2014/10/21

初めての挑戦@カラオケ

Hamanako
横浜山手イギリス館でガーデニングとかぼちゃランタンを作ってから急ぎ家に戻り、浜松へ浜松へと心急く私でした。浜名湖は広くて、浜松からバスでホテルまで30分ぐらいはかかり、夕陽が落ちる5時ちょうどに着き、浜名湖に落ちる夕陽を撮影した。

年に一度のスキー部OB会の宴席ではあるが、お仲間の皆んなはどうしても年齢を意識してしまうお話が多かった。当たり前だ。学生時代から数えれば55年が経っている。こちらのいろんな事情を話せば、あちらも慰めてくれるように話してくれる。友情という四角くて硬い愛が長い年月に熟成されて、丸くて柔らかい誰とでも触れ合うことができる、信頼のハートになっていた。夫の友人たちと、長い年月でお互いに変化しあって来たのだと思う。

最近、私はカラオケを始めた。理由はあるのだけど、まあ老化予防とでも言っておきましょう。ただし殆ど川上の家でタヌキやキツネ、鹿を相手にして歌っている。相棒は昔の音楽の成績は良かったのにカラオケで声が出ないのは屈辱だと言っている。私は流行歌やポップスは好きでハミングはしていたが、相棒がその手の歌を軽蔑していると感じていたのでカラオケのチャンスは殆ど無かった。クラシックが趣味なのだから仕方がないと思ってもいた。このスキー部の会で妙高高原の旅館で無理やり歌ったのが初めてで、今まで「ブルーライト横浜」しか歌ったことがない。
が半年ほど前にジャパネットタカダで簡易的なものがあったので購入した。以来川上に行くと歌っている。今回はスキー部の皆さんの前で積極的に歌った。生まれて初めてのことだった。相棒はポップスにしても演歌にしても歌詞の良さに最近気づいたらしい。私の歌い方がいいからだ。

そして今日が来るのを少しだけ心待ちしていた。^_^
始めは地元の月花夫人だ。女心を演歌で歌うのが上手だ。隣の宴会場の音が大きかったので、私は負けずに、皆んなが元気になるように「踊るポンポコリン」を歌った。可愛い歌だからね。そして演歌が上手なスキー部の人たちが次々渋く歌った。藤沢さんが「北国の春」を歌うと、相棒は席を立って一緒に歌いだした。好きな歌だからね。そしてまたカラオケ名人の月花夫人が再び演歌を歌った。

私はもう一曲歌いたくなって仲居さんに選んでもらった。
「私はピアノ」  少しだけ感情が過多になった。

こうして、10月18日は生まれて初めてのことを2つした。2014年10月で言えば3つの新しい挑戦をしたことになる。ガーデニング寄せ植え、カボチャランタン、カラオケ。Hamanako2

あくる日はスキー部ОB会の仲間と浜名湖周遊の遊覧船に乗り、鰻屋さんでお昼を食べてから来年度は東京で集まることを約束してお別れした。

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2013/12/31

大瀧詠一の訃報

大瀧詠一が亡くなったというニュースを今日、大晦日、おせち料理を重箱に詰めながら聞いた。私は大瀧詠一を父から教わって好きになった。2回ほどあとりえチビッコのブログで書いている。

私は3回彼あてにバレンタインデーのお手紙を書いている。出しそびれて出しそびれて、いい年をしてまるで失恋でもしたようにその手紙をつい最近捨てた。田園の誘惑では≪オールデイズを聞きながらⅡ≫でもその思いをチョコット書いた。今亡くなったなんて信じられない。このブログ上に昔書いた過去ログを載せることで哀悼の気持ちを表したい。

父を思い出す大瀧詠一の≪カナリア諸島にて≫ 2009・02

2009年のバレンタインデーの私のイベントは終わった。2008年の時には大瀧詠一のことを織り込んで書いたので、ここずっとCDを流している。≪A LONG VACATION≫ そして、また父を思い出している。父はよく私に「いい曲が流行ってきたよ。」とか「カセットテープに入れておいたよ。」と言って、「聞くか?大瀧詠一だよ。」と言った。そしてコーヒーサイホンを出して豆を挽きを、時間を楽しむようにコーヒーを入れていた。

なぜだろう、この音楽というものは聞いただけでその日に戻れる。母は父のことを今いる老人保健施設で、思い出すときもあるようだ。私が父を思い出しているのが大瀧詠一のカナリア諸島にてと言ったとしても、母は呆けていないけど、わからないだろう。 「大瀧詠一?ああ、そういえばS医大病院に行った時、大滝秀治がいたわ!」になってしまうだろう。母の世界と父の世界は違っていた。母は台所仕事を終えて父が見ている映画を見ると必ず「どっちが悪でどっちがいいの?」と聞いていた。いつも私は黙って聞いていたが、なぜだろうと思い始めたのは五十才を過ぎてからだと思う。家族と言うのはなんでもひっくるめて許しあっているからだ。自分の家庭を作り始めるとその違和感に気が付く。但し父と母も私が5,6歳の時はロマンチックだった。

私は今、自分の家庭を作り、そして太陽に衛星があるように、子どもたちは独立していった。きっと私たちにもその違和感はあるんだろう。子供たちが小さかった時が懐かしい。中高年の誰もが使う決まり切ったフレーズさ。なんという時間、なんという太陽の寂しさ、自分が月になっているような感じ。バレンタインデーに時間を使ったことの副作用か。バレンタインブルー。次に進まねば。

ところでウィキペデイアで調べると大瀧詠一について、私の知らないことが大変詳細に書かれてあった。音楽についてのこともさることながら、直感的にだけど、今またみんなが心ウキウキになる曲を作ってほしいと思った。こんな時代だからこそ、こんな日本だからこそ。風立ちぬ、君は天然色、さらばシベリア鉄道、幸せな結末、恋するカレン。父はカナリア諸島にてが好きと言ったのはなぜだったのだろうか。ことろで大瀧詠一はクレージーキャッツともお仕事をしたと書いてあった。そうかそうだ。母はいつも父のことを、無責任男と言っていたから、そういう流れがあって、父は感覚的に彼の音楽が好きだったのだろう。チョコでも持って父のお墓参りでもしましょうかね。きっと境内の梅が香り始めているでしょう。

2008年のバレンタインデーのメッセ-ジ 2008・2

昨日はセントバレンタインデーでした。《2008年のバレンタインデーのメッセージ》をここに載せます。ブログにはチョコレートはつかないけれど。

『一本の樹 』   
今日も清里大橋を渡り川上村の山小屋へと向かっている。八ヶ岳山麓の深い谷を跨いで渡る清里大橋。その深く黒い谷を見下ろして遥かに8つの峰が聳え立つ。今夜は宵月、真上からの月が森の木々を照らす。付近の別荘からの灯火がちらつく。月光のなんと強い力か。2月14日も今月今夜のこの月。膨らみ始めた蕾のような月は、影以外を平等に照らしている。国道141号の野辺山の温度表示は-11度を指していた。  

小海線はカタコトと2両で平地を走って行く。乗客は5人。空には月と星が同時に瞬き、私は車のウインドウを開ける。走り去った列車の妙に懐かしい響きを聞きながら天空の瞬きにため息が出る。大瀧詠一のCDを入れると、《カナリア諸島にて》が流れてきた。父が好きだったのが頷ける。束縛しないゆったり感のメロディーに詩の率直さが合っている。小海線を渡るとなんだか涙が出てきた。山小屋に近づくにつれ今日降ったと思う雪がギシギシと鳴る。車のギアを4から3にして坂道を登っていく。曲は《さらばシベリア鉄道》に変わる。白樺の樹影がダンスを踊り、車のライトが雪の結晶を一粒一粒照らし出し、見る間にダイヤモンドに変っていく。  森の木々はまっすぐに天に伸びる木もあれば、斜めに傾斜して他の木に寄りかかる木もある。樹齢を数えられぬほどの古木には苔が付き、その樹種も分らぬほど神さびている。若い木は細いがしなやかに、雪の重さに耐えている。

私は2006年冬にミュンヘンから列車で4,50分のランズベルグに行った。レヒ川がそばを流れているので《Landsberg am Lech》。 列車で走りながらミュンヘンから遠ざかるにつれて、ヒットラーも通ったはずだと感じていた。街はクリスマスマルクトの明かりが灯り、忘れられない情景だった。4泊し、街の周囲にある城壁に沿い、遠くに広がるバイエルンの平地を眺め、マルクトの屋台を楽しみ、教会で祈った。 日本に戻りブログ《あとりえ・チビッコ》にランズベルグの旅の様子を書いたところ、第一次世界大戦についてのホームページの中にヒットラーがランズベルグの刑務所に収容されていたことが分った。1924年12月に出所し、写真家のホフマンが車で迎えに来たとある。この場所は12月13日に私たちが写真を撮ったところだった。自分の写真と地図を照らし合わしてみると、あの樹は右の写真の手前にある太い樹ではないだろうか。詳しく調べたわけではないが、太さから樹齢を考えて、間違いないように思う。私はあの日、あの場所で 「この樹は太いがいつから植わっているのだろうか」と、この事実を知らずに樹に聞いていた。インターネットを10年前には使えなかった私も、今では知識や情報のためになくてはならぬものになっている。こうして何気ない『一本の樹』が、歴史の証明の舞台装置として今も存在し、それにリアルにもヴァーチャルにも体験できたことに不思議な感慨を感じているのです。                                                                         2008年1月19日              Keicoco

このようなことが起きてしまうことも予測できない過去に書いたブログのため哀悼の文章にふさわしくありませんが、すぐに気持ちを表しておきたい衝動に駆られ載せることにしました。

皆さまの新しい年のご健康を心よりお祈りいたします。

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2012/10/07

音楽を聴いて描く@ガムラン

 今回は民族音楽のガムランを聴いて描かせた。インドネシアバリ島のグヌンサリ楽団の≪ベンデット≫を選んだ。ガムランは大小さまざまな銅鑼や、鍵盤楽器を使って、舞踏と一緒に奏でる音楽だ。昔、神奈川県民ホールに、ブリアタン歌舞団が来た時にその演奏を見に行ったが、幻想的でもあり、激しく盛り上がっていく様は衝撃的だった。子どもたちにはクラシックやジャズなのどを主に聴かせて描くことをさせていたので、少し毛色の違う音楽にしてみた。今回は私も見本に描いたものを載せてみた。

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左からヒロト、アスミ、keicoco。

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左からマナミ、レイナ、リホ。

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左からリコ、リン、トモヤ。

もちろん、このような課題の日は開放的になり、楽しく話をしながら絵を描く。この時間がいつかものすごい心の財産になるはずと思っている。   

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2012/05/25

愛してる、愛してない、愛してる

ガーベラ3色とヒマワリの中から1輪を選んで描かせた。

愛してる、愛してないと花びらを抜くことを知ってるかと聞いたら、6年生も1年生も知っていた。それなら好都合とどのように描いても良いと説明する。もったいないけれど花を解剖して描くことも必要だ。
そして『花は咲くプロジェクト』の音楽を聞き、描いた。あとりえチビッコでは音楽を聞いて描くことをよくしている。それは音楽に象徴されているものをイメージして描くことをさせているのだが、今日はいつもと違い、『花は咲く』の意味を考えて描くのであった。被災地出身の人たちの歌声は悲しみと、もう戻れないあの頃と、これからの自分に問うものが歌と詩を通してジーッと伝わってくる。まあ子供たちには重すぎるかもしれないし、何もわかっていないかもしれないが。でも子供たちの絵からは花の美しさが伝わってくる。今はそれでいい。

Hana_asumi

Hana_hirotoHana_manami

                 

左からアスミ、ヒロト、マナミ。

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左からレイナ、リホ、リコ。

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Hana_tomoya 左はリン、トモヤ。

今日も子供たちは幼稚園時代の友達の話や、運動会で踊るソウラン節がいやとか、話しながら、楽しく絵を描いたのです。

※ 印刷のことは書体を変えてみましたらスムースにできました。よく意味がわかりませんが、まだまだパソコンは私にとって魑魅魍魎です。

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2012/04/20

馬頭琴を聴いて描く@イラナ

Gsen_hirotoGsen_asumiGsen_manami左からヒロト、アスミ、マナミ。

Gsen_reinaGsen_rihoGsen_riko   

左からレイナ、リホ、リコ。

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左からリン、タケシ、トモヤ。

今回はモンゴルの女性馬頭琴奏者イラナの『G線上のアリア』を聴いて絵を描かせた。馬頭琴の奏でるアースカラーな感じを子供たちはどのように描くかと想像し、太いマーカーでラインを描かせ、その後細いマーカーまたはク―ピーで面を塗り自分のイメージを表現させた。同じアジアに住む女性奏者の演奏だからか、心にしっくりするものがあった。導入部分は私の15%程描いた作品を見せて教えた。子供たちは自分を上手に表現できたと思う。

このような指導の際に以前は芳州先生に選曲してもらい、レコード、CDをカセットに入れてもらい、コンポを持ち歩き、作業に手間取ったが今ではipadで自宅に居ながら選曲を自由にでき、購入も速やかにできる。今回はG線上のアリアのほかに6曲入り、600円だった。昔レコードからCDに変わりつつあった時には「音がね」という声も聞かれたが、本当の鑑賞者には不満もあるのだろうけれど、このような作業の時には十分なツールだと思う。ipad一つですべての作業が出来てしまう。

今回のような音楽を聴かせて描く時にはピアノやバイオリンをしていたりすると、その音楽の成り立ちが理解できてそれを表現しようとする子がいるが、今回はそうとも言えなかった。子供たちを知っていると描けた作品はどれも良いと思うし、苦しまずに楽しく描ければ、バックグランドミュージックとしていつでも聴かせてあげたい。

下記はEmi MUSIC JAPANのイラナさんの紹介文

イラナは198721日、中国の内モンゴル自治区東部に広がるホルチン地方の大草原で生まれた。幼い時期を遊牧民族とともに暮らす。5歳の時に蘭州の両親の元に移り住み、6歳で馬頭琴を始める。女性の奏者がほとんどいなかった馬頭琴奏者の中でも めきめきと頭角をあらわし、10歳のとき蘭州青少年音楽コンクールで優勝。2001年、舞踊家である母、歌手である叔母と一緒に住む為、来日。2004年、初レコーディング。アジアの女性アーティストを集めた CDASIAN MUSE亜細亜的女神」(EMI)に参加。 20054月、コロムビアミュージックエンタテインメントより、アルバム「美麗的大草原」でCDデビュー。2007年春、角川映画「蒼き狼」サントラ収録のため、イメージソング「エターナル・ホライズン」を録音。マレーシア国際音楽祭に出演、オーケストラと共演を果たす。内モンゴル60周年記念式典で、6万人の前で演奏をする。

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2012/03/29

トリオ・ソナタの夕べ

昨夜は大倉山記念館で古楽器のコンサートに行った。今から6年位前に教えていた中山嵩一朗君から招待状が来たからだ。

Shuu_001_2   送られてきたパンフレットには詳細なことは書かれていなかった。会場に入って詳しい小冊子を読むと、彼、中山嵩一朗君の姉、元花ちゃんも名前が記されていた。そしてコンサートが始まると、この会の設立者である川名勇気さんがリコーダー、嵩一朗くんがバイオリンで登場した。この会の名はコンチェルトジョコーソ、古典楽器の会なのでした。そして『トリオソナタの夕べ』と題して、芳州さんが好きでよく聴いている雰囲気の音楽が続いたのです。クープランもコレッリもヘンデルもヴィバルデイもよく聞いている曲です。

私には古典楽器の奏でる音楽の素晴らしさも感動ではあったが、中山嵩一朗、元花(ハルカ)姉弟に会わなかった6年の間に、このように成長されて楽器を技術的に修得されていることに驚きもした。元花ちゃんは大きなチェロを弾いていた。そして私は希望が丘の八ツ橋幼稚園で絵画を教えていた時に、二人がピアノを連弾したことを思い出した。嵩一朗君は姉の元花ちゃんがいつもお母さんのように守っていると感じていた。あとりえに初めて来た時、お母さんは彼に手に職をつけてあげられたらと言っていたことなどを演奏を聞きながら思い出した。チェンバロ、ヴァイオリン、フルート、チェロ、リコーダーの演奏が記念館の音楽堂に響き、私はたっぷりと春の夜の旋律に魅了されていた。Shuu_002_2

そして、昨日は、やはり長いことあとりえチビッコに来ていた旧姓橋本和美ちゃんに駅近くで会った。姉弟の可愛いお子さんを連れて若いお母さんのまぶしさがあった。またいつも生協で会う、昔ママだったおばあちゃんも一緒で、すごい嬉しそうだった。
昨日は結局3人のあとりえチビッコOBに会った。皆、輝いていて私は嬉しかった。そうそうハルカちゃんのママは相変わらず美しく私は花束の中にサンダーソニアが入っていなかったが、お母さん自体がサンダーソニアだと思った。お父さんもとっても立派になられて嬉しそうだった。お子さんたちの成果はご両親の努力の賜物だとも気付いた。

これらは縁なのだな、と思った。そして、私は記念館の坂を下りながら『私の財産だわ!』と呟いていました。

練習スタジオはスタジオ・ユール
(大倉山記念館から10分ほどのところにあるスタジオとのことです。)
今回は昨年春に続き2回目です。昨年は行きそびれました。来年はホームページをよく見て予定したいと思います。
http://www.studio-jul.com/

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2012/03/26

マッキーと嵩一朗君

Hp 展覧会が終わってみるとこの三ヶ月間が結構緊張していたと気がつきました。19、20日と終わってからは片付けやいわきへのお墓参り、実家の母のご機嫌伺い兼、父のお墓参り、TSUTAYAのDVD探しと内田樹の哲学本を読み始めた。それはきっと二ヶ月はかかるだろうから、その合間に宇宙兄弟を1、2巻と読む。これから先は我慢しよう。内田樹のレヴィストロースを読み終わってからにしよう。何しろ私が本を広げているとすぐそばで誰かが『現象学って哲学の言葉ですごく難しいよ、(読めるの?)』とのたもうた。説明できるほどじゃなくても感覚的に読んで見せねば。

そして美容院に行く途中の車の中で、槇原敬之の『犬はアイスが大好きだ』という曲を聴いた。私はああなんてマッキーは良いんだろうと思い、そういえば、『世界に一つだけの花』もマッキーだけど、その歌が好きで絵を描きながら希望が丘の教室で一緒に歌った中山嵩一朗くんは今どうしているかしら?と思っていた。
そして美容院から戻ってきたら、何とポストに彼からの手紙がきていた。そういうことは私は結構良くあることなのですが。今回も不思議。そして手紙にはクラシックのコンサートの御招待が入っていた。3月28日大倉山記念館で6時開演(5:30会場)です。コンサートのチラシを載せておきます。お時間のある方は急ですがどうぞ。無料とのことです。私はちょっとした予定を変更して聴きにいきます。

因みに『犬はアイスが大好きだ』は
♪一人じめして食べるより分け合って食べる方が美味しく感じて不思議♪
というところが犬好きをコロっとさせる。うちのココの場合はアイスを"林檎"に変えて歌うのが正しいけど、そうすると、ニュアンスがだいぶ違ってきますね。

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2011/09/30

音楽を聴いて描く@ライライ&M.I.Aのバン

映画『ワイルドスピードMAX』で流れているライライ&M.I.AのBangを子供たちに聴かせて描かせた。初めて聴いた時は中央道で聴いたのだがその印象がスピード感があると感じた。今までこの教室では選んだことがないタイプの音楽でもあり、私がしきりに聴いていると、孫のトモクンが『バアバ、これいい感じだね』と言った。それで今回はこの曲を使うことにした。いつも使うデザイン用紙のほかにドイツで探した色紙を使って描かせてみた。

Rairai_hinataRairai_rikoRairai_manami

左からヒナタ、リコ、マナミ

Rairai_asumiRairai_reina_2Rairai_tomoya

左から入会したばかりのアスミ、レイナ、トモヤ。

今回はレイナちゃんが、いつもの常識を打ち破ってよく考え、個性を出し始めてくれたのが嬉しかった。もしかすると新しい幼稚園児が入ったので、頑張ったの かもしれない。

トモヤ君がこの音楽好きじゃないと言っていた割には音楽のリズム感を出したと思う。私にも縁のなかった分野ではあるが感覚的に選んでみた。  

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2011/05/20

音楽を聞いて描く@ジブリ・ジャズ

今回はとなりのトトロのなかの≪風の通り道≫のジャズバージョン≪ジブリジャズ≫を流しながら描かせた。初めてiPadiTunesから音楽を試聴して買って使った。1枚200円でした。私にとってはCD全曲が入っているものより1曲だけ選ぶので効率が良かった。それに音質も良いので大助かりでした。

子どもたちが知ってはいるが、ジャズ風にしてあるので、言葉を現実の形あるものにイメージを表現しないで描けるのではと選んでみた。何をしてもいいのけれど、全体としてのバランスを取るように言ったのだが、子供たちは分からなかったようだ。説明はしたが分からないのはしょうがないとして、そのままにする。つまり直さなかったということです。10人いたら10人の表現があって良いのだから、すべて自由にして直さないのが良いのでした。だが何か少しの加筆で絵としてのバランスが変化するかもしれないと考えるのは作品を仕上げるまでに必要な事なのです。

それぞれの子供を知っているお母さんやお父さんがその子の作品を見るとその子が彷彿として浮き出てくるような感じがあったらそれはきっと良い作品と言えるのだと思う。今年は作品展をしなかったので保護者の横の交流がないが、その事をもっと頻繁にしたら、ブログの面白い使い方になるかもしれない。今回はナミ、ヒナタお休みでした。

Ongaku_manami

Ongaku_momoka

Ongaku_reina 左からマナミ、モモカ、レイナ。

Ongaku_riho

Ongaku_riko

Ongaku_rin 左からリホ、リコ、リン。

Ongaku_risa

Ongaku_takeshi

Ongaku_tomoya 左からリサ、タケシ。トモヤ。

トモヤクンの絵はさかさまではありません。どの子の絵もクリックすると大きくなってよくわかります。

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2010/10/29

モーツァルトk299を聴いて描く

昨日はハロウィンも近いので子供たちにお菓子を用意して絵を描くことにした。

K299_hinata

K299_manamiK299_momoka 左からヒナタ、マナミ、モモカ。

課題は、モーツアルトのフルートとハーブのための協奏曲ケッヘル299番を聞いて絵を描く。色画用紙にクレパスで色を混ぜながら書いていく。二枚書くので、一枚目は気楽に進める。K299_reinaK299_rikoK299_nami
左からレイナ、リコ、ナミ。

子供には白い紙の恐怖というのがある。白い紙はどこから書き始めていいのか心配になることがあるという。教室では、いつも、『まだもう少しはアトリエを続けるでしょうから、今日描く一枚の絵を心配しすぎないで進めたほうがいい』とよく言う。

K299_risaK299_tomoyaK299_takesi_2
左からリサ、トモヤ、タケシ。

『明日辞めるかもしれないから、今日の絵を大切にシッカリ書きましょう。』と言い続けたら、想像の芽が出にくくなりそうで言えない。でも一年に一度ぐらいそのセリフを言う時もある。
子供に対するタイムリーな働きかけが大切だ。クレパスを重ねて何色も塗って自分がいい感じと思った所でSTOPするのが今日のポイントでした。

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