« コレステロールの若干の減少 | トップページ | 2021年 謹賀新年 »

2020/12/27

線は、僕を描く(砥上裕將)を読んで

大学の友人に依頼されて出かけたアルバイトは予定外の肉体労働で、7人集まっていたが途中で皆抜けて最後には青山霜介だけになっていた。時間も迫っていたので体育会系の人員を集めて貰い、何とか展覧会場を用意し展示することができた。そこに明るい楽しそうな老人が現れ並べられている作品を一緒に見ることになった。作品は水墨画で、生まれて初めて目にしたものだったが彼が目を引かれたのは花や草木の絵だった。絵について何も知らないにもかかわらず彼は無数の絵について簡単にコメントし、会場を回った。赤く感じる大きな黒い薔薇の書き手が美人だろうと作品から想像できる姿を述べていた時に現れたのは本人であり、その老人の孫である篠田千瑛だった。そしてその老人は水墨画会の重鎮である 篠田湖山だった。湖山は終始和かに霜介の話を受け止め、穏やかに対応した。そして霜介に弟子になれと言う。初めは「遊びに来ました」と言って湖山先生のうちに来たのだが、水墨画の初歩である春蘭の描き方を教わり、風景を描くのを見、なんとなく水墨画を描く練習をするうちに、湖山の孫千瑛と意思の疎通が取れるようになり、大学祭では水墨画を成功させるため友人たちとコミュニケーションを取る。そして霜介の両親が交通事故で2人一緒に亡くなっていることが分かってくる。

水墨画の書き方に疑問が湧き、師に問えば、「真面目は自然じゃ無い。」「水墨を描くことは自然との繋がりをを見つめ学びその中に分かちがたく結びついている自分を感じていくこと。」霜介を通して師と弟子の心のうちが説明されていく。水墨画の技法などの説明も理解できた。水墨画をやったことはないが、こう言う言葉を聞いたら入門したくなるなと思った。

そして水墨画に夢中になることで霜介は両親の死のトラウマから徐々に解放されていく。絵の技法は水墨画という世界だが他の絵画でも通用する方法が書かれていると思った。

「連綿と続くその流れの中に、湖山先生は僕を組み込んだ。僕はその流れの中に佇んでいた。僕は長大で美しい一本の線の中にいた。線の流れは、今、この瞬間も描き続けていた。線は僕を描いていた。」

この最後の文がこの小説の骨子を筆で描いたデッサンのように感じられた。作者の砥上裕將は水墨画の画家であることが調べてわかった。川上村の図書館の本屋大賞ノミネートのコーナーにあり、手に取ったのであるが、読み終わってすっきりとした気分になったのは何だろう。

Db877a6687dd402fb75b5c49657b7786

|

« コレステロールの若干の減少 | トップページ | 2021年 謹賀新年 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« コレステロールの若干の減少 | トップページ | 2021年 謹賀新年 »