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2012年3月の記事

2012/03/29

トリオ・ソナタの夕べ

昨夜は大倉山記念館で古楽器のコンサートに行った。今から6年位前に教えていた中山嵩一朗君から招待状が来たからだ。

Shuu_001_2   送られてきたパンフレットには詳細なことは書かれていなかった。会場に入って詳しい小冊子を読むと、彼、中山嵩一朗君の姉、元花ちゃんも名前が記されていた。そしてコンサートが始まると、この会の設立者である川名勇気さんがリコーダー、嵩一朗くんがバイオリンで登場した。この会の名はコンチェルトジョコーソ、古典楽器の会なのでした。そして『トリオソナタの夕べ』と題して、芳州さんが好きでよく聴いている雰囲気の音楽が続いたのです。クープランもコレッリもヘンデルもヴィバルデイもよく聞いている曲です。

私には古典楽器の奏でる音楽の素晴らしさも感動ではあったが、中山嵩一朗、元花(ハルカ)姉弟に会わなかった6年の間に、このように成長されて楽器を技術的に修得されていることに驚きもした。元花ちゃんは大きなチェロを弾いていた。そして私は希望が丘の八ツ橋幼稚園で絵画を教えていた時に、二人がピアノを連弾したことを思い出した。嵩一朗君は姉の元花ちゃんがいつもお母さんのように守っていると感じていた。あとりえに初めて来た時、お母さんは彼に手に職をつけてあげられたらと言っていたことなどを演奏を聞きながら思い出した。チェンバロ、ヴァイオリン、フルート、チェロ、リコーダーの演奏が記念館の音楽堂に響き、私はたっぷりと春の夜の旋律に魅了されていた。Shuu_002_2

そして、昨日は、やはり長いことあとりえチビッコに来ていた旧姓橋本和美ちゃんに駅近くで会った。姉弟の可愛いお子さんを連れて若いお母さんのまぶしさがあった。またいつも生協で会う、昔ママだったおばあちゃんも一緒で、すごい嬉しそうだった。
昨日は結局3人のあとりえチビッコOBに会った。皆、輝いていて私は嬉しかった。そうそうハルカちゃんのママは相変わらず美しく私は花束の中にサンダーソニアが入っていなかったが、お母さん自体がサンダーソニアだと思った。お父さんもとっても立派になられて嬉しそうだった。お子さんたちの成果はご両親の努力の賜物だとも気付いた。

これらは縁なのだな、と思った。そして、私は記念館の坂を下りながら『私の財産だわ!』と呟いていました。

練習スタジオはスタジオ・ユール
(大倉山記念館から10分ほどのところにあるスタジオとのことです。)
今回は昨年春に続き2回目です。昨年は行きそびれました。来年はホームページをよく見て予定したいと思います。
http://www.studio-jul.com/

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2012/03/26

マッキーと嵩一朗君

Hp 展覧会が終わってみるとこの三ヶ月間が結構緊張していたと気がつきました。19、20日と終わってからは片付けやいわきへのお墓参り、実家の母のご機嫌伺い兼、父のお墓参り、TSUTAYAのDVD探しと内田樹の哲学本を読み始めた。それはきっと二ヶ月はかかるだろうから、その合間に宇宙兄弟を1、2巻と読む。これから先は我慢しよう。内田樹のレヴィストロースを読み終わってからにしよう。何しろ私が本を広げているとすぐそばで誰かが『現象学って哲学の言葉ですごく難しいよ、(読めるの?)』とのたもうた。説明できるほどじゃなくても感覚的に読んで見せねば。

そして美容院に行く途中の車の中で、槇原敬之の『犬はアイスが大好きだ』という曲を聴いた。私はああなんてマッキーは良いんだろうと思い、そういえば、『世界に一つだけの花』もマッキーだけど、その歌が好きで絵を描きながら希望が丘の教室で一緒に歌った中山嵩一朗くんは今どうしているかしら?と思っていた。
そして美容院から戻ってきたら、何とポストに彼からの手紙がきていた。そういうことは私は結構良くあることなのですが。今回も不思議。そして手紙にはクラシックのコンサートの御招待が入っていた。3月28日大倉山記念館で6時開演(5:30会場)です。コンサートのチラシを載せておきます。お時間のある方は急ですがどうぞ。無料とのことです。私はちょっとした予定を変更して聴きにいきます。

因みに『犬はアイスが大好きだ』は
♪一人じめして食べるより分け合って食べる方が美味しく感じて不思議♪
というところが犬好きをコロっとさせる。うちのココの場合はアイスを"林檎"に変えて歌うのが正しいけど、そうすると、ニュアンスがだいぶ違ってきますね。

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2012/03/23

あとりえチビッコ展覧会講評

展覧会は無事終わりました。毎回同じことですが子供たちの作品を選ぶことが一番難しく迷うことです。
額縁をIKEAの大きなサイズにしたので今までの額縁屋の作品に差をつけてしまわないか、心配でしたが、なるべくパワフルな作品を選び、その点をクリアしました。

At2012a リンちゃんは高学年としての自画像を選び、それに続いてタケシ君も自画像を選びました。自画像は一番子供の主張を出しやすい。モモカちゃんは淡い色使いのパステルの静物画をえらびました。ヒナタちゃんは瓶の静物画を選びましたが、走る駆ける絵のキャラクターが可愛かったけどまだ一枚目で、個性と決めるには時間が必要と考え、静物画を選びました。ナミちゃんは初めに描いた野菜の絵が新鮮で他の子にない爽やかさがあったのですが、サイズが小さく、次に描くものに期待していたのですが、体調不良のようで、結局はじめに選んだ作品にしました。リホちゃんは不自由な体を感じさせない自分が描けていたので、それを選びました。しかもいつも自分を『莉歩』と言っているので作品名も莉歩。

At2012bAt2012e リコちゃんはものを見て描く静物画が得意だけれど、この靴は汚れも描いて、6年に進学する決意のようにも感じられる。トモヤ君は動きを書く絵の時に、人は描きたくないけどブタは描けると、可愛いキャラクターを描いた。リサちゃんはモチーフの周りを黒で囲む 描きかたが好きな子だ。それが表現として好きであり、そういう個性の持ち主だ。周りを囲ってしまうというのはバリアを築くのだろうか。現れていることがその通りの個性を表しているというわけではないが、見るものには強さが感じられる。レイナちゃんは以前のブログで発表した作品なので家族の方には新鮮さがなかったかもしれない。他にもいい作品がかけてはいたが、会場にどうしても出したい作品だったので選んだ。マナミちゃんはバレエシューズを描いた。周りが空きすぎたので以前書いたバレエをしている舞台の絵をプラスした。色彩がこの頃のマナミちゃんを感じさせる。淡いピンクや濃いピンクで、入ったばかりの頃の絵から考えれば、すごい進歩になっている。落ち着いて集中できている感じだ。ヒロト君は、絵を描くよりは動き回っている方が好きだと思うが、少しづつ机に向かって手を動かすことの楽しさをわかり始めたようだ。興味 の勝負かもしれない。

At2012f_2At2012hAt2012i トモヤ君がそばで良いお手本となってくれているのかもしれない。アサミちゃんは小さいながら自分を持っている子だ。この四月から一年生になるのだが、入った時からやる気がいっぱい。

あとりえチビッコでは自分を持てるように絵を通して指導しているので、はじめからそのような気持ちがある子には材料をいろいろ出して反応をみれば個性の抽出もしやすいのかもしれない。だが、今まででもこれからもそうだがこちらが期待しすぎたり、周りがそれを囃し立ててなんだかしぼんでしまったこともあったようなこともある。心して指導しないといけない。

At2012g すおみ先生が西船橋で教えている教室の小作品も展示しました。

今回 二年以上在籍者の表彰をしたのだけれど、リサちゃんの時に胸が詰まってしまった。そして、モモちゃんがサヨナラの時に目が潤んでいた。別れは辛い、と言ったって大倉山の商店街で会うこともあるから。

色彩のその子らしさ、線描のその子らしさを子供と一緒に探すのだけど、私の指導に時には反発し時には同意して進むしかない。指導者としてはそのAt2012cお互いの底流に信頼があってこそ、目的は遂げられるのだと思う。

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2012/03/21

あとりえチビッコ展について

『あとりえチビッコ展2012』 子供たちは2012年1月から展覧会用に作品を描きはじめ、約9枚の作品の中から4作品を選び、ここに展示しました。大きな額にはそのお子さんがよく感じられる作品を選びました。小さな額の作品は抽象画を選びました。うち、トモヤ君とヒロト君、アスミちゃんの3人は具象画が個性を感じる作品だったので、皆と違っています。スクラッチ画は全員楽しんで描きました。二人絵コミュニケーション画では友だちが描いた絵の続きを描くということに予想外の問題を解く楽しみがあったようです。 在籍2年以上のお子さんが会場に来た時に表彰式をします。ご褒美は銀のスプーンです。実家の父が私に残してくれたスプーンです。銀のスプーンは幸せになると言われています。また、今年の6年生までの在籍者はモモカちゃんとリサちゃんです。2人は4月から中学に行きます。

2012年3月20日       あとりえチビッコ 豊田惠子

  •    リン     『私』                         5年生
  • ★ タケシ  『ぼく』                        2年生
  • ★ モモカ   『パスタ』                     6年生  
  • ★ ヒナタ  『ビンのある静物画』     5年生
  • ★  ナミ    『春の野菜』               4年生
  • ★ リホ    『莉歩』                        5年生
  • ★ リサ     『ジュースとジャム』        6年生
  • ★  レイナ   『ピアノを弾く私』           3年生
  • ★ リコ       『私の靴』                    5年生
  •     アスミ   『ひとりでがんばってかいた』  幼稚園年長
  • ★ トモヤ    『走る、飛ぶ、はねる』    5年生
  • ★  マナミ   『バレエシューズの夢』  5年生
  •    ヒロト      『ぼくと雪』                   幼稚園年長

★印の方は2年以上の表彰者     学年は2012年3月現在のものです。 会場の写真はのちほど。

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2012/03/19

あとりえチビッコ展2012

あとりえチビッコ展2012
『二人絵 コミュニケーション絵画』

3月19日、20日
am10:00~16:00
自宅にて開催しています。

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2012/03/10

鎌田實と松川烈(きよし)とエトセトラ

明日で東日本大震災から一年が経ちます。
ここに東日本大震災で亡くなられた方々《 15854人》行方不明者《3167人》のご冥福を祈り、被災された方々の物質的な回復や精神的な快復をお祈りしたいと想います。(数字は2012・3・9現在)

小学校の同級生に松川烈くんという男の子がいた。彼は二十歳の時に剣岳で滑落遭難し亡くなった。小学校卒業の時から会わずに亡くなったから《男の子》だった記憶しか無い。そのことは2年前のこのブログに『点の記を二度観て』で書いている。私が何故そのことを今日書くのかの理由はこうである。
鎌田實の『八ヶ岳山麓日記』をよく見ている。鎌田先生が東京医科歯科大学出身で松川君より多分1年後輩に当たることを以前知った。そして鎌田先生は今回の地震や原発事故に対して被災地に医療の救援隊を派遣し、お風呂のプロジェクトもし、ブログでは放射性物質に対する考え方や被災地の状況を報告してくださり、不安になる気持ちに映画の新作紹介などを交え、みんなの不安を分かってくれた。日本政府の言っていることが信じられない不信感が漂う中、医師としてこの一年、明るく道を照らしてくださった。
私は同じ時期に同じ場所で学んだ人が一人は20歳で命を落とし、一人は本来の目的であった医師として60有余年働いて、人の命を救い、今回の原発事故では今までのチェルノブイリでの研究を生かす行動に出ている。たくさんの仕事をしてくれた。何という人の命というものは尊いものなのだろうという思いが湧き出てきている。、今こうして鎌田實という人を知ってまた新たに、私の小学校の同級生松川烈君に思いが繋がっている。彼だって、生きていたらきっと、いろんな事ができたはずだ。町の歯科医になって、子供たちの歯の矯正をしていたかもしれない。そしてあの津波に飲まれて亡くなった子供や親や祖父母の多大な損失を思う。経済や損得の問題ではない。
東日本大震災で亡くなった人、特に子供たちの生命の尊さ、生命の重さへと考えが思い至る。あの津波の情景は日本人として、いや、地球人として忘れられない光景だ。残された人の中には『亡くなった人の分まで生きて働きたい』と思っていることだろう。震災にあった子供たちはまだそのようには考えられないかもしれない。でもこれから生きていくうちに、人生の節々でそれを感じるのではないだろうか。
こうして東日本大震災以降、多くの事が変わってしまったことも在るような気がする。もう一年経ったのだからと考えるべきかもしれないが、同じ日本人として修復できない気持ちも残る。いつまで経ったとしてもリセットは出来ない。
だが、私は小さい子供のための造形教室をしている、この波乱を含んだ時代に生きる子供たちのため放射能でも津波でもイジメでも、どんと来い! と心だけは構えている。……と言っていたのは3・11以前の私だ。ガックンチョ!  今は我が身の無力さを知った。それでも、頑張らなきゃならない。それには日本人として知力こそ大切な力のような気がする。まあそれにもいろいろ限界はあるのですがね。それこそ、死んだ人の分も生きないといけないのだから。
頑張らない生き方もあるけれど、頑張る頑張るって言って、現状維持で生きる生き方がある。もしかしたらそうやっていて、何か掴めるかもしれない。何しろ人生はTo be continueなのです。

もう一言、東北の復旧活動をする政府にはより一層スピーデイーにやって貰いたい! もう一年も経ったのだから。日本のプライドにかけて! (一部記事を削除しました)

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