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2012年4月の記事

2012/04/30

カーネーションのフラワーアレンジ

Hahanohi_002

少し早めに母の日の工作をした。カーネーションは生花(なまばな)を使うとこの時期は異常に高いことと、永久には残らない。ところが東急ハンズに造花のカーネーションと桜が生花以上に生き生きとしていたので、それを使ってアレンジをすることにした。アレンジの後にお母さんへのメッセージをカードに書くこともした。皆で造りながら一人っ子の子たちは兄弟姉妹のような感覚もあったのではないだろうか。

Hahanohi_001

Hahanohi_004 早く来て、集中して作っていった子は写真に載っていません。


記事は長野にて更新。私はこれから長靴をはいて麦わら帽をかぶり、畑の仕事をします。
皆さん、連休は事故にあわぬように気を付けて、楽しい時間を過ごして下さいね。

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2012/04/23

ツイッターを始めて2年が経った

昨日は工作の材料や指導の準備ができて、日曜日だからとテレビをつけるとBS fox238では『ビヨンドサイレンス』(ドイツ映画)をやっていた。いつもだとやっていないチャンネルだと思っていたが、インターネットで調べると9月30日まで無料だそうだ。
主人公のララは両親が聾唖者で、小さい時から手話で親のために通訳をしている。父の姉がクラリネット奏者で、ララに教えてくれるが、父親はなぜか避けている。学校を通してクラリネットを演奏するうち先生も認めてくれ、才能は徐々に開花して行く。ここにも父とその姉がほんの少しのことから仲違いになる。人生のボタンの掛け違いが出てくる。才能が開花するまでのプロセスがドイツの田舎を舞台に、クリスマスの情景や家族の関係が縦糸と横糸で織られている。学校の先生の言葉、「カラスは群れるが、ワシは一羽で飛ぶ」が印象的だった。また数年前に私たちが行ったランズベルグに似た山路が写っていた。ランズベルグはヒットラーが拘留された場所だ。道の脇にマリア像があって木々の間から教会の尖塔が見える。他にも似たようなところはあるかもしれないが、気になる。
ドイツ好きの私には堪らない映画だった。最後は感動の涙。

そしてブログの解析から、二年前の誕生日にツイッターを始めたと書いていたことを思い出した。きっこのブログのきっこさんがツイッターで子供達の作品を紹介してくれていたとあった。もう忘れていた。とりあえずツイッターも大切なツールとして書き込んで行こうと思う。
そして、今日ツイッターで小さな詩を書いてみた。

何処からかバイオリンの音が聞こえて、焼き魚の匂いもする。
シトシトと雨の落ちる音もして、辺りに霧が漂い始めた。
目をつぶれば、パリのアパルトマンと思えなくもない。
咲きすぎた黄色いパンジーがにっこり笑っている。

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2012/04/20

馬頭琴を聴いて描く@イラナ

Gsen_hirotoGsen_asumiGsen_manami左からヒロト、アスミ、マナミ。

Gsen_reinaGsen_rihoGsen_riko   

左からレイナ、リホ、リコ。

Gsen_rinGsen_takeshiGsen_tomoya

左からリン、タケシ、トモヤ。

今回はモンゴルの女性馬頭琴奏者イラナの『G線上のアリア』を聴いて絵を描かせた。馬頭琴の奏でるアースカラーな感じを子供たちはどのように描くかと想像し、太いマーカーでラインを描かせ、その後細いマーカーまたはク―ピーで面を塗り自分のイメージを表現させた。同じアジアに住む女性奏者の演奏だからか、心にしっくりするものがあった。導入部分は私の15%程描いた作品を見せて教えた。子供たちは自分を上手に表現できたと思う。

このような指導の際に以前は芳州先生に選曲してもらい、レコード、CDをカセットに入れてもらい、コンポを持ち歩き、作業に手間取ったが今ではipadで自宅に居ながら選曲を自由にでき、購入も速やかにできる。今回はG線上のアリアのほかに6曲入り、600円だった。昔レコードからCDに変わりつつあった時には「音がね」という声も聞かれたが、本当の鑑賞者には不満もあるのだろうけれど、このような作業の時には十分なツールだと思う。ipad一つですべての作業が出来てしまう。

今回のような音楽を聴かせて描く時にはピアノやバイオリンをしていたりすると、その音楽の成り立ちが理解できてそれを表現しようとする子がいるが、今回はそうとも言えなかった。子供たちを知っていると描けた作品はどれも良いと思うし、苦しまずに楽しく描ければ、バックグランドミュージックとしていつでも聴かせてあげたい。

下記はEmi MUSIC JAPANのイラナさんの紹介文

イラナは198721日、中国の内モンゴル自治区東部に広がるホルチン地方の大草原で生まれた。幼い時期を遊牧民族とともに暮らす。5歳の時に蘭州の両親の元に移り住み、6歳で馬頭琴を始める。女性の奏者がほとんどいなかった馬頭琴奏者の中でも めきめきと頭角をあらわし、10歳のとき蘭州青少年音楽コンクールで優勝。2001年、舞踊家である母、歌手である叔母と一緒に住む為、来日。2004年、初レコーディング。アジアの女性アーティストを集めた CDASIAN MUSE亜細亜的女神」(EMI)に参加。 20054月、コロムビアミュージックエンタテインメントより、アルバム「美麗的大草原」でCDデビュー。2007年春、角川映画「蒼き狼」サントラ収録のため、イメージソング「エターナル・ホライズン」を録音。マレーシア国際音楽祭に出演、オーケストラと共演を果たす。内モンゴル60周年記念式典で、6万人の前で演奏をする。

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2012/04/19

鯛とウマズラハギを描く

Sakana_asumiSakana_hirotoSakana_manami_2

写真は左からアスミ、ヒロト、マナミ。

Sakana_rihoSakana_reina_2Sakana_riko

左からリホ、レイナ、リコ。

Sakana_rinSakana_takeshiSakana_tomoya2

左からリン、タケシ、トモヤ 。

新学期初めての作品。鯛とウマズラハギを観察してから描く。ヒロトとアスミは1年生。菜の花をそばに置いて描かす。タケシの菜の花は力強い。リコのウマズラハギはとぼけた顔だ。リコは塾の時間が別の日になったのでゆったりと描いている。作品にもそれが感じられて、楽しくなった。

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2012/04/18

業務連絡 @先週の作品について

4月第一週の作品は子供たちの指導を集中して行ったため、デジカメを撮りませんでした。本日写真を撮り、今週中にブログにアップします。
なお、展覧会の作品はまとめてありますので、天気の良い時に取りにきてください。

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2012/04/15

春の森の中での庭仕事

一昨日、こちらに来て農作業をしようと家の周囲を見回っていて、ギャーと叫び声をあげてしまった。フクロウが網にかかっていた。どこが顔なのか分からないので後ろに回って見ると、黄色の嘴が見え、目が濁っていたが丸かった。体を他の動物に噛まれてしまっているのかもしれないが、ハエが飛び回り確認する余裕がなかった。そばに急いで穴を掘って、絡まった網をハサミで切り体を穴に落とした。そっと土をかけ、軽く押しレンガを二つ載せた。南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経と唱えた。予想外のことに驚き、可哀想なことをしたと思った。散らばった羽根がフワフワと漂い枯葉に混じり、その辺り一帯の土が出て末期の地団駄がどれほどだったかと気づかせられた。鹿よけ網を考え直さないといけない。
昨日は遠くの畑のブルドーザーらしき音を聞きながら、畑の杭が霜で曲がってしまったものを直した。秋に伸びた草を刈りススキを刈り、夕べの雲が垂れ込めてきた時には畑の中に大きな穴を掘りそこにはいるだけの草をいれて焚き火をした。周りに水を起き万全の注意を払ってした。今年は早めに耕し堆肥を鋤きこんでいい土にし、久しぶりにジャガイモを植える。メイクイーン3キロだ。でも土はまだ凍っているところがある。
昨日は相棒のお仕事で八王子までを往復し山小屋に戻った。
今日は庭のアプローチをやり直した。ハーブなどの庭の境界が冬の間、霜柱で土が盛り上がってしまったので、白樺の古い木材をどけ、ベランダを直した時の黒い材木を引っ張り出してアプローチに沿って置き、レンガを添わせて置くことで少しお洒落にした。私は10才ぐらいから庭仕事が好きで実家の庭の大きな石を移動しては庭を作り直していた。図面を書き、球根を植え、木を選定し、春夏秋冬、学校から戻ると庭にいた。今やっていることは10才の時と変わらない。そして2本の白樺を切った。今日は私のお誕生日なので、昔お友だちを招待した時のように夕食はカツにした。そういえばここで使っている食器は昔母が銀座の陶雅堂の頒布回で集めていたものだ。その当時と同じことをしたのだった。そして昼に長女からお誕生日のメールがあり、夕方次女からお誕生日おめでとうと電話があった。そしてみんなで東松山の動物園に言ったという。お手製のお弁当を持って! 私にはプレゼントはなかったけれど、皆が仲良くしていることがプレゼントだと思う。本当にそう思う。

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2012/04/09

正人君とあかねちゃん

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Masato_akane_003Masato_akane_002                               写真は小川正人君1988年の展覧会場での写真と小4の時の作品『ザリガニ』保刈あかねちゃんの1994,96年の小3の時の『ある日の食卓』と小5の『靴と野原』2人は全く別の時期にあとりえチビッコに通っていました。

始めに小川正人君からメールが来ました。次にはほかりあかねちゃんからメールが来ました。彼らからのメールが別の面のあとりえチビッコを上手に紹介してくれているので、急遽展覧会の写真を探しました。そして芳州先生にスキャナーで取り込んで処理してもらいました。懐かしい写真に先生ウルウルです。彼らの成長にはいろいろな教育機関が携わっています。でも、その中であとりえチビッコを思い出し振り返ってみてくれたのはとっても嬉しいです。

小川正人君からのメール

豊田先生  お久しぶりです、小川正人です。先日はバレンタインデーの贈り物をありがとうございました。なんのお返しもせずに今日まで至ってしまい済みません。今さっき、初めてブログを拝見しました。晩酌犬の記述、とっても愉快です。なんと昨日、アトリエちびっこのOGである保刈あかねさんと会いました!知り合いの催したイベントにDJとして呼ばれ、あかねさんも演奏で呼ばれていたのです。数日前のイベント打ち合わせで参加者の名前を見てすぐに分かりました。当日は彼女もすぐに気がついてくれて嬉しかったです。彼女の歌とても良かったです。波長が心地良くて共感出来ました。5年ほど前であったでしょうか? 豊田先生が同窓会を企画してくれたのは。実はあのときご招待のお手紙を受けて、参加させて頂くかちょっと迷いました。ほとんどの人とは面識がなく、同時期に通っていた方のことも物心ついて間もない頃のことでもあり覚えていなかったからです。でも昨日の出会いでその意味がよく分かりました。数年経って覚えていなくても、初対面でも、幼少時に育まれた感性は30年後も共有出来るのだと。とても素敵な感覚でした。考えてもみれば、幼稚園に通う以前にアトリエに行っていた気がします。僕にとっては始めての社会だったわけです。 アトリエちびっこはもう何年になるのでしょう、そして何人の感性豊かな子供達を送り出してきたのかと、そう考えるとその人達にもっと会って見たくなってしまいます。先生がアトリエを開いてくれたことに改めて、「ありがとうございます」と言わせてください。これからも素敵な子供達の輩出を期待しています!僕も今は輸出の仕事をしながらパーカッションの道を歩み続けています、なかなかお金にならない類の事だから悩みも多いですが夫婦で(今後は子供も!)幸せな時間を作っていけるように頑張ります。そして自分の感性が人に楽しさをもたらすものでありたいと志しています。 それでは、また近いうちに何かの機会でお会いできる日を楽しみに。  小川正人

保刈あかねちゃんからのメール

豊田先生  お久しぶりです!! ほかりあかねです!だんだん春になってきましたが、夜はまだまだ冷えますね。ご家族みなさんお元気ですか?わたしは変わらず元気にやってますっ
こないだ31日に、友達に誘われて出演した深夜のライブイベントであとりえチビッコの、お食事会でお会いした小川正人さんと再会しました!!こんな偶然もあるのかと、ご縁を感じながらびっくりもしたし、なにより嬉しかったです!
豊田先生の話が出来たのも嬉しくて思わず、連絡してみました!!まだまだ夜の冷え込みが続きそうですがお身体、気をつけてくださいっ たくさん笑って過ごせますように     

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2012/04/08

桜の季節の忙しさ

2012sakura1

展覧会を終えてからそれなりに忙しい日々を送っていました。今、桜は満開です。こんな時にデスクワークをしているのは損だと思いながら、パソコンに向かっています。福島いわきへのお墓参りを済ませ、実家のお墓参りをし、ああそれは前に書いたか。それから母の新しい介護施設の書類作成、見学や説明を聞きに行く。また母に分かりやすく説明に行く。その間我が家のエアコンが壊れて新しくした。そして川上に行き、鹿対策の柵の修理のために大工センターカインズに行き、芳州先生は川釣りの手続きに馬流しの漁協に行く。天気と相談しながら庭の朽木を片づけ、指に刺さった棘をなめなめ、天空の星空のショーを鑑賞する日々。やらネバならないことと、やりタイことの間で揺れるバアバ心、いや老婆心。そういう時にふっと、展覧会での同じ祖母祖父の立場の方たちから話の中で頂いた嬉しい言葉。『先生は何才ですか』『私も良い教室だから習いたいわ』など。山でこだまするそんな言葉を思い出し『私ですか?40です。』なんて言ってみたい。もう言えないぜ!

こんな悪い言葉が出てしまうのは、4日ほど4年生になる親戚の子が来ていたから。どうも、仲間と話すのには必要な言葉のようだ。全部そんな言葉使いではないけどね。帰りに送っていく車の中で、いろんな言葉が流行っていると言っていた。何だかおかしく汚い言葉も入っていたようだが、彼は私にいけないという同意を求めているように感じた。私は何も言わなかった。お母さんがしっかりと育てているからね。

ところで次女は本の装丁の勉強と料理の教室に行っていて、そこでは東日本大震災のボランティアもしているようだ。この間は岩手県の陸前高田の奇跡の一本松をお参りして、被災地で本の装丁でアルバムを2冊作り、1冊は寄付し、一冊は自分が持って帰ってきたという。東北にまた寒波が来て雪が降りしきる中、お婿さんの車の運転で10時間かかって帰ってきたそうです。東北に行ってすることは出来るだけお金を落とし、お土産を買うことが被災地を助けることになると、戻ってきてさっそく私たちに最中を送ってきました。またお料理教室では埼玉での炊き出しに何回か携わっているようだ。私は2人がしていることは小さな力でも、そうする気持ちを2人で育てていることが大切であって、嬉しいと感じている。

『避難所には350人もの人が教室や体育館に何世帯も住んでいる。避難している40代くらいの奥さんと話したら1年間も料理してないからもう作れるか分からないと言ってて可哀想』とメール。彼女は阪神淡路大震災の時にもボランティアで行っている。


私たち夫婦は被災地支援はしっかりした団体に寄付すること思っている。JCF(日本チェルノブイリ連帯基金)が良いと思っている。鎌田實さんが長野の地でがんばっている。僅かばかり寄付したのでグランドゼロという小冊子がまた届いている。春号は放射能と妊娠が取り上げられている。ロシアの子供たちの絵も興味深い。

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2012/04/01

観光親善大使になれるかしら

私はドイツに行く時、ルフトハンザ航空で行くことが多い。ほとんど検索はルフトハンザでするが、時間の都合などで時には同じスターアライアンスのANAにする。そして、ルフトハンザの飛行機には往復でいえば20回は乗ったと思う。私にこだわりはないが、私の相棒は飛行機の安全を優先させなければならないので、ルフトハンザがお気に入りだ。ドイツの車や、国民の性格から考えて、ルフトハンザに軍配が上がるのだと思う。私はANAのアテンダントの良さは素晴らしいものがあり、航空機はルフトハンザでもANAでも基本的にはどちらも良いと考えている。12時間の飛行時間は長いので機内で上映される映画が、なんであるかが私にとって重要な案件だ。またラジオでは60、70年代の音楽のコーナーをよく聴いている。昔の友だちに会ったような心持ちになりながらドイツに着くのは素晴らしい。
こうして私はいつもインターネットで行きたい都市を検索して、行く予定のホテルの検索をし、その辺りのグーグルマップを鳥瞰図にしてバーチャルからリアルになるように設定している。そして夢を満たしている。この方法は年をとって海外に行けなくなった時も楽しめるんじゃないかと思っている。
そんな感じで昨日の夜も、メールを整理していた。以外と不要な勧誘も多くメールの削除だらけの仕事の時もある。その時間に絵を描いていたら、何枚描けるだろう。
いつの日か観光親善大使になれるようにこれからも楽しんでドイツに行きたいものです。

以下は期日がすぎたので削除しました。

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なぜ近所のポチが太っているか?

近所のワンコ、ポチは雑種だ。Mさんが朝夕お散歩に行っている。我が家の ココとはすれ違っても、じゃれることはしない。太りすぎているからだ。そして性格的にもシャイで寡黙だ。私はいつも犬によって、飼われた家によって違うもんだなと思っている。ポチが太り過ぎているのは一人暮らしのご主人の晩酌の相手をしているからじゃないかと思っている。朝おはようという、ご挨拶の時に私は一つの推論を試し始めている

散歩の時にポチに会うといい子ねと頭を撫でながら小さい声で『とりあえずビール』と言ってみた。すると目を輝かして尻尾をふる。またある日は『枝豆一皿』というと尻尾を振った。またある日は『焼き鳥はナンコツだな』というと大きく尻尾を振るではないか。私はもう毎日ポチに会うのが楽しみになってきた。今まで反応した言葉は『お疲れさん』『乾杯』『月桂冠』『酒は白鹿』『ポテチはカルビ』などなどだ。反応しなかった言葉もあるが今は関係ない。この間はずっと考え続けていたあの言葉を言ってみた。『綺麗だね君は』 するとポチは目を輝かして目をパチパチとさせ大きく『ワオーン、ワオーン!』と鳴いた。そうだったのか。何か変なのだけどね。

それ以来私はその遊びをやめた。何かプライバシーに関わることのように感じて、悪いことをしているように感じたからだ。そしてそれ以来お散歩で会っても、私は一言も呟かない。ポチもはじめは寂しそうだったが、この頃は以前のように犬らしい仕草でご主人様のあとを付き従って行く。何事もなかったように。

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