2009/05/26

スイーツ・デコは面白かった

Deco2Deco3Deco4樹脂粘土を使った最近はやりのスイーツ・デコの指導に挑戦した。子供たちの制作過程の予測は試作したことと、だいたい合っていた。つまり超大変てことだった。

「大変なことになりますよ!」と言って、子供たちに手順を話す。およそ無理なこともあった。もっと簡単な状態にして作らせるべきとも考えてもみたが、あえて、本当のショートケーキを作る工程と同じにして作らせる。つまりショートケーキのスポンジの段の間にイチゴの欠片を入れて、またスポンジを載せて作った。

食いしん坊のケンタが模造のチョコを舐めていた。ほらほら食べちゃだめよ!バラの花は子供たちにできるだけ作らせた。こうして粘土細工を作ることで、多少とも物事は一朝一夕にはできないことを教えたかった。でもほとんどの子はそれは分からなかったと思う。だがヒナタはそれをすぐに分かった。Deco5

「先生はこっちに来てイチゴのことを教えて、向こうのケンタに別のことを教えるの大変だよ。すぐにはできないから。」 ヒナタは3人姉妹の真ん中だから、家の中でもいろいろ我慢をしていることもありそうで、小さい時から客観的に人間関係を言う。だから、今回の工作も一応の手順を説明してあげると、理解力は早く良かった。それだけでなくおうちでの育て方もお父さんの協力が良いように感じる。ママの手伝いや子供のおけいこごとの送迎も時々手伝ってくれるようだ。日本中のお父さんがヒナタのパパのようだったら、いい子がいっぱいになって少子化でも日本は乗り切れるんじゃないかと思う。

小さいイチゴを作り楊枝に挿し乾かし、粘土にバラの色の絵の具を混ぜ煉り、花びらを作り、バラを組み立て、別の粘土でカステラを作り、クリームを絞り出し袋で出し、イチゴの欠片を入れ、飾りのクリームで絞り出し、飾りは自由にトッピング。ビンの飾りも自由にトッピング。細かいチョコやナッツの欠片はあいか先生が作っておいてくれました。

今回1年生から6年生まで、手順が分かるように説明する。これって子供が好きじゃないとできないよね!うんうん!もう一人の自分が言う。「よーくがんばりました!ごほうびにこれ食べていいよ!」いえいえ、ご遠慮させていただきます。やっと3週間で変なにおいが消えました。見た目とは大違いです。でも子供たちの中では楽しい記憶になること間違いなし。カノンちゃんがまたこの工作やりたいって? 先生、考えさせていただきます。

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2008/09/30

明日のリンゴジャムの準備OK

Jamu明日のあとりえはリンゴジャム作りだ。身の回りには怪しい食品ばかりなので、子供たちに手作りの正しさを教えたいので、急遽この課題をすることにした。

リンゴはつがるだ。大倉山駅前の横山フルーツで購入したが、横山さんからは姉妹であとりえに通って来ていた。美穂と由美だ。由美は美術が好きで、今もその方面に進みたそうだとお母さんから聞いた。商店街での買い物はそんなおしゃべりがうれしい。

明日は包丁を使い、コンロも使うので、動線に気を使わないといけない。子どもたちも楽しみにして来るから、事故のないようにがんばろう。

ところで、全く違う話題なのですが、明日、先生のホッペに黒いマークがあります。転んだのでもありません。喧嘩で殴られたのでもありません。実は永年の懸案だった、シミ取りをしたのです。

母の入所した中目黒の介護施設の同じ敷地の病院の美容成形科でしみ取り(正式には光治療)をしているのを知り、ちょっとだけやってみたい気がしたのでした。畑も芳州先生の助手も日光に当たることが多いので仕方がないのですが、そんな美容成形が母の事をしながら知ったのもラッキーと考えて、挑戦することにしました。先週金曜日にしたのですが、アチイタイwobblyって感じ! 今は4日目で、少しカサブタが取れてきたって感じ!です。治療代も思ったより少なく、これで肌がきれいになれたら、うれしいけれど。

そのため外に出ないで、お家の中にいて、読書三昧と考え難しい本を3冊ほど買って読んでいるけど、辞書と首っ引きでなかなか先に進まない。しっかり日用品は準備したはずなのに牛乳を忘れていたり、レタスが切れたりして、買い物に出ると、最近めったに会わない人に会ったりする。そしてホッペの説明はしないと駄目そう。 なんだか気のせいか、ホッペが痒くなってきた。ボリッ、ボリボリッhappy02 あっれー血だーheart  なーんてね!うそ!

あいちゃんがジャムにあわせてパンを焼いてきてくれるそうだ。あとりえでは作ったジャムのビンに絵を描いたシールを貼ります。安全第一、手作りジャム! 今部屋の中にはリンゴの良い匂いが匂っている。

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2008/09/07

栗カボチャの花でつくるフライ

Kabotya_18_4春に播いた栗カボチャの収穫をした。花がまだたくさん付いているので、それを利用した料理法はないかをパソコンで検索すると、ズッキーニの花で作る、チーズを詰めたフライが載っていた。

アンチョビーとチーズを混ぜて花に詰めると書いてあったが、我が家の冷蔵庫にはピザ用のチーズの小分けパックがあったので、それと、アンチョビーを入れてみた。花は摘んで、洗うと11個になった。詰め込む分量が足りなそうなので、ジャガイモを細かく切ってサッと湯がいて柔らかくしてからチーズたちと一緒にしてみた。

アンチョビーもチーズも塩味が濃いので何も味付けはせずに花に詰めた。それを天ぷらの衣より少し薄くしたもので、中身が出ないように衣で糊付けするようにして揚げた。

Kabotya_25

左写真の手前から 《カボチャの花のフライ、ボイルドポテト添え》 《野菜サラダ》 《ナスとパプリカのバルサミコ酢がけ》《コエドビールの白と伽羅》 《皮付き赤洋ナシ》 いくらがんばっても、山の中のディナーはこのぐらいだ。

コエドビールはパパのお誕生日のプレゼントに次女が送って来たもの。コエドビールはアルファベットのCOEDOの文字が書かれている。味もコクがあり本物だが、ビンのデザインもおしゃれで心憎い。それが埼玉の川越で、通称「小江戸」。以前あとりえの課題では「ビンを描く」でコエドビールのビンをモチーフとして選び子供たちのデザイン教育にささやかに貢献したと思う。

そのように、KEICOCO先生は考えているが、もしかすると子供たちは 『このビール美味しそう、いつか大人になったらこのビールを飲もう!』なんて思いを巡らしていたりして・・・・まあ、あの子とあの子はそう思っていたでしょうね。

『おうっ!江戸っ子だってねー 川越の生まれよー! 酒飲みねー、寿司食いねー!』

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2007/04/27

メニューブックを作る(母の日のために)

MenumeikoMenuhinata  母の日を前に、早めにプレゼント用に《メニュー・ブック》を作った。あとりえ・チビッコの定番お楽しみ工作だ。

いらなくなったお料理の本や、レストランのチラシや、食材のチラシを持ちより、こちらが用意したメニューの区分けに従って写真を貼るというものだ。

子供たちは料理の写真を切っても、和食、洋食、中華など、それが何料理かわからないので、一人一人が聞くため、大騒ぎだ。また、ママが好きなお料理を探す子、デザートがたくさん載っている本を持ってきた子に、皆がいいなあと欲しがる子、以前この課題をした時によだれをたらした子もいた。美味しそうなお料理をじっと見たからだ。子供同士、カレーない? Menusmiku Menuyukimi、あるよ、あげる、とか上下の学年関係なく言葉が跳びかう。

そしてこの課題はそのおうちの家庭事情も察せられる。つまり、お母さんが丁寧にお食事の支度をしていれば、それは写真の集め方に表れる。 ただ男の子はこまごまとした事が苦手な子が多く、どーんとお肉の写真なんかを貼る。それはそれで男らしくっていい。魚が好きな子、野菜が好きな子、ピザが好きな子、いろいろだ。大昔、この課題で、田中望君は、ヨード卵光の写真と、アジの干物を並べて貼った。

あいか先生が始めのデータを入れていたので、最近のタイ料理なんかをプラスして入れてもらった。結局はそのデータは我が家のデータということだ。

昨日、希望が丘教室に一緒に行き、2日続けての指導でくたくたになりながら帰る時、助手のあいかが、

「子供たち、ママが好きなものを知っていてそれを言いながら写真探していたね。どの子も探していたね。そういえばメニューにあったビビンバ、この頃食べてない、今度作って! ママが作ったビビンバって、銀座で食べたビビンバと同じだった。すごい美味しいのを小さい時から食べていたんだって気付いたよ。」 

そうかい、そうかい、よしよし、指導の合間に生意気なことばかり言いおっていたが、たまにはかわいいこと言うやつじゃ今度のお稽古日の夕食はビビンバにしてあげよう。 

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2007/04/16

自分で作るバースデイ料理

Tanjoubi 昨日が私のお誕生日だったが、川上への移動があったので、夕食は談合坂でささっと食べた。夕食時間が遅くなるのは体によくないので、着くまでの時間を考えると談合坂で食べるのががちょうどよい。

そして、今日午前中は我が家の小さな畑の鹿対策を本格的にするため、佐久のカインズホームに杭やネットの網を買いに行った。寸法などを測ってもう一度シュミレーションすることにして、今回は買わずに帰ることにした。

千曲川の流れは速く、時々雨が降る中をつばめが水面近く飛んでいる。芳州と夫婦でいることが不思議な気もするし、当たり前に前世から決められているとも感じたりしながら、141号の道沿いをドライブ。

さぞかし、風林火山の頃の武士たちはこの道を大変な思いをして通ってきたのだろうとも思う。時々墓の苔むした石が車窓に見え隠れする。そう言えば昔、私は車で酔うたびに、「江戸時代に生まれていれば良かった!」って言ったっけ、と芳州に言う。

宿岩というところにあるツルヤで食料を買う。かなりの食品が99円になっている。レジの人に今日だけかと聞くといつもそうだという。家族の単位が小さくなると少量で安く、多種類の食品を買える方がいい。ケーキのスポンジがパンコーナーにあったので、生クリームも買う。イチゴはあるので、ショートケーキを作ろう。今日の献立は生春巻きなので、ニラやエビを探す。大変でもお料理を作る喜びは幸せの1つかもしれない。

久しぶりのショートケーキだ。娘たちが家にいた頃はよく作った。明日は雨はやむかしら。畑に影を落としている白樺を切らなければ。それにしても娘が結婚してお婿さんが来て、木を切ったりするのをもう少し手伝ってくれるかもと思っていたのは想定外だったようだ。

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2006/09/26

お彼岸のおはぎが思い出になる

Ohagi06jpg 去年の日記を見返してみたら、「おはぎ作ったが失敗」とあった。そう、まだ酸素吸入器を付けて、自宅にいた父に、あわてて、作っていったっけ。

あんこを作ろうとしたら、あるはずの砂糖が足らず、買いに行けばいいのに、ほんの少し足りないからと、角砂糖を入れた。あんを煮詰めるうちに、妙に硬くなって、最後には羊羹の端っこみたいになってしまった。ここ数年、母が作る味に近づいたと父から、免許皆伝といわれていたのに、なんたること。

それでも、日記にはどうしても、その日しかいけなくて、失敗のあんこを付けて、おはぎを持って行ったとある。たった、1年前のことだけど、あの頃は、義母のことも大変だったので、日記を見ないと思い出せないことが多い。

私の実家では父がおはぎが好きで、あんこは漉し餡と決まっていた。母は私に見せながら作り、

「こういうものは今、作らなくても、そばで母親の作る後姿を見ているだけで、作れるようになるのよ。」とか。

「大森のおばあちゃんもいつもそう言っていたわ。」と話していた。

そばで父は出来上がるのが待てず、よくおつまみしていた。私も父にならっていた。

はじめに、小豆は前日、水に入れておき、あくる日になって煮始める。粒が柔らかくなったら、火を止めて、すり鉢で軽くたたいて竹ざるで漉し、その下にある胚乳の部分を木綿の漉し布に入れて水で晒す。ぎゅっと絞って、鍋に入れて、砂糖を入れて焦がさぬように練り上げる。

私がやるやり方が母と違うのはポットで豆をふやかすこと、すり鉢をミキサーですること、砂糖はブラウンシュガーを使うことなどだ。下の写真の金ざるに入ったのはカスの皮で、餡は金魚の袋の中です。

Ohagi061jpg_1 今日午前中に作り、1つは義母の仏前に、あと一セットは主人の叔母にもって行ってもらった。あと一セットは目黒の母に持って行った。

主人の母も生前は私がおはぎを作って、グラニーに持っていくとほんの少しなのに、同じテーブルの人たちに分けてあげると言って、嬉しそうにしていた。お干菓子が入っていた小さなお重に入れたおはぎだったが。それも過ぎてみれば良い思い出となった。

夏の暑さが引き、冷たい雨がふり、金木犀がオレンジの花びらを散らしながら最後の香を振りまく時。おはぎを作りながら、感傷にひたっています。涙がポロポロでたので、ココがそばで鳴きました。

「ママ、ナカナイデ、ダ、ワン」 「ウー、ナカナイデ、ダ、ウフー」「ウフー」「ウー」「ウフー」

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