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2011年7月の記事

2011/07/30

バケツの水

Kawa11natu 激しい雨が降り始めた。土砂降りだ。
昨日鹿に入られた柵を直し、ベランダ回りを整えた。ここは千曲川の源流であり、信濃川の源流でもある。この様な土砂降りは下流での水位の上昇になり、とても危険だ。我が山小屋の開放されたベランダにはテント用のシートを張ってあり、普通は強い太陽の日差しを抑えるためのものだ。雨が降ると水が溜まりが下に置いたバケツに徐々に入るようになっている。今日は5分もしない内に水が一杯になってしまう。こんな時は鹿たちは森の中でどの様に過ごすのだろう。清里大橋近くの牧草地には姿を見かけなかった。
そういえばその近くの、フラワー・フォー・レナが開店していた。高原の花屋さんだ。カサブランカ(百合)ともう一つ花束を買ってきた。ガラスの水入れに入れると品がある風情だ。名前を忘れたのであとでメールして聞いてみよう。最近は次々と新しい植物が出て来て名前をなかなか覚えられない。バケツの水と一緒で許容量を超えてしまったのかもしれない。

追記: フラワーフォーレナで買った花束は初雪草でした。新しいホームページができていて写真を見るだけでも楽しい。電話をして聞くと、結婚式のブーケもあるようです。近いうちに利用するとお店のお兄さんに伝えました。がんばってほしいです。

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虫の歓迎

昨夜はニュースで取り上げられるほど、福島と新潟で豪雨となっていた。ここ、長野の川上村も雨樋から雨水がドウと流れて、通路に敷いた木のチップが流されていた。今朝も時折雨が降って来て愛犬とのお散歩はお預けだ。畑の真ん中に生えていたコオニユリは、芳州先生が幸運にも撮影していたが、昨夜鹿のデイナーになったようだ。ハーブ用のレンガで仕切ったところに デイルの種を蒔いて5センチほどになっていたが踏まれている。今年は蝉も少なく、こちらも寒いくらいだ。一昨日は灯りに集まった虫や蛾の中にクワガタのオスが混じっていた。玄関の脇の木の節目にスズメバチがセッセと巣を作り始めたようで、7メートル噴射のハチアブ撃射が欠かせない。『もっと山奥に作ってよ』とスズメバチに言っても人が出入りするところが良いらしい。朝起きて雨戸を開けると羽蟻がうろついている。蟻除けスプレーを撒いて退治するけど、その度にぞぞっとする。昔より女性ホルモンが増えたのだろうか、そんな訳はないと思うが、おしとやかにそう思いたい。山に来ると歓迎、非歓迎を問わず 虫や動物とよく出会う。

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2011/07/22

ミュンヘンのドア・リースを作る

今回は、ドイツの東急ハンズともいえるミュンヘンのカウト・ブリンガー(KAUT-BULLINGER)で調達した素材でドアリースを作った。ミュンヘンのマルクトでは花屋のテントの周りにこのリースがたくさん飾り売られている。私はどれも欲しくなってしまうほどバラエティ―に富んでいる。

Doakazari_010Doakazari_reina2 左はタケシとレイナ。

窓辺に花を飾ってあるのは外を歩く人への優しさを感じる。そして玄関に飾ってあるドアリースは訪問して来る人に『どうぞ、いらっしやいませ』という歓迎のしるしを表す。ラベンダーや、シナモンステイック、バニラの皮は良い匂いを振りまいている。

ところが子どもたちはこの匂いを理解できなかった。臭いという。国民性もあるし、子供の年の若さもある。ちょっと残念なところもあった。

Doakazari_rikoDoakazari_risaDoakazari_tomoya 左はリコ、リサ、トモヤ。

けれどちょうど女子のワールドカップサッカーがドイツで開かれて、日本の≪なでしこJapan≫が優勝した時にお絵かき教室『あとりえ・チビッコ』でドアリースを作ったことは心に残る思い出になったことでしょう。今回は欠席が多く、出席者だけブログにアップしました。夏休み中にフォローしますね。

いつか、子供たちがドイツの地に行くことがあったら思い出してくれることでしょう。まったく模倣ではありませんが、似た感じを作ったのです。こうして異文化を理解させたいし、理解せねばならない。

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2011/07/14

三原色で描く夏野菜

Natuyasai_momoka_2Natuyasai_risaNatuyasai_hinata 左からモモカ、リサ、ヒナタ。

赤、青、黄の三原色は『絵の具の三原色』と言われ、すべての色彩の元になっている。今日はそれで、夏の野菜を3色だけで描くことをする。また、その色が混ぜ切らない途中の美しさも描くと言う設定で進める。野菜のデッサンはラフでも良いと言って進める。色彩だけはパレットで混ぜ切らぬようにという。

Natuyasai_manamiNatuyasai_namiNatuyasai_nami2 左からマナミ、ナミ、ナミのおまけ。

夏野菜は三原色で描きやすい色彩が多い、またナスやキュウリなどの色が露地物の力強い色で出来ているために、私はよくこの時期に選ぶ課題だ。何年か長くいる子たちのスケッチブックを覗いてみるとその成長が分かることにもなる。

Natuyasai_rihoNatuyasai_reinaNatuyasai_riko

左からリホ、レイナ、リコ。

ブログ上で見ると、どれも同じに見えるのだが、子どもたちはそれぞれこだわって念を入れて描いていることもあり、このページに来た方は大きくクリックして見てほしい。

Natuyasai_takesiNatuyasai_tomoyaNatuyasai_rin  左からタケシ、トモヤ、リン。

節電の夏ではあるが、学校と家を行き来してきた子たちには天然水とエアコンの効いた部屋を用意して描かしている。もちろん28度の設定だけど。 夏休みのアトリエは午前中に来てもらい、楽しい思い出づくりをしたい。このような食材はケンタが上手だった。それは食いしん坊がうまく描く。今回は食いしん坊ではなさそうだけどリコとマナミ、リン、そして食いしん坊のリサが上手に描けたと思う。どの子もカボチャの切断面を描いていなかったので指摘した。

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2011/07/11

ホタル@百聞は一見に如かず

昨夜は準備をして、ホタルを鑑賞してきた。鑑賞と言っても私と芳州先生2人だけでの鑑賞会だった。本当にいるだろうかとか、いつから光り始めるかと疑心暗鬼でもあったが、7時50分ぐらいからそのホタルのショーは始まった。その前から、芳州先生は『アッ光った』とか言って私を脅かしていたので、本当に光り始めたらしい時は嘘じゃないかと疑った。だがその方向にはまさに光が点滅していた。光は小海線の線路の中にまで入って行く。二匹が呼応しあっている。妙に一匹は私の方にどんどん近づいて来た。まるでお話をするように。魂のように感じた。Twitterで書いたが本日で東日本大震災から4カ月経った。そして13日は仏教のお盆の入りになる。ご先祖と震災の犠牲者の分を合わせて供養しようと思う。
拙い短歌ではありますが、旅歌ノートを又直して。
『 梅雨明けて ホタル漂う 草むらに
甘き酒湧く 佐久の酒蔵 』
写真は予想通り上手には撮れなかった。携帯のビデオで撮ったので子供たちには見せられるけれど、きっと下手って言うでしょうね。
百聞は一見に如かず! この時期にしか見られないホタルは一見も二見も見る価値があると思ったのでした。

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2011/07/10

夏空と雷鳴と螢

昨日、梅雨明けしたという。長野なう。朝10時ぐらいからもくもくと積乱雲が湧いている。 暗くなったかと思うと急に目がチカチカするほどに太陽が射してくる。そして大粒の雨が熱くなったベランダの木に染み込んで行く。緑の白樺を背景にして鋭い茶色の物体が通り過ぎた。もう一度何かと思って目を凝らしていると、何と大きなスズメバチ。隣の家の軒にできていた巣は今年取り払われている。ベランダ工事の作業をしている大工さんが取ったのだろう。我が山小屋の軒下にできないようにお祈りしないといけなくなりそうだ。ギラギラした太陽。室内の気温は25度だ。正真正銘の夏が来た。
今夕はもしかすると、まだいるかもしれない螢を見物に佐久穂まで行く。時折雷鳴がゴロゴロとなる。ココは怖がって私の膝に乗ったきりだ。私の好きな夏が来た。(iPadで更新のため画像なし。皆様の想像力の豊かさをお祈りします。虫愛ずる姫だけど、今回は螢は捕まえて来ないから安心してね)

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2011/07/07

ルバーブジャム@津久井湖観光センター

Jamu_001

長野の畑の様子を見に行ったのだが、鹿は畑にも庭にも入ってはいなかった。去年お婿さんと庭の周りを針金で一緒に囲んだが、少しだけゆるい場所があって入られてしまっていた。その後またその上に針金をかけていった。その結果今年の初夏までは入られていない。

だがしかし今回夕方7時ごろに山小屋に着くと行き止まりの道路を二頭の鹿が横切った。そして食事を始める時間には外で警戒の声を発していた。翌朝見廻ると、またしても敷地の周りには足跡があり、庭に生えているギボシなどを食べたそうにしてる鹿が容易に想像できるほどに踏み固められていた。危ないぞ!そこで私は帰りがけに以前購入した長いポールをフェンスの補強にするために、また刺して帰ってきた。今年のギボシは葉は繁っているが、花の咲く茎はまだ立ち上がっていない。あの大きな葉が繁って太陽の力で栄養が行き渡ってこそ、茎が伸び花がつくのだから。

鹿とのコンクラーベだ。煙突から白い煙を出そうか? 畑はまた一層ネットやポールを高くしたので全く入られていなかったが、撒く種と収穫の時期が合わないために赤カブは木質化し、ルッコラは高く伸びていたが、かろうじて葉は柔らかいので食べられた。夏に向けて草をむしり畑の土を耕し種をまいた。これからはハーブ園風のレイアウトにしようかと考えている。昔のように大根を何十本も作るようなことはしないだろう。そんなわけで私は忙しくコマネズミのように動き回っていたので、今回は写真が撮れていない。少しだけ、永住しているKさん夫妻のお庭でお茶に誘われて、楽しい植物のお話を聞いたのがのんびりした時間でした。家の中や外でエコを楽しくやっている。

帰りの津久井湖観光センターではルバーブがあったので家に戻りジャムを作った。また今年は梅干は辞めようと思っていたが梅も半額になっていたので戻り、塩に漬けた。こうして、≪田園の誘惑≫は山小屋と都会を結ぶいたるところで私を誘っている。

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アサリの紋様

Asari_manamiAsari_namiAsari_reina アサリの紋様を拡大して模写するという課題をした。こういう作業は≪絵を描く≫というよりは中学の生物の時間に顕微鏡のプレパラートに入れた組織を見て模写した感覚に似ている。左からマナミ、ナミ、レイナ。

Asari_rikoAsari_takeshiAsari_risa 私は以前も書いたがそういう生物や化学の授業が好きだった。中学のお友だち今は亡き水谷寿美子も今も元気だと思う清水倫子もその授業に燃える仲間だった。この手の学校での話を始めると芳州さんと話が合う。芳州さんは高校(上野高校)の生物クラブでカエルの解剖をした後、そのカエルを先輩がバーナーで焼いて食べたということを話している。私は理科実験が大好きだったけれどその通りにやったつもりなのに結果が間違って出ることがよくあった。理科の須藤先生には『あんたたち、なぬやってんのよ』(東北弁で)とよく言われたものです。あの碑文谷のトキワ松学園での懐かしい思い出だ。きっとアバウトな性格がそういう結果を導き出したのだろう。人生には大差ないと今も失敗を続けているのかもしれないが。上写真はリコ、タケシ、リサ。

Asari_momoka_2Asari_rinAsari_tomoyaそんなことを思い出してアサリの紋様を描くことをさせた。どの子もこういう指導をすると追い込まれてしっかりと観察をする。アサリの殻は同じものは2つとないという。自然の摂理の中にデザインの工夫やアイデアが隠されているかもしれないので、子供たちにはこういう課題をしておくと将来の目が養われると思う。CGクリエイタ―を夢見ているトモヤくんは、ピグマのペンで線を描いたところにアサリを置いてあったのがデザイン的に見えたので、そのまま小さいアサリでもでも良いと言うと、ラッキーとばかりにすぐそれを描く。今日はプールもあったので疲れているという。今日だけよ。でも実はデザインとして面白くなった。先生とトモヤの合作ということで。左からモモカ(縦位置)、リン、トモヤ。

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2011/07/02

アルファベットのデザイン

Dezain_a_momoka ドイツ、ミュンヘンのカウト・ブリンガーでアルファベットのハンコを買った。それを使い子供たちに自由に紙面をデザインさせた。一つ一つ判をした後にマーカーや蛍光ペンを使って着色しデザインさせた。自分の主張したいものを織り込んで考えなさいと言ったが、自然とできたものに色を考えて塗っていった。今回、学校行事で欠席者が多かったため補講をする。

Dezain_a_risaDezain_a_tomoyaDezain_a_takeshi                                         上はモモカ、下左からリサ、トモヤ、タケシ。

Dezain_a_rinDezain_a_rihoDezain_a_reina  左からリン、リホ、レイナ。

Dezain_a_namiDezain_a_manamiDezain_a_hinata左からナミ、マナミ、ヒナタ。一見すると皆同じように見えるが、子供たちは自分を主張している。そばにカーソルを持っていって大きくして鑑賞してほしい。レイナとモモカが今まででより優れた作品を仕上げたと思う。 

2,3日前にココと散歩していたら、携帯をしながらこれから高校に行くところというイマドキノ女の子と会う。なんだか二ーッとしている、こちらはお化粧もしていない顔で恥ずかしげに見つめると、何とカス!

『カスミちゃん?』 『先生!』久しぶりに会った。近所なのに全然会わなかった。なんだかパーマもかけてきれいになってビックリ。あのお絵描きに来ていた頃と変わりないまったりとした笑顔! このような言い方は良くないかもしれないが、あの頃の気持ちと変わりない。私とカス。こうして子供たちに久しぶりに会うと本当に昔の頃が蘇る。今教えている子たちとも、そういう関係になるのだろうが、中には控えめな子もいる。そうした子たちにはこちらはしつこいほど積極的になっていこう。

何しろ情操教育なのだから。まあちょっと理論的には違うと思うが。とにかくこれからあとりえチビッコ35周年に向けてがんばろう!皆、またパーテイーするからね! 最近アクセス数が少ないのでブログにも遊びに来て下さーい!

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2011/07/01

欧州の諺&花束を持つ人は素敵

Doitu_m_hanataba2Doitu_m_hanataba1_2  『一日だけ幸せでいたいならば、床屋にいけ。 一週間だけ幸せでいたいなら、車を買え。 一ヶ月だけ幸せでいたいなら、結婚をしろ。 一年だけ幸せでいたいなら、家を買え。 一生幸せでいたいなら、正直でいることだ。』西洋の諺にこのような成句があるという。

この諺は私も同意出来る。むしゃくしゃした時はすぐ美容院に行く。また、同様に車を運転して緑の多い所に行く。そして、特に一週間幸せになりたい時は花を買う。私は花束を買って、手に持っていると幸せであり、テーブルの花瓶に入れて飾っていると1週間は幸せだと思える。でも一か月だけの幸せを求めて結婚をしてはいけない。まあほとんどの人がそうは思わず結婚するのでしょうが、続くところ1か月止まりが結婚の幸せということなのかもしれないが。そんなことはありません。私たちは喧嘩もしながら一生幸せですと言えるように、結婚を続けている。そして家も買ったが1年だけの幸せではない。その家で憩い、その家で活動している。

一生幸せでいたいなら正直でいることだということは、すべてに通じている。結婚も家も、車も床屋も、常に正直でいれば幸せでいられることになる。正直とは何か?広辞苑によると ≪心が陰ひなたなくいつわりのないこと、かげひなたのないこと≫とある。公に問いて、どちらから見ても、誰から見ても同じくいつわりのないことということなのだろう。陰ひなたのないことは何で判るか?人前に出て我が身をさらすことなのだろうか。

 私の幸せの≪花束≫はドイツでは一番長い滞在をする街で買うことにしている。今回はヴァッサーブルグと、ニュルンベルグで買った。が一つは大きすぎる花束だったので、ヴォルビックのペットボトルを切って花瓶にした。街では花束を持っている人を見ると、その人が幸せだと思えて、私まで嬉しくなる。きっと花束を持っている人はその家庭に幸せな家族がいるのだと思う。中には奥さんのご機嫌を損ねないようにプレゼントする人もいるでしょうが。

ドイツの町ではマルクトと言い教会や市庁舎の前で市場が開かれ、花屋がたくさん店を開く。テント張りの露店はその店独特の花や花束を置いている。昨年フランスに行った時は、ドイツ人よりもフランス人の方が女性にたくさん花束をプレゼントするのではないかと期待していたが、マルクトが少なかったからか、花束を持つ人に逢うことも2回ほどで、良い写真は撮れなかった。今回はだいぶたくさんの人にあったが、花束を包装紙で覆ってしまうので見えなくてとても残念なのだ。

最上のミュンヘンでの写真の女性はかなり長い時間子どもたちを待たせて念入りにお花を選んでいた。大きな体格のご主人もそばで待っていて、私も待っていた。そして彼女は出てくると私と目が合って、大丈夫と思ったので、『写真撮っていいですか』と聞くと『どうぞ』って言ったので撮り始めた。するとすぐ子供二人を一緒に入れた。あとから私は『ママだけ』と日本語で言ったら、ママは笑った。子供たちの表情が変わった。そうよね。ずっと待たされたのだからママだけは許せないわよね。でもとてもすてきな人でした。幸せな様子が感じられました。

Doitu_n_hanataba_2_2Doitu_n_hanataba1Doitu_w_hanataba ニュルンベルグでは中年のご夫婦が2組いたので撮らせていただいた。一組は『じゃあ今度はあなたたちを撮るわよ』と言ってくれたので記念写真を撮ってもらった。花は人を幸せにする。

もう一人はヴァッサーブルグの男性だ。近くにお墓もあるけれど私は彼がガールフレンドに持っていく花束だと思いたい。お幸せに!そして私たちのグーテ・ライゼ(良い旅)は続いたのです。

以前書いた記事も紹介 ここ(花束を持つ男性は素敵)

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