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2010/04/15

寒い誕生日

今日は私の誕生日。昨日の夜からパソコンが満タンになっていたようで、妙に動きが悪くなって、デフログをしてもらった。スルコトの意味は分かったがパソコンの中でどういうことが起きたのかは分からない。

一昨日、ポストに葉書が入っていた。秋田に住むMKさんからだ。

「桜が満開となりました。いかがお過ごしでしょうか。実は母が三月三十一日に永眠いたしました・・・・・・・・・・・・・・・医師の娘として最期を看取ることができたこと、その点での後悔はありません。生前の母へのご厚情に感謝します。取り急ぎご報告まで。」とあった。ご冥福をお祈りしつつ、失礼とは思ったがメールを送った。教えてくれてありがとうという気持ちがした。

Mさんは我が家の二人の娘たちの間の学年で、デッサン教室に来ていた時がある。彼女のお母さんとは子供たちの進学、結婚について話し合った仲だ。今も我が家の近所に住んでいられたはずである。私は最近フランス語について聞きたいと彼女を思い出し、近いうちに電話をしようと思っていた。そういう状況下での今日の私の誕生日だ。彼女の人生の分も長生きしなくてはいけなそうだ。

私はその年齢に抗って、少ない脳細胞に刺激を与えようとしている。フランス語も難しい。昨日「パリ・ルーブル美術館の秘密」のビデオを見た。美術館の出来事を淡々とつづっている。大作の額をロープで牽引するための体力をつけようと館員はトレーニング室で腹筋や腕の筋肉を付けている。小作品を壁に定置していくプロセスは私や夫の芳州さんが絵画や写真の展覧会を町のギャラリーでする時と同じ≪小さな苦労≫をしていた。どういう風に作品を置いていくか、額の左側を1センチ上に上げねば、などの身近な細かい試行錯誤を繰り返す。絵画のカビや乾燥による損傷を修復する工程も興味深い。彫塑の欠落した一部がどこと一緒になるかを番号で探しまわることも、ミクロとマクロで目がまわりそうだ。

私は6月にその地に行く。憧れのパリだ。ちなみに前述のMさんのお母さんはご主人の仕事についてパリに住んでいたことがある。子供の成長を願う母親として私たちはあの当時、同士だった。可愛い魅力的な声の人だった。医師となった我が子にそばにいてもらえて、きっと心強く思っていたことだろう。

昨日は、次のあとりえの課題のための準備で、イケアに行った。アイスクリームパフェのコップを見つくろいに行った。そして新横浜の輸入食料品店のジュピターにまわって、パフェのトッピングを探した。教室のことを考えている間に自分の歳のことや、母のことを忘れて、あとりえの子供たちの顔がちらつきはじめて嬉しくなった。まだまだ、がんばらなくちゃ!

そして昨夜、自分のブログのアクセス数が異常に多くなっていることに気がついた。実はツイッタ―を始めたのであるが、良く分からないこともあり、そのままにしている。きっこのツイッタ―であとりえの子供たちの絵を紹介してくださっていた。きっこさんありがとう。でも私にはツイッタ―の意味がよく分からないし、ブログのように一呼吸の時間もないから、合ってないかもしれない。生活の中で必要ではないかもしれない。考慮中。

それにしても今日は寒い4月15日だ。川上の地温が低いままだろう。前回帰ってくる時には25センチ下の地面は凍っていた。まだまだ種も蒔けないかもしれない。

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