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2010年3月の記事

2010/03/30

ゼブラ・ハイマッキーにあとりえ・チビッコのロゴマークが!

Zebra 明日で今年の3月も終わりになると言うのに気温は低い日が続き、ラジオのDJの若者までが、昨日は寒くてダウンのコートにマフラーを巻いたけど、まだ寒かったと言っていた。私がホカロンを使うのも無理ない。そしてあっという間の三月も終わる。

ホワイトデーのお返しにはお花や、お菓子、ワインやCDを頂いてうれしいようなくすぐったいような気持ちでいたのだけれど今年の極めつきは由井達さんから頂いたゼブラのハイマッキーにあとりえ・チビッコのロゴマークが付いたものだ。私は今までにゼブラのハイマッキーを<重なる2枚の絵>で子供たちに使用させている。画用紙にクレパスやパステルで絵を描き、その上にプラバンを載せてマッキーでまた描く。下が色彩構成したものにして、上は線描でも、また色彩構成でもよく、現実の動物やキャラクターでもいい。その二つのことをすることで、絵に強さが出てくる。密度の濃さが出る。それを子どもたちに意識させたい。マッキーはインクの色のきれいだ。太さがあるので、塗りこむときに時間がかかりすぎない。

今回はゼブラのハイマッキーに私のあとりえチビッコの3人の子のロゴが入っていた。インターネットでゼブラの会社の公式ホームページを見るといろいろなゼブラの商品にマークを入れてくれるようだ。今回展覧会を終えてあとりえ・チビッコも新しいお友だちが入った。4月からは新学期のような感覚でこのロゴ入りマッキーで描き始めると、いいアイデアの絵が描けそうだ。

ところでロゴの中の3人の子は、娘二人と孫のトモクンを同じ次元で並べている。パソコンのお絵かきツールで描いている。

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2010/03/24

あとりえ・チビッコ展覧会//2010@子供たち

Tenrankai_a 子供たちの作品は1月から3月までに描いた作品の中から展示した。具体的には自画像、人形、スクラッチ画、冬の野菜、重なる2枚の絵を子供の個性を考えて選んだ。

モモカはパステル画が好きで描きこみ方もフワッとしている。色使いもパステルカラーが好きなので、とらえどころがないようにも感じるがそれが彼女の描き方だと思っている。強すぎない絵はもしかするといつ見てもほっとする絵なのかもしれない。ナミは色の分量をダイナミックに使う。細かい表現より全体のバランスで描く。色彩のセンスは良いとは言えないがいつも新しい感じの色遣いがする。リホは細かい表現をするし、丁寧に描こうともしていたが、今まで美しさを描ききれないでいた。展覧会の作品を書きだしてから、それを意識させたかった。このチューリップの絵からその事に気づいてくれたようで、サイズは小さいがこの絵を選んだ。ケンタロウは自分を一生懸命見て描いた。細い筆をカサカサさせて描くのが好きであるが今回は筆を大きめにさせた。鏡にうつした自分を書いたのが面白く、また本人とそっくりなので、会場の話題となった。ケンタロウは理論的な場を持つのも好きで成長が楽しみだ。ヒナタはスクラッチ画が2枚とも場面が同じに感じるので一緒の額に納めた。スクラッチも、干物も線描が好きだということでもある。ヒナタに聞くと理科系の学科が好きということであるので、こうした絵の傾向は進路的にはうなずけるし、忘れてはいけないことに感じる。以前あとりえに来ていた萌ちゃん、葵ちゃん姉妹を思い出させた。萌が絵の賞(三菱子供アートフェスチバル日本代表)をとり、姉の葵は萌の静物画に圧倒されていたが、武蔵野美術大に進み、萌は生物系に進むと聞いている。受験はどうしただろうか? 私は子供たちにはいつも平等を心がけているが、時には真実を言おうとするあまり、子供を傷つけていることもあるかもしれない。それは私が小さい時を思い出せばわかることだ。

Tenrankai_b リサはパイナップルとビンを元気に描いた。まわりを青で囲んでからオレンジで塗るというダイナミックさ。そして筆圧は相変わらず強くどの絵もそうする。持って生まれた表現方法で、それは他の子と変えようもない。ケンタはいつも時間がない。でも私はこの絵が描けて、作品が残って良かったと思っている。後ろの色遣いもケンタらしい。集中して描いている。ケンタが描かなければこの絵は残らなかった。スケートをするケンタと絵を描くケンタ。スケートも彼の体の中には快感として残り、CMとしての映像で残るだろうが11歳の肖像画としてこれも永久に残る。

Tenrankai_c マナミちゃんは静物画を描いたがバレーが好きな子だ。作品がにぎやかに華やかになるのはバレーの照明や衣装からの影響もあるのだろう。子どもたちはいろいろなことを勉強して究極自分の道を決めて行くのだろうが、いろいろなことをさせてもらって幸せだ。他の絵でもバレーシューズを上手に描いた。絵を描きながらのおしゃべりでは大人の世界を良く見ている。どのようなお嬢さんになるか、どのようなママになるか楽しみだ。カホは青い色が好きだ。私がフランスのエギスハイムで買った敷物を置いておくとすぐにその静物の前に座って描き始めた。でも、細かすぎることはしたくない。で、その中のアルファベットだけは描いた。とにかくその前の葉っぱや茎のねじれに辟易して描いていたからね。でもしっかり描いた部分と空いている空間のバランスは良かったので、OKとした。小さい時から来ていたけど今回で最後。絵を描くこと以外で何かを学ばせたつもりだけど、カホもどのような花が咲くのだろうか? 

Tenrankai_d ハルキは初め、指導がとても大変だった。少し落ち着かなかったけれど、いろいろ工夫をして今日まで来た感じがする。もっと別に向いていることがあるかもしれないが、この自画像まで描けるようになったことは指導のランダムな作戦が成功したのだろう。アラビアンナイトの千夜一夜物語のように別の意味ではいろんな子供たちがこの私を育ててくれたのかもしれない。希望が丘教室の4人は最近まとまりが出てきていた。それぞれが個人的に来ているのであるし、まとまって競技するわけでもないのだが、制作する際に感じる<良い空気>があった。アヤノはデッサン力が付いてきたし、もともと絵画に向いている子だ。この人形の仕草も自然と描けていて、動きが感じられて、お部屋に置いておくと動き出しそうだ。今回アヤノをあとりえ・チビッコがんばり賞をあげた。ユイは動物関係の仕事がしたいといつも言っていたので、最後の展覧会の絵はココちゃんにしようと思っていたが、案の定良い絵が描けた。ココのおもちゃまで描いて記念になる絵でもある。それと、肝臓の移植手術を乗り越え、ユイちゃんも良い子に育ち、小学校を卒業しご両親もほっとしたことであろう。モモコは白い服を着た人形を描いたのだけど顔がお母さんに少し似ていた。白の色が分量としては多いが目や毛がしっかりと描けていたので良いと思う。子供らしさがあって素直で良い作品だと思う。カノンはこの果物のバナナのデッサンを間違えた部分を一本の線で直すことで立体的になった。もう少し教えていたかったけど仕方がない。

Tenrankai_f Tenrankai_e

子供たちが、平面から立体を感じるところに至った時が指導の急所でもある。自分で分かる子もいれば、教えることで分かる子もいる。これから先、アヤノとカノンの学校のクラブの先生に良い指導が受けられると良いのだが。

絵画は心を開くと良い絵が描ける。子供たちの中には風邪で学校に行けない日でも、またピアノは休みたくても、あとりえ・チビッコは来たいと言っているという。心を開く場所だからだろう。私もその事を念頭にこれからもがんばっていきたい。

6年生まで教室に通ってきた、モモコには絵本<しろいうさぎとくろいうさぎ>とユイには絵本<百万回生きた猫>をプレセントした。

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2010/03/23

自宅で展覧会@2010

Tenrankai_4 子供たちの2年に1度する展覧会をした。子供たちの家族には会場となった自宅に来てもらったが、まだ作品は展示したままになっている。いつもお絵描きをしている部屋の家具を移動しての展覧会だったが、一応イメージに近い形にまとめることが出来てほっとした。3月18日に希望が丘の八つ橋教室を終了し、感動に浸ることもしすぎずに、エネルギーを維持したまま展覧会の準備をした。我ながらなんと男っぽい性格なのだろうと思いながらも、心の片隅の涙袋にはお別れする子供たちの4人+2人分の涙が溜まっている。千葉に住む長女とトモ君が手伝いに来てくれた。

自宅で展覧会をしたのは、他の公式な場所で借りることに重い負担を感じるからだ。展示道具の移動や飾り付けに保護者の協力が必要であったが、仕事を持つ人とそうでない人に不公平が生じる。少子化のために生徒数も減り、自宅でしても不都合はない。また会場費が節約でき、父兄の負担も軽くて済む。期間を二日にして集中的にでき、会場係りもいらない。公の展示でない分はインターネットで発表しよう、ということになった。芸術と言うカテゴリーで言えば、不足はあるけれど、究極的には仕方がない。私の限界とも考えられるけど、新しい展開をしたと考えても悪くない。その事にイケアの家具が関わっているのも忘れてはならない。

ところで私が撮った写真がよくないので芳州先生の写真で発表したい。私はこれから会場の設定のために移動した仏壇を元の場所に納めたり、実家の摩耶寺のお墓参りに行く。母のところに久しぶりに行ってくる。由井さんからのゼブラのマッキ―のことなど、いろいろ報告したいこともあるけれど、もう少し後になります。子供たちの素敵なお父さんたちにも会うことが出来て充実した展覧会でした。

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2010/03/16

イースターエッグの下準備オーケー!

Egg_2 展覧会に向けての工作はイースターエッグにするのだが、ここ2週間ぐらいの間で粛々と準備を進めてきた。小さい時に学芸大学の碑文谷教会の日曜学校に行っていたのだが、洗礼を受けていないが、一度だけイースターエッグを教会の敷地に隠して、子供たちが捜す行事を覚えている。

教会の牧師であるジョン先生(大石嗣朗先生)が元気に陣頭指揮して下さっていた。昨年亡くなられたことを友人の太田君から聞いた。まだ私はお参りに行ってない。 そのことが気がかりではあるが卵は誕生のシンボルだ。今日準備をしているうちもっと作って子供たちを喜ばせたくなった。

私が楽しくなって、大変になって、苦しくなるくらいが、子供たちを狂喜乱舞させられる。そこまで自分を追い込んでいくことが、私の教室<あとりえ・チビッコ>のジンクスだから、がんばっちゃう。写真に出ているほかに殻になった卵を一人当たり2個用意してある。殻にするコツも上手になった。針金で穴をあけて、上下に穴を開けたところから、中身を出して、さらに洗って、乾かしてから、食酢で染める。生の卵は冷凍にした。錦糸卵や卵焼きにして冷凍した。コレステロールの塊だからね。

子供たちに明日、お持ち帰りにするゆで卵にお酢を入れて茹でて、食紅で色づけしたところものすごくきれいに色が付いた。一人一個ではつまらないからまた今、買って来て茹でている。アー子供たちが喜ぶ顔が見たいから! 指導は自分が狂喜乱舞しないで、自分を抑えて指導しよう。し終わってから狂喜乱舞。

明日は殻の卵に円形に色ずけする。そのコツは難しい。着色を重ねて行くのも根気とがんばりと短気を抑える工夫が必要だ。ハルキがんばれよ! (がんばるのよ!)

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2010/03/15

バレンタインデーのメッセージの中の嘘

≪バレンタインデーのメッセージ≫の嘘は≪2≫と≪7≫です。ちなみその9の項目をもう一度載せておきます。

1.歯磨き粉と痒み止めのムヒを間違えて歯をみがいた。

2.大昔デートの時間を1時間、間違えて喧嘩、その恋が壊れた。素敵な人だった。

3.IKEA港北開店前準備期間の駐車場に入って行き、表示がないため出られなかっ   た。

4.若いころ、出版社に勤務し、資料室のカギを自分の机に入れて、≪ここにドアの鍵があります≫と書いた。

5.同じく若いころ、社長室に間違い電話がかかり「はい、牛肉1キロですね、すぐお届けします」と返事した。

6.20歳の時、新幹線でトイレのドアを閉め忘れた。

7.富士登山でおにぎりを全部経木から落とし、お結びコロリンになり食べそこない、危うく遭難しかけた。

8.新幹線の豊橋でお土産を買いに降り、ベルが鳴ったのに気付かず、置いてきぼりを食った。

9.JR駅・日暮里をヒグレサト、と読んだ。

Sutaba_003

今年はバレンタインデーのメッセージを日本の景気とハイチの地震もあったので、辞めようとも考えていました。でも、病気の方や、検査中の方は私がチョコを贈って、お手紙を書き、何とか励ますことができた方もいらっしゃるので、今年もやはり、チョコを送ろうという気が起きました。

そして時にはささやかなチョコでも相手の方に負担をかけているのではと思うこともあります。そこで、若い男性(あとりえの生徒たちだった)には今年は送りませんでした。ごめんね!でも先生は君たちの幸せをいつも祈っています。年賀状をくれている、田中望君、相川君、森崎君、木崎君、宮崎君、小川君。西富君。そして昨日近所で出会った倉橋君、早く風邪直して上海に戻っても、元気で頑張ってね。

ささやかですが、このバレンタインデーの頃はいつもドキドキしているKEICOCOです。heart01でも、この失敗のほかにあとからあとから思い出す失敗談は尽きることなくありました。

気が早いかつてのオールドボーイフレンドたちからはもうメールやお手紙がきました。その中には私のついたウソは全部だとか、私のことをいい子(?)で、そんなことしないでしょうと言う人もいました。でも、私と一緒にお酒やご飯を食べた人たちは、「全部本当でしょう」とも言いました。当たらずとも遠からず。何しろもうあの恵子ちゃんも60を過ぎたのですからね。人生の酸いも甘いも噛み分けて、幾山川超えて、辿り着きましたよ。知は力。笑いは力。夢は力。楽しく人生を送りたいと、ウソとか失敗とかで私自身をチョコレートでコーテイングして、おかしなこといっぱい言って、皺をいっぱい作って、お化粧を上手にして一見50歳風でがんばっています。(ウソウソ、君はやっぱり6Xだよ)

追記:もう一つ私の失敗がありました。バレンタインデーのメッセージでは「ホワイトデーのあくる日」を「2/15」と書いています。そして、2月15日に更新していました。危ない危ない、ねっ、どこかおかしいでしょ。天然キャラ、天然ボケなんて言えるのは40才まででしょうね。私の歳ではもう、別の言い方になってしまいます。気をつけますね。皆様、ご心配なくhappy01

何しろ私は次の記念日(知っている人は知っている<四月の鹿と馬>)が待ち遠しいのだから。

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2010/03/10

きっこさんからのメール再び

昨夜、メールを点検していたら、ナナナント、(オマージュを込めて引用)きっこさんからメールが入っていた。しかも俳句と写真もあった。きっこの日記の最近の記事では≪米子の中心で愛を叫ぶ≫の中に素晴らしい句があった。句会の先生方の講評も加えてあった。その中で一つをここに載せたい。

蟻地獄見に行くという五時間目   きっこ

私の幼い時や、娘たちを大倉山の丘の上の幼稚園に送って行った時を思い出す句だからだ。昨夜のメールには

七百の言霊かさね春の雪    きっこ

と、プレゼントのように俳句を詠ってくださった。ありがとう。私の俳句の腕は不勉強ではずかしいけれど、これからも、旅歌はそのままにして、ゆったりがんばります。

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2010/03/06

記事の更新700回目・自分で自分におめでとう!

鹿の記事を書いてから更新していないので、ずっと八ヶ岳にいたと思われていたかもしれないけれど、一度横浜に戻り、指導をしてまた長野に行って、帰ってきてまた指導をしている。その間にバンクーバーオリンピックは終わった。そして、チリ地震が起き、またたくさんの人が亡くなったようだ。救出や救助に遅れをとっているようで、チリの政治の悪さが指摘されている。

日本も、あまりに進展がない政治だから、私は少しでも世の中を明るくしようとバレンタインのチョコを贈り、言わなくてもいい自分の失敗談を世の中に曝してまでしているのに、国会では理想じゃないお金の問題が論議されている。そして私はあとりえチビッコの展覧会の準備を進め、確定申告の書類を書いている。何か頭の中では両極端の仕事をしている気がする。ボケないけど機械のネジが狂うかもしれない。

今回はプライベートな場所での展覧会なので、これから展覧会場にしていく苦労もあるが、今までとは違う会場にするということが、私のなりたかった職業の≪ウィンドウディスプレイ≫をするようで楽しい。その部屋を楽しい発表の場に変えることと子供の作品選びを粛々としている。

あとりえ・チビッコでは子供たちが何かを表現する基礎を楽しさでコーテイングしてプログラムを組んできた。子供たちが何かを表現する基礎とは、例えば絵画や写真、音楽演奏、ファッションに通じることでもある。それは枝別れをしてデザインにも広がり、建築にも広がり、彫刻、文章にも広がっていくと思う。子供たちは一生懸命制作しながら、楽しくなり、他のことだったら面倒になることも、仕上げなければならないと根気強くなる。そして、描き方を間違えたと分かったら、消しゴムで消す。消しても消えない線は材料を変えて描きなおす。そのような勇気を持つ子に育てたい。そう思って指導してきた。そしてこれは情操教育でもある。情操教育の言葉を変えたいと言ってきたがまだ有言不実行。

私も指導の準備の段階で絵を描くことはしてきたが、私がお手本を見せることはできるだけ避けてきた。それは以前の児童美術教育家者チーゼックの≪その授業≫を取り上げた時にもいったが、私は基本的にチーゼックを美術教育の師としてきた。本を読んできただけではあるが。日本画や油絵や水彩画などを手本としての描画方法を押し付けるとその子の個性を見つけにくくなると感じているからだ。また子供の時期の手の動きを大人の絵になぞらえて描かしてしまうことの杞憂を感じてもいた。その事は私が絵画教育としての子供が心の流出としての絵画、3,4歳から12歳ぐらいまでの表現としての絵画を指導することは描画材料を変えることで子供が刺激を受け、その子が持つ本来の個性を出すと感じて指導してきた。かなり長い年月が経ったが、図書館の本をコピーして綴じて読んできた自分で作った本がある。もう一度読み直してみたが、忘れていた個所もたくさんあるが私の体に染みついてまるで自分が考えたように感じる個所もあった。それを基本に展開することによって同じ枝葉がついたことにもなる。本を読んで丸まる真似したわけではない。

ところで、このような自分の仕事の総まとめ的なことを言うと、教室を終了してしまいそうな感じに取られがちではあるので、敢えて言っておきたいのだが、これからも続けていく。トゥー・ビー・コンテイニューだ。ただ出稽古していた、希望が丘の八ツ橋幼稚園をお借りしての教室は今回の展覧会を機に終了することにした。少子化の波もあり、いろいろなプロセスを経てきたわけだが、残念な気持ちが残る。肝っ玉母さんのような篠崎真由美先生と立ち話が出来なくなるのは私にとっての損失だ。八つ橋幼稚園の園舎と子供たちが好きだった。あと2回あの教室での指導をする。宮崎くんと森田裕子ちゃん始め、あの教室に来たたくさんの子供たちの顔が浮かんでくる。最後の日の帰りの車を運転しながら聴くFM局はどこにしようかしら。やはり、東京FMかな?NHK? FM横浜かな?

さて普通の主婦でしたらここでイジケテしまうでしょうが、正直言ってイジケテもいたが、私は今、もう一つやりたいことを見つけた。その事を考えると、わくわくドキドキ。大倉山の教室も人数は減っていますが、私のわくわくドキドキを支えてくれるほどの人数の子供たちはいるので、これからの指導がかなり、和やかに(フレンドリー)なりそうだ。それも楽しみ。今回の記事が実はブログを始めて700回目の記事なので、自分の今を正確に伝えたいと、このところ考え続けてきた。そのわくわくドキドキを発表したいのだがまだ、計画だけで現実的になっていないため、展覧会後にじっくり、じんわりと計画を練ろうと思う。それはバレンタインデーにも関わり、ドイツにもかかわり、ブログにも関わることだ。私が私としての表現をすることではあるのです。そしてあとりえ・チビッコのソフトランデイングを美しくしたいということだけです。

今夜は、≪カフェ・アゲイン≫にジャズを聴きに行ってくる。もちろん監視付き、というかSP付ですが。と書いたが変更につき、自由。

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