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2013/10/01

「あるロマ家族の遍歴」を読んで

私たち夫婦が2度目にドイツ旅行をしたときは2000年の6月だった。旅の終盤でツエレからハンブルグ空港に戻る列車の中で起きたことはいつまでも忘れられない。
ドイツで列車の切符を買う時は英語もドイツ語も不得手なので、間違いのないように、メモを見せて買うことにしている。ところがドイツでの指定席・リザベーションの取り方が分かりづらく、いつも明快でない。乗車券も持っているのだが、いざ、列車に乗ってみると半信半疑で目的地まで乗っていることもある。そばに親切な人がいれば指差して、「ここに座れ」と言ってくれて安心できる。番号はあっているのに違う人が座っている時もある。押しが効かない我々はモソモソと違う空いている席に座ったこともある。
その日は2等の席だったので自由に空いている席に座った。前を見るとバイオリンを持ち、買い物の籠を持ったおばあさんがいた。私たちは市場で買い物をしているとよくバイオリンで音楽を奏でている人を見かける。彼女も演奏して今は帰途に着くのかしらと観察していた。次の駅で中高年の男の人が家族と乗って来た。そしてそのおばあさんに目で合図して「どけ!」と言ったと思う。風格はあったが映画ベンハーの中のポンテオ・ピラトに似ていた。映画の中の悪役はその列車の中でも悪人に見えた。その光景は日本ではあまり無い感覚だった。我が夫は、かわいそうと思い、空いてる席を教えてあげて座らせようとした、でも彼女は避けるように他の席に移った。私たちでさえ、疑心暗鬼で乗っていることが多いのに。その時私は夫を見直した、というより今までの君の嫌いなところ許そうと思った。あとでそのおばあさんがジプシーではないかと気付いた。風貌や、バイオリンを持っていたことと、その国の中では暗黙の了解が成り立つその場の雰囲気からそう思った。
ジプシーと感じたことが他にもある。パリの地下鉄で親子の切符売りがいて、小学生の男の子に体を触られたことがある。大声を出したので助かった。私の声に逃げたのだ。ギャーギャー!ある人は同じように触られてポケットに手を突っ込まれたとも聞いたことがある。それはジプシーではないかもしれないが、私たち他国の部外者には分からないことではある。
最近、新横浜の本屋の片隅で「あるロマ家族の遍歴」を見つけて少し前に読み終わった。著者ミショ・ニコリッチは自分の両親の出会いから、自分が生まれ、ナチス占領下、冷戦時を潜り抜けてきた仲間や家族との結束や離散、定住せずに、いかに仕事をして暮らしてきたかを正直に赤裸々に語っている。占い師もいればスリもいる、楽器を奏でグループで演奏してお金を得る者もいる。彼もその仕事を生業としていた。
 「あるロマ家族の遍歴」を読んで行くうちにそのようなことはいつもドイツに行って感じることがそうだったのかと、合点がいった。街角の演奏者に「あなたはロマですか?」などとは聞けない。しかし日本のように島国でなく、陸続きのヨーロッパではあることなのだ。

この本の中では訳者金子マーチン氏の注意書きが後ろに本文の6分の1占めて書いている。その中にロマが中世以来、多数派ヨーロッパ人に差別意識を持たれている原因は
(1)中世以来綿々と続く偏見と差別意識の未克服。
(2)ナチスによるロマ殲滅計画の史実が一般的に未認識。
(3)ほとんど多数派ヨーロッパ人は直接ロマと交流したこともない。
(4)ドイツやオーストリアでネオナチ活動に対する取り締まりが1990年代初頭から強化され、中心的活動家の多くが逮捕拘留された。指導層を失った極右組織はその活路を欧州諸国に求め、体制崩壊で不安に苛まされていたそれら諸国の若者たちをオルグした。
(5)旧社会主義国における極端で暴力的な「人種主義」を規制する法的な不備、および人権教育の欠如。
(6)体制変革やEU加盟にもかかわらず東欧諸国の一般民衆の生活は改善されず、旧態依然のまま、あるいは、国営企業の倒産などによって多くの労働者が失職し、民衆の生活はむしろ悪化した。その大衆の不満は為政者にではなく、社会的弱者の少数民族ロマに向けられている。(訳者金子マーチン氏あとがきより抜粋)

世の中にはニワトリと卵のように対立の始めは以外とくだらないお互いの偏見もある。生活様式の違いであったり育った世界観や宗教観の違いもある。かなり年月が立ってそれに気づき、人一人ぐらいの50年ぐらいの年月だったら後戻りできるが、中世から続いている差別や偏見を覆すことは難しいと思う。だがこうして金子マーチン氏のようにロマを取り上げて著述を通して少しづつ理解の輪を広げている。少なくとも私たちはドイツのマルクトやパリの地下鉄でスリにあったりして恨むような憎しみの元を作らないように注意深くし、街角や地下鉄の中で演奏している人たちには応援を送りたいと言うのは浅慮であろうか。
ロマという言い方は最近10年ぐらい前からで日本ではジプシー、ドイツではチゴイナー、フランスではジタン、ボヘミアンなどという蔑称を含んで言われている。他にも鍛冶屋などの金属加工を生業とするカルデラッシュ、楽器製造を生業とするスウイントなどがいると今回知った。ウィキペディアで調べるとロマはインドからいろいろな地方に何回にも亘って移動したのだという。そしてユダヤ人と同じように差別を受けているという。ところでジプシーは差別用語で正しくはロマという言葉が使われるべき言葉です。その時の日記にはまだロマという言葉を使っていなかったのでそう表記しました。

私たちがドイツでの滞在中にマルクトや街角から流れてくるバイオリンの音は郷愁・ノスタルジーを誘うものであり、香料や花の匂いまたパンや料理の匂いと共に五感を刺激して旅の強烈な思い出となる。それは時には音大生であることもあるが、老人であればロマであることも想像に堅くない。

いつの日かロマという存在も忘れられる日もあり、差別がなくなる日も来るのかもしれないが、極東の、島国の日本人には理解できないことかもしれない。ただ一つ私には列車の中で起きたことはロマという存在を考える入り口になったということだと思う。

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