2017/07/29

「小さな発見・大きな感動」ある理科実験教室の報告

一年前の8月に昔からの友人小林慎一郎氏から「大豆戸小学校で理科実験を教えて来た」というメールをいただいた。その時は事後報告だったので、どのような理科実験なのか解らなかったが、つい最近そのことに関する本が送られて来た。その理科実験教室の趣旨がよく分かる内容だった。
書籍名は「小さな発見大きな感動」出張型サイエンスイベント特集(Gakken)
因みに私は若い頃学研に勤めており、豊田も在籍していました。この本の出版社がGakkenということもあり、また不思議なご縁を感じました。


目次には
✈︎1 日本IBMトライサイエンス実験教室
✈︎2 やまがた「科学の花咲く」プロジェクト
✈︎3 アニメ理科実験教室
✈︎4 一般社団法人ディレクトフォース 理科実験グループ 「豊かな経験と知識で科学の楽しさを伝えていく
✈︎5 日本科学技術振興財団の活動

小林氏はこの✈︎4ディレクトフォース 理科実験グループのチーフのようです。
今回8月9日に横浜市大豆戸小学校でも午後から理科実験の授業をするとのことで、私も見学者としてご招待を受けました。その日は残念ながら、都合が悪く参加できません。とても残念なのでこの本を通してブログで紹介することにしました。

「小さな発見 大きな感動」の中のデイレクトフォースの活動実績によると開始した年の2010年の実験教室数は22、参加者は700人だったが、年々増えて2016年には教室数312、参加児童8355にもなっている。活動内容は児童4、5名のグループに講師が1人つき、実験器具もできるだけ手作りにし、身近な材料を使ってコストを抑えるようにすると書いてある。テーマも「墨流しを作ろう」「活性炭でおいしい水を作ろう」「電池を作ろう」「飛行機はなぜ飛ぶの」「風車を作って発電しよう」「my地球儀を作ろう」「滑車の実験」などなど低学年向けから高学年向けへと対象が上がっています。
指導しているメンバーの方たちの活動への思いや感想も添えられています。またデイレクトフォースの発起人、顧問の方々はそうそうたる実業界メンバーが名前を連ねている。

私の友人小林君(小林氏)は麻布学園高校を出て、東大へと進み金属系の会社の重職を経ています。高校時代の文化祭では白衣を着て理科実験の説明を分かりやすく受けたことを思い出します。
小林氏(小林君)が子どもたちへの理科実験を指導すること、またディレクトフォースの社会貢献と科学教育への情熱のパワーをまとめ、メンバーの自己研鑽のお仕事へ移行されたことはとても幸せなことなのではないかと思います。小林慎一郎氏の今後のご活躍を心より祈っています。

問い合わせ先
一般社団法人 ディレクトフォース Web:www.directforce.org/
03-6865-7860

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2016/12/31

大晦日の夜に@2016

今年最後に読み終わった本は朝井まかての「恋歌」でした。「花競べ」や「先生の御庭番」の庭づくりや植物をテーマにした歴史小説を読み始めて早2年、同時進行で自分もガーデニングを始めていました。「恋歌・れんか」は水戸藩の尊王攘夷派の藩士に嫁ぎ、桜田門外の変以降、水戸藩に起きた内乱のために投獄され九死に一生を得てその後、江戸に戻り歌人として一斉を風靡し樋口一葉の師として名を馳せる、中島歌子を描いている。獄中飢えで死ぬ身近な人や斬首される友や、汚物にまみれ惨殺されそうになり血の中を逃げるような凄惨さを経て生き残ることは現在のシリアなどで起きているテロや残虐な内乱状態に思いが行き着きました。国は違えどオーバーラップする、この戦争の落とし前をこの恋歌の結末のように出来たら良いのにと発想の転換を望むのは無理だろうか。でもアイデアの1つとしてあったって良い。丁度「恋歌」を読み終わった途端にシリア・イラク難民支援をしている鎌田實先生のJCFからの冊子「新しい年に平和のバトンリレーを!」が届いたからかもしれない。
朝井まかてはこの「恋歌」で2014年の直木賞を受けている。

話は変わって、 私はこの年末29日にコンペのための寄せ植えの作品を作りました。2017年初めてのバラクライングリッシュガーデンでの芸術展テーマは「おやゆび姫」です。阪急梅田で1/4から1/9まで開催されます。旅行や帰省でお近くに行かれる方々にご高覧いただけると幸いです。励みになります。ちなみに豊田はもう1人いらっしゃいます。私は豊田惠子です。もう1人の方は私より力がある方です。


大晦日の今日、ガーデニングで使わなかったチューリップを玄関に飾り写真を撮るうち、パッとアイデアが浮かびましたので遊んでみました。(*^_^*)
さて更新も滞る拙ブログ「あとりえチビッコ」と「田園の誘惑」ですが、何人かの方達に支えられて日々があります。新しい年もブログのご訪問ご贔屓にお願い致します。ガーデニングとタニタの体操、ブログにがんばります。2017年がが良い年でありますようお祈り申し上げます。

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2016/03/29

「死んでいない者」を読んで

「死んでいない者」滝口悠生
川上村の図書館はとてもシンプルだけど使いやすい。今回も入口に芥川賞、直木賞、泉鏡花賞の作品が展示してあり私は2月新刊の「死んでいない者」を借りてきた。今年の芥川賞作品だ。読み始めて、どうも葬儀の様子を書いた小説のようだとわかった。故人には5人の息子と娘とその配偶者があり、そのまた子供がいて、その数は10人に及ぶので、末端で生まれた子たちは誰が誰の子だかが分からなくなる。

場面に1人が出てくるとその親戚関係を説明する。また1人が出てくると親戚関係を説明する。全体の相関図はなかなか分からない。後で考えれば作者はその葬儀に参列する1人の客として分かっていくように書いていたのかな、と感じる。孫の中にはアメリカ人ダニエルと結婚した紗重もいる。酒に溺れ借金を重ねている寛、不登校からいつの間にか故人である祖父と暮らすようになった美之、その美之の妹知花は親たちよりも兄の気持ちを理解できている。しかし世間の人にはキモイなどと分かってもらえないだろうと口に出しては言っていない。
故人の長女と次女の連れ合い同士が血縁は無いのに歳を経るにつれ顔付きが似てきたことを書いている。そういえば我が家の法事で私の父とその叔父さんが似ているので長女が間違えたことがあった。法事では何か同じ親族の空気が漂いもしかすると同じDNAが浮遊しているのかもしれない。

アメリカ人のダニエルが義理の関係について妻の父親を温泉に入りながら考える場面があった。 Father in law(法律上の父=義理の父) 「義理は感じるのではなく義理を果たす」 しっかり噛み締めて咀嚼して味わいたいフレーズでした。義理であるがゆえに「理解しようと努力する関係」を築くことが「義理を果たす」のだと。義理とは日本独特の物なのかもしれない。

また故人の幼馴染はっちゃん86才が故人と昔行った旅行を思い出すのだけれどどうして行ったのか思い出せない。実は敦賀に彼らの友人、車田春治が40才を過ぎて所帯を持ち若い細君に子供が生まれたそのお祝いに行ったのだけど、もうはっちゃんも思い出せないでいる。この小説の中でフルネームで出ているのが車田春治の名前だけだ。また故人の妻はしのぶさんとわかったが、故人の名前は服部なにがしでしか無い。太郎だか次郎だか分からない。私の読み忘れだろうか。

物語を牽引しているらしき知花はおじいちゃんのことを一緒に暮らしていた美之を通じて偲んでいるように感じた。「川の流れに身を任せ〜あなたの色に染まるの〜」酔った勢いで川に浸かりながら故人が好きだった歌を口ずさみ年下の従兄弟たちと滅多にしない川に浸かるという儀式をする。

読み終わり、私はこの登場人物の関係を書き出してみた。「家系図を書くこと」でも言っているが「私が知る自分の親戚は誰も掛替えの無い大切な人たちだったと思えてくるのです。」の感慨に似たものがこの「死んでいない者」でも湧いてきた。

ところでお寺の鐘を鳴らしたのは誰だろう。

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2015/12/14

篠原勝之「骨風」を読んで

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私は自叙伝のような書物はあまり読みたいとは思ったことがなかった。

知り合いの人からその人の自叙伝をもらって読むこともあったが、その人と同じ体験を積んでも、私は私だからと拒絶反応が出て、読み切ることは無理だろうと考えてしまう。今回篠原勝之の「骨風」も初めからそのように感じていたので読む気には為らなかった。


私はツイッターで篠原勝之さんをフォローしていたので、そこからフェイスブックにつながって、毎日彼の仕事や呟きを覗くともなく見ていた。初めはとても安穏な雰囲気が漂っていた。ところが「骨風」の原稿を書き上げて印刷物になり、多方面から彼に応援が来るうち、何かだんだん力が満ちてくるのをフェイスブックの≪近況≫の中に感じてきた。そして泉鏡花賞を取るに至ると俳句を頻繁に載せるようになり、その句に鋭さが溢れてきた。過去にはいっぱい俳句を載せていたのかもしれないが私は知らない。大変失礼な言い方を承知で言うが、どうしてこんなに上手なのだろう。

そして泉鏡花賞を取った時の受賞の挨拶の原稿(http://yaplog.jp/kuma-midokoro/archive/4141)がフェイスブックに載り私は心を打たれた。よし、読もう。


そこで私は彼の行動圏にあるはずの長坂の本屋でその本を買いたいと思い、行ってみた。だがそこには売っていなかった。でもそれにこだわってアマゾンで頼めばすぐに手に入る「骨風」をその本屋から取り寄せてもらった。「ここには篠原勝之の新刊本、骨風はないのですか、ここから多分10分足らずの甲斐駒ケ岳山麓に住んでいる地域のゲージツ家ですよ!」と言いたかった。私の感性としてそれは言えなかったが。


そのようにして読んだ「骨風」はフーガのような構成になっていた。彼の現在と過去が同じカテゴリーの中で出てくるのでクラシックの音楽を聴いているようなリズムを感じてくる。きっと人生が追いかけたり追いついたりの流れの中にあるのだと思う。このように自叙伝を毛嫌いする私も感動した「骨風」を読むことをお勧めします。骨という字から、武骨でもあるのだと思う。しかし心は清く澄んでいると思う。そして読んだ後に富士山を見るとまたいつもの富士山とは違う暖かい富士山を感じてくる。骨風を読むとそれは分かる。在りきたりな概念論でなく心のこもった篠原勝之の言葉で書いているからだと思う。それが心を打つのだと思う。内容については書かないがこれが同じ甲州と信州の地続きの山暮らしのゲージツ家へのお祝いのメッセージ兼感想文にしたいと思います。泉鏡花賞受賞おめでとうございます!

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2014/07/08

図書館戦争続いて読んでます

久しぶりの小説で、夢中になって読んでます。図書館戦争シリーズ3巻目「図書館危機」です。私は没入してしまうタイプなのでこの中の主人公 笠原郁になりかかっているかもしれません。実生活でのやらなければいけないことをパスしているのですが、時間的には色々考えもしているのです。少し堂々巡りも繰り返してヤバイと思うこともしばしばです。何だか笠原郁の物言いに近くなっていますね。ヤバー!

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2014/06/28

新しい小説、面白いかしら

フランスから戻り、いろいろな雑事を片付け、パリの総集編も書いていないのだが、日本映画【阪急電鉄車 片道 15分の奇跡】(有川浩)を見て有川浩の本が見たくなった。そこで昨日、本屋に行って探したが分からなかったので書店員さんに聞くと教えてくれた。「私も読みましたが一気に一晩で読んでしまいました。面白いですよ!」と言う。その本の題名は【図書館戦争】 昨夜買ってきた読み始めには、あの店員さんは若いが、私はその面白さに着いていけるかしら、面白いと分からないんじゃないかと心配になった。眠気もあって昨日は少し読んで寝てしまった。
今日読み始めたら面白いことが分かった。最初の10ページほど読んで分かった。小説と言うのはこうであって良いのだ。と納得して読み始めている。若くないから、目も悪くなっているので、ページをめくるスピードは遅いけれどこれからそちらに集中します。総集編遅れます。

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2013/10/01

「あるロマ家族の遍歴」を読んで

私たち夫婦が2度目にドイツ旅行をしたときは2000年の6月だった。旅の終盤でツエレからハンブルグ空港に戻る列車の中で起きたことはいつまでも忘れられない。
ドイツで列車の切符を買う時は英語もドイツ語も不得手なので、間違いのないように、メモを見せて買うことにしている。ところがドイツでの指定席・リザベーションの取り方が分かりづらく、いつも明快でない。乗車券も持っているのだが、いざ、列車に乗ってみると半信半疑で目的地まで乗っていることもある。そばに親切な人がいれば指差して、「ここに座れ」と言ってくれて安心できる。番号はあっているのに違う人が座っている時もある。押しが効かない我々はモソモソと違う空いている席に座ったこともある。
その日は2等の席だったので自由に空いている席に座った。前を見るとバイオリンを持ち、買い物の籠を持ったおばあさんがいた。私たちは市場で買い物をしているとよくバイオリンで音楽を奏でている人を見かける。彼女も演奏して今は帰途に着くのかしらと観察していた。次の駅で中高年の男の人が家族と乗って来た。そしてそのおばあさんに目で合図して「どけ!」と言ったと思う。風格はあったが映画ベンハーの中のポンテオ・ピラトに似ていた。映画の中の悪役はその列車の中でも悪人に見えた。その光景は日本ではあまり無い感覚だった。我が夫は、かわいそうと思い、空いてる席を教えてあげて座らせようとした、でも彼女は避けるように他の席に移った。私たちでさえ、疑心暗鬼で乗っていることが多いのに。その時私は夫を見直した、というより今までの君の嫌いなところ許そうと思った。あとでそのおばあさんがジプシーではないかと気付いた。風貌や、バイオリンを持っていたことと、その国の中では暗黙の了解が成り立つその場の雰囲気からそう思った。
ジプシーと感じたことが他にもある。パリの地下鉄で親子の切符売りがいて、小学生の男の子に体を触られたことがある。大声を出したので助かった。私の声に逃げたのだ。ギャーギャー!ある人は同じように触られてポケットに手を突っ込まれたとも聞いたことがある。それはジプシーではないかもしれないが、私たち他国の部外者には分からないことではある。
最近、新横浜の本屋の片隅で「あるロマ家族の遍歴」を見つけて少し前に読み終わった。著者ミショ・ニコリッチは自分の両親の出会いから、自分が生まれ、ナチス占領下、冷戦時を潜り抜けてきた仲間や家族との結束や離散、定住せずに、いかに仕事をして暮らしてきたかを正直に赤裸々に語っている。占い師もいればスリもいる、楽器を奏でグループで演奏してお金を得る者もいる。彼もその仕事を生業としていた。
 「あるロマ家族の遍歴」を読んで行くうちにそのようなことはいつもドイツに行って感じることがそうだったのかと、合点がいった。街角の演奏者に「あなたはロマですか?」などとは聞けない。しかし日本のように島国でなく、陸続きのヨーロッパではあることなのだ。

この本の中では訳者金子マーチン氏の注意書きが後ろに本文の6分の1占めて書いている。その中にロマが中世以来、多数派ヨーロッパ人に差別意識を持たれている原因は
(1)中世以来綿々と続く偏見と差別意識の未克服。
(2)ナチスによるロマ殲滅計画の史実が一般的に未認識。
(3)ほとんど多数派ヨーロッパ人は直接ロマと交流したこともない。
(4)ドイツやオーストリアでネオナチ活動に対する取り締まりが1990年代初頭から強化され、中心的活動家の多くが逮捕拘留された。指導層を失った極右組織はその活路を欧州諸国に求め、体制崩壊で不安に苛まされていたそれら諸国の若者たちをオルグした。
(5)旧社会主義国における極端で暴力的な「人種主義」を規制する法的な不備、および人権教育の欠如。
(6)体制変革やEU加盟にもかかわらず東欧諸国の一般民衆の生活は改善されず、旧態依然のまま、あるいは、国営企業の倒産などによって多くの労働者が失職し、民衆の生活はむしろ悪化した。その大衆の不満は為政者にではなく、社会的弱者の少数民族ロマに向けられている。(訳者金子マーチン氏あとがきより抜粋)

世の中にはニワトリと卵のように対立の始めは以外とくだらないお互いの偏見もある。生活様式の違いであったり育った世界観や宗教観の違いもある。かなり年月が立ってそれに気づき、人一人ぐらいの50年ぐらいの年月だったら後戻りできるが、中世から続いている差別や偏見を覆すことは難しいと思う。だがこうして金子マーチン氏のようにロマを取り上げて著述を通して少しづつ理解の輪を広げている。少なくとも私たちはドイツのマルクトやパリの地下鉄でスリにあったりして恨むような憎しみの元を作らないように注意深くし、街角や地下鉄の中で演奏している人たちには応援を送りたいと言うのは浅慮であろうか。
ロマという言い方は最近10年ぐらい前からで日本ではジプシー、ドイツではチゴイナー、フランスではジタン、ボヘミアンなどという蔑称を含んで言われている。他にも鍛冶屋などの金属加工を生業とするカルデラッシュ、楽器製造を生業とするスウイントなどがいると今回知った。ウィキペディアで調べるとロマはインドからいろいろな地方に何回にも亘って移動したのだという。そしてユダヤ人と同じように差別を受けているという。ところでジプシーは差別用語で正しくはロマという言葉が使われるべき言葉です。その時の日記にはまだロマという言葉を使っていなかったのでそう表記しました。

私たちがドイツでの滞在中にマルクトや街角から流れてくるバイオリンの音は郷愁・ノスタルジーを誘うものであり、香料や花の匂いまたパンや料理の匂いと共に五感を刺激して旅の強烈な思い出となる。それは時には音大生であることもあるが、老人であればロマであることも想像に堅くない。

いつの日かロマという存在も忘れられる日もあり、差別がなくなる日も来るのかもしれないが、極東の、島国の日本人には理解できないことかもしれない。ただ一つ私には列車の中で起きたことはロマという存在を考える入り口になったということだと思う。

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2012/10/01

「非常時の言葉」に触発されて

  今朝のNHKラジオの、≪著者に聞きたい本のツボ≫では高橋源一郎の『非常時の言葉』が採り上げられていた。

  ≪あの3・11からの後ではもう読めなくなってしまった文章と今なお読める文章との違いはなんだろうかと考えてみる。すると「あの日」以来、ひとつには「死」というものが身近にあることに気づく。「自分の死」を勘定に入れずに成り立つ「日常」の文章を、もはやそのまま受け入れるのは難しいのだ。≫と説明している。

  不肖私もあの3・11から波のように書ける日と書けない日があったのを漠然と感じていた。それを明快に表しているようで、これは「非常時の言葉」は取り寄せて読まねばと感じている。私の場合はただ単に才能のない凡人が普通に日常的に起きたことかもしれない。だが現実に福島のいわきの親戚の人たちのことを思うと、どんなことも差しさわりがあり、傷つけることになると感じた。
また地震や原発が無くても、人は平和な時でさえ鬱や引きこもりになるのだからこのような時はなおさら、周りの人の病の引き金を引くようなことはしてはいけないと躊躇することばかりだった。だから、放射性物質も自分自身は心配だったが、それぞれが考えて決めることと決めて、ほかのことだったらブログを通じて書けることも控えていた。それと、化学に疎いのだから何か言うなんて無理だ。

  このような気持ちが起きるのもあの3・11から1年半が過ぎたからかもしれない。また話は変わるが、私は35周年の集いのパーテイーが終わってから、あることに焦る気持ちがあった。それは次女が小学1年から2年生までの間に書いた作文を形あるものにしたいということだ。
今から30年前、大豆戸小学校の1、2年生を担当してくださった結城先生が毎週水曜日に出してくれた宿題だった。作文帳は4冊になっていてその日のことや前後の日々のことや家族のことを書いていて、それは今も我が家に残っている。読み返すとあの頃に起きたことが、素直な文章によってまざまざと蘇ってくる。もしも、今、一大事が起きたら、私はそれをもって逃げるだろうというほど、貴重な存在になっている。私は出来るだけ早く結城先生に形あるものにして感謝の気持ちを表したいと思っている。同じ小学校に通った長女はそういう宿題が無かったので、残念ながら作文があまり残っていない。

私は時間があると、パソコンのワードにその作文を入れていて、9月中に入れ終わった。あとは私流の小冊子的な製本をしたい。本当は本人の幼いたどたどしい文字で製本したかったが、文字が大きすぎるため、活字にした。次女は製本について、最近勉強しているので、私の作り方では満足できるとは思えないけれど、私が以前母の文章を小冊子にしているのを知っている。そんなノリで私が作ったのは分かるだろう。今年中に製本をし、形あるものにしたい。

そしてまた「非常時の言葉」に戻れば、小学校低学年の子供が言葉を覚え、文字を覚え始めた時の文章は自分の周りに対して新鮮な驚きがある。時間が経てば経つほどいつまでも読みたい文章として光り輝いてくるのじゃないかと感じるのです。だから、3・11の後でも、文章は稚拙であってもともかくも生の喜びを感じる≪残したいもの≫になるのではないかと思うのです。親馬鹿丸出しかもしれないが、高橋源一郎氏の「非常時の言葉」に触発されてつぶやきます。

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2012/06/28

ドイツCelleのBook project

ドイツ北部ツエレはおとぎの国のように町が出来ている。旧市街には古い木組みの家々が並んでいる。その町の中の本屋さんには今から13年前にも来たことがあった。日本では探している本の検索などということが無かった当時、ツエレのその本屋ではそれが可能だった。確か、不思議な動物の本についてお聞きしたと思う。あれから13年がアッという間に経ち、今回またツエレに行くことにしたのです。

D_bp1D_bp2jpgD_bp3 その本屋に立ち寄ると中学生ぐらいの女の子が数人で絵を囲んで何か相談をしていた。そして、気がつくと外に出て何か相談をしている。何だろうと私も外に出てみると、さっき見ていた絵や工作のようなものを飾ったりしている。そばにいた先生らしき人がいろいろ指図している。お聞きすると『ブックプロジェクト』と言う。あとは先生が時間が無いからとおっしゃったのでただ見るだけにした。子供たちの中には私に英語で説明してくれた子もいた。

D_bp5D_bp6 午後になって本屋に行って、ウィンドウの中に完成されたデイスプレイがあった。こんなチャンスがあったら私もうちの子供たちを連れてブックプロジェクトに参加したいものだと思った。

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2012/01/19

冬のシジュウカラ

Kawa_hata ブログを載せるつもりで写真を圧縮しておいたのだが、川上から戻り、子供たちの展覧会のことを考えたり、工作のことを考えたり、自分の趣味のDVDや映画のことを考えているうちにあっという間に2週間もたっていた。写真は川上に来るシジュウカラとなぜかはためくドイツ国旗。

そして、放射線量のことも気にはなるし、神経質にならないようにと思っても、ずっと昔からの自分の危機意識は変えようもない。

図書館で借りた柳田邦男の書籍『想定外の罠』は安全への過信をしてはいけないという、警告をたくさんの例を挙げて、何度も説得してくれる良い本だった。日本への原爆投下の「マンハッタン計画」や「ロスアラモスからヒロシマへ 米原爆開発科学者の妻の手記」、米国のプルトニウム人体実験など、氏のNHK記者の正確な取材の元に、想定外と言えない事故への危機感を教えてくれる。

「過去の災害を我が事とせよ」「体で覚えないと自分を守れない」「大災害は必ず常識を覆す」などの言葉は人の上に立って仕事をするうえで心しておかないといけないことだと思った。

話は変わって、『ブリキの太鼓』を書籍でなく、DVDで見た。以前テレビでの放映はカットされたところがあったようだ、今回、アマゾンで購入したものはかなりな映像だったが、ありきたりの考えでないものを提示された。日本は島国だが国境を越えて国々が隣り合うヨーロッパでは何千何万という物語が出来上がっているのだろう。ブリキの太鼓の感想はもっと丁寧に書いてみたいが、ここ、児童絵画教室のブログでは躊躇われる部分もあるようだ。どうしたものか。

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