2009/06/28

銀座のウィンドウディスプレイと私の小さな一言

自分の仕事以外の時間がアウトドアのために設定されているので、銀座や六本木のおしゃれな場所に行くことは少ない。華やかな都会にいる自分が願望としてないわけではないが、山の中に向かって車のアクセルを踏んでいる自分の方がしっくりする。

Ginza0906 今日は昔、夫が一緒に仕事をした出版社の写真部の友人たちの集まる会に出かけた。いつも集まると昔の失敗談が聞かれて面白い。お酒の勢いでいろいろしゃべる。笑顔が昔の顔になっている。Ginza09a_2 その会の前に一人で銀座を楽しんだ。昔女子美に行っていた大昔、ウィンドウディスプレィの勉強にと、銀座に行った。松屋の展覧会の会場係りのアルバイトもしていたが。本当はデイスプレイの仕事がしたかった。親の言うことを聞いていた従順な時代だった。

Ginza09c ルイ・ビトンのバックは昔一つ持っていた。シャネルの香水は2種類持っていた。ブランド信仰は私にはない。でもココシャネルの生き方が良いと、プードルにはココと名付けた。御木本パールのデイスプレイの中に造形のスズメバチがいた。川上村で山小屋の周りでぶんぶん飛んでいたスズメバチを思い出した。

そう言えば朝日新聞のbeエンタの≪人生の贈り物≫で作家の髙樹のぶ子がこう書いている。

「年甲斐ってほとんど意識していない。私この年になっても構わずジ-パンはいてるし、ミニスカートはいてるし。年齢による括りではなくて、その人の個性であり、好みであり、そういうもので。だからエイジレスの時代になっていったほうがいいんじゃないですか。」 

「健康寿命はあるけれど、男でもない、女でもないっていう状態って、私不自然だと思う。・・・・・・・・恋心であれ、ときめきであれ、自分は男である、女であるって意識することはすべての感性に通じるものなので、それを閉ざしちゃったら、すべての感動も自動的に閉じてくる。・・・・・・・・」

私もそう思って銀座を歩いていた。お食事をする場所の≪がんこ≫に行く前に教文堂に寄った。「介護セラピー」、「祈りセラピー」(サンパウロ)という本と、「ドイツの根底にあるもの」蓮見幸恵(新教出版社)を買う。Ginza09d まだ、「不干斎ハビアン」釈徹宗(新潮選書)が読みかけであるが、仏教とキリスト教、それとドイツは一緒に考えたい。

アジサイの花が綺麗だった。アジサイはドイツでもホテルの玄関にあった花だ。オランダではオタクサという。シーボルトの奥さん、おたくさんの名前から命名したという。

こうして今年の梅雨もアジサイとともに進んでいく。6月30日が暦では夏越の祓だ。大祓は、罪と汚れをはらい清める神事で、6月と12月の末日行われ、疫病よけの茅の輪くぐりなどの行事が行われる地方もあると、≪こよみのページ≫に書いてある。私たちがドイツに行っている間に母が転んで救急病院に入院したり、その後介護施設に入ったりして1年がたった。

Ginza09b 銀座のアジサイは並べ方が西洋的だった。帰りにもう一度見たいと思ったが、もう置いてなかった。細かな雨が降ってネオンがチリチリしていた。マイケルジャクソン死亡のニュースや、日本の政治の恥ずかしい状態がある。私は自分のブログのカテゴリーの中に政治経済の項目について、書いたことは少ないが、母の介護や教育について考えるとどうしても、この現状が続くことは避けなければいけないと感じている。

今年、ドイツに行っていて、もし日本の政治の状態が映るテレビをみていたら、恥ずかしくて、どうしようもなかったことだろう。というよりは取り上げもされないかしら。だから良いってことはない。typhoontyphoontyphoon今、私の言える小さな一言。私のカテゴリーにはないかもしれないが。世の中が変な方向に行くのが判ってきたなら、それは反対しなければならない。本当の政治をしてくれる人たちに委ねないといけないと思う。

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2008/10/27

学校選択性についてと《あとりえ・チビッコ》

少子化が叫ばれて久しいが、あとりえ・チビッコもその影響下にある。

ところで今日の内田樹の研究室 が《学校選択制》についての講義をしている。ちょっとだけ我田引水になるが紹介させていただいて市井の絵画教室あとりえ・チビッコもそれにあわせて理論をちょっとだけ言ってみたい。

あとりえチビッコでは31年前、自分の娘たちに教えたい、作らせたいと思うことを試行錯誤して始め、指導してきた。自らは水彩画や日本画の指導を受けてきた。そして近所の子どもたちに造形絵画を教えてきた。

あとりえ・チビッコのブログはもう5年経った。教育のカテゴリーに入るのではあるが、その範疇に入りきることへの反発があり、文化・芸術のカテゴリーを選んでいる。

女子美術短大・生活美術教室が基本にもなりデザインも少々学び、その時の工芸材料学の福岡先生から学んだことは工作材料を選ぶ時のヒントになっている。また幼い日々は目黒七中の美術講師・渡邊先生(オマージュを籠めて)の画塾に通い、また院展の故・横溝由貴先生にも日本画の指導を仰いでいた。私の趣味である菜園好きと虫愛ずる姫の路線からは長野の山小屋と横浜をスイッチターンする生活も選んでいる。

子どもたちへの絵画の指導では私の個性を出来るだけ見せないで指導してきた。模倣する子にはしたくなかった。子どもが制作するプロセスが楽しめるような工作の課題を計画し、模倣したくても、模倣しない方が楽しいと感じ、根気や、美意識、達成感が育つようにしてきたつもりだ。できるだけ自由に制作させ、描き方を教えないが、あるときには子どもにとことんしっかり塗りこむように言うような時もある。永いこと来ているうちにそれは判ることだ。だから4年、6年も通う子もいた。だが、それだからと言って、子供たちがみんな美術大学やデザイン学校に行ったわけではないけれど。絵を描くことは究極、自分を持っていないと描けない。

色をたくさん使って描くのが上手な子や、線で描くのが好きな子、小さく細かく描くのが好きな子や、これらの反対が好きな子もいる。模倣は途中で真似をするものがなくなると何もなくなる。自分が好きな描き方をある日意識させると、次第にその子の描き方が個性となってくる。子どもは成長しながら自分の描き方や傾向を意識してそれは大人になっての仕事の進め方にも反映すると思う。少子化で我があとりえ・チビッコも生徒数が減り、不況にもおされて、これから迫力もなくなってくるかもしれないが、最後の一人まで指導していくつもりだ。

ところで、今日の内田先生の研究室の《学校選択制》の記事はいつもより難しい言葉も少なく、理解しやすく、書いてくださっています。あとりえのお母さんや、会社から帰ったお父さんも研究室のドアをノックしたらいかがですか。なぜかコメント欄は外してありますので、先生への質問はできませんが、昔の学生時代を思い出して自分で辞書を持って、勉強するのもいいのではないでしょうか?

さて、あとりえ・チビッコも自由競争の中で、選択制を自然と皆が選んでいる。情操教育としての立場はこのような時代には風前の灯になるのかもしれない。昨日自分が楽しいことを教えたように、今日も楽しいことを教えていきたい。いつか子供たちが大人になったときにキラキラと輝く宝石箱をのぞくように。

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2006/10/18

「三十か月」を読んで

Book_1 「三十か月」  シルト・ウォルターズ著 朝比奈一郎訳 (冨山房インターナショナル)

「三十か月」を読んだ。第二次世界大戦中のオランダでユダヤ人の家族を守り、結果として自分の家族をも守った男の自伝だ。シルト・ウォルターズ氏は一番初めにこのように書いている。

「 戦争についてなにかを書こうとすれば、どうしても、戦争の理由や原因について考えざるをえない。原因なしに戦争が起こることはない。ほとんどの場合、最終的な戦争勃発にいたるまでには、長い年月にわたって危険信号が発せられているものだ。・・・・・最初の予兆はほとんど気づかれることもないので、人々が自衛策を講じなければと目覚めるころには、すでに手の施しようもないほどのエネルギーと破壊力を持ってしまっているのだ。 」

ウォルターズ氏は第一次世界大戦でドイツは戦いに破れ、世界の国々によって、徐々に追い詰められていったと、とらえている。ナチスドイツの台頭やそのころの出来事を、賢く分析している。ユダヤ人家族を受け入れるにあたっての工夫、家族の態勢の整え方も、これまた、賢く考えている。彼がちょうど30歳で、3人目の子が生まれたばかりの時だった。

ナチスの悲惨さや、近所の人を信用もできない恐怖の日々も書いてあるが、ウォルターズ氏が、ユダヤ人の家族も自分の家族も、まとめて守ろうとする知者としての工夫と勇気が凄いと感じた。そして神への良心の忠誠だ。

私たち日本人はほとんどが無宗教で、ウォルターズ氏のようには習慣的に神に祈らないことを、寂しく感じた。そして、この本を読み終わって、アンネの日記とは別の視野に立って書かれているこの本の映画化があればと、思った。

それほどに、今、日本に戦争の危機が迫っているかもしれない!

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