2017/02/14

空想のLiliy Chocolaを召し上がれ



今年のヴァレンタインデーはLily Chocola
花びら一枚手に取れば山ユリの香り
一口噛めばカカオの苦味とハニーの甘さ
レッドペッパーの辛さがわずかに広がり
アップルの酸味が口から脳天へと突き抜ける
テイストはあなた次第
空想と憧れをあなたの脳内でブレンドして召し上がれ


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2016/02/14

バレンタインデーのメッセージ@2016


昨夜の栄区区民センターでクラシックコンサートを聴きました。特にシューベルトの「鱒」ではドイツ旅行の時に見た川の流れを思い出し、感情が込み上げてきました。
今日は究極のバレンタインデー!

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2014/02/14

ヴァレンタインデーのメッセージ2014

       ヴァレンタインデーのメッセージ2014

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八ヶ岳東麓の2月は雪に覆われて、昨年の晩秋に見たテンはどこかに隠れている。小海線の冬の車窓は人影がまばらだ。ましてや夕刻の列車は銀河鉄道999。線路は滑走路になり、暗い空に向けて離陸しそうだ。

 冬には夏の写真を懐かしく見て、農作業の成果を反省し、次の収穫を夢見る。標高1400mの森に出来た1400gの梅の実は梅干になり、去年の馬鈴薯北明かりはホカホカに蒸して食べられた。トマトも苗から予想以上に実り、朝のサラダの決め手になった。森の中では鹿がまわりの植物を食べることが永年深刻な問題になっている。

垣根を巡らしてある我が家ではフジバカマが食されずに咲いているので、アサギマダラは蜜を吸いにひらひらと遊びに来る。標高が高く涼しいこの地でも夏の午後は気だるいが、そんな時にふと窓の外にアサギマダラが女王のような気高さをもって飛んでいると、こちらも居住まいを正し、「女王陛下に敬礼!」と挨拶する。                  

東日本大震災からもう3年が経つが被災地の復興が遅れていて、仮設住宅で寒い思いをしている人たちがまだいるという。私はと言えば去年は自宅の断捨離に精を出し、捨てるものを見ながら、もったいないと思いつつ、自分のことだけしか出来ていない。その矛盾を申し訳なく思っていた。

かっこよく、都会に別れを告げて草原の少女Lauba Ingalls Wilderになってしまいたい気もあるのだけれど、≪映画と落語≫という趣味も抑えがたく、当分は横浜と八ヶ岳東麓のスイッチターンを繰り返すはずだ。

そして今年から、ヴァレンタインデーは若干の本チョコだけにして、義理チョコ予算を被災地支援(去年と同じJIM‐NETのイラク、シリア、福島支援)に回すことにした。義理チョコ60個が私にとって社会性をもって来たという、この理屈もおかしいかもしれないが。(期待していた人がいたらチョコット悪いけど)

チョコレートを贈り続ける私の愛を受け止めてくれてありがとう。そしてチョコレートを贈る時の高揚感を今年もありがとう。そして問題はあっても平和な日本に乾杯! 地震、雷、異常気象、放射性物質、DNAに負けずに生きていきましょう。

2014年2月11日           豊田惠子

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2014/02/08

バレンタインデーの義理チョコ、へーンシーン!

今朝、早朝からロシアのソチでの冬季オリンピックも始まり、若い活気が漲っている。日本では雪嵐になり、今までにない雪が日本中で降り、交通が乱れている。Orinpik_3

バレンタインデーまで、あと6日となり、例年の私のバレンタインデーのメッセージが不調で、なかなか気にいったものが書けていない。それとは別に、去年暮れに決めたことだが、バレンタインデーのチョコレート送付はもう終わりにして、今まで送っていたその分をJIM‐NET(シリア、イラク、福島へ支援)へ寄付することにした。鎌田實先生が代表を務めるJIM-NETだ。Orinpik_2

いつも、義理チョコと分かっていて、それでも喜んでいた君! ごめんね!いや、めんどくさいのが来なくなってせいせいした人もいると思う。本来はここでこのようなことを言うのはおこがましいのだが、私も人間。可愛いブーツをアマゾンで売っていると聞けば→欲しい→チョコをやめたあの金子一両→の図式には弱いので、こうして前もって宣言し、誓約することにした。
JIM=NETのラナ・サポーター年会費一万円(年会費3000円とイラクの子供たちの癌治療のワクチン代7000円にまわす)と今年だけの寄付二万円、計三万円。JIM-NETに寄付するぞ!でも私も本チョコはお肌をきれいにするためには必要のようなので10個は用意した。

Orinpik_1そこで今年チョコが来なかった約60人の皆さまは『ああ、やっぱり義理チョコだったのね』とお怨みください。でも、それがイラクの子供たちの癌治療のワクチン代や福島の子供たちの検査代になります。義理チョコ連合がいるお陰で私が寄付できるのです。義理チョコ連様は神様です。でも14日の夕方までには何とかメッセ-ジを載せるのでブログをご覧ください。もしかして仲間の一人にチョコが届きあとの何人かにはチョコがいかないことがあっても仲間割れしないでね。義理チョコ連こそが社会的には優位な立場なのですから。

でも私には大切なバレンタインデーの本チョコレート!フォーエヴァー!

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2013/02/14

バレンタインデーのメッセージ@2013

Choko_web 今年、007ボンドシリーズは生誕50周年を迎え、今回の「スカイホール」で23作品になった。
初めてジェームスボンドを見たのはたぶん1964年の「危機一髪」(ロシアより愛をこめて)であったと思う。

上映館が渋谷の東急文化会館で、現在はヒカリエとなっているが、入場を待つ階段の辺りで切符を買う両親と一緒に、子供心にワクワクしていた事を思い出す。テーマ音楽も然りながら、映像は子供にはかなり際立つものがあったように思う。あの当時17才の私は恋愛を遠くの方から憧れ眺める少女だったと思う。年月が経ったので、少し美化してしまうけれど。だからその当時の家庭教師のお兄さんに「あの映画は子供が見るものじゃないですよ」と言われたこともあった。だが、もしかすると親たちはこういう形で性教育をしようと思ったかもしれない。ショーン・コネリーのボンドが熱い胸板で胸毛がわさわさとしていたのを見て、驚いていた。きれいな女優さんとのラブシーンは、親の期待を背負って、想像巧みに一生懸命見ていたかもしれない。

そして最近のボンド役のダニエル・グレイクはショーン・コネリーを凌ぐほどの渋さがあると思っている。彼の年齢は1968年生まれで45才という。老成ではないですか、困るじゃないか、憧れにくい。私の中学生時代からの友人D女は「あんなおじさんいやだわ」と言っていた。そうかな? 私はボンドと言う役柄にはピッタリだと思う。そして実はまた憧れている。

世界中でソーシャルネットワークが発達し、その気になったら怖いものなしにも見えるが、これは両刃の剣なので、私は少しあとずさりしている。007の映画の世界でもこれからは今以上にITに強いボンドが必要のようで、今回Qというリアルな青年が登場した。セーターなんか着て、どこにもいそうだ。これからの007が楽しみだ。

渋いダニエルボンドにチョコを食べさせても似合いそうだけど、なんといっても今を生きる日本の男たちにチョコを贈りたい。そしていつものように、地震があっても、ゲリラ豪雨があっても逃げて、平均寿命に届くまでは生きて下さい。もう平均寿命を越した? それはおめでとう! 

私は来世はフランスに生まれてアルザスに住む予定で、DNAはダニエルボンドに憧れているという設定ですから、よろしく。どこかでばったりお会いしましょう。
2013年2月14日                 豊田惠子

PS:なお、長い年月続けていたあとりえチビッコ造形教室をこの3月で終わりにします。35年8カ月続きました。4月からブログ「田園の誘惑」を主に書けたらと思っています。

また今回のチョコは かまたみのるの公式ブログ 八ヶ岳山麓日記で取り上げていたJIM-NETで購入しました。 290円がイラクの子どもたちの医療教科書費に、50円が福島の子どもたちを放射能から守るために使われる、チョコ募金にしました。

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2012/11/26

11月22日はどのように過ごされましたか?

Yamagara 今、八ヶ岳に来ている。11月25日はマイナス8度になりいよいよ冬到来だ。35周年の日のあくる日から始めた次女の作文集がやっと出来上がった。私は以前、今から15年程前に実家の母がくれたはがきの手紙を綴って本のように作り3巻を母にプレゼントした。こんどは次女の作文をまとめたのだが、所用の間に作っているのでなかなか完成にならなかった。今の世の中、自炊だ、アプリだという中に逆らうように無駄なものを作るのではないかとも考えたが、この形が一番良いと決めた。大豆戸小学校でお世話になった結城秀子先生にもお送りした。先生の一日一日の読後感がすばらしい。Sakubun004 (写真はヤマガラ)

その送付などをして、ここ八ヶ岳に来た。いつも初日は寒いのだけど今回は案外暖かかったので助かった。横浜のようにすぐ近くに生協があるという環境ではないので食料品の買い出しは大変だ。初日は食料品の買い出しに野辺山のびっくり市に行き、渋柿を買った。かなり安くなっていた。この間は17個で1300円、今度は39個で800円、小さめではあったが。そこから大泉のひまわり市場に行き4日分の食料を買う。、二日目にはロング散歩をしながら付近を撮影、私は放射線量を測った。別荘地の主要道路に近い場所の苔を測ったら0.24あった。そこは車も多く通るためだと思うが思いがけない数値だった。我が家の辺りは0・10~0.14だ。この辺りは地盤が花崗岩のため、もともと放射線量は一般よりは高いとされている。川上村のナナ―ズに行き白菜を買って、漬ける。帰る途中、昔キツネがよくいた場所でフクロウを見た。ハリーポッターのフクロウより毛がフワフワして小振りだった。三日目はススキを刈り取った。

Kaki_003 ススキを次女のお婿さんが刈ってくれたのは去年だったかしら? 一昨年だったかしら? ススキを刈りながらそんなことを思い出していたら娘からのメールで彼らの記念日にすてきな花束をプレゼントされたそうだ。誰だって花束をプレゼントされるのは嬉しい。夫婦だって襟を正し、花束を持って、向かい合って「愛している」と言ってほしい。11月22日(良い夫婦の日)になんかに。この日がお誕生日の人も、お父さんの命日の人も、記念日は大切ね!

ところで我が家はあの日は渋柿を剥く作業を手伝ってくれました。年齢を重ねると愛情表現は変化するようです。

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2012/08/06

梅ちゃん先生と大倉山記念館

Kinenkan_2 (写真は大倉山記念館ツイッターアイコンより借用)

先週の金曜日に携帯の電話で次女から「大倉山記念館が梅ちゃん先生の場面に出ている」と連絡があった。それは長野と横浜の移動中だったため、昼の再放送は見ることが出来なかった。そこで夜になって見てみた。梅子さんの叔父さんが警察に入れられて面会を申請する場面だった。電話をしてきた次女は学生時代に大倉山記念館でアルバイトをした。事務的な用事や清掃の仕事をしていた。館の周りを箒で掃き、そのテレビの場所は熟知した所だった。私にはその場面は次女が小学校1年生の時の作文に書いてあった場面とオーバーラップする。大倉山記念館を通り過ぎて緑が丘幼稚園と言うところに通っていた。今はもうその幼稚園はない。

「わたしはようちえんにいくときに、大くら山きねんかんのうらのでんきがついているときと、きえているときがあるのは中におばけがいて、つけたり、けしたり、しているんじゃないかとおもっていました」と言う節を思い出すのです。


そしてそこを通って幼稚園に通っていた時の次女が今から4年前に結婚相手を紹介されたのが大倉山記念館だったことも。そしてそれはあとりえチビッコ展が記念館でするのはもう最後になるかもしれないという時でもあった。

そのような事をツイッタ―で書いたところ、大倉山記念館okurayama hallさんから「もう一つの素敵なドラマですね」と帰ってきた。「記念館は豊田さんと深く関わってきたんですね。これまでも、そしてこれからも記念館をどうぞご愛顧ください☆」

何かもう一度力を振り絞って見たいような気がしてきた。

ところで「梅ちゃん先生」の展開は予想外であり、そういうこともあったかと感じた。幼馴染と言うことで私も目黒に住んでいたKちゃんを思い出した。きっと彼も私のことを思い出しているはずだ。だからと言って私は何も新しい展開はないが、弟のメンコを取った時に喧嘩したことがあったっけ。お習字教室に一緒に通った。おせんべを噛む時にどうして人のはカリッと音がして自分のはグチャグチャするんだろうと、彼の顔に近づいたことがあったっけ。空気のような幼い日の幻。

追記:その後Kちゃんからメールがありました。メンコの事で喧嘩したことは覚えていませんということでした。実は私は母からその話を聞いて、そうだと思い込んでいたのでした。私にも記憶になかったような気がするのです。ゴメンね!

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2012/07/15

花束を持つ男性は素敵@2012

今回もドイツに行って「花束を持つ男性は素敵」を撮れるようにカメラを構えていた。いつでも、肖像権もあるし、プライバシーを侵害することにもなるので気をつけないといけない。ドイツではマルクト(市場)で花を売っている。開放的な空気の中で生活を楽しんでいるのでこちらのリラックス度が相手に伝われば問題ないと思っている。

Doitu12_hanataba1 日本の内田裕也的な人に歩いて出くわしたときは焦って斜めになってしまった。写真として正しくはないだろうが私のその時の思い出度はベターだった。

Doitu12_hanataba3_2実はツエレでは悪いことを企んでいた。花屋で花束を買って用意して、この花束にふさわしい男性に差し上げて、写真を撮らせてもらおうという計画を立てていた。私は歩きながらイメージを積み上げていた。計画は不純ともとれるし、はっきり言えばヤラセだ。でも花束をプレゼントすればいいかしらと考えていた。

まず花束を持つ人は1・優しさのオーラがあること、2・知性的であること、3・容姿がかっこいいこと。4・衣服や持ち物にはこだわらない。5・動きが機敏であること。そう考えていると向こうから来た人がやや当てはまる。優しさ5、知性5、容姿4、衣服や持ち物5、動き3。何と私の相棒でした。さっそく花束を持たせてガシャー。

Doitu12_hanataba4ところがすぐそばにオール5の男性が通りかかったのです。ひどく焦って言葉が出ない。つまり英語が出ない。でもそれは私のコミュニケーションの上手さでなんとか乗り切り写真は撮った。私はその計画を相棒には話してなかったので私たちの間には不穏な空気が流れた。不自然なことは嫌いだからね。ドイツイケメンパパに花束は辞退されて、私の計画は失敗したことになる。まずは英語力ですね。その方はお子さんをどこかに連れて行く途中のようでした。ありがとうございました。

Doitu12_hanataba5 それに引き換え、ハンブルグの朝市ではまるで撮ってよとばかりに階段を上がってきた男性に驚いた。
Doitu12_hanataba2 またマルクトでごく自然にポ-ズをとって下さったおじ様にはほっとした。こういうシチュエーションが一番良い。不自然な設定は今回これきりにしよう。

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2012/02/26

43回目の出会いの記念日

Sirakaba

私の生活の基盤は夫の仕事の助手なので、その仕事がスムーズに行くように手伝いをしています。それは車で最寄り駅に送り迎えに行くことだったり、電話の対応だったり、山小屋での撮影の準備だったり、写真教室の生徒さんたちとのコミュニケーションだったり、ちょっとした写真のモチーフの調べごとだったり、フリーで仕事をする上には、ことさら取り上げるほどではないにしても、そういう準備や手助けが大切です。

それは結婚した始めからではなく、今から20年弱前から始まったことです。独立したいとその20年前ほどにも言われたことがありました。その時は子供たちを育てるビックウェーブの中にいたので、賛成はできませんでした。

あとりえチビッコのお子さんのご父母の方々はこれからその波が来る場合もあります。急にいろいろな事が出来る訳ではありませんから、徐々に夫婦力を合わせて、一緒にできることを探し、勉強しながら進むことが必要です。子供は親の後ろ姿を見ながら育つと言います。お母さんやお父さんが考え選択し、進んでいくことはお子さんに百の言葉で言わなくても理解できると思います。

ちなみにもうすぐ確定申告の時期でもありますが、私は用紙にその仕事の内容説明に、『助手、絵画指導』と最後に書いて提出する時に毎年言いようのない満足感を覚えます。まあちょっと変ですけど、そしてなんだか自慢しているみたいですけど、同じ仕事をするのならば、そういうプロセスを踏んでいける方が幸せだと思うのです。ただし喧嘩もしました。結構すごいやつも。

ついでに実は今日私たちが知り合って43年目の記念日です。ところが私は今年のバレンタインデーのメッセージに芳州さんには「もう堪忍袋は80%満タンです」と付け加えました。彼の中ではのようです。フフフフ o(*^▽^*)o

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2012/02/11

春の兆しとバレンタインデー

Sijuukara_009 今、山小屋からブログ更新しています。

雪は道路脇に残り、白樺林の間にはまだ白く残っている。一昨日水曜日に指導した二人絵・コミュニケーション画(私が勝手に名付けた絵の方法)について書くのが先なのだが、ここに来るともう自然に抱かれた感じがして、お仕事はちょっとだけ後回しにさせていただきます。

昨日早朝起きて、ETCのお得な時間帯の朝9時前に中央道に乗ることを厳守できれば、料金は半額になる。談合坂でパンとコーヒーを食し、それからの中央道は私の運転。以前の車の故障は精神的にあまり気にならなくなった。だからと言ってスピードを出したりはしない。例えば120キロとか。木曜日に母の介護施設に行った時に第算京浜で行きと帰りに覆面パトに捕まっている乗用車を見た。行き帰りとも同じナンバーだった。そういうことが頭をかすめたので、スピードは抑えて運転した。甲府盆地を過ぎると八ヶ岳が見えて、山々は白く雪で覆われて、まるでケーキのようだった。遠くから見ているとゴジラの背中のようなゴリゴリが出ているところがあって、なんという山なのか知りたいと思ったが、私は山の名前をいつまでたっても覚えられないので芳州さんには聞かなかった。彼はとても丁寧に説明してくれて夫婦であっても申し訳ない。それなのにすぐ忘れる。映画の話だったら忘れないのだけれど。私が忘れないのはマッタ―ホーンとモンブランと富士山かもしれない。日本の山の名前は何だか似通っている。それに美味しそうじゃない。

毎年続けている今年のバレンタインデーのメッセ-ジを書き、発送手続きもほとんど済んでいるが、文章の段階で、いまいちだった。いくつかのスタイルで考えたのだけれど、地震や原発に考えが及んで、愛を伝えるという、コンセプトが上手くいかず、なんだかひび割れたチョコレートを贈るような気分もした。毎年経済効果も考えて贈っているので、数は多い。昔は馬鹿みたいに100を超えていたが今では抑えている。今年は年をとってきた親戚にも送ったりした。小さい時に私をおぶって子守唄を歌ってくれた叔母にも送った。もしかすると記憶の原点かもしれない。お中元やお歳暮を贈るのと違う意味合いがバレンタインデーにはあると思うのですが、どうでしょうか。

人に死が突然訪れた時にはそのようなことは考えもしないが、明日突然地震などの死が来るかもしれないと1年も考えれば、自分の中にある、固定観念や受け継がれている囚われた考えは捨てようと思う。そんなことを私は考えながらチョコを発送した。中には、送りたいけれど住所が分からずの人もいるけれど、インターネットでできるだけ調べてメールをして確認して送った。だから有名人もいる。毎年もう止めようかという思いもよぎるが、送る人の顔を思い浮かべて発送の準備をすると若い頃の自分を思い出して顔を赤らめたり、胸がドキドキしたりして、2月の寒い時期に自家発電ができることはエコだとまで考えられるのです。永いことしていることなので、もう、誰が本チョコとか、義理チョコとか、営業チョコとかは分かりづらくなっていますが、もちろん夫である豊田芳州が本チョコであることは間違いない事実です。

こちらに来る途中の長坂のJマートではバードフェアをやっていて、鳥の餌を入れる籠や水飲み場の鉄製の置物が多数売られていた。そしてこちらに来て雨戸を開けるとシジュウカラたちが餌頂戴のダンスをする。『はいはい、あげますよ。ヒマワリの種、待っていてね。』 昨日は来てすぐにドアを開けた時にバニラの匂いがした。バニラのビンが地震で割れたのかと思ったが、ビールが破裂していた、ビールも発泡酒だからいろいろな香料が入っているんだと気付いた。何度で凍ったのだろう。

今は何もない森の中だけど、少なくとも花粉は飛び始めた。そして、鹿も清里大橋近くの牧場に出没し始めた。昨日は8頭はいた。探せば春の兆しはあるはずだ。

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