エコドキュメントというツール
昨夜テレビではNHK「ドキュメント太平洋戦争1941 開戦」をやっていた。4年前の再放送だった。戦争中に生きた兵士や一般市民の日記や手記を集めた特集だった。[エコドキュメント]というらしい。
今日は敗戦記念日だ。
私が戦争に関わることで話せることは[父が赤紙で招集されて千葉の〇〇どこかに行ったが足に豆ができて治療を受け、母からの手紙を読んで上等兵に往復ビンタを受け、いろいろ戦争以外のイジメを受け、終戦で戻り、母と結婚した]という話しだ。
母は日記を書いていたが[海ゆかばが聞こえるとその地が負けた時だつた。東京大空襲の時に東京の空が真っ赤だった。食料は千葉に疎開している時は何とか食べられていたが終戦後結婚してから父の実家との生活で食料は足りず、千葉に食料調達して戻ると家族が皆食べてしまい、身重の体で大変だった。母は弟の小学校の先生に戦争中の日記があると話したら、それは大切にしていなさいと言われた] としきりと話していた。私は両親が夜中に戦争中の話をよくしていたのを垣間聴いていた。
夫の両親は小学校教師の家で父親が結核を患ったので戦争には行っていない。だから家族の会話には戦争に関わることは少なかったと思う。
夫は戦争開戦の年1941年に生まれ[四万温泉に疎開したと聞くが細かいことは分からない。終戦で母親に会った時は4歳位で変な顔していると思ったと言ってた。なぜそんなふうに思ったのだろう。他には疎開の思い出はないらしい。幼かったから記憶も無いので話せることは形にならないのだろう。叔母たちが育児に携わっていたようだ]
この話を聞いた結婚直後に主人も戦争の犠牲者だと思った。
このNHKの放送を見て、戦争責任者たちはなぜ犠牲者が増え続けるのにポイントポイントで終了を宣言できなかったのかと思った。危ない道に入って行く三叉路に私たちもこれから気を付けないといけない。
写真は川上村の花火
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