔の資料を集めていたら、「第一回の森のアトリエ」の写真を探しました。デジカメでないので、すぐブログに載せられないのですが、その時参加した、久米真紀子、伊賀雅子、横川リサ、そして、保刈あかねちゃんがカメラのほうを見て笑っている。なんだか先生うるうるしちゃいました。川上村に来る時、中央線を小渕沢で乗り過ごしてまた戻ってきたりしたのよね。子供たちもそうですが、お母さんたちの顔が思い浮かんでより懐かしい気持ちになりました。あかねちゃんは展覧会の絵では、「ある日の夕食」を描きました。鯛とオムレツとご飯とみそ汁、自画像はケーキ屋さんになりたいと描いていました。

あとりえでは今でも学校の勉強の成績が上がるような指導もしていないし、予定表での子どもたちの様子を書いた連絡で、時々展覧会をするほどの、コトではありますが情操教育の一環として、また子どもの健全な成長を助けようと頑張っているわけです。真実は先生の若さと美貌とカリスマ性に寄るものが大きいと私自身は思ってもいますが。ただ単に近くの原っぱに来た子どもたちにバッタの取り方を教えるのが一番の楽しみかもしれません。

冗談はさておいて、このような先生を選んで習わせてくださったお母さんとお父さんとご縁があったのだと思います。

ほかりあかねワンマンライブ  moon1青山月見ル君想フmoon311月6日fullmoon
  open18:30 Start19:00  charge\2500+1Dwine

「みんなきてくれるかどきどきですがぜひ応援しに来てほしいですたのしんでもらえるようにがんばります」 あかねちゃんメールです。

あかねちゃんのHP AKANE [魔法のⅰらんど]

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2009/10/01

体験画を描かすには・2

プランターの周りに絵を描いて、パセリの種を播き、芽の出たところで絵を描かせた。体験としては特殊ではないが、少しでも経験したことをなぞるように絵を描かせたほうが、思い入れを描けるのではと思うからだ。

Paseri_kenta

Paseri_kentarou

Paseri_risa 左からケンタ、ケンタロウ、リサ。

ケンタは我が家のベランダの自転車をデッサンし、それからプランター、自分を描いた。

ケンタロウは描きながら目が怖い怖いと言いながら描く。そうみんな黒目が描けないうちは不気味だし、肌の色が白いと怖いけど、みんな描き終われば怖くなんかないからね。そう言って、消しゴムで消さないように言って描かす。リサはプランターを中央に大きく描いてしまったので自分が描けないと言っていたが私が覗くようにポーズをとると分かったと言って描いた。描いた顔が、我が家の本箱の絵本の中の≪みどりのどりちゃん≫ に似ているので見せて、自信を持って描くように促す。

Paseri_manami_2

マナミちゃんは自分と弟とその友だちを描いた。洋服なども丁寧に色分けして描くようにいう。弟がいたずらをするのを嫌がりながら、弟が可愛い。

子どもたちはあとりえに来て楽しくおしゃべりしながら絵を描いていく。今日ではないが、これはある日の三人の子供の会話。

「お前たち仲良いなあ」(5年男)   「おんなじ幼稚園だったんだもん!」(3年女)  「僕ね!そういうの嫌だから!結婚しないもん!一生独身だから。」(3年男) 「あっ、それって駄目だぞ、看取ってくれる人がいなくなるぞ」(5年男)

今日の絵の中には、上述の話をした男の子は2人います。絵を描くだけでないいろんなことを開放的になりながら話し、他の子にも聞いてもらい、育っていくのです。

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