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2011年6月の記事

2011/06/26

ドイツ旅日記@スケッチ帳から

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2011/06/24

きっこに会うならこんな町で

Guten Morgenの朝Doitu_n_kikko

『グーテンモルゲン!』小さく言うわ

『カフェ ツバイ』パンの香り

ドイツに生まれたかった?

鐘がこだまする

ドイツに生まれたかった?

『ジコセキニンデショウ』

『ジコセキニンデスカ』

鐘と小鳥がフーガになる

ドイツに生まれたかもしれないわ

ジコセキニンデスカ

かの鳥は梢で『ジコセキニンデショウ!』

『ジコセキニンデショウ!』

壁 石畳 塔 走るメルセデス

石畳の上に佇む私

私 いつか ドイツに生まれるわ

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コラージュ・青い目の人形

HinataTomoyaRikoManami_2 我が家には青い目の人形が10体はある。弟が海外から買ってきた人形はチェコ、スイス、ロシアなどがあり。私たちがドイツに行って探した人形と合わせると10体にはなる。左はヒナタとトモヤとリコ、マナミ。

あとりえ・チビッコではその人形の目などをよく観察をさせた。そして、芳州先生の関係の写真雑誌を使用してコラージュをした。肌の色は、よく子供たちに言っているが『血の色、肉の色、日焼けの色』がある。先生やママたちは『お化粧の色』がプラスされている。普通に人形を描かそうとすると、うす橙だい(昔の肌色)一色のみになりそうだ。コラージュで表現するには夕焼け色の部分や文字も入ったピンクの解説の個所などを混ぜることで複雑な色彩表現が可能になる。こうした表現を繰り返し、人などの描き方をより力強い見方をさせていくことが大切だと思う。

Takeshi タケシ君はいつも面倒臭いと言って、楽な方に流れてしまう傾向があったが、今回はコラージュの面白さに気付いたようで、仕事を一生懸命にしている。私もそれに気がついたので、ほめた。とても一生懸命描いた。

Rin_2ReinaRiho リンちゃん、レイナ、リホちゃんは決めたことに真面目に仕事をするのでこうした制作を技術的に忠実に進めている。ご家庭でのしつけの仕方がしっかりしているのだと思う。 

NamiRisaMomoka その反対にあるのが芸術的な表現に流れる子たちだと思う。ナミとリサ、モモカだ。大胆さの中に強い主張をしている。あとりえ・チビッコも人数が少なくなったので若干の私の主張は弱いが、いつかそういうことが証明される日が来るだろう。だからと言ってナミが岡本太郎になるわけではないが。

梅雨の合間の晴れた熱い日で子どもたちは学校で今年初めてのプールを経験して来たりで少し疲れていた。

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2011/06/20

ドイツ旅日記・1《成田からミュンヘン、ヴァッサーブルグへ》

≪ドイツ旅日記・1≫ ≪ドイツ旅日記・2≫ ≪ドイツ旅日記・3≫ ≪ドイツ旅日記・4≫は日記形式で書いていますので、日にち順に並び変えました。いつも、このブログを見て下さりありがとうございます。初めて訪問下さった方、こんにちは!

東日本大震災から100日が経ちました。ドイツでは何人の方かに日本はすごい粘り強いと言われ、地震のことを聞かれ、また何気なく街の中で応援の目線を感じました。まだ日本は毎日原発や津波のあとの復興や、問題が山積みで、心休まらぬ日々が続いています。この日記からドイツに関心をもたれた方、ドイツが好きになった方は、あなたがいつの日かドイツを訪れる日のための参考にして下さい。  ❤あとりえ・チビッコ 豊田惠子 ❤ 

ドイツ旅日記・1《成田からミュンヘン、ヴァッサーブルグへ》

6/3 
Doitu_m_iwaki 飛行機は二人並んで座れる席のルフトハンザ330にした。エンジン音の中を飛行機が飛び立ち、ふうっと軽くなり直ぐに九十九里の海が見えた。波頭が白く見えた。あの日から何かが変わってしまった。機内の航空ショーでは今日本のどこを飛んでいるという表示の中に、仙台、福島と出た。私の心の中でもどこかふっと抜けてしまったような場所がある。悲しみと憤りとそれでいて逃げ出したいようないたたまれない感じがある。正直に言えばそうだ。でも自分の得意な事から助けてあげたい。ずっとして居る事を継続する事でしか、人を助ける事はできない気がする。そんな想いをもってドイツを目指している。

6/4
ミュンヘン、ホテル・ゲルマニアでの一夜は時差解消になるように務めているがまんじりとしDoitu_m_tyoshoku1 ない。朝食はここがニ階なので半階降りたところにある食堂に行く。芳州さんの教室の生徒さんの紹介で、ここゲルマニアに来たのだが、以前にも来た事があるのでなんとなく心強い。そして以前よりは良い部屋のようだ。今回も3カ所に泊まるがどれも二人で100ユウロ以下として探した宿だ。
食堂は入り口近くにパン5種、ハム5種、酢漬けの野菜、パプリカにチーズをスタッフしたもの、ニシンの酢漬けに野菜をスタッフしたもの、ヨーグルトはプレーン、果物入り、ピンクの砂糖入り、牛乳、ジュース3種、フルーツケーキ、あと私は選ばなかったがパックされたチーズが何種類かあった。ビジネスホテルなどではよく置いてあるが、中に何かが混ざっていて、美味しい。それとコーヒーがたっぷりついている。

Doitu_m_hakuseiDoitu_m_soriDoitu_m_kaiga ミュンヘン狩猟博物館では上がってすぐのところにあるビデオコーナーで、鹿の一生のようなビデオを見る。全く川上の鹿を見るような感じだった。以前も来たのだが、又来たいと思わせる、何かがある。それは私たち夫婦二人がそう思う事かもしれないが。あとwolpertinger(munchen)というコーナーがあり、うさぎが鳥の羽をつけたり、動物が変形しているコーナーがあった。これは何?とそばにいた人に聞くと、ニコニコ笑って居る。メルヘン?と聞くと、うんと答えていた。我が家にも以前、オーバーアマガウで見つけた、不思議な動物が居る。鳥とウサギが合体したものだ。

狩猟博物館で長い時間を過ごしたので、デパートKaufhofの5階の食堂に行く。100グラムDoitu_m_depa 1.89ユーロで自由に食事が取れる。昼間からだが、ビールも選ぶ。水よりもジュースよりもビールが安い。そのあとビクトエリアンマルクト広場に行く。花屋や食材屋がテントの下にお店を連ねている。工作用の教材などを花屋で買う。前回と又ちょっと違う工作ができそう。ハートを主にした飾り物用にラベンダーとシナモンスチィック12本を買う。今回はドアリースの真似をするつもりだ。文化を知るために。

6/5
これからヴァッサーブルグに行くが今日は人に紛れる服装をする。天気は良好。ハンブルグ中心とした食中毒が気がかりで、ウェットテイッシューを大量にもって来たけど使うかな。多分使わないだろう。日本の情報は結局は過多に流れている。ドイツにくるとそう思う。私にとっては言葉がわからないのが大勢ではあるのでしょうが。ミュンヘン駅で切符を買おうとしていると、お助けしましょうかと中年の男性が来た。スムースにできた。握手してダンケシェーン。2両のザルツブルグ行きは障害者の男の子たちがたくさん乗っていた。途中で乗り換えてヴァッサーブルグに着いた。駅ではバスに乗って来たがそれはそれはすごい運転で気持ちが悪くなった。着いて1時間休み、外を見るとイン川がゆったりと流れやはりヨーロッパの川は日本と違うと感じる。アイスクリームを昼食にする。iPadに入れたジャズを聴きながらホテルの窓の景色を描く。

Doitu_m_asupara 自由の意味を考える。いつも自分を規制しているものは何か。自由はそう安々と手に入らない。時間が必要だったのだと。20代では入らなかった、子供ができてもそれに縛られた。中年になっても無理だった自由。今も何かに縛られている。だからこそ安全なのかもしれない。自由への希求。ただの我が儘と言われればそうかもしれないが。

上の写真はミュンヘン、カールス門近くで売られていたアスパラ。帰りDoitu_mw_ecoの6月16日にはもうわずかしか売られていなかった。ドイツのテレビで川が曲がっていると溢れやすく、環境を考えると工夫が必要という内容をレポートしていた。右はミュンヘンからヴァッサーブルグへの鉄道の脇に見えた太陽光発電の納屋。

Hotspot(海外、特にヨーロッパ、アメリカで無線ランの接続会社名)につなげたので、記事を更新します。1時間4.95eurを選択。

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2011/06/19

ドイツ旅日記・2《ヴァッサーブルグ》

ドイツ旅日記・2《ヴァッサーブルグ》
6/6
Doitu_w_makiDoitu_w_haka 今日はヴァッサーブルグのに行って地図をもらい、市庁舎裏を散策、裏の小道を見ながら写生する。そのあと墓地に行く。真新しい掘り立ての墓地や、花が飾ったばかりの賑やかなものもある。前から墓地にある植物の名前が知りたかったので墓地掃除のお婆さんに聞いた。ブツカスバウム(Buchsbaum)と言って、スケッチブックに書いてもらった。どこのお墓にもあり、お墓だけでなく店の前に丸く刈られておかれていたりする。清らかになるような気がする匂いがする。悪い匂いじゃない。噴水が面白い彫刻物から出ている。小道があり脇に壁がある透視図的な書き方ができる場所があった。そこに座ってペンで描き始める。できるだけ細い線が描けるのは絵を描く可能性を広げる事ができ、子供たちに中には細かい書き方をしたくないときがあり、極細のペンも必要なアイテムかもしれない。川沿いを歩いて自然観察と教会を遠くから眺める。川が氾濫した時の水位を記した場所には1800年代ばかりだったが、橋の反対側に又記録があり、それは2005年に飛び抜けて高い水位になっていた。バラの花を買ってホテルに戻る。その後雷が激しく雨も風も吹き荒れた。夕食を食べる頃には静かになった。

6/8(水)                                                    Doitu_w_eco2 Doitu_w_hansamu 今日は深い川霧が立ち込めている。朝食前に芳州さんは撮影。幻想的な風景が撮れたのではないだろうか。朝食のジャムが手作りなのが良い。次女からのメールでハンブルグ中心の食中毒はもやしが原因と教えてもらう。キュウリが原因というのは構造的に違う気がしていた。やはり日本でカイワレが原因となったことがある。それに似た肥料が原因なのかもしれない。街はやはりミュンヘンよりきれいだ。今日は午前中川沿いに歩く。彫刻がたくさん自然に展示してある。街に戻ろうとすると高校らしき建物の壁がロッククライミング用になっている。何の学校かと思うと職業学校だった。教室と教室をつなぐ渡り廊下もガラス張りだった。デザインが素晴らしい。そばには幼稚園、小学校、中学校、高校とあり、環境もよくきめ細かい教育環境が整っていると感じた。まあ通訳もなく私の勘ですが。小道を山側に歩いて街で一番古い教会堂に行った。ヴァッサーブルグの資料館に行く。蝋燭の作り方などを見るとこれが一番のエコと思う。4階まである資料や先祖代々の家系図や家族の絵が興味をそそられた。

6/9 (木)Doitu_w_bebika                                                  Doitu_w_bebika2 本屋で、『ドイツの家の歴史』 というような本を探す。あとりえの子供たちに見さ せてあげたい。夕方は雨も降ってきて川の水も増してきた。 街の中にテイクアウトできる食堂があり、そこで、早稲田大学出身というドイツ女性が買い物に来ていた。流暢な日本語で、神戸にも行っていたという。赤ちゃんをおんぶしていた。おんぶは日本の旧式であった。またこちらでは赤ちゃんのベビーカーが地面から高くなっている。そうかと思うと低い位置の荷物入れに子供を載せている。追いかけて写真を撮らせてもらう。他にも自転車につける子供用のキャリーカーなど発想が自由なものがたくさんある、さすが自動車大国ドイツの自転車の位置づけだと思う。                                                                                                        

Doitu_w_kyoukai 私たちのホテルの前にはイン川が流れ、その向こうには削られて残Doitu_w_isu っている山がある。今日はその山に登る事にした。この街を見て絵を描き始める。私が芳州さんを待たす事よりは私が待たされる方が多い。性格的に待つ間にする事があるので成り立っている夫婦のバランスだ。スケールでなく天秤棒でそれを測ったらもうとうの昔に壊れている。夫婦は沢山のバランスが取れる天秤棒をもっていると続くんじゃないだろうかと思う。Doitu_w_rihomama_2

Doitu_w_bier

左はホテル・パウラナーのレストラン右は私たちの泊った4階のフロアに飾ってあった絵画。なぜか、リホちゃんママに似ていたので、写真を撮った。

6/10(金)
今回のドイツ旅行は少しの躊躇と後ろめたさを感じながら来たのではあるが、前にも言ったように、私たち夫婦が中年以降に人生の方針を決めた事を粛々と実行していると言う事だ。ヴァッサーブルグの駅に着いたが2時間待つと言う。結局エヴァースブルグ、グラフィングを経てミュンヘンまで行く方法で良いのだろう。とにかく9時半から11時まで待つと言うことだ11:08 グラフィング、ミュンヘン到着12:05
ニュルンベルク行きの手続き、ICEで100ユーロ、席の取り方がわからない。また大きな荷物を上の棚に皆あげてしまう。下ろす時が大変だが、女性もそうしている。駅で列車の待ち時間にトルコ人の人に会う。地震が大変だったでしょう。日本人は我慢強いと言っていた。
ニュルンベルグに着いた、すごい町だ。城壁が駅からの道沿いにあった。着いたホテルもほっとする感じ。夕食はこの下のレストランで食す。ビールとワイン、アスパラのスープ(細かく切ったアスパラに甘い生クリームがのっていた)アスパラのサラダ、とても美味しかった。個人旅行は移動が大変、気を使う。添乗員さんご苦労様です。(#^.^#) 添乗員さんは芳州さんです。はい。

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2011/06/18

ドイツ旅日記・3《ニュルンベルク》

ドイツ旅日記・3《ニュルンベルク》

6/11
Doitu_n_elch_2Doitu_n_asupara2_3Doitu_n_asupara_2 ニュルンベルク、ホテル・エルクの朝食は茹卵に顔が書いてある。チーズをおしゃれに置いている。パンの種類も多い。ガストホフの木組みが見えて旅籠と言う感じがたまらなくいい。動物エルクの顔部分が剥製になって壁に着いている。出かけて花を買ってかえる。何人かの人たちにカメラを向けた。それは『花束を持つ人は素敵』を撮るためだったけど、お昼は焼きソーセージ屋さんのテイクアウトをしたのだけれど、すごい混みようだった。ドイツ人らしくないシステムだと思った。店員は民族衣装を着て対応がしっかりしていた。戻りながらおもちゃ博物館に行く。残念ながら工作のヒントはあまりなかった。そのあとはいろいろなお店を冷やかして歩いたのだが、途中で、道に迷ってしまった。人に聞けば良いのだけれど、いつかは知っている小道に出るだろうと思い続けて彷徨ってしまう。橋をたくさん渡り迷路に入ったようだ。

6/12
Doitu_n_seidou2 聖ゼーバルト教会(カトリック)の朝のミサに行った。観光客は入場しないでと書いてあったが芳州さんが交渉してくれた。なんて言ったの?と聞くと『スタデイングミサ』で『どうぞ』とおっしゃったと言う。カトリックの信者でもなく、ましてやプロテスタントの信者でもないが、今回は許されるものなら会堂に入って祈りをしたいと思っていた。日本にも教会はあるが入りづらい。10時半ぐらいから始まりカトリックのミサは重厚だった。また夜7時半からは同じ場所がコンサート会場になり合唱も含めて階段状に設置されて照明も有り素晴らしい指揮者と演奏者たちだった。バッハの宗教曲だった。日昼、ニュルンベルクの橋のたもとで写生する。良いアングルは沢山あるが芳州さんの撮影に合わせて、時間が取れるかを考えて描き始める。気に入ったわけではないが指を動かしたかった。もう一つは城壁沿いにデューラーハウスがあり、広場になっている。そこに古い井戸があった。短時間で描ける。自転車が置かれていた。ラッキー!Doitu_n_bijin_4
芳州さんと合流。昼食にする。アップルパイとカフェラテ対ピルスとザワークラウト。ウェイトレスさんが綺麗な人だった。写真を撮らせてもらう。

6/13
Doitu_n_seidouニュルンベルクの聖母教会(プロテスタント)での幼児洗礼に同席することができた。日本でも赤ちゃんのお宮参りがあるが、キリスト教の洗礼は祈りと讃美歌とに溢れ比較にならないほどの個人的讃美に溢れていた。列席者が赤い紙にお祝いの言葉を書くようだったのであわてて日本語で『ドイツの赤ちゃんが皆さんすくすくと元気に育ちますようお祈りしています。Keiko&Yoshikuni)』と書いて出した。会場の音楽は『天使にラブソングを』のウーピーゴールドヴァーグの雰囲気であった。私が興奮を抑えて拍手していると、地元の方があなたはカソリック、プロテスタント?と聞いてきたので困った。この答えはいつか。そして日本の演奏グループをYoutubeでよく聞くと言っていたけど、私はちょっとその話は分からなかった。何しろ若づくりしているけど難しいお年頃なのでね!

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2011/06/15

ドイツ旅日記・4《ニュルンベルグから再びミュンヘン》

ドイツ旅日記・4《ニュルンベルグから再びミュンヘン》
6/14
Doitu_n_hanaya1 ニュルンベルクからミュンヘンへ移動した。ニュルンベルグではホテルがすでにインターネットに繋がっているため、個人的に手続きしなくてもよかったので助かった。日本の情報を聞くことができたし、日頃のお気に入りのブログを見て、また違う感慨や日本の現状を自分なりに海外にいる立場で考えることができた。HOTSPOTは手続きすれば使えるがやめて置いた。今日は移動の際にニュルンベルクの駅で列車を待ったのだが、その時に5才の男の子のお母さんと話をした。地震に関してと原発の日本の空気について聞かれた。心配ではあるがそこを離れることができない。一応横浜は300キロ離れていると話す。地震は約1ヶ月は毎日のように横浜でも揺れたと。もっと言いたいこともあったが、言えないでいた。英語力が不足していた。

日本では中央集権で、東京に集中しているが、ドイツは地方分権で一つの都市で何かが起きても、対応が取りやすい。日本は政治が一党独裁的な政治が長く続いていたので、民主主義がうまく育っていない。北朝鮮とは違うが政治的エリートたちが都合よく仕組んで来た社会だ。それに反対する力・学生運動もあったが、会社や家庭を築くためにその力が注がれて社会への批判が薄れたと思う。土地はドイツより少し大きいが平らかな土地が少ない。住んで居るものの感触を海外から眺めれば、魚を食べて縦に長い国で民度は優秀かもしれないが国際感覚は上手には育っていない。でも私はこの国は好きで、京都や奈良の寺院仏閣も街並みも好きだ。だからそれを打ち捨ててることはできない。これからも帰ってから日本が良くなるように老いの一徹をキンコンカンと揮うつもりだと。ドイツ語や英語で言えたら良いんだけれど!ハイネケン!

6/15
ミュンヘンの後半戦の朝食をとる。行きと同じホテル・ゲルマニアだ。ニシンのピクルス入りは絶品だ。横浜に帰って生協のしめ鯖で実験しよう。中にいれるのはキュウリだけでも良い。紫玉ねぎを薄くスライスして散らそう。しっかり巻いて楊枝で止めて冷蔵庫に入れて冷やしてからテーブルに出そう。
これからバラの花を一輪描いてから出かけよう。今日がミュンヘン最後の日だ。今まさに『またドイツに来られるかしら?』アウフビーダーゼン症候群(私の造語)になりかかっている。
買い物をして戻ってからHOTSPOTの手続きをする。こう言うことは苦手なのですが、横浜にもどってからは時間がないので今しておこうとがんばりました。
明日はミュンヘンから戻ります。無事戻れますように!日本のみんなに会いたい!
いつも言っているように旅先ではiPadで記事の更新をしているため写真が載せられません。横浜に戻ってからからね! 

(6/20追記)本日やっと写真を添付しています。また本文も旅先での興奮の中でのアップのためかなり誤字脱字があり、訂正付け加えしました。

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2011/06/11

ニュルンベルクより第一報

ニュルンベルクに着きました。ガストホフ、いわゆる旅籠です。インターネットにも繋がり、今iPadに取り敢えずのドイツの印象を載せたいと思います。行く所々で日本のことを応援している雰囲気が感じられます。ドイツ語はダンケシェーンとグーテンモルゲン、グーテンアベント、グーテライゼ、アイン、ツバインぐらいしか話せないけれど、何となくわかっちゃう。
今着いた旅籠はエルクです。良い絵が描けそうです。ミュンヘン、ヴァッサーブルグと来てまたもやドイツの底力、国力のすごさを感じています。でも今回も私は心の背中に日本の日の丸のゼッケンを付けている。来てよかったと思っている。

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2011/06/01

デッサンの意味を少しだけ

今日の課題は無機的なもののデッサンをした。それはプロダクトデザイナーになって、新製品を作る時に必要な絵なのだと話す。物の形を説明しなければならない時に描く絵だと話す。子ども風に話す。そして今日も相変わらず外が暗いので写真をいろいろ操作した。タケシ君とリサちゃんがデッサンでありながら個性的な作品になった。マナミちゃんが新しい表現になりかかったのでそれを推し進めたかったが、本人は意味が分からないと言ってストップしたのは残念だけど、いつか出るものならば出てくる芽でしょう。ヒナタちゃんが絵を描きながら疲れていたのに教室の中ではどんどん元気になって行ったのはうれしかった。作品も始めより強くなっていった。今日は時間が切迫しているのでここまでです。

Momoka

HinataManami                                                 

左からモモカ、ヒナタ、マナミ。

NamiReinaTakeshi

左からナミ、レイナ、タケシ。

RihoRikoTomoya

左からリホ、リコ、トモヤ。

RisaRin 左からリサ、リン 

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