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2011/06/19

ドイツ旅日記・2《ヴァッサーブルグ》

ドイツ旅日記・2《ヴァッサーブルグ》
6/6
Doitu_w_makiDoitu_w_haka 今日はヴァッサーブルグのに行って地図をもらい、市庁舎裏を散策、裏の小道を見ながら写生する。そのあと墓地に行く。真新しい掘り立ての墓地や、花が飾ったばかりの賑やかなものもある。前から墓地にある植物の名前が知りたかったので墓地掃除のお婆さんに聞いた。ブツカスバウム(Buchsbaum)と言って、スケッチブックに書いてもらった。どこのお墓にもあり、お墓だけでなく店の前に丸く刈られておかれていたりする。清らかになるような気がする匂いがする。悪い匂いじゃない。噴水が面白い彫刻物から出ている。小道があり脇に壁がある透視図的な書き方ができる場所があった。そこに座ってペンで描き始める。できるだけ細い線が描けるのは絵を描く可能性を広げる事ができ、子供たちに中には細かい書き方をしたくないときがあり、極細のペンも必要なアイテムかもしれない。川沿いを歩いて自然観察と教会を遠くから眺める。川が氾濫した時の水位を記した場所には1800年代ばかりだったが、橋の反対側に又記録があり、それは2005年に飛び抜けて高い水位になっていた。バラの花を買ってホテルに戻る。その後雷が激しく雨も風も吹き荒れた。夕食を食べる頃には静かになった。

6/8(水)                                                    Doitu_w_eco2 Doitu_w_hansamu 今日は深い川霧が立ち込めている。朝食前に芳州さんは撮影。幻想的な風景が撮れたのではないだろうか。朝食のジャムが手作りなのが良い。次女からのメールでハンブルグ中心の食中毒はもやしが原因と教えてもらう。キュウリが原因というのは構造的に違う気がしていた。やはり日本でカイワレが原因となったことがある。それに似た肥料が原因なのかもしれない。街はやはりミュンヘンよりきれいだ。今日は午前中川沿いに歩く。彫刻がたくさん自然に展示してある。街に戻ろうとすると高校らしき建物の壁がロッククライミング用になっている。何の学校かと思うと職業学校だった。教室と教室をつなぐ渡り廊下もガラス張りだった。デザインが素晴らしい。そばには幼稚園、小学校、中学校、高校とあり、環境もよくきめ細かい教育環境が整っていると感じた。まあ通訳もなく私の勘ですが。小道を山側に歩いて街で一番古い教会堂に行った。ヴァッサーブルグの資料館に行く。蝋燭の作り方などを見るとこれが一番のエコと思う。4階まである資料や先祖代々の家系図や家族の絵が興味をそそられた。

6/9 (木)Doitu_w_bebika                                                  Doitu_w_bebika2 本屋で、『ドイツの家の歴史』 というような本を探す。あとりえの子供たちに見さ せてあげたい。夕方は雨も降ってきて川の水も増してきた。 街の中にテイクアウトできる食堂があり、そこで、早稲田大学出身というドイツ女性が買い物に来ていた。流暢な日本語で、神戸にも行っていたという。赤ちゃんをおんぶしていた。おんぶは日本の旧式であった。またこちらでは赤ちゃんのベビーカーが地面から高くなっている。そうかと思うと低い位置の荷物入れに子供を載せている。追いかけて写真を撮らせてもらう。他にも自転車につける子供用のキャリーカーなど発想が自由なものがたくさんある、さすが自動車大国ドイツの自転車の位置づけだと思う。                                                                                                        

Doitu_w_kyoukai 私たちのホテルの前にはイン川が流れ、その向こうには削られて残Doitu_w_isu っている山がある。今日はその山に登る事にした。この街を見て絵を描き始める。私が芳州さんを待たす事よりは私が待たされる方が多い。性格的に待つ間にする事があるので成り立っている夫婦のバランスだ。スケールでなく天秤棒でそれを測ったらもうとうの昔に壊れている。夫婦は沢山のバランスが取れる天秤棒をもっていると続くんじゃないだろうかと思う。Doitu_w_rihomama_2

Doitu_w_bier

左はホテル・パウラナーのレストラン右は私たちの泊った4階のフロアに飾ってあった絵画。なぜか、リホちゃんママに似ていたので、写真を撮った。

6/10(金)
今回のドイツ旅行は少しの躊躇と後ろめたさを感じながら来たのではあるが、前にも言ったように、私たち夫婦が中年以降に人生の方針を決めた事を粛々と実行していると言う事だ。ヴァッサーブルグの駅に着いたが2時間待つと言う。結局エヴァースブルグ、グラフィングを経てミュンヘンまで行く方法で良いのだろう。とにかく9時半から11時まで待つと言うことだ11:08 グラフィング、ミュンヘン到着12:05
ニュルンベルク行きの手続き、ICEで100ユーロ、席の取り方がわからない。また大きな荷物を上の棚に皆あげてしまう。下ろす時が大変だが、女性もそうしている。駅で列車の待ち時間にトルコ人の人に会う。地震が大変だったでしょう。日本人は我慢強いと言っていた。
ニュルンベルグに着いた、すごい町だ。城壁が駅からの道沿いにあった。着いたホテルもほっとする感じ。夕食はこの下のレストランで食す。ビールとワイン、アスパラのスープ(細かく切ったアスパラに甘い生クリームがのっていた)アスパラのサラダ、とても美味しかった。個人旅行は移動が大変、気を使う。添乗員さんご苦労様です。(#^.^#) 添乗員さんは芳州さんです。はい。

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