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2013年2月の記事

2013/02/28

ぼくのヨーヨー&私のヨーヨー

Youyo_2013
今回子どもたちは無垢のヨーヨーに色を塗った。

置いて美しく、廻して楽しい模様を考えた。1つでは無く2つ作るので暖色と寒色に違えるのも良い。最後には自分が描きたい物を描く。今回はアクリル絵の具とマニキュアで描いた。マナミが時間が足りず、1個が塗れていない。

来週ニスを塗ってお持ち帰りになる。子どもが上手にまわせないであっちこっちにぶつけて模様が剥がれるといけないので、きっちりとニスを塗って丈夫に作ろうと考えている。お家に持って帰ってお父さんやお母さんと一緒に遊べる、良いコミュニケーションツールになる。

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2013/02/25

トイザらスLazooでカッティングシートを使って描く・1

Kats_ainaKats_aimiKats_kanonKats_kimika   あとりえチビッコで使っていたカッテイングシートの残りを使って小さな絵を描かせた。短い時間なので、子供が満足行くまで絵を描くことはできないかもしれないが、ほんのチョコット楽しい時間が休日にできればいいと考えている。

Kats_komomo_2Kats_kouheiKats_kirarikiran  また教育に対しての考え方は様々なご父母がいらしているので私の対応もあとりえチビッコの教室の時とは若干違うかもしれない。お絵描きが教育に結び付けて考えることはできないかもしれないからだ。

ただ子供たちが楽しい時間を過ごせれば良いと思っている。もう5カ月この仕事に携わり、自宅あとりえチビッコでの環境とは違う面も感じつつ、私もいろいろ勉強することができている。

今回の子供たちはとても元気で楽しく、愛情豊かに育てられて、親子でトイザらスに来ていた。

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2013/02/22

コラージュ2013 追記

Kirihari_hiroto_3Kirihari_manamiKirihari_reina 車のカタログと写真の雑誌を切り、貼って作ったコラージュ。

風邪で休んだ子が多かったので追記として載せます。

左からヒロト、マナミ、レイナ。

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2013/02/18

トイザらスLazooでスクラッチを描く・2

今週もクレパスを使ったスクラッチをしました。

 

Toysrus_mihoToysrua_mizuki2_2 子どものためののびのびとしたアートの表現を応援するLAZOOのコンセプトでスクラッチをしました。土曜日、日曜日たくさんの子が来ていますが、指導はクレパスを使うために汚れます。手をウエットテイッシュで拭いたりすることで写真を撮ったのは2人のお子さんでした。特に2人ともうれしそうでした。ミホちゃんはもっとやっていたいと泣き出して、先生ちょっと困っちゃいました。ミズキちゃんは泣かなかったけれどやはりもっとやっていたいみたいでした。

小さなテーブルで、先客がいると先にお買い物をして、ぐるっと回って、席につく。そんな≪プチキッズアート≫の空間です

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2013/02/14

バレンタインデーのメッセージ@2013

Choko_web 今年、007ボンドシリーズは生誕50周年を迎え、今回の「スカイホール」で23作品になった。
初めてジェームスボンドを見たのはたぶん1964年の「危機一髪」(ロシアより愛をこめて)であったと思う。

上映館が渋谷の東急文化会館で、現在はヒカリエとなっているが、入場を待つ階段の辺りで切符を買う両親と一緒に、子供心にワクワクしていた事を思い出す。テーマ音楽も然りながら、映像は子供にはかなり際立つものがあったように思う。あの当時17才の私は恋愛を遠くの方から憧れ眺める少女だったと思う。年月が経ったので、少し美化してしまうけれど。だからその当時の家庭教師のお兄さんに「あの映画は子供が見るものじゃないですよ」と言われたこともあった。だが、もしかすると親たちはこういう形で性教育をしようと思ったかもしれない。ショーン・コネリーのボンドが熱い胸板で胸毛がわさわさとしていたのを見て、驚いていた。きれいな女優さんとのラブシーンは、親の期待を背負って、想像巧みに一生懸命見ていたかもしれない。

そして最近のボンド役のダニエル・グレイクはショーン・コネリーを凌ぐほどの渋さがあると思っている。彼の年齢は1968年生まれで45才という。老成ではないですか、困るじゃないか、憧れにくい。私の中学生時代からの友人D女は「あんなおじさんいやだわ」と言っていた。そうかな? 私はボンドと言う役柄にはピッタリだと思う。そして実はまた憧れている。

世界中でソーシャルネットワークが発達し、その気になったら怖いものなしにも見えるが、これは両刃の剣なので、私は少しあとずさりしている。007の映画の世界でもこれからは今以上にITに強いボンドが必要のようで、今回Qというリアルな青年が登場した。セーターなんか着て、どこにもいそうだ。これからの007が楽しみだ。

渋いダニエルボンドにチョコを食べさせても似合いそうだけど、なんといっても今を生きる日本の男たちにチョコを贈りたい。そしていつものように、地震があっても、ゲリラ豪雨があっても逃げて、平均寿命に届くまでは生きて下さい。もう平均寿命を越した? それはおめでとう! 

私は来世はフランスに生まれてアルザスに住む予定で、DNAはダニエルボンドに憧れているという設定ですから、よろしく。どこかでばったりお会いしましょう。
2013年2月14日                 豊田惠子

PS:なお、長い年月続けていたあとりえチビッコ造形教室をこの3月で終わりにします。35年8カ月続きました。4月からブログ「田園の誘惑」を主に書けたらと思っています。

また今回のチョコは かまたみのるの公式ブログ 八ヶ岳山麓日記で取り上げていたJIM-NETで購入しました。 290円がイラクの子どもたちの医療教科書費に、50円が福島の子どもたちを放射能から守るために使われる、チョコ募金にしました。

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2013/02/12

コラージュ2013

Kirihari_asumiKirihari_riho左はアスミ、リホ。

今回のコラージュはトヨタの車を購入する時に見たパンフレットを使って、制作させた。

Kirihari_rinKirihari_tomoya 左はリン、トモヤ。

小学1年生で車好きのヒロト君がやってほしいと思っていた課題だったがインフルエンザに罹って今回はお休みだった。車パンフレットのほかには私の好きな雑誌フィガロや、芳州先生が携わっていた風景写真やフォトコンテストの古い雑誌を切って貼った。

コラージュには心理を読みとれるとして、コラージュ療法がある。だれでも絵で描くことは苦手でも、写真を切り取って貼ることでイメージを伝えることは出来る。アートセラピーともいう。私はそれで子どもの心理を読みとるということは出来ない。だが絵をかけなくても、全体のイメージを伝えたいという子どもの気持ちを表す手伝いは出来るので、この手法は好きだ。
Kirihari_keiko_2 風邪でお休みが多かったので、ケイココちゃんも仲間入り。

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2013/02/09

トイザらスLazooでスクラッチを描く・1

Sukurati_1_2  今日は時々iPadでぐるぐるをし、お絵かきを主にしました。午前中はレオン君とライお姉ちゃん。他にも姉弟一組。ヒイロちゃんという仕事が丁寧な子が来ました。その時、一緒にいた2才のハルナちゃんはまるでそうするのが当たり前のようにクレパスを持って描き出した。6才のヒイロちゃんが良い子のお手本を見せてくれたからです。Sukurati_2
Sukurati2
たまたまその時に会ったことで、子供たちも刺激を受ける。絵だけではなくて何かにつながる。優しさとか。たくさんの子でなくてもたった一人の子に、絵を描く楽しさを短い時間に伝えることができたら私は嬉しい。今日も収穫がありました。スクラッチ画は隠れている色がまた登場するので子供たちはうれしがる。今日はiPadで更新のために写真は後日載せます。

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2013/02/08

長崎ベルハウスの火災に憂うる

今夜、ニュースで長崎のベルハウスでの火災と聞き、2008年10月12日のブログ記事を読み返したところ、やはり長崎くんちの観光のために通りかかって、窓越しに和歌が書かれているのを見た、施設だと分かった。亡くなられた方もいるという。何も書いていなければ知らずに忘れられてしまうことだが、こういう形で、つまりブログで書いておくことで、その記憶が留められるということにその重要性があるということに今更ながら感じた。亡くなられた方々のご冥福を祈ります。以下はその時の記事です。

Nagasaki_71長崎に行って来た。以前からいろいろな方に誘われていたのだが、今回は時間ができたので、長崎くんちに合わせ行って来た。

長崎くんちはテレビで細かいところまで知ることができた。今年は7年に1度の大祭のようで、檀尻という山車が神社の境内で観客が注目する中、回転させる。 『もってこーい!』 の掛け声に応えて力いっぱい動かす。神社境内に満ち、満ちる両者の引き合うコミュニケーションがなんとも言えず良い! それが桟敷席でなく、テレビの画面でも理解できたのがすばらしかった。

Nagasaki_65 私たちの泊まった ホテルは長崎新地中華街の中で、結果的に行動しやすかった。長崎名門校、活水女子大学への坂道は横浜のフェリス女子大学への道とオーバーラップして感じた。まわりの木々のソテツなどの植生がやはり南の国を感じさせた。かの有名なオランダ坂を通ると銀木犀が薫っていた。

Nagasaki_61_2

東山手住宅郡の中に紛れるようにベルハウスという老人ホームがあった。窓越しにお年寄りが歩いていた。クリスマスの飾りのようなコラージュが貼ってあり、目黒の母を思い出した。孤独という字が湧き上がってきた。年を取るにつれ湧き上がる孤独感を何かに置き換えてはならないと思う。その時忘れたり、紛らわす分だけ後から押し寄せる。だからといって深刻になってどうする。どうする。心の中で自問自答。私なりの答えは出ているけれど。

Nagasaki_46

『 春真昼 ここの港に寄りもせず 岬を過ぎて ゆく船のあり 』 と、短冊に書いてあった。作者は誰か書いてあったようだが、分からない。

東山手地球館では日替わりで世界の家庭料理が食べられた。この日はタイカレーだった。そばで英会話のグループが先生を囲んで楽しそうに話していた。宮崎駿のアニメ映画の話題だった。そこからは私は芳州と別行動で、原爆資料館にいった。路面電車が4系統あり、乗り換えするとき切符を貰うと100円で市内を動き回れる。車が混雑する時は路面電車の方がタクシーよりも動きが早いようだった。

Nagasaki_49_2 原爆資料館内は撮影禁止のためそこに入るらせん階段を下りるときに撮った。まるでゼロ地点に下りていくように造られていた。入ってすぐに、爆心地から800メートルの民家の柱時計があり、時刻は11時2分を記していた。

  • 原爆を落とすまでの過程を記してあった。照明を落とした資料館の中で、気が付く事をメモした。多少の間違いがあるかもしれない。
  • 1944年 ルーズベルト、チャーチルが日本と決める。
  • 1945年4月 東京湾、川崎、横浜、名古屋、大阪、神戸、京都、広島、呉、八幡、小倉、    下関、山口、熊本、福岡、長崎、佐世保を候補地とする。
  • 1945年7月 ニューメキシコで実験
  •     7月20日 パンプキン爆弾を広島、小倉、京都、新潟で実施
  •       23日 広島、小倉、新潟が目標となる
  •       24日 長崎が加えられる
  •       25日 トルーマン指令を承認
  •       26日 ポツダム宣言
  •              31日 テニアン島で原爆組み立て完了、連合軍捕虜収容所の存在連絡する  が目的変更無しとなる。
  •     8月6日 1:45 エノラゲイが原爆を搭載してテニアンを出発
  •          8:15 広島に原爆を落とす
  •       9日 2:49 原爆搭載機ボックスカーがテニアン離陸。焼夷弾の煙のため小倉に落とせず3回旋回し、長崎に変更
  •       9日 10:58 長崎上空も雲のため視界不良、燃料不足で帰還検討
  •       9日 11:02 一瞬の雲の切れ間に原爆投下

原爆が悲惨なことは分かっているが、こうして落とされることになったのを忘れてはいけない。戦争に反対しなさい!とトキワ松学園の笹尾菊枝先生は世界史の授業中に話された。そして、子どもを育てるお母さんはいつでも戦争に反対をしないといけないとも。戦争っていつ始まるの? 誰がその時を教えてくれるの?

遡って行けば、長崎にとってこの一瞬の雲の切れ間がなければよかったのに。広島に落とされたときに日本政府がすぐ降参すればよかったのに。原子爆弾は造られなければ良かったのに。戦争を始めなければよかったのに。

ところでこの長崎旅行中に3人の日本人がノーベル化学賞を取ったというニュースが報じられた。それも忘れられない思い出になった。そして、その夜の長崎くんちの庭先まわりでは、芸者さんの舞や邦楽が歌われ、三味線が流れ、太鼓も響き、だんじりも繰り出し、町中が賑わった。そこで私は 『長崎は今日も平和だった』 と感じた。Nagasaki_94

写真は上から1.長崎グラバー亭から平和公園方面を見て、2.大浦天主堂、3.オランダ坂通り、4.ベルハウス、5.原爆資料館、6.庭先まわりをする芸者さんのご挨拶の腰の角度が美しかった。

  

           

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2013/02/01

穴八幡から新宿小田急鈴廣かまぼこ板絵展へ

Ana1節分を控えて、昨日長女と早稲田の穴八幡の神社へ毎年頂いているお札を頂きに行った。一陽来復のお札だ。一陽来復と言っただけで良いことが起きそうな気がするお札だ。

毎年書いているが、父が生きている時に母はこの時期によく行き、商売繁盛の神様で、父曰く霊験あらたかと言う。お札を頂いて家に戻ると商売の注文があったという。我が相棒がフリーになってお仕事が増えるようにと父が心配して教えてくれた。ところがその後に金城庵という早稲田の有名な蕎麦屋で天丼を食べるというオマケがついている。美味しい食べ物屋に一緒に行くということは父の性格から言って、好きなことなので、私もニンマリしてついて行った。
その嬉しい感じが今では子から孫へと伝わっている。私も父と同じようにその習慣を踏襲している。長女次女は父と一緒に行ったがお婿さんは私たち夫婦と行き始めた。そういえばまだ次女のお婿さんは連れて行っていない。今度は土日を選んで一緒に連れて行こう。父に彼のようなお婿さんを紹介したらさぞかし嬉しかったことだろう。今回も金城庵の暖簾をくぐって出てくる時に父の気配を感じたのですよね。時間は待ってくれない。
穴八幡では今回はかなりの待つ人の列であった。節分までにお札を用意して3日の夜の12時にその年の恵方に貼るのがお約束だ。
Itaeten3 私たちはその天丼を食べながら、長女とおしゃべりをして、穴八幡の通りで別れ、私は新宿小田急の「鈴広かまぼこ板絵展」へと行った。会場にはたくさんの作品が展示してあり、指導者の傾向がはっきりと分かった。その中で、子供たちの個性を見つけることはとても大変な作業で審査員の先生のご苦労が感じられた。

Itaeten2Itaeten1  私の作品がどうやって展示されているか徐々に移動しながらワクワクして対面した。次回は何を描こうと少しだけ考えたがたくさんの作品を見てしまうと余計に気分は消沈してしまった。その時が来たら考えよう。小田急デパート11階で2月4日まで開催している。10月に届いた番号の降ってある生徒のご招待券を持参すると可愛い紅白の蒲鉾がお土産にいただけます。

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連子鯛とノドグロ

今回は冬の寒い時期に魚を見て描くことをさせた。連子鯛とノドグロと鰯だ。始めには三種類の魚がいたが、都合でお休みし今日描く子は連子鯛だけになった。それは私たちが食べちゃったから。Sakana_reinaSakana_hiroto
Sakana_manami左からレイナ、ヒロト。マナミ。

魚を見て描くことはなかなか出来ない。多分学校教育の図画工作の時間にもしないし、中学でも美術に力をいれているところでないと指導はしないのではないかな。日本の魚はよく縄でくくられていて、それは造形的に美しいと思う。こんなことをお絵かき教室で教わったと覚えていてくれれば嬉しい。

Sakana_rihoSakana_tomoya  左からリホとトモヤ。

昔視力が低い子がかなりデザイン的なコントラストがある絵を描いた。中間の色調を出さなかった。作品としては強くて面白かったが他の子と比較すると明らかに違っていた。目にはいる情報が少なかったからとあとで納得した。

Sakana_asumi_2Sakana_rin_2左はアスミとリン。

後続の2人は魚をバラして描かせた。デザイン的処理になると予想していた。

今回子どもたちに絵を描かせながら、三月であとりえ・チビッコを終わることを告げました。

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