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2010年10月の記事

2010/10/29

モーツァルトk299を聴いて描く

昨日はハロウィンも近いので子供たちにお菓子を用意して絵を描くことにした。

K299_hinata

K299_manamiK299_momoka 左からヒナタ、マナミ、モモカ。

課題は、モーツアルトのフルートとハーブのための協奏曲ケッヘル299番を聞いて絵を描く。色画用紙にクレパスで色を混ぜながら書いていく。二枚書くので、一枚目は気楽に進める。K299_reinaK299_rikoK299_nami
左からレイナ、リコ、ナミ。

子供には白い紙の恐怖というのがある。白い紙はどこから書き始めていいのか心配になることがあるという。教室では、いつも、『まだもう少しはアトリエを続けるでしょうから、今日描く一枚の絵を心配しすぎないで進めたほうがいい』とよく言う。

K299_risaK299_tomoyaK299_takesi_2
左からリサ、トモヤ、タケシ。

『明日辞めるかもしれないから、今日の絵を大切にシッカリ書きましょう。』と言い続けたら、想像の芽が出にくくなりそうで言えない。でも一年に一度ぐらいそのセリフを言う時もある。
子供に対するタイムリーな働きかけが大切だ。クレパスを重ねて何色も塗って自分がいい感じと思った所でSTOPするのが今日のポイントでした。

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2010/10/23

かぐや姫に始まって

昨夜は月が美しかった。遠くで鹿の鳴き声が聞こえたので障子を開けると、ススキの穂が銀色に輝いていた。かぐや姫でなくても、竹取の翁さんを置いて月の世界に行きたくなるような幻想的な月夜であった。

今朝は10時頃、地面の奥の方で大きな音がした。ココもビックリして跳び上がった。地震情報を調べるが何も表示なしだった。午前中に散歩に行き三種類のどんぐりを拾った。袴も一緒に採りビニール袋にいっぱいになった。クリスマスの工作につかうつもりだ。永住しているKさんの奥さんに、10時ごろに大きな音がしなかったかと聞く。気がつかなかったけれど、なんだか怖いわねと言うので、脅かしてしまったかと思う。道路の葉影には白や赤のキノコが顔を出すが、決して食べてはいけないような代物ばかりだ。私たちがこの辺りで食べることができるキノコは、ジゴボウというものしか知らない。川上村の知識人由井幸憲さん夫妻に教えてもらった。しばらくご無沙汰をしている。
ここにくると、畑のことや住まいのハウスキーピング、仕事の準備、食事の支度などで、あっという間に時間が経ってしまう。もう少しはここでのコミュニケーションを大切にしたいが現状に流されて、立ち話で済ましている。昼に戻り麺を茹でて、だしを取り、温かいお蕎麦を作る。2時間ほど事務作業をする。おやつの焼きりんごを食べてから、キングサリの木に鹿除けの囲いをする。いらなくなった簾を使いポールに絡ませたが、自分でやりながら疑心暗鬼で嫌になる。そして、昨日側溝に掻き集めた落ち葉を、珈琲屋で安く買った麻袋に入れた。これは、今までにない優れ物だ。葉を集めやすいし持って移動するのに力が少なくて済んだ。

こうして時間が経つのが早い。今回ここに来て、あっという間に3日が経ってしまった。なんだか竜宮城に招待された浦島太郎のようだ。さてかぐや姫に始まって浦島太郎に終った今日の日記、そろそろあくびが出てきたので終りにしますね。グッナイ!ココ!オヤチュミチュミチュミ、おやすみね。 

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2010/10/22

奥山に紅葉踏み分けなく鹿の

声聞くときぞ秋は悲しき
山小屋の家の周りを箒で掃く。玄関のドアを開けて七段ほどの階段を降りて通りまでのアプローチには白樺の葉が落ちている。もうほとんどの葉が落ちている。今からひと月前には葉が落ちる音が大きくて何か動物がいるのかと思うほどだった。アプローチには所々に敷石を置いてある。その間にはフランス産の木のチップを埋めてある。根が地面の表層に出てきてツルツルして転んだり躓いたりするといけないので、埋めたのだ。
先ほど5時前には薄暮となり、目を凝らしてあたりを見る。鹿がレタス畑を越した向かいの山で鳴いていたが、今度は我が家の近くに来て鳴いている。この二号線の奥の方で鳴いている。
我が家の小さな畑の柵はかなりしっかり竹やポールで作ってあるが、前回と今回の間に鹿に入られてネットまでも穴を開けられてしまった。大根も春菊も味噌汁ぐらいにして食べられるほどのはずだったけれど全滅。偶蹄目の足跡がたくさんついていた。
その薄暮の中、鹿たちはこちらとあちら少しずつ違う鳴き声で、ヒューんヒューんと鳴きあっている。私は今、どうでもいいという心境になっている。そして遠くの鳴き声も近くの鳴き声もずーっと聞いていたいという気持ちになっている。
白樺の黄色い葉に混じり、紅葉の葉が紅くきれいに色づいている。隣の家のナナカマドが毎年真っ赤に紅葉していたが、夏に鹿のツノトギにあって葉が枯れてしまい今年は見れない。
そして、今年の異常な暑さはズミの実をたくさん実らせた。今日散歩で芳州先生が、写真をたくさん撮っていたのできっと、ブログで更新しているでしょうから、見て下さい。私は本日は文字のみです。

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2010/10/21

はじめてのipadでブログ更新!

ブログ更新をipadでやってみたいと挑戦しているが、写真をのせる事がまだ解らない。
実用書をじっくりと読んでいけば解決するだろうが、最近は、本物を触って試行錯誤を繰り返して先に進むような傾向になってしまっている。この山小屋でこうして雨になれば晴耕雨読でじっくりと事務作業をしていけると一応は書類一式持って来て、白樺の葉が落ちる様子や霧が木肌を触れていく様子を老眼鏡をずり落として見ている。快感。
来た時の室温が十度だった。石油ストーブをたいて、だいぶ前に買った生協の豚バラ肉を解凍してトンボウロウを作っている。昨夜は野辺山のビックリ市で買って来た渋柿の皮をピーラーでスピーデイーに削り、Tの形のへたの枝にビニール紐をくゆらして、焼酎を振り撒いて置いた。
そして今朝二階の窓辺にぶら下げた。一個二百グラムぐらいはするのでかなり重い。明日あたり晴れて欲しい。そろそろお昼にしよう。今朝が和食のご飯だったので、支那竹たっぷりのラーメンにしよう。
まだ載せられない写真は八ヶ岳の寂しい秋の風景。緑のレタスやキャベツ、白菜をとり終わると所々にある大きな石が妙に目立ってくる。そして遠くの八ヶ岳の山々の上にたなびく雲が寒げに見えてくる。農耕車が最後の仕事にとりかかっている。

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2010/10/14

名前のデザイン≪ぼくって、私って、どんな子かな≫

子供たちに自分の名前のデザインをさせた。これは何度でも何年生になっても手段を変えてやらせてみたいことだ。一番には≪自分≫を意識させたいことだ。低学年には低学年の、高学年には高学年の≪自分≫がいる。何にもとらわれていない自由な自分を表現させたい。名前に込められた自分はどんな自分かを考える。そして本当の今の自分はどんな子なのか?

Namae_d_hinata

Namae_d_manami

Namae_d_momoka そしてこの課題をした2010年10月13日はチリ鉱山で落盤事故から33人が生還した日だ。子供たちにはその事も記念に絵に込めたらと言った。リサちゃんは33を組み合わせてお団子にした。トモヤはミカンにして33を表現した。

Namae_d_nami

Namae_d_reinaNamae_d_riko どの子の絵も元気で楽しく描いた。ナミとトモヤとタケシとリコがメチャクチャ◎。学校行事で欠席のリホはまた今度ね。

Namae_d_risaNamae_d_takesiNamae_d_tomoya  

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2010/10/13

平川克美 『移行期的混乱』出版記念講演会

昨日はアゲインでの平川克美出版記念講演会に行った。著書 『移行期的混乱』(筑摩書房)に関しての講演だ。著者は経済学者でないが、別の視座から日本経済を読んでいて、どちらかといえば平易な文体で、経済だけではなく、日本が置かれている場所を意識できるように解説してくれている内容の書籍であり、講演会だった。

日本の経済成長を戦後3つの時期に分けることが出来るという。GDPの平均値の変化を高度成長期中心時代(1956~73)の9.1、オイルショックから変動相場制間(1974~90)で3.8、牛肉オレンジ輸入枠撤廃、ソ連崩壊からリーマンショック(1991~2008)までが1.1、つまり戦後17,18年単位で成長鈍化が起きている。家族形態と人口減少で経済を読むことが出来るという。

この3つの変化は私自身の大きな出来事にも一致する。自分が育った時期、結婚して子供を育てた時期、夫が会社から、子供が家庭から独立し始めた時期と一致する。

そして平川氏は最近のマスメデイアは≪その時々の正義≫を振りかざしていて非常に問題がある、私たちはメデイアに頼らない自分の頭で考えることをしないといけないと言っている。これから先どのように移行していくかは本文には書いていないと言う。

しかし、書いてはいないがこの本を読めば、頭の良い人は何かわかると思う。たくさんの資料が載っているからだ。

もう一つ、この団塊の世代がいなくなった後の世の中はすべての問題が解決すると言っていた。(それに過剰に反応した別の制度などが出来ていなかったら)とも言っていた。

さて著者平川氏は私のブログのお気に入りに入っている思想家・内田樹の友人だ。アゲインの代表の石川茂樹さんも友人だ。私はこの≪男の友情≫をブログから垣間見てはいつも、『良いなあ、良いなあ、男の友情は!』と思ってきた。そうした関係の中でのこの著書であり、講演会なのだ。そして我田引水になってしまうが、私は子供たちに絵を教えているが、絵がただ上手になることを目指しているだけではない。絵を通して自分自身を考え、世の中を考えられるような子にしたいと思っている。

昨日講演会から帰ってきてこのブログを書きながら私は私で考えた。団塊の世代が消えていなくなったら世の中の全てのことが解決するって?団塊世代には私も平川氏もその友人も皆含まれる。だとすると、その平川氏はその時点では展開していないが『団塊の世代がいなくなった時にすべての問題が解決する』ということは戦争の影響の問題が無くなってピラミッドでない人口表が出来るということからの日本社会なのか。

私は今から15年前につまり1995年に夫が出版社を辞めてフリーになるという人生の新しい選択をした。夫52歳だった。その時は急にその年に辞めたわけではなく、その何年か前からそういう流れになるようなことが起きていた。具体的なことは今は省く。その時私は思った。こう言う流れは戦争があったからじゃないかと、今もって戦争の影響があるのではないかと感じた。団塊の世代が人口ピラミッドを作り、それが社会の中で何かの不協和音を起こしている。そうだったら、今も流れている戦争の爪痕で夫が困っているならを私がその爪痕を消してやろう。ジャンヌダルクのように。とまでは話していないが、そして今に至っている。

ベビーブーマー、団塊の世代は結局は戦争が引き起こしたことではある。自分たちが望んでいたことでもない。アゲインではこの企画でまた講演会をするという。私はこれから先の私たちがいなくなった時の未来を平川氏にチョコット語ってもらいたいと思った。

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2010/10/08

祝ブログ開設六周年・≪はじめましてこんにちは≫から

2004年10月4日から6年もの時間が経った。数日オーバーしてしまったが、最近忙しかったのでうっかり記念日を忘れてしまっていた。≪はじめましてこんにちは≫の記事から6年も経った。ブログを始めたころは記事を描くのも、写真をのせるのも簡単にいかず時間もかかっていた。思い出せば楽しい思い出になった。

≪はじめましてこんにちは≫のあとには≪フランスの女の子≫、そのあとには太った先生を描いたジュンペイの絵が続きました。そのあとには岡田姉妹の姉、美月ちゃんの野原の草が続きました。その痕跡を表すような写真の処理の仕方だ。

左がジュンペイ、彼は今6年生になっている。Pa040065thumb Pa060010thumb 右はミヅキちゃんだ。ヒナタとナミの姉だ。今は中学3年生。

これからも、今までどうり、あとりえ・ちびっこのブログを続けていくつもりです。

子供の絵以外にも、山小屋の生活を書いた≪田園の誘惑≫も続けていきます。自分のライフワークはどんなことがあっても続けていくと思います。これからもどうぞよろしくお願いします。birthday

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Googleのロゴがジョン・レノン生誕70年記念の動画に! 10月8・9日限定 | ネット | マイコミジャーナル

リンク: Googleのロゴがジョン・レノン生誕70年記念の動画に! 10月8・9日限定 | ネット | マイコミジャーナル.

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2010/10/07

ハロウィンの工作

Harowin_manami 今日の工作はハロウィンの飾りだ。マナミちゃんがデコレーションにおいて優れた飾り方をするということがわかった。決められた約束をこなした上でのデコラティブさがあるということだ。静物画などではそういう要素が困った華美さになることもあるが、今日の工作は華やかできらびやかでも良いと思う。マナミちゃんは他にバレーを習っているのがきっと良いのだろう。バレーの舞台の照明やお化粧が日常と違って華美になることは、別の世界を作り出す。子供たちは同じお稽古事をしていても、もともとの性格が作用したり、違う環境にいたりするから、違う個性を放ってくる。私にとっても、ご両親や、おじいさんおばあさんにとっても楽しいことだ。またそれと別にあとりえ・チビッコでは子供たちに季節の移ろいに敏感になってもらいたいので工作でも、静物画でもそれを象徴する材料を使う。

Harowin_hinataHarowin_momokaHarowin_nami 左からヒナタ、モモカ、ナミ。

Harowin_reinaHarowin_rihoHarowin_riko 左からレイナ、リホ、リコ。

Harowin_tomoya 左はトモヤ。7つの小さい写真はカーソルでクリックすると大きくポップアップできます。これは帽子じゃないのに被ってデジカメ撮っちゃった。ひょうきんなトモヤくん。ところでトモヤのお友だちで引っ越したケンタロウ君はどうしているだろう?和歌山で友達できたかな? ケンタロウのお母さんにも友達できたかな? 

追記:ケンタロウと言えば健太はどうしてるだろうと思っていたら、ナント!今健太から電話があった。蒲鉾板絵展のコンクールに入選して、蒲鉾が送られてきたとのこと。受験勉強している彼にプレゼントですね!おめでとう!まだ詳細は聞いていないので他にも誰か入選したかもしれないです。健太の声が姉の江美に似ていて不思議だった。      今回は始めてのハロウィン工作だった。リサちゃんとタケシ君は写真を撮り忘れた。ごめんなさい。 再び追記:鈴廣蒲鉾から板絵展の入選者のリストが届いた、タケシ君も入選していた。おめでとう。

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2010/10/05

浅草界隈・東京スカイツリー≪暮らしの中の旅・4≫

Asakusa_d 一昨日は知人夫妻の計画してくれた小さな旅を楽しんだ。こち亀と言われた亀有のにぎやかな通りを抜けて行くと、そのおうちはある。3階のご自宅から見えた東京スカイツリーは今や東京の新名所として話題を集めている。その姿は都心のビルや家々を凌駕してこれからそびえていくのだろう。ちなみにネットで調べると、ココ。 高さは現在は478メートルで、当初の予定より分かりやすくするために634(武蔵)メートルにするそうだ。

そのお宅から電車で3駅の北千住の明日香(本店)でお昼をごちそうになった。和食懐石のお弁当でぎっしりと和の料理が詰められていて、最後には麩まんじゅうとアイスクリームが出た。安心感と満足感と季節感がが一体化しておいしゅうございました。いや、うまかった! いえ美味しかった! 今までにないお店だった! また行きたい!Asakusa_e

そのお腹を満腹にして東京スカイツリー、浅草へと行った。東京タワーが出来たばかりの1958年の頃、私が東京タワーは行きそびれた。東京に住みながら未だに遠くから見るだけで過ぎている。父と弟が行ったのを羨ましく思い、今回東京スカイツリーを見てそんなことを思い出した。今年パリに行ってエッフェル塔には登らなかったのも塔は遠くから見るだけで良いと感じているからかもしれない。私は高所恐怖症が年毎に強くなっているからきっと新しい塔にも登るのは無理ではないだろうか。

Asakusa_a 浅草寺には以前に1回行ったことがあるがその時よりも人が多かった。お参りをして、家族の無事を祈った。有名人の手形の中にビートたけしの型があった。そこに私の手を重ねてみた。その後、隅田川沿いのカフェに行って、コーヒーを飲んだ。川風が気持ちよく入り込み、川の上をモーターボートが追いかけっこをしたり、また川の上を遊覧船が波を描きながら通って行った。こちらとあちら、あちらとこちらで手を振りながら心が通い合うのも胸が熱くなった。ちなみに芳州さんのブログでもこの旅を書います。またいろいろご一緒させてくださいね。

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