2009/08/04

「人生に乾杯!」 KONYEC を観て

父は映画が好きな人だった。幼稚園の頃,連れて行ってもらった映画館では、リンゴを手で割ってくれたし、アイスクリーム(スマックという四角いアイス)を誰よりも早く売り子に声をかけて買ってくれた。父は映画館のヒーロー!私も映画が好きだ。そこがすごく父に似ている。これからの人生は映画をたくさん観ることにしようと思っている。

この間のお盆に父とご先祖の墓の前でそのことをお願いしてきた。これは私のBucket risut(棺桶リスト)だからだ。こんなことを言うのも、7月29日の早朝、豊田の仕事仲間のYさんが亡くなった。確か60才ぐらいだ。結婚をしていなかったから、うるさい奥さんもいなかったのだけれど、うるさい奥さんがいればそんなに早く天国には召されない。うるさい奥さんのいない未婚の男たちが心配だ。ところで、やさしい奥さんKeicocoは終身雇用。ある見方では怖カワとも言われているが。

ところで、この「人生に乾杯!」はハンガリーの映画だ。上映期間が迫っていそうだったが、どうしても映画館で観たかった。ビデオでも観れたが、やはり映画館の方が良かったと思う。だいたい、強盗をして、逃走するときたら、ビデオじゃなくて映画館でしょ。あらすじを聞いても、観れば余韻の残る映画だ。あらすじは少しだけ紹介しよう。

電気代も払えず、借金とりが来て、奥さんのヘデイはイヤリングを差し出してしまう。夫のエミルはたくさんの蔵書と愛車は渡さなかったが。そしてついにエミルは意を決して銀行強盗を実行に移す。あらゆる場面で幸運がある。それは長い年月の阿吽の呼吸で生き抜いてきた二人だから。またこの夫婦を追跡するにいたった警官カップルも、その愛の形をうまく伝えられないでいる。その4人の織りなす愛の形が見終わると、あぶり出される。

「人生に乾杯!」をほとんどの人は年金生活者の反抗の潔さと言っている。でも私は見終わっての余韻は違う。年金ではない。「誰にも、どんなに年取った老夫婦でも、若い恋の時はあった。思い出してほしい。あの金色に輝いていた、森の小道を二人で歩いていたあの時を。」「そして何かを二人が我慢をして行けば、最後まで添い遂げることができる」「若い二人よ!勇気を出して進め!難関を越えろ!」と言っているように感じた。

最後の展開が希望に満ちたものであるからそういうことも言えるのだ。絶対見ると良い!❤がほっこりとするし、❤がじんわりする。見終わるとhappy01がニッコリしてくる。そして映画はいつだって人生の示唆がある。

「人生に乾杯!」公式サイトはココ

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2009/07/20

「剣岳 点の記」を2度観て

この物語は明治39年(1906年)から、40年にかけて実際に起きた事実を新田次郎が小説にし、木村大作が映画化したものだ。一世紀も昔のことだ。私はこのように装備して山に登ったことはない。残念だが小自然しか知らないから。大自然は想像するだに怖い。

映画は日本山岳会ができて2年目に入っての頃の話だから装備品の進歩も今とは隔世の感があるのだろう。山岳会の面々が来ているコートなどはデザインも素晴らしいものがあったが。映画の画面の中でなにか見覚えのあるものもあった。測量隊のリュックサックは父が戦争のころに撮った写真のものに似ていたし、芳州さんが昔持っていたリュックサックも黄土色のものだったし、テントは映画の中のものと似た仕様のものがまだ我が家の物置にあるはずだ。捨てただろうか? 防寒の服も防水も今のようなものはなかったのだから大変なことである。しかも、ただの登山ではなく日本地図の完成を目指しての測量としての作業が目的だ。危険は十分承知しているがあの時代の日本軍の命令だ。無理を承知で日本の急峻な山を目指すのだ。

実は私はこの映画を2度見た。二週間前と今回また観た。その間には北海道大雪山系での遭難・10人死亡の事故が起きている。きっとこの「剣岳」を見て北海道に行った人もいただろう。この映画の中では人が死んで悲しむ場面はない。だが登山への危険を危惧する雰囲気は全編を覆い漂っていた。実はこの映画のことを知った時から私は観にいくと決めていた思い出がある。

今から42年前に小学校時代の友人が剣岳で滑落死している。転校生だった彼は東京医科歯科大学に進んだ。二十歳を記念してのクラス会を登山中とのことで彼は欠席した。だが数日あとに新聞の紙面に彼の名前が載った。松川烈(きよし)君だ。その時から、私は剣岳は過酷で怖い山なのだという印象を持ち、彼の分まで私たち鷹番小学校6年4組のみんなは生きないといけないと思ったりした。

2度鑑賞した訳だが、それほど優れた作品ということだ。そして私は小自然しか知らないが、自然は常に大自然へのアプローチだと思っている。山小屋の家の角を曲がった途端、熊に遭うかもしれない。すぐ戻ると思って出た森の散歩で道に迷い雨と雷雨と雪に見舞われ、その逃げる途中鉄砲水に遭うかもしれない。大石が転がってくるかもしれない。マムシと思って捕まえた蛇がアナコンダということはないか? 自然は常に未予知だ。こうして私の老婆心も出来上がっていくのかもしれないが。

そしてこの映画は浅野忠信と香川照之の顔がいい。精神が正しい顔をしている。やはり映画にはその主人公の人物の人選が重要だと思う。この前見た「スラムドック・ミリオネア」の主人公の若者も、監督が探しまくったという。そして普通の男の子がいいと探したという。なにもキャリアを積んでいなくとも、精神が良ければいいのだ。映画は主人公の配役、人選がすべてを決めてしまうように思う。人生の配役である夫婦も同じだ。これこれこういう筋書きのこういう人生を一緒に送れるのはどう言う人なのか? 五感を鋭くして探さないといけない。木村監督ありがとう! ああ、また横道にそれてしまったかな。

そしてYamyam町一丁目さんのブログでも書いてあったが、浅野忠信は皇太子さまに似ている。浅野忠信も真摯な感じがいい、私は香川照之の矯正していない歯が素敵だと思った。そういうところに象徴される、なにか、DNAを操作していない感じが荒削りで良い、もっとお友達になれそうな感じがした。TSUTAYAで二人の作品を探したい。夏休みのお楽しみ!

またエンデイングでは《家族に支えられている》というメッセージが流れていたが浅野忠信演じた柴崎芳太郎、香川照之演じた宇治長次郎の夫婦に言えることだけではなく、それは木村大作監督にも、作者の新田次郎も、その息子である藤原正彦(国家の品格の著者)にも映画を見る私たちにも言えることだと同感した。「何をしたかでなく、何のためにしたか。」「何物にも囚われず、なにものをも恐れず」これはこの時代を乗り切る言葉(メッセージ)に違いない。

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2009/05/31

今日はクリント・イーストウッドのお誕生日

昨日、「グラントリノ」を観た。クリントイーストウッドの演じたウォルトについて、若干書いてみたが、どうもまとまらない。結局は彼の作品を観ていないからだとわかった。それも含めて書いたが、なおのことまとまらない。

ただ、今日はクリントイーストウッドの誕生日なのでどうしても、その跡を残しておきたかった。お誕生日おめでとう!

Happy birthday to Clint !

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2009/05/12

連休と蟲師と人の命

長野から戻ると自宅マンションの通路に消防自動車と救急車がいた。何事かと思い、住んでいる人の顔を思い出して、どなたがあの担架に乗るのであろうと心が痛んでいた。我が家のマンションはもう30年も住むため、始めから住む人や、子供会、自治会を一緒にした人の何人かはよく知っている。

あくる日の昼に玄関で、Iさんの息子さんとご主人に会う。やはり奥さんが救急車で運ばれたことを知ったが、もう亡くなられたことを聞いた。何と言って慰めたらよいか分からなかった。連休前にやはり玄関で息子さんにお会いした時、買物の袋を持っていて、お母さんが具合が悪いと言っていた。その時にお見舞いをしておこうという、予感めいた気持もあったが、実家の母の老健への移動とその後の私自身の疲れのため、躊躇していた。ひと月前位にお会いしたのが最後となった。息子さんは母の日にお母さんのお葬式をした。

話は戻って、きっこのブログでは、連休中無料動画Gyaoで、「蟲師」を紹介していた。私はときどきGyaoの映画を見ている。アニメは初めてだったが連休後半に見てみた。絵がシンプルではあったが、オドロオドロしさに引き込まれて4話を続けて見た。漢字の象形文字,あるいは表意文字が絵に生かされているようで、あとりえの指導のヒントのアイデアをいただいた。病気や病のもとは心の中がきっかけになっているのかとも考えたけれど、私が今までに見た映像の種類の中では異質な感じがしてもっと見ないと感想が書けない気がした。

寝言と会話してはいけないとか、夢が枕を通してやってくるとか、雪が降る中で、音を食いつくす虫など、森の中の自然の中に頻繁にいると何となくそういう言葉が信じられる感じが理解できた。感覚的なことなのだけど。そして、おばあちゃんが孫を大切にしている気持ちを表した「緑の座」が印象的だった。それを明快に私の言葉で説明ができないが、面白いアニメーションだった。そんなに深く考えないで「面白い」でいいのかもしれない。

そんな気持ちを持って川上から帰ってきたのだが、着いた日の消防自動車と救急車に続いて、また3日後にも消防自動車と救急車が我が家のマンションに来た。10日の日曜日の夜のことだった。

今度はどなたが具合が悪いのだろうと思っていると、その肝心なおうちは昼間異臭がしたと言う。またいろいろな情報も錯綜していて、ますますマンションの住民は≪家政婦は見ていた≫状態になった。そして、私も気になるので時々覗いては、≪家政婦は見た状態≫になっていた。そのうちパトカーまで来た。だんだん事情が読めてきたが、そこに住んでいる体調を崩した女の方が亡くなっていたらしいと思っていた。

そして、私はあくる朝に犬の散歩中、亡くなっていたのは男の人だったと言うことを知った。

散歩の道のくさはらを右に折れて、マンションの日の当たるベランダ側に回れば、何事もないように平和な家庭が80戸ほどウサギ小屋の如くコアを成す。私はそうは思ってはいないが、ウサギ小屋と言って謙遜しておこう。でも好きな場所だから30年も住んでいるし、特別問題もなかったから30年も居られたのだけれど、今、マンションの後ろに回ると、ブルーシートにその家近辺は覆われている。その階段には進入禁止の黄色いひもが渡されている。この連休明けの緑色濃い皐月の季節のはかない出来事だ。ちなみにはかないは漢字で儚いと書く。にんべんに夢だ。夢の字を蟲師の中では、草で表意していた。草冠だからね。平和で、何事もなくいられるのが幸せなのかもしれない。

ところで、この出来事はいつ説明がなされるのだろう。どれもこれも個人情報なのだろうか。連休明けの日曜の夜に160軒近い家の住民が騒がしい思いをしていても、事件性がなければそのままになってしまうのだろうか。警察は何らかの説明をするのだろうか。ちなみに現在では階段のひもも、ブルーシートも取り払われて、窓も閉められていて、異臭はしない。

まずは Iさんの奥さんのご冥福を先に祈ろう。

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2009/03/25

映画「釣りキチ三平」は心の壺にはまる映画だった

昨日から来ている親戚の子トモ君と映画に行きたいと思っていたが、急にあいちゃんもトモ君に会いたいと、何だか3人で集まることになったので、急遽、私は映画館を調べて、直感的にららぽーと横浜の東宝シアターで上映している「釣りキチ三平」の映画を見に行くことに決めた。

なぜか、娘たちとの会話で言葉を発すると「釣りバカ三平」と言ってしまう。釣りバカ日誌の方が日常的だからね。困ったので、「釣りキチ三平!」 「釣りキチ三平!」 「釣りキチ三平!」 とつぶやきつつ、ららぽーとまで車で行く。そして、時間がないので3人でハンバーガーを車の中で食べながら、私の父が映画館に行く時には必ず、大量のミカンやお菓子を買って行ったことをちらっと思い出した。「うん、うん、似てるね、寿雄に!」と思った。映画館に行く時のワクワク感はたまらない。

監督が「おくりびと」の滝田洋二郎ということと、他には3人で見て面白そうな映画はなさそうだということと、あいかも確か去年パラグライダー仲間のおじい様達と本格的イワナ釣りに行ったし、トモ君も川上で釣りをしているのできっと私たちにはいいだろうと決めたのだ。私の持論として、「映画もビデオも一緒に見る人の構成で真剣に考え選ぶと、えもいわれぬ感動があるもの」だ。

今日は時間がなかったのでパソコンで予約しないで入口で券を買ったのだけど、トモクンは幼稚園と言った、細かく言えば小学校入学前ということになる。また、私はシニアと言ったのだけど、免許証見せてくださいとも言われず、やっぱり私は年相応ですか? 何だかがっくり。あいちゃんは「大人普通」だって。

面白そうな予告を何本か見てから釣りキチは始まった。自然の中の渓流でのアユ釣り大会の場面だった。ところで、今日芳州さんはお仕事で一緒に行けなかったので、また絶対にこの映画を見てきてもらいたいのでネタばれにはしないつもりで書きます。と言うか感想をちらっと書くだけです。これは少しでも話してしまうと面白みが半減しそうだから。私はもしかするとまた一緒に行くかも、シニアですので。

映画はアウトドアが好きな人だったら必見の価値あり、そして渓流釣りが好きな人は絶対見るべし。また三平になった男の子が自然な感じが良かった。「ALWAYS三丁目の夕日」の須賀健太君とのこと。そしてこの映画でのオリジナルな役の三平の姉が自然の中でだんだん変化していく感じも好い。

私も昔は川上で渓流釣りをしたのだけれど、来客の接待のための料理の方がお仕事になり、釣りをしなくなっている。この映画を見て、昔のように釣りをしたいと思った。そして釣りキチ三平を見終わってなんだか明るい気持ちになってきた。川の大石の下に魚が潜んでいる情景を見て昔の若いころの気持ちになれたからだ。

パンフレットによれば撮影地は秋田の山郷。そして、講談社「少年マガジン」創刊50周年記念作品とあった。 「覚えていますか? 人を愛し、自然を愛し、釣りを愛したあの三平を。」

映画を観終わって外に出るとWBCの日本と韓国の試合の大詰めのようで、歓声が上がり日本が勝ったようだった。世界中が不況という中で、釣りバカじゃない、釣りキチ三平を見て、日本中が元気に明るくなって行き、日本国民が牽引役になれればと、経済学や政治を分からない私もじんわり感じていました。

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2009/02/14

バレンタインデーのメッセージ@2009

友情  《ロブライナー監督から学ぶ》

昨年6月にドイツを旅行した時、往路の飛行機の中で、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン主演の映画 『最高の人生のみつけ方』(Bucket List) を見た。ちょうどその2人の雰囲気に似ている4人のライダーとフランスのアルザスのレストランで隣り合った。国境近くをオートバイで旅行している仲良しの仲間と見た。ドイツ語で水とピザを注文し、なんだかとても楽しそうだった。 Bucket List)は日本語に直訳すると『棺桶リスト』となる。

Image001実業家エドガー(JN)と自動車整備の仕事をするカーター(MF)は病気入院し医師に余命半年と告げられる。お互いにないものを持っている性格に惹かれて親友になる。そこで、財力のあるエドガーと知識力のあるカーターは、人生でやり残したことをしようと、リストを作る。始めは落ち込んでいる二人だが、次第にリストを行動に移し、気持ちが前向きに明るくなっていく。               

スカイダイビングをする。サーキット場で好きな車に乗る。世界一の美女にキスをする。タトウーをする。アフリカでライオン狩りをする。ピラミッドに登る。万里の長城を歩く。エヴェレストに登る。チョイ不良のエドガーと信仰心の強いカーターはそれぞれ違うリストであり、違うデッサンになる。映画では愛の線は違う角度から出てきて一緒に交わる。

人はいつ何があっても愛の線、愛を感じる線が自分の人生の中に書かれていないと天国には召されない。監督が言いたかったのはそんな気もする。

私の好きな映画『スタンド・バイ・ミー』のロブライナー監督が作ったのですから。ジャック・ニコルソンはどこの国でも原題で紹介されたいと言っている。(ここまでは以前のブログで紹介・2008・7・13の日記)

このことをバレンタインデーの手紙に書くなんて、非常識と、お叱りの御言葉をうけそうなのだが、映画はネタばれしても面白く、観ると勇気がわく。最近はいつ何が起きるかわからないので、老若関係なくリストを作って行動に移したい。私のリストは、マジな話、恥ずかしいので四字熟語にした。

上映我家  巴里在住 散策紐育  探検愛舗 吸引脂肪  美顔削身  百花咲園 語学堪能  耳飾打込 洋菓全食  自掘自墓

私のことだから、するしないはわからない。とにかく男の友情は素晴らしい。ロブライナー監督は映画「恋人たちの予感」(When harry met sally)の中では男女の友情の有無を問うている。メグ・ライアンとビリー・クリスタルを登場させて、「セックスが邪魔をして男女は友達になれない」と言う。だが彼らの友情は愛情に変わり、彼は、「残る一生、誰かと居たいのなら、早く始めるほうがいい。」と彼女にプロポーズする。

「最高の人生のみつけ方」と「恋人たちの予感」は私の心に輪を広げ、「スタンド・バイ・ミー」の少年たちの友情も時がたつと輝く。私は男女の友情を信じたい。

でもこうしてブログで好きなこと言っているのが、私にとってのBucket Listの一項目かもしれない。

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2009/02/08

冬の旭山動物園

Pengin1Pengin2千葉大スキー部OB会の有志で富良野に行った。芳州さんはじめ、スキーの好きな人たちが集まったのだから、白銀にシュプールをあげて、滑りまくっていた。私はこれからの2月、3月のスケジュールがいっぱいで、もしも骨折をしたらという考えに支配されてどうしてもスキーには参加はできなかった。

そこで、ペンション・ラベンダーで絵を描いたり、富良野のチーズ工房に行って、チーズ作りとバター作りをしていた。チーズ作りは牛乳2本と生クリーム120g、それと乳酸1mlが材料で100gできる。子供の手のひらにのるほどのチーズが牛乳2本分くらいの水分を捨てて出来上がる。それがホエーというものだと知った。私が「そのホエー捨てちゃうのもったいない」と言い続けたので、ご指導くださった土田さんという方が一口飲ませてくれた。なんだか、飛びぬけて栄養がありそうだった。バターは生クリームと水を混ぜて出来るのでいつかあとりえの課題でしてみたい。そこの場所で、生バターキャラメルを買った。花畑牧場のキャラメルはきっと買えないだろうと思っていたから。昨日北海道から帰ってきてから母のところにお土産として持って行った。。母の同室の栗田さんは母と仲良しだけど糖尿病があるからあげられない。

また別の日には旭山動物園に行った。富良野からバスで1時間半くらいかかる。メインのペンギンウォークに合わせて園内を見るという方法を、何度も今回の旅のコーディネィターの藤井氏が教えてくれたのだけど、アザラシ館を出て、外の人の波を見て、

「きゃあ、ペンギンを見そこなったらいけないわー!」と波に揉まれて列に並んでしまった。待つこと10分で、ペンギンたちが来た。遠くから見ても、ズンタ、ズンタ、ズンタ!近くで見ても、ズンタ、ズンタ、ズンタ。私の前でポーズをとってくれた。そしてこの波が行くと、何だか大きな人がペンギンの後ろを歩いていた。ズンタ、ズンタ、ズンタ。誰かが、・・・・・・・・「西田さーん」と言った。見上げて見ると、釣りバカ日誌の濱ちゃんがそこにいた。そして私も大きな声で「ハマチャーン」と呼んでいた。もうすぐ上映になる「旭山動物園物語」(ペンギンが空を飛ぶ)の宣伝を兼ねていらしたのだろう。

ますます私は困ってしまう。脇道にそれてしまうが、面白い映画が目白押しだ。「旭山動物園物語」(ペンギンが空を飛ぶ)、「マンマ・ミーアー」、「007 慰めの報酬」、「ベンジャミン・バトン」こうなると、私はペンギンの着ぐるみをつけたメリルストリープになって、ABBAのダンシングクイーンで登場し、007のテーマにのって、バキューンバキューン、着ぐるみを脱いだら皺のない20歳の惠子ちゃんになっている。なーんてね。また、また先生どうかしたかしらと言われそうだけど、この頃アクセスが減っているから誰も見ていないに近いから、おかしなこと言ってます。

ところで旭山動物園の飼育係を25年していたあべ弘士さんがあの「あらしのよるに」の絵を描いていらっしゃったのです。最近小学館文庫から小説「あらしのよるに」も出ています。本を読んでまた感動を新たにしました。動物園の中にあべ弘士さんの絵もありました。園内のオオカミの森近くを歩いている時、あの物語を考えていました。おおかみとやぎが暗闇の中で出会ったことを。本物のオオカミはガブと同じく優しそうでした。

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2008/08/15

カントリーライフと鹿との遭遇

Kawahyou

このところ、親戚の子を預かることが多く、そのパワフルさに辟易もし、元気の素を抜かれていたが、負けてはならじと私もプレイガールになって、トンボ採り、チョウチョ採り、甲虫探し、サッカーゲーム、花火、しりとり、国旗カルタに興じていた。その空いた時間に畑の収穫や整理、肥料すきなど、また種まきも少しだけしている。プレイガールというよりはカントリーガールです。

今年は鹿にやられず、何年ぶりかの大根の収穫はうれしくてうれしくて、鹿避けの杭を打ってくれた芳州先生のお蔭と『感謝、感激、雨、アラレ!』と思ったら本当に霰が降ってきた。8月12日のことだ。その霰の害は我が家の畑のルッコラを直撃し葉に穴を開け、柔らかい葉は傷ついてしまった。

雷三日という言葉があるが、8月上旬は八ヶ岳山麓にも雷が多く落ちた。そして、雨が降るとバケツをひっくり返したように降る。私も天気を見ながら梅干を干したり大根を引き抜いたり、種を蒔いたり、空の雲を見たり、自然の中に身をゆだねている。

Kawadaikon1

大根は毎年母の元へ持っていくのだが、現在は入院中のため、食べてくれる人がいない。その大根を誰かに送るということも、やぶさかではないが、標高1400メートルから平地で、しかも気温35度などのところに移動すると、すぐに、グニャッとしてスーパーの商品以下の様相を呈してくる。そこで本当は送りたい人もいるけれど、手続きももどかしく送らずじまい。

結局川上にいる間に沢庵漬に挑戦することにした。夏場なのでかなり塩を濃くしてつけてみた。高血圧や健康のために減塩している方にはあげられないけど、作ってみて食べられることは食べられた。既成の沢庵漬の素での出来ではあるが、黄色の色素をどうしようか迷った末に入れてみた。ほんの少しだけだったけど、結構濃い色になった。

そんな農作業の真似事をしながら、この夏休みを過ごしている。8月13日には川上村のマレットゴルフ場に行って見た。カラマツ林の中にあり、大深山遺跡のそばにある。その3日前に松原湖のマレットゴルフを体験して結構面白いと感じたから近くの川上村のマレットゴルフもやってみようということになったのだ。村の文化センターで、クラブとボールを借りた。2セットを4人で廻った。

そのあと、川上村村営のレストラン木樹里で天ザルを食べた。食後のコーヒーをぼんやりと飲んでいると、ガラス窓越しに?・・・・・・シカ!シカ!鹿っ!

Kawasika1Kawasika2_2  

                            こちらを見ながら草を食んでいる。時々耳をブルッとさせている。

急ぎ階段を下りて、村役場の裏手に行くとまだ逃げもしないでこちらを見ている。まるで 『どこかで会っていますよ。』と言っているように。写真は幸運にも手ブレせずに写っていた。ラッキー!役場の人や村の人はこのような光景を日常茶半に見ているのだろう。自己防衛のためにかほとんど動かない。目がクリッとして可愛かった。我が山小屋とは直線距離で7キロか、8キロ離れている。たった1頭で移動している。パソコンで大きく伸ばしてみると頭部に角の出かけた瘤状のものが見えた。オスなんだ。写真をクリックすると少し大きな鹿を見ることが出来ます。

今日はこれから久しぶりに新横浜の獏で飲むので、手にマニキュアをしてカントリーガールからシティーガールに戻ります。

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2008/07/13

映画『BUCKET LIST(棺おけリスト)』最高の人生のみつけ方より

今年6月にドイツを旅行した時、往路の飛行機の中で、ジャックニコルソンとモーガンフリーマン主演の映画 『最高の人生のみつけ方』を見た。ちょうどその二人の雰囲気に似ている4人のライダーとアルザスのレストランで隣り合った。独仏国境近くをオートバイで旅行している仲良しの仲間と見た。皆で水とピザを注文して、なんだか楽しそうだった。下の写真が彼らだ。

Risutojpg この記事のタイトルにある、BUCKET LISTは日本語表示にすると『 最高の人生のみつけ方 』だが、直訳すると『 棺おけリスト 』となる。その表題の写真に使って大変申しわけないが、この映画を紹介すれば、分かってもらえる。

映画のあらすじを紹介するが、それを聞いたからとて、映画への感動は減りはしないと思う。

実業家エドガー(ジャック・ニコルソン)と自動車整備の仕事をするカーター(モーガン・フリーマン)は病気入院し医師に余命半年と告げられる。お互いにないものを持っている性格に惹かれて親友になる。そこで、財力のあるエドガーと知識力のあるカーターは棺おけに入らないで人生でやり残したことをしようと、リストを作る。

始めは落ち込んでいる二人だが、次第にリストをチェク出来ると、前向きに明るくなっていく。スカイダイビングをする。荘厳なところに行く。サーキット場で好きな車に乗る。世界一の美女にキスをする。タトウーをする。アフリカの自然公園でライオン狩りをする。ピラミッドに登る。万里の長城を歩く。エヴェレストに上る。次から次へとかなえて行く。

そして、監督が言いたいことはなんなのかを考えると、男2人を対照的に違う男としてとらえることで抽出できたもの。それは愛だ。信仰心の強い男カーターが家族揃って食事をして、妻との愛の予感を感じさせて倒れるシーン。そして、エドガーが世界一の美女とキスをするシーン。それは絵画でたとえれば、デッサンの黒い濃いペンの軌跡のように感じる。最後の場面はこの映画の予想外の場面だった

人はいつ何があっても愛の線、愛を感じる線が自分の人生の中に書かれていないと天国には召されない。監督が言いたかったのはそんな気がする。私の好きな映画『スタンドバイミー』の監督ロブライナーが作ったのですからね。私がもう少し暇になったらもう一度見てみたい映画だ。日本名は『最高の人生のみつけ方』だが、ジャック・ニコルソンのインタビューの中で、どこの国でも原題で紹介されたいと言っていたので、私は敢えて『BUCKET LIST』にしました。

ところで、1000人の人に自分の死ぬ日を知りたいかと聞くと96パーセントはノー、後の4パーセントはイエスだそうだ。私はどうだろうかと考えたが、今のところはイエス。

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2008/04/20

コーエン兄弟のノー・カントリーを見て

ジョエルとイーサン・コーエン兄弟が監督した《ノー・カントリー》を2週ほど前に見た。コーエン兄弟はどちらかと言えばミニシアター系のコーナーにあったが、今度はプレミアでの上映でアカデミー賞もたくさん取っていたのでメジャーになったのだと楽しみに映画館で見た。私にとって少し残念だったのは、奥さんのFマクドーマンドさんが出ていないことだった。それは些細なことだが。チョコッと出ると、ああ内助ね、と頷ける。

この映画について、考える資料にしようと、以前も見た《ファーゴ》を借りようと、2回もTSUTAYAに行ったが貸し出し中だった。アマゾンで買えばよかったのだが、デスクワークを少しでも減らし、ついでに体重も減らそうと駅前まで歩いた。

TSUTAYAではその代わり、《ミラーズ・クロッシング》があったので、それを借りた。イタリアマフィアとアイルランドマフィアの戦いと駆け引きと男の友情。ここには、《ノー・カントリー》と同じ底に流れているものを30%ほど感じた。つまり、女脳じゃない考え方だ。

ノー・カントリーではテキサスの荒野の画面を天と地に2分の一にしていることだ。そのために、テキサスの広大さが臨場感を伴って感じられた。美しい画面構成だった。そして映画を映画館で見る面白さが感じられそこからワクワク・ドキドキが始まった。

映画の中には、隠された比喩≪メタファー≫がある。それを探そうとこの2週間考えている。コーエン兄弟が言いたいことと、自分にとっての思い当たることと、それは今までにないアカデミー賞を取るほど、庶民を感動させる何かがあったはずのものがあったのだと言うことなので、それは簡単には探せないと思って、考え続けている。まるで、スルメを噛み続けるみたいに。

そのせいか、上映されている時に感じた殺し屋シガーの恐怖はその後の咀嚼作業のために、今ではかなり薄れてしまった。今残っているのは、保安官トム(トミーリージョーンズ)の奥さんとの会話だ。パンフレットの中にはこれが男脳のストーリーのためにどなたも、解説、評論していないが、引退を前にした、男の心情を受けとめる妻の気持ちも表している気がする。そこまで言うと平坦なドラマに成り下がりそうなので言えないのかもしれない。ここでマクドーマンドさんが奥さん役で登場しないからよいのだ。

全編を覆っている、恐怖感や暴力的なものがありながら、怖い怖いと言いつつも、耳を塞いで見ていた。私自身、最近年令による攻撃性が出てきたことを、夫に指摘されることもあるので、このぐらいの恐怖を感じる作品を見ておくことも生理上、ホルモンバランスのうえで、必要なのかもしれない。

それと逃げる男モスが日本の誰かに似ているように感じたが、誰だったかはまだ思い出せない。

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2007/12/26

5才の子と見るビデオ 「あらしのよるに」

親戚の子トモクンを預かって川上に来た。サンタさんからのプレゼントの仮面ライダー電王のデンライナーゴウカとナギナタとの未来音で、家の中は静寂さが失われている。敷地の中の雪が残っているところで午前と午後にソリ遊びをする。畑の杭や大きな石があるところにお風呂場のマットで覆い滑る。うまくすると25メートルは滑れる。トモクンは動作や積極性がやはり、娘を育てた感じとは違う。やはり男の子だ。別のコースでも滑ろうとやってみたら直径4センチほどの木にぶつかり大泣きさせてしまう。かすり傷が残る。

夜になって食後のデザートの半手製ショートケーキを食べて、おもむろに用意してきたビデオを見る。DVDはパソコンでしか見られないため、3人では無理なので、蔦屋のキッズコーナーではVHSビデオを探し、「あらしのよるに」(きむらゆういち原作・杉井ギサブロウ監督)を選んだ。

私は蔦屋で、その日、誰と見るかで、ビデオやDVDを真剣に探すのが好きだ。だから、ポイントを貯めて、映像用の解説本をもう2回もらっている。読んだものは赤で線を引き、いつか読みたいものには青い線を引いている。だから、時間がないときでも大急ぎで本を見てたやすく探すこともできる。

「あらしのよるに」は2匹の動物が嵐の夜に真っ暗闇の中、出会う。暗くて顔も見えないが考え方が似ていて、なんだか気が合いそうなので、友達になろうと約束して明くる日「あらしのよるに」を合言葉にしてまた会う約束をする。しかしその2匹はなんと、狼とヤギだったのだ。

5歳のトモクンはやはり、私たちの感じるところとは別の浅瀬で感動してた。でも一緒に楽しそうだった。山小屋で見るのに良かったし、今の私の気持ちに呼応するものだった。

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2007/11/26

連休はエキサイトした日々だった

連休は我が家のリビングで、親戚の子、トモクンと一緒に「レミーのおいしいレストラン」を見た。あとりえのモモコちゃんが 「レミーのおいしいレストランは絶対見てね」 と言っていたからだ。台詞の中に、《 一つの食材ともう一つの食材が一緒になるともっと別のおいしい世界が拡がるよ 》と言っていたのが、印象に残った。でもやはり、ネズミに抵抗感はあった。子供のように頭をリセットしにくいのはなぜかな? 言いたくないな!

あくる日は鶴見川の河川敷の整備された土手の芝生で、草スキーもどきのダンボールスキーをした。前日に散歩で出かけ土手でスベッテコロンデ、発見した、というより思い出した。昔、娘たちとそんな遊びをしたことを。

ダンボールに紐を付けて、ビスケットとオセンベと目薬と、お茶を持って出かけた。土手の坂をトモクンと、ココと3人で干草だらけになって何度も滑った。前日にジーパンのお尻に穴が開いた。そのジーパンでまた滑った。若者の真似の穴あきジーパンがお尻だけでは洒落にもなんねー、でもそんなの関係ない!でもそんなの関係ない!

昨日はまたヨネヤマに熱帯魚を見にも行った。そばに斑入りで新種のポインセチアが咲いていてもうすぐクリスマス!イルミネーションも新種がきれい! 今日トモクンは西船橋に帰っていったけど、彼と一緒に遊んで、体脂肪が1減った。それと注文していた新しい訳の聖書が教文館から届く。文字のポイント数が大きい。

夕方、「内田樹の研究室」を見たところ、ビックリしたことがあった。私にはなんだか難しいプロセスを経て、コメントを入れさせていただいた。私の過去がちょこっとわかります。

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2007/09/10

トランスフォーマーを心して観よ!明日は9・11

昨日すごい映画を見た。《トランスフォーマー》 

ホントは1人で、医療関係の《シッコ》を観るつもりだったのだけど、芳州さんも一緒に行く時間が取れたので、検索してから《トランスフォーマー》にした。トランスフォーマー=変身。

私は単純に面白いと思った。芳州は映画を制作する立場で観ていたようで、楽しんでいなかった。妻の私の心臓がどうかするのじゃないかと思っていたみたいだ。心臓の悪かったニトロな父の娘だからね。

音響が半端じゃなかったから、耳をふさいで観ていた。小さい子どもは映画館では観てはいけないんじゃないかな。刺激が強すぎると思った。DVDの方が刺激が少ないと思う。面白いかどうかとは関係なくね。映画館にもよるけど、私が観たのはララポート横浜のTOHOシネマズだ。

想像力を働かせる映画はたくさんあるけど、ロボットが映画館で変身していく様を見るのはすごい。そして、そこらにいるようなアメリカの高校生の男の子が地球外生命体と対等に戦うことになっていくこともすごい。でも、面白いと思って観ていたけど、やたらと、国名が出て、ロシアと北朝鮮を敵とし、日本の優れた製品ほめてるのが、気になった。パンフによれば、マイケル・ベイ監督が日本へのオマージュを捧げているのだとスピルバーグは言っているけれど。それくらい日本は軽く見られているのかなとも取れる。

トランスフォーマーの中で始めに異星体と戦う場所ががカタールで、話が進んで、アメリカの都市での戦闘場面では9・11を思い出させた。それはビルの中にその金属ロボットが滑り込んでいくからだ。だから、映像を逆戻りしていけばカタールはイラクのような気もする。が、カタールは英国領だった国で、ドーハが首都だ。でも石油産出国だ。そして明日は9・11だ。

昔、なにかの話で聞いたことがある。人間は地球の中でどうしても他の国と争ってしまうけど、宇宙人が来たら結束して、地球を守り、きっと地球人同士仲良くなるだろう。その話はどんな時、誰が言っていた話だか覚えていないが、この映画を見て思い出した。

そして、上映前のコマーシャルで、他の映画の紹介がされていたが、あと2本くらい、エイリアン的なものがあった。アメリカとして、地球外生命体の出現しかもう期待できないほどになっているのだろうか。それともそんな深読みなしで戦争に行く若者を増やしたいのだろうか。ゲームのように。それとも、日本にオマージュを捧げて日本の若者も戦争に行ってほしいのだろうか。

8月上旬だったら、そうは考えなかったかもしれないが、昨日今日では安倍首相の発言もあり、そうも考えられるような気がする。私は昨日書いたブログにちょっとしたミスがあり、削除して、落ち込んでいたので、今日、この事を書いて少しすっきりした。専門外のことに夢中になってはいけないようだ。そして良く調べて書かないといけない。

訪問してくださる皆さんのアクセス数が応援の印になるだけだ。ショボ!でも私にミスを教えてくれた友人にはお礼を言いたい。

ところで、地球外生命体の核になっているキューブは私としてはまた父のルービックキューブのことを思い出した。CGで金属が変化していく様子はきれいだと思った。一番私をうれしくさせたのは車がトランスフォーマーして、主役のサムの子分ロボットとしてその後も一緒にいて、ガールフレンドと一緒の生活を見守っていると言うハッピーエンドだったから。いつでも、映画は勇気あるものが、幸せになる。

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2007/04/15

幸せな時間

Yoseue今日は私のお誕生日なので、少しノンビリして 《幸せな時間》 を持とう。

母は小学校から中学校まで、毎年お誕生会をしてくれた。私は友人たちに、自分が植えた植物を見せたり、こうして庭を造ったといっては自慢をしていた気がする。垣根の木が4月15日を前後して芽吹くので、その木のその年の、芽吹き方を見て誕生会の日にちを決めていた。

葉が出て緑が多い方が庭が素敵に見える。チューリップを色分けして植えたり、石を置いたり、小川に見立てた水を流したり、他愛ないものだったが。それはそれは 《幸せな時間》 だった。

年月を重ねてくると、自分にとっての《幸せな時間》 がはっきりしてくる。ある意味では我が儘でもあるが。まずいつも言っているのは、

「まわりに3匹のチョウがいること」・・・・・・・ 「好きな音楽が流れていること」・・・・・・・「その日、その時に感動できる映画が見れること」・・・・・・・・・ 「できるだけ自然に近いところで食事が出来ればハッピー!」 「犬がいればなお良い!」となる。

そして、今では時間があると、「好きなブログを見るのも幸せの一つ」だと思っている。昨日の 「きっこの日記」 には 《Born to be Wild》 の記事が載っていた。たまたま、同じ日に私も似た感動をしていたので、私も書き出してみたが、話の膨らませ方が全然比較にならず、がっくり、やめました。きっこは娘たちと同じ世代なのに何か心が通じる、大好きな人だ。私の書きかけのへたな文章も、メモ程度に残しておこうと思い旅歌ノートに綴ることにした。

★ 仕事への道の途中に聞くジョージア オン マイ マインド 窓からの風緑なりけり

ところで昨日、「カポーティー」とジョニーデップの「リバテイーン」 のDVDを蔦屋で借りてきた。迷った時のミニシアター系だ。先週は母が風邪を引き、重ねて転びもしたので頻繁に母の面倒を見に実家に行った。自分で言うのもなんですが、親孝行をしっかりしてきたから。今日と明日は自分へのご褒美の日とします。

《幸せな時間》 は大人になると作りにくい。

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2007/01/06

ココと一緒に「クイール」を見た

Tomo0612 盲導犬「クイール」を見た。

盲導犬は生まれて1年間はパピーウオーカーの元でかわいがられて育ち、その後、服従訓練、盲導犬としての訓練を経て、視覚に障害のある方の杖となって、ハーネスを着けて働く。

我が家のココはクイールの足元にも及ばぬおばか犬ではある。またもう1代前のコロも躾けにも失敗した実績を持つ。知人の観察によると、我が家はみんなが平等だからいけないといわれたことがある。

盲導犬を躾ける前に犬の性格を見るテストもあるようだ。人の目をじっと見る、従順さだと聞く。

人間の子もやはり、3歳までは愛情を降り注がないといけない。それは同じだ。4歳を過ぎた親戚の子T君は男の子なので危ないこともしそうだ。目を離さずに、自由にしながら、躾けるのは大変なことだ。

ココを膝に乗せてクイールを見ながら、彼のことを思い出した。

追記: さて、今朝起きて窓を開けると、一面白銀の世界になっていた。一緒に載せたいと思いデジカメを見ると、電池切れで写せない。その上電池を横浜の家のテーブルに置いてきてしまった。残念。今日の芳州先生のお仕事場への道路情報も心配だ。

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2007/01/04

ドイツが舞台の《飛ぶ教室》をNHKのBSでみる

2003年ドイツ映画《飛ぶ教室》をNHKBSでみた。正義先生というあだ名のあるヨーハン・ベック先生とその生徒たちとの聖霊降誕祭からクリスマスにかけての物語だ。

ライプチッヒの寄宿校に行かねばならなくなった12歳のヨナサンが飛行場から学校へと歩く場面から始まる。

マルチン、マックス、クライツカム、ウーリーの仲間たち、寄宿生の6年生と、通学している中学生との争い。思いがけず判ったヨハン先生の過去、そしてそれが東西ドイツの分断と関係していたり。また子供たちが練習している《飛ぶ教室》のミュージカルを反対され、それが思いもかけぬ方向へといくことなど。

教会のバッハの賛美歌を歌う場面はついこの間ミュンヘンで見たものと似ていたし、街並みも学校の校舎も日本のとは違うドイツの学校のスタイルだ。気候も12月末の陽射しだ。ヨナサンが乗ってきた飛行機がルフトハンザだったのもうれしい。子供たちが喧嘩をする町の雰囲気も確かにドイツだ。子供の頃にするようにいわれた罰が礼拝堂のろうそくを掃除するというのも、よく理解できた。

そしてこの映画で感動したのは辛抱強く待つ先生だ。そして子供たちが声を大にして言う「先生は自分で考えて解決するように指導する」ということだ。

子供たちが歌うミュージカルの中で、「友人を作るのには時間がかかる」というフレーズ。そして、全編に流れる《友情》のコンセプト!

かつて、私の友人の一人であり、ドイツ人と結婚した、優秀で、論理的な頭脳の持ち主、水谷寿美子は私が1回目のドイツに行った少し後に亡くなった。私にとっては親友とも言える人だった。ドイツの話をせずに逝ってしまった。たぶん生きていたらもっとドイツの話ができただろうと、この映画でまたダブルで悲しくなった。

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2006/12/04

NHKドラマ 《功名が辻》 来週最終回

あとりえ・チビッコでは11月末からアドヴェントのようにクリスマスリースを2週にわたり、作っている。工作の材料集めや、その試作のため、KEICOCO先生も忙しく動いている。

さて、《功名が辻》 も来週10日が最終回になったようだが、あとりえのユウキちゃんはいつも功名が辻を見ていて、毎週楽しみにしている。彼女にとって、このドラマは生涯忘れずに記憶されて、多分将来、良きお嫁さんになることでしょう。

今まで、このブログを見ていた方はご存知ですが、私も一豊の妻千代に見習い、夫を支える妻を演じ続けております。そして私どもの名前の一部含めて、《山内一豊田》などと、うそぶき、おもしろ、おかしく暮らしております。

さてさて、最近我が背の君、山内一豊田、実はなにあろう、芳州先生の《豊田芳州のTheme》でもリンクしてございますが、このたび『オリンパスE-system プロギャラリー』ならびに、『オリンパスの技術は、感動のためにある』 に紹介されました。今までフリーになって、いろいろな方々のご支援、お力添えがあってここまで参りましたが、今回このような形になり、大変身に余る喜び、光栄、感動でございます。

このあとりえ・チビッコのブログを立ち上げ、《豊田芳州のTheme》 を妻として協力して立ち上げた甲斐があった、というものでございます。ここに御礼して、紹介させていただきます。

さてまた、あとりえのお母様方、お女中の皆様方、女の鏡、『山内一豊の妻』ですぞ! 戦乱の世、ITの時代を心して、泳ぎきってくださいませ、ませ。来週12月10日夜8時、《功名が辻》 最終回でありまする!

追記// 先生、忙しすぎておかしくなったんじゃありませんから、ご心配なく。ホホホ。明後日でクリスマスリースが出来上がり、あとりえの子の家の玄関がかわいくなるでしょう。

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2006/08/07

DVDの選び方・3才の子用

Tomojpg 《ファインデイング・ニモ》

夏休みなので、親戚の子を呼んできて、ビデオを見ることにした。映画館みたいに、オセンベとアイスを用意してソファに座って二人で見た。その前の日に、なんか彼が来そうな気がしていたので、TSUTAYAで借りておいた《ニモ》。結局のところ自分で千葉まで迎えに行ったのだけれど。

父が私たち姉弟に映画の楽しさを教えてくれたように、私も楽しい導入をしたかった。ところが、夜、見ていて眠くなり、あくる朝にまた、初めからもう一度見た。

彼はニモがお父さんだけなのをどうしてか、分からずにいた。家に帰ってもニモのお父さんとお母さんはケンかをしてた、といっていると言う。3才の知恵はそんなものなんだろう。それでも、かなり、感動したようではある。

以前あとりえの生徒だった、横川ラミちゃんのお母さんが、

「先生、アニメもばかにできないですよ、ニモは子供たちと見て感動しました。」と言っていたのを思い出したから選んだのだ。本当は彼と映画館に行って、見たかったのだが、まだまだこれからチャンスはあるので、今回はあまり怖くないものでおさえて見た。それに眠くなったら、あくる日に伸ばせるからいい。

何回か、サメのグループが、「魚はともだち、餌じゃない!」 と言うフレーズがかわいかった。

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2006/04/09

スニーク・プレビュー 「ナイロビの蜂」を見て

Hp スニーク・プレビューを昨夜みた。 映画の題名、監督、内容、主演者などの一切を隠して行う試写会をスニークプレビューという。 5月中旬ロードショー  ナイロビの蜂

《 アフリカの太陽のように情熱的な妻テッサ(レイチェル・ワイズ)と、イギリスの庭園のように秩序正しい外交官の夫ジャスティン(レイフ・ファインズ)  愛し合っているからといって、相手のすべてを理解しているとは限らない。ジャスティンの場合もそうだった。互いを尊重するという名目で、テッサの人生を外から眺めていたジャステインは、妻が死んで初めて彼女に踏み込んでいく。・・・・・・・・》 

約2時間の上映時間は密度の濃い映像が流れ、ポスターの甘い写真からは想像できないアフリカの今を感じた。悲しくなって泣くんじゃないかと泣き虫のKEICOCOは2枚ハンカチを用意して行ったが、使わなかった。ハラハラドキドキのサスペンスで、パートナーと鑑賞するのが絶対良いと思う。そして今の生活にちょっとだけ不満な人も新しい何かのスタートを切れるかもしれない。そんな力がわく映画。そしてだいぶ後にグッと来る。

今朝、朝食のパンとコーヒーとサラダを食べていて、パートナーである夫に「新しくテーブルを替えよう」 と話していた。そして脳みその中で 《このテーブルはもう23年も使ったから新しく買ったテーブルはあと20年は持つ》 と思った。その瞬間!永遠の愛は! 昨日のナイロビの蜂のジャステインと芳州先生がオーバーラップした。そして私は情熱的で、行動派の妻テッサ!

永遠の愛は? その答えは・・・・・・映画を見てから!

    

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2006/02/13

映画オリバー・ツイストを見る。

実家の母の事務的な手続きをしに目黒に行ってから戻り、シネマズ港北に映画オリバー・ツイストを見に行った。一日に親の用事と楽しいことを抱き合わせにして計画すると、後ろめたくなく、かつ感動が大きくなる。

プログラムの写真を撮って、載せようとこの記事の編集をしていると、「あれいいのかな?」後ろで、芳州の声。プログラムの後ろを見ると、本プログラムの一部又は全部の無断複写・複製・転訳載等(WEBサイトでの使用を含む)を禁じます、とあった。この間、著作権について勉強したのに、やはり、私には、ウッカリがありそう。

亡き父も映画が好きで小さいときの映画館でのエピソードは以前話したが、父は新しい俳優が出ると、占うように「これは伸びる」と言うと、必ず注目されて、大物になっていった。私にも、もしかするとそんな勘が出てきた気がする。オリバーは物憂いまなざしと、芯のある強さがいい割合で混ざっていて、伸びそうだ。

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2005/11/27

父の死・Ⅲ

父は肺気腫、腸閉塞、の治療を受け、最終的には気管も切開し、人工呼吸器をつけていた。今になってみると、人工呼吸器というものは、医療機器でありながら、別の意味をもつものであった。自分の呼吸に逆らい、息をしていた。それでも、それを装着しないでいたならば、3日の命であるといわれた。確かにまわりで同じ病状の方でつけない場合は短い時間で亡くなっている。 最後は母も見舞いに訪れるのがつらかった。それでも、無くなる40時間前に、弟は母を病院に連れて行き、すばらしい写真を撮った。母がベッドに寝ている父の手を取り、二人で見つめあっている写真だ。

今、私は通夜、告別式と終え、2日が経った。そして今日、YOUテレビで、「デッドマン・ウォーキング」を放送するのに気づいた。以前見たことがあり、感動して、ノートに記していたが、父の供養は映画だと、勝手に考え、部屋の片づけを早々にして、ソファに座って見た。

ショーン・ペンとスーザン・サランドン主演で、罪を犯した死刑囚の心の動きと、その罪をいかに贖罪させるか、また死刑反対のテーマを絡ませてもいる。死刑のやり方は日本ではベールに隠れているが、この映画ではかなりはっきりと描いている。私はその中で、最後に死刑執行の場面を興味深く見た。そこで、死刑執行用の器械と人工呼吸器は目的は全く違うが取り付けられたら、同じだと感じた。感じたと言うのは感じたのであって、考えたのではない。

けれど、つらい思いをする父は今はもういない。

私の孫のトモクンは告別式の後、家に帰り、娘がひいじいが死んだことを話しても、理解できないでいた。そこで娘は「ひいじいはお星様になった」と話したという。すると「お星様にすんでいるの?」 と聞いたという。私も人工呼吸器のことなど忘れて、お星様に住んでいる父のことを思いたい。

このブログをみていて、通夜、告別式にご参列された皆様、「父の死」はこれで終わりにいたします。もう少しの時間をいただいて、明るいKEICOCOに戻ります。

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2005/11/25

父の死・Ⅰ

最愛の父が亡くなった。心筋梗塞に始まり、たくさんの病いと戦い、11月22日の「いい夫婦の日」に人生を終えた。81歳であった。

幼い日、学芸大学や渋谷、目黒の映画館に連れて行ってもらったことは忘れられない思い出だ。映画の楽しさはもちろん、映画館での楽しみも教えてくれた。

当時、映画館ではスマックというアイスクリームが売られていた。それを私と弟が暗黙の了解のもと、ねだるとすぐに、売り子の人を呼んで買ってくれた。あの味は忘れられない。リンゴを持って入った時、ナイフを持ってないので手で割って食べさせてくれた。私たちには父がスーパーマンに思えた。

昨日、通夜を終えた。今これから、告別式にむかう。父は喉に穴を開けて、最後はしゃべることもできなかったが、なくなる1週間前に、意思の疎通ができた日があった。そのとき私の髪の毛を見て、きれいだねといってくれた。今、目黒のお寺にはまだ冷たい父の体がある。父との最後の別れの時だ。きれいにしてでかけよう。

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2005/05/17

「過去のない男」を見て

P6160123フィンランド映画「過去のない男」をDVDで見た。アキ カウリスマキの名前は聞いたことがあったが、この作品がそうとは知らず、TSUTAYAのヨーロッパコーナーから探した。

あらすじは少しでも言ってしまうとつまらなくなるので言わない。見ている時に引き込まれ、見終わって、体の中を不思議なホルモンが駆け巡るような感じがした。途中でじゃがいもを植えるシーンが私には、うれしかった。ヘルシンキの駅がドイツの駅に似ていた。どうしても、ドイツを思い出す。

今後、アキ カウリスマキの作品を探し、見てみるつもりだ。どうして惹かれたのかを知りたいから。アキ カウリスマキをniftyで検索する途中、TERVE!! と言うフィンランドから発信しているブログを見つけた。

この写真は去年、ドイツのボーデン湖畔の町、メーアスブルグで、私のカメラを使って芳州先生が撮影したものです。

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