2009/11/03

「イヴリー・ギトリスと素敵な仲間たち」 を聴いて

昨夜バイオリンのコンサートに行った。

「イヴリー・ギトリスと素敵な仲間たち」 Ivry Gitlis and friends

その仲間の一人は私たちと思わぬところで知り合った、小川英知香さんと言う人だ。彼女は私たちが2004年6月にドイツ、フランスの旅行中にストラスブール駅構内で、ドイツのメーアスブルグまでの切符を買おうとした時に苦慮していた私たちを助けてくれ、フランス語で通訳して下さり、無事に切符を買うことができたというご縁である。

昨日の演奏会は発展途上国の子供たちのためのチャリティコンサートであった。 11月3日に、もう本日であるが、東京文化会館小ホールでの「イヴリー・ギトリス バイオリンコンサートリサイタル」がある。

昨日の小川英知香さんの演奏はサンサーンスの序奏とロンド・カプリチョーソだった。私にはストラスブール駅構内での切符の買い方の心強かった思い出と今回のバイオリニストとしての演奏を見ることで、あらためて彼女との出会いをうれしく思いつつ聴いた。

87歳で精力的に演奏されているイヴリー・ギトリス氏とその弟子木野雅之氏による「バルトークの二つのバイオリンのための44の二重奏曲より」が私には面白い試みのように感じた。≪二つの村からやってきたバイオリニストが即興で演奏している風≫なのだ。つまりヨーロッパのマルクト(市場)で流れる音楽のような構成にしていた。もちろんそれは例えであってコンサートであるから格調高いものではある。

後半はギトリス氏を交えてバイオリニスト6人とチェリスト2名でのメンデルスゾーンの曲を演奏し、最後のアンコールの演奏になった。夫は曲名を教えてくれたが、私は申し訳ないが忘れた。でも曲は標題音楽(月光や熊蜂の飛行、展覧会の絵)ではなく絶対音楽(純粋に音の構築物として提示された概念)だそうだ。失礼なことですが、私はクラシックがあまり分かっていない。クラシックを好きな夫が部屋で流しているCDを感覚的に自分の好みで、時折耳を傾け聴いている。その程度の者があえて言うのもおこがましいく、身の程知らずで、僭越ではありますが、曲が意味する世界を感じることができた。曲名は知りませんが。

≪若者が外部の世界との研鑽そして闘争を繰り返しながら、壮年となり理想や真実の世界の頂点を極める。いくども波が来て、それは安らかな平安の世界もある。平和な幸せな時間も流れている。だがまたしても真実の世界へと漕ぎ出す。がやがてかつての壮者は年老い、まるで、コオロギやバッタのように死に近づき草原に朽ち果てていく≫

メロデイーを口ずさむことができない曲だったが、私にはまざまざとそう感じることができた。生まれて初めての遭遇といってもいいクラシック鑑賞での経験だった。

それは年老いたギトリス氏へのお弟子さんたちの尊敬し慕う気持ちがあり、また弟子たちへのギトリス師の慈愛ある眼差しが遠くからも感じられたからだと思う。それがあの難解そうな曲をこの私が感じ、察知することができたのかもしれない。

それと、私が年老いた人たちのことを身近で見てきた経験が音楽の意味を深く理解しえたのかもしれない。久しぶりに生のクラシック音楽の良さを感じた日でもあった。最後にギトリス氏が英知香さんの3歳のお嬢ちゃんを舞台に呼んだが、ママである落ち着きと慎みに満ちていて輝いていらした。

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2009/10/20

ワインについてのブログ@プファルツさん

私がよく出かける八ヶ岳は、途中に甲府盆地があり、葡萄の産地だ。ときにワインをいただくが、まったくそのことには無知で、無作法だ。だがドイツつながりで知った、「Wein,Weib und Gesang」 さんのブログをよく見ている。ルターの言葉を副題に使っている。≪   ワイン、女、そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルチン・ルター(1483-1546)≫

そろそろ日本でもボジョーレヌーボー解禁の季節になる。私は去年行った、フランスのアルザスの葡萄畑の道が好きだ。欧州を舞台とした小説の原風景は葡萄畑のような道だ。あちらでデッサンした6月の葡萄はまだ実が小さかった。その絵をペイントで描いた。

私のお気に入りにWein,Weib und Gesangさんをリンクします。

Wain5a_2 でも絵の題は≪アルザスの葡萄≫です。

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2009/10/15

ドイツの誘惑@きっこに会うならこんな町でⅢ

きっこの日記に紹介されたのが10月6日でその後約10日がたち、私もアクセス数がいつもの30倍も記録した日もあり、とびぬけた棒線グラフを見るのはうれしかった。いつもは40人ぐらいの人が来て50ぐらいのアクセス数なので、うれしい半面、変なコメントが付くのではないか、ウイルスが入ったらどうしようと考え始め、パソコンをしながら用心深くインフルエンザ用のマスクをして、老眼鏡をかけて、書いていました。

きっこのブログにチョコレートのことも載ったので、ひそかに贈っていることがばれてしまったけれど、60才も過ぎているのだからもういいでしょう。今まで私はいろんな人にバレンタインデーにチョコとエッセイを送ってきた。本チョコ、義理チョコ、いろいろ混ぜて、でも義理も送る段になれば、本チョコレート。

これからも送るけれど、いつだって勇気がいる、初めは義理チョコなのに、だんだん気持ちが本チョコっぽくなっちゃって、郵便局や宅急便では手続きするのに汗タラタラ。なんて自分は正直なんだ。もう来年は辞める!といって三千年。無邪気にしていてもいいのですが、どこかでもう一人の自分が「いい年をして」と言っている気がする。

私はきっこが以前書いたドラえもんの誕生日や今度の「幸せの分かち合い」を印刷して彼女の出版した本といっしょにしてとってある。そして私も、自分を親孝行な娘だと自負していたが最近は親の面倒をみることも大変で、きっこを想像すると、杞憂してしまうこともある。

しかし、生まれついての文章力の才能がきっと自分の道を開くだろう。文章の展開の面白さは、難しい、いやなことを扱っても、平易な言葉とユーモアでぐいぐいと引きつけてしまう文才は絶対凄いと思っている。

けれど、インターネットはリアルに迫っても、霧に包まれているほうがよさそうな時もあるようで、私も今までに書いた「きっこに会うなら、こんな町で」、「ドイツの誘惑@きっこに会うならこんな町でⅡ」に続いて今日の日記に想像の写真を載せます。「きっこに会うならこんな町でⅢ」(写真はシュトッツガルトのマルクトの花屋さんの前)結構気に入っている写真です。

きっこさん、どうもありがとう。あなたの幸せも祈っています。

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2009/09/28

ドイツのパンをいつまでも食べに行くために@今すること

Doitupan ドイツのパンが美味しいのは、小麦粉の質が違っているから美味しいのだろう。列車の窓から小麦畑を見ると、土のさらさらした感じが、日本の土壌と絶対違う。

私はドイツにはもう10回行ったのだけど、最近の私の食生活から考えると、ドイツに行く自信が少しない。いわゆる日本食をしっかり食べる生活をしているからだ。魚、刺身、豆腐、野菜の煮物などの夕食。昼食はお蕎麦。朝食はパンと野菜、乳製品。

ほとんどドイツのホテルでのメニューと同じだけれど、野菜をたくさん食べることが違う。我が家では朝、最低120グラムは食べている。そこはドイツのホテルと違う。ドイツでは乾いたものだけだ。というのも私たちは基本的にツインで100ユーロ以下のホテルを選んでいる。

Doitutyoushoku ドイツのパンは固く、凝縮していてうま味がある。イーストも違うのだろう。シード(種)がたくさん付いたものがある。私はドイツが好きだし、パンも好きだし、コーヒーも好きだ。ドイツ語の響きも好きだ。だから、こうしてドイツに行ける自分をいつまでも維持していたい。

ところで最近、甘いものを食べるとくしゃみが出るようになった。和洋菓子から、ジャムなどを問わず、ある甘すぎる限界を超すと出る。これは体が受け付けないサインなのだと考えた。そして夏のあとの疲れが出た。なんだか熱いので熱を測ったら、35度台だった。えっつ?私って更年期障害? そこで健康に関する本を探した。

紅茶に生姜を入れて飲むのと、薬膳に関するものがあった。現在≪紅茶に生姜≫を実行している。まだ2日だけど。体を温めて燃焼させるというものらしい。またその健康法によると、りんごとニンジンのジュースが良いという。そこで今度はジュースも作ることにした。さっきジューサーを新しく買った。試しにニンジンりんごジュースを作った。音が凄いのが誤算だったが、絶対体に良さそう。

そういえば母と父が良く、健康に関する民間療法的なことにこだわって食していたことを思い出した。紅茶キノコ、酢大豆、ニンニク卵などを作って飲んでいた。それでも、病気にはなったけれど。私もそんな歳になったかと思いながらも、あのドイツパンを食べに行く喜びは捨てられないと、日本での数値の減少に躍起となろうと思う。

※上述の本 「体を温める」と病気は必ず治る 石原結實(三笠書房)

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2009/03/08

Wonderful town Gengenbach !(素敵な町ゲンゲンバッハ)

今日でドイツから戻り1週間がたった。今回はドイツの原始的な香りのするカーニヴァルを見てきた。前述のとうり、ゲンゲンバッハのウェブカメラの前でそばにいたアニー(ANNIE)さんとご主人と、アニーさんの友人が一緒に日本に向けて手を振ってくれた。ところが私は興奮して彼女たちの写真を撮らず、ごめんなさい。でも日本に帰ったら私はブログに書くと言い、URLを教えたので、もうそろそろ見てくれるのではと思い、写真だけ更新します。

このところ、戻ってからの所用があり、あとりえの方も準備があって忙しくしています。でもあの時の興奮が冷めぬうちに、少しでも早く伝えたいと思います。彼女に話しかけたのは私とおなじデビル(Devil)の角の髪飾りをしていたからです。ゲンゲンバッハには2軒ほどのおもちゃ屋があり、そこで私はデビル、芳州さんは怪傑ゾロのマスクを買って付けました。天使になっている人や、ケーキになっている人、海賊、猫みな楽しんでいました。

写真だけ載せますが、芳州さんのブログにはもっと上手な写真がありますので、写真関係の方はそちらを見てくださいね。では。

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追記:この記事を書いて一日経ちましたら、なぜかかわいい写真が消えました。かわいすぎる子たちだったなので、心配になったジェームズボンドかルパン三世がウェブの中でお仕事をしたのでしょう。早いうちにごらんくださった方はラッキーということで。

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2009/02/20

私は今ここにいます。Gengenbach!

私たちはドイツの黒い森のゲンゲンバッハ(Gengenbach)にいるでしょう。ファスナハトというお面を被った鬼や面白い人の面を付けた行列が続くお祭りを見ているでしょう。簡単に言えば日本のなまはげのようなもののようです。

出発前にはそのゲンゲンバッハの市庁舎の前の広場をインターネットでWEB CANという映像で見ていました。同じ時刻で映っています。しかし時差があるので、日本が昼間ならあちらは夜です。椅子に座っている人もみえます。雪の路面を滑らないように歩いている人もみえます。私が初めて見た時は大きなトレイラーがいて、材木を積み下ろし、そのあと見た時は広場に小屋ができていました。飛行機で13時間かけてつく場所が同時にパソコンで見えるなんて感動でした。

そこで私のちょっとしたいたずらな心がおきました。

beerドイツ時間の2009年2月22日午後2時2分、

fuji日本時間の2009年2月22日午後10時2分。

私は市庁舎前にいて日本の皆さんに手を振ります。「えっ、この日が何かの記念日なのですか?って」いいえ、何の記念日でもありません。覚えやすい日ですしその時刻が日本時間とドイツ時間で合わせやすい時間だからです。そしてたぶん広場に太陽がある時間だからです。ネット上で見る前に何かの手続き画面が出る場合もあるので、事前に見ておいたほうがいいでしょう。

たぶん、手か、ハンカチーフを振りますが、お祭りの最中で人ごみの中で分かりにくいかもしれません。5分間は手を振ります。それ以上することは少し怪しいと思われてしまうといけないので、WEBCANのカメラの方を見たいと思います。そしてKeicoco先生がいたと思う方はブログの方もクリックしておいて下さい。

とにかく私はいつでもドイツに行くと心に「日本代表」の日の丸のゼッケンを付けて行動しています。通訳もいないけど、ドイツ語もアウフビーダーゼンくらいだけど、英語もヒヤリングがやっとだけど、がんばっています。疲れるのなんのって!多分ね。

それなのに!今回、日本の中川財務大臣のイタリアでの醜態は、本当に本当に!恥ずかしいことです。ですから、ゲンゲンバッハがワインの産地で私たちはグラス一杯飲んだって、顔が曲がったり、目がうつろになったりしないように頑張らなきゃいけません。それって大変だと思うけど公人としては当たり前のことです。ましてや国の大臣ならば!話がそれちゃった。

ゲンゲンバッハの映像はココです

先生がんばっていってきます。(2009年2月18日記)

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2008/12/23

★ドイツを想いクリスマスのグリューワイン

母の介護施設での打ち合わせのために家をでたのだが、なかなか、足が向かないので、『そういう気分の時は、無理してもしょうがない』と中目黒駅近くをウロウロとする。そこで、輸入雑貨店を見つけ、コーヒーとワインを行きに見定めて、帰りに買った。ワインはドイツのクリスマスで飲んだグリュ-ワイン(ホットワイン)だ。以前自分で作って、似た感じに出来たが、今回は香料などが入っている1リットル入りを試しに買ってみた。Xmasd_009

今日は芳州ちゃんがクリスマス期間中では、落ち着いた時間が取れたので、うちで食事にした。ちょっとだけ、メニューがメチャクチャだが、さっぱり系とこってり系を混ぜている。牡蠣のオーロラソース焼は細かくニンニクが刻んで入れてある。パラッとパン粉をかけてある。オーブントースターに入れて10分、食べる直前にまた5分焼く。簡単に出来て美味である。鶏の手羽先はオイルで焼いてから、しょうゆ、砂糖、オイスターソース、スープの中で煮て味を絡めている。白髪ねぎを添える。そして刺身盛り合わせ、あとはガーリックトーストだ。愛犬ココのコーナーをツリーで隠して写真を撮る。

グリューワインはワインのカテゴリーでいうと民族的なものかもしれないが、温めて一口飲み、目をつぶるだけで、クリスマスマルクトの明かりがまたたいてくる。そして、アルコール分も強くなさそうで、こうして今ブログも書ける。

今日は大倉山駅でも気が向かず、本屋に入り、2階の文庫本コーナーを探す。探していた本はまだ入荷していなかったが、『嵐の夜に』の絵本ではない文庫の本があった。それを東横線の中で行きと帰りに読んだ。ビデオは以前親戚の子と見ているが、本は読んでいるうちになんだか心も体もフフフとしてきた。年末に彼を預かるのだが、この本を読んであげようかしらと思ったら明るくなってきた。

そして母のところに行くと、母の歯が抜けたのは1本で、3本ではなかった。その顔を見るのが憂鬱で今日、足が向かなかったのだ。ホカロンを手でちぎることが出来ず、歯で引っ張ったためと聞いたが、難儀なこと!でもホッとした。奥から3本目の歯だったのだ。またホカロンを置いてきたが、切り口のところにマジックで線を印してきた。

今日の気分が悪かったのは気候のせいかもしれない。18度とは異常な高温だ。

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2008/08/25

ドイツの誘惑@花束を持つ男性はすてきⅡ

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今から2年前にも《ドイツの誘惑@花束を持つ男性はすてき》http://atchibi.cocolog-nifty.com/tk/2006/06/post_0d96.htmlという記事を書いている。

今回も花束を持つ男性を意識して探したが、撮影するのは肖像権にかかわることなので、やはり簡単にはできない。そのため、シュトッツガルトとヘレンベルグのマルクト(朝市)で何度かすれ違って、出来るだけ女性と一緒にいる男性の方に、コミュニケーションが取れたと感じてから写真を撮らせていただいた。Hanaya3

左は多分お嬢さんとお散歩中のお父さん。真ん中は東洋的な面立ちの奥さんと一緒の男性。右はなんだか少し私の父に似ていたので撮らせていただいた。真ん中がヘレンベルグでお会いした方だが、日本ではめったに夫が花を買ってきてくれないと私が言うと、『まあ!』と言って、芳州先生を見て、ダメね!というポーズをとった。魅力的な表情の方だった。

左の方はお花をこちら向きに見せてほしかったが、二人の目線と会い、表情を変えたく無かったので戸惑ったが、やめた。包装紙の中の花はローズ色だった。この1枚の写真を良い感じにグレードアップする色だったのだが。ちょっと残念。

それぞれ花のアレンジとその持ち主が似合っていた。だからドイツの男性はすてきなんだけど。日本の男性もたまには奥さんに花束をプレゼントして下さればいいんですが! ねっ、聞いてる?smile

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2008/08/23

ドイツの誘惑@コウノトリの父母の愛とエト・セトラ

Kounotori2ドイツ・シュトッツガルトのウィルヘルマ動物園ではコウノトリがヒナたちに餌を運び、巣の中を掃除し、かいがいしく世話していた。

巣はかなり高い場所にあり、他の木や建物があるため、私の首を伸ばして曲げて見続けるのは骨が折れた。そのため、観察はしにくかった。だからどちらがオスでどちらがメスかは解らない。だが、とにかく2羽で、一生懸命交代で跳び、世話をしていた。

ところで、あとりえに通うユイちゃんはこの夏休みに小さい時から懸案の肝臓の手術をした。今は国立成育医療センターに入院をしている。私は以前お母さんからそのことをお聞きし、また今年の夏休み前にも聞いて、さぞかし大変な思いを胸にしまっているのだろうと思い、多くは聞かなかったが、実は心配していた。

一昨日、夏のあとりえの教室をしていたら、ユイちゃんのお母さんがいらして、《手術は終わり、今少し食欲が出てきた》 と聞いた。《まだ点滴の機械につかまって腰を曲げてがんばって歩いている》という。まだまだ、ご家族の気持ちは心配もあると思うが、一つの山を乗り越えたのだ。《ユイちゃんはお父さんから肝臓を3分の2貰い移植し、脾臓は取った》という。《お父さんは1週間入院し、その後は自宅での療養をした》と聞いた。私は医者ではないが、あとはユイちゃんの生命力の強さを信じたい。あとりえでの作品のユイちゃんの画素数は確かいつも多い。画素数は生命力のシンボルだ。そして私は医療関係の心配事があると、いつも漫画の手塚治虫《ブラック・ジャック》を読んでいる。なんだか、聖書を読むような力が湧いてくる。そして国立成育医療センターにはブラックジャックがいると信じている。Kounotori1

とにかく、家族が一丸となって病気に立ち向かったのだ。ユイちゃんには中学生のお兄ちゃんがいる。小さい時からユイちゃんとご両親のことを見続けている。あとりえには通わなかったが、時々お迎えに来たときに会っている。ユイちゃんはこのお兄ちゃんのことをとても大切に思っているのを知っている。余った教材があると、お兄ちゃんに持っていってあげたいと言ってたからだ。きっとお兄ちゃんもほっとしたことだろう。

ところで、この写真のコウノトリたちも成鳥になれば親元を飛び立ち、自由な大空に翼を広げて飛んでいく。そして、ドイツやフランスのいろいろな場所に、自分たちのテリトリーを作っていく。私たちは今まで、ノルトリンゲン、コルマール、エギスハイムでコウノトリを見た。そして、コウノトリは幸せの象徴。

今はユイちゃんの生命力の強さを信じて順調な回復を待ちたいです。また、木で作る工作を考えておくからね!

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2008/08/04

ドイツの誘惑@シュツットガルト・ウィルヘルマ動物園

Wiruheruma3《 2008年6月4日の日記から 》

ドイツの朝のパンは相変わらず美味しい。1,5個、ハム、チーズ、ジャム、ヨーグルト、コーヒー、牛乳を食す。

ホテルを出てウィルヘルマ動物園に向う。途中に噴水の出ている小山があり、不思議に思ってみてみると近くに保養所があり、水が湧き出ている。自転車に乗った人たちが飲んでいるので、飲めるかと聞くとおいしいと言う。私も手で飲んでみると不思議な味がした。手の水をよく見るとシュワシュワしている。炭酸水のようだった。また手に塗るようにするとサラサラした感じがした。あとでちょっとだけお腹が痛くなったが一過性のもののようですぐ治ったので、ほっとした。

Wiruheruma4Wiruheruma2Wiruherumaウィルヘルマ動物園の入場料は 11.4ユーロだった。大きな樹木がたくさん植えられて、地図を見ただけで圧倒されてしまう。

アクアリウムの爬虫類の部屋から進む。青や黄や緑のカエル。ヘビが草や木の植え込んだ中から顔を覗かせる。ビックリの連続だった。シロクマのいるところは山を登っていく。野毛山動物園と同じようにコンドルやフクロウがいる場所が近くだった。シロクマの場所には人がいたが、さり気なくしていた。私たちはお腹が空いたのでアイスクリームを食べて椅子に座っていた。小熊が少し経って出てきた。日本だとドヨメキが起こるだろうがみんな静かだった。

ところが私たちの並びにいた高校生らしき子供たちが『シロクマ出て来い!』と大声で騒ぐと、監視員が出てきて、静かに諭すように言った。『・・・・・ニヒト』

シロクマは何度もママ熊に噛み付いたり、体を寄せたりしている。後をついて廻ったりしつこいほどだ。かなり写真を撮ったが意外と動きは早い。

Wiruheruma5_2

動物園内では親子やおばあちゃん連れで見学していた。ゆったりと子供たちに動物のお話をしているのが印象的だった。金魚が日本とは違う展示の仕方をしているように感じた。きれいだと思った。私のお気に入りのペンギンはウィルヘルマ動物園では霧を吹きかけてもらっていた、涼しそうで良いアイデアだと思った。フクロウの餌は白いウサギだと気づいた。

帰りのUバーンで隣り合った家族と縫いぐるみのウィルバーを見せ合ってニッコリ。また遠足の5、6年生の女の子のは三分の二がピアスをしていた。ピアスは私の『棺おけリスト』の一つだけれど。

『きっこの日記』が動物園を取り上げていたので、私もドイツ、シュツットガルトのウィルヘルマ動物園を思い出してあの日の日記に書き加えました。

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2008/08/02

ドイツの誘惑@独仏国境近くアルザスのエギスハイム(Eguisheim)

Mariazou2008年6月の10日から14日まではドイツ国境近くのフランスのアルザス地方エギスハイムにいた。4年前の同じ6月にその近くのコルマールに滞在していたのだが、帰りの列車から小さな村々を見て、もう一度この辺りに来たいという思いを強くしたので、また来ることにした。

この旅行中に母の転倒を知ったのだが、戻って病院通いが続く中、自由が丘の駅近くの古本屋で大谷暢順著『聖ジャンヌ=ダルク』・河出書房新社を見つけた。約1ヶ月かかってその本を今日読み終えた。

そのジャンヌ・ダルクが生まれたドンレミ村が写真のちょうど後方の彼方になるようなのだ。距離としてはヴォ-ジュ山脈を越えるので100キロは離れていると思うが、その本を読むうちに私が撮ったこの写真が意味あるものに感じられてきた。とにかくこの丘の向こうなのだ。

エギスハイムは城壁に囲まれた町でそのまわりに造り酒屋が数多くあり、旧市街はブドウ畑に囲まれていた。Mariazou2コウノトリが巣を作っている教会の中は献金をすると会堂の明かりがついてフレスコ画が見れた。町の所々にマリア像があって、昔から信心深い人が住んでいるのだとわかった。

ジャンヌ・ダルクは映画やお話では華々しいが、事実は極めて、悲惨な最後になったようだ。 イギリス軍が割拠する中でフランスの国王シャルル7世の戴冠式にまでこぎつけ、フランス中を戦い抜いたのに最後にはイギリス軍に宗教裁判に掛けられ、一番苦しい火あぶりの刑に処せられた。また裁判の最中にはキリスト教への信心を試されることなど、また牢獄の中での拷問にも近い、女性としての尊厳を打ち砕かれることもあったようだ。そして20年後に再び復権裁判があり、フランス国からも、ある程度は正しい評価が下されたようだが、真に宗教的に評価が下されたのは1920年にローマ法王庁が『聖ジャンヌ・ダルク』と認めたので、他界してから489年後のことなのだそうだ。そして、彼女が救国の少女として戦い、周りの人に利益をもたらしたにもかかわらず裁判の時に彼女に不利なことを言ったり、陰謀を画策したほとんどの男たち(司教、裁判官、判事)はその後、結構要領のよい生き方をし、良い人生を送ったのだという。

Pinoguriこの本は1986年が初版で書いている、大谷暢順氏は浄土真宗の僧侶であるようだ。そして本の最後にキリスト教の受難や殉教が大事なことだと書かれていた。悪人ではなく、善人に苦しみが必要なのだと。

私はこの町エギスハイムで100キロ程先にジャンヌダルクが生まれたドンレミ村があることもその時は知らず、ワインのピノグリをレストランで飲んでいた。するとウェイターが私に車の絵を描いて欲しいと言ってきた。食事中ワインの絵を描いてはいたが、ちょっとビックリ!言われるままに車の絵を描きましたが。あとでワインや飲み物代がサービスになっていました。

雨で席の移動をしたのでそのお詫びなのでしょうね。フランス人の機転といおうかセンスといおうか、心にぐっと来るものがありました。だからといって誘われてもその車には乗りませんけど。そばに芳州先生がいたのですし、貞操堅固なオルレアンの?女ですから。

注・ドイツ旅行から行ったフランスなのでカテゴリーはドイツにしてあります。

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2008/07/13

映画『BUCKET LIST(棺おけリスト)』最高の人生のみつけ方より

今年6月にドイツを旅行した時、往路の飛行機の中で、ジャックニコルソンとモーガンフリーマン主演の映画 『最高の人生のみつけ方』を見た。ちょうどその二人の雰囲気に似ている4人のライダーとアルザスのレストランで隣り合った。独仏国境近くをオートバイで旅行している仲良しの仲間と見た。皆で水とピザを注文して、なんだか楽しそうだった。下の写真が彼らだ。

Risutojpg この記事のタイトルにある、BUCKET LISTは日本語表示にすると『 最高の人生のみつけ方 』だが、直訳すると『 棺おけリスト 』となる。その表題の写真に使って大変申しわけないが、この映画を紹介すれば、分かってもらえる。

映画のあらすじを紹介するが、それを聞いたからとて、映画への感動は減りはしないと思う。

実業家エドガー(ジャック・ニコルソン)と自動車整備の仕事をするカーター(モーガン・フリーマン)は病気入院し医師に余命半年と告げられる。お互いにないものを持っている性格に惹かれて親友になる。そこで、財力のあるエドガーと知識力のあるカーターは棺おけに入らないで人生でやり残したことをしようと、リストを作る。

始めは落ち込んでいる二人だが、次第にリストをチェク出来ると、前向きに明るくなっていく。スカイダイビングをする。荘厳なところに行く。サーキット場で好きな車に乗る。世界一の美女にキスをする。タトウーをする。アフリカの自然公園でライオン狩りをする。ピラミッドに登る。万里の長城を歩く。エヴェレストに上る。次から次へとかなえて行く。

そして、監督が言いたいことはなんなのかを考えると、男2人を対照的に違う男としてとらえることで抽出できたもの。それは愛だ。信仰心の強い男カーターが家族揃って食事をして、妻との愛の予感を感じさせて倒れるシーン。そして、エドガーが世界一の美女とキスをするシーン。それは絵画でたとえれば、デッサンの黒い濃いペンの軌跡のように感じる。最後の場面はこの映画の予想外の場面だった

人はいつ何があっても愛の線、愛を感じる線が自分の人生の中に書かれていないと天国には召されない。監督が言いたかったのはそんな気がする。私の好きな映画『スタンドバイミー』の監督ロブライナーが作ったのですからね。私がもう少し暇になったらもう一度見てみたい映画だ。日本名は『最高の人生のみつけ方』だが、ジャック・ニコルソンのインタビューの中で、どこの国でも原題で紹介されたいと言っていたので、私は敢えて『BUCKET LIST』にしました。

ところで、1000人の人に自分の死ぬ日を知りたいかと聞くと96パーセントはノー、後の4パーセントはイエスだそうだ。私はどうだろうかと考えたが、今のところはイエス。

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2008/01/07

バレンタインデーまであと39日@2007のメッセージ

German1sky 2006年のドイツ、クリスマス・マルクトの旅はまた、新しい収穫がありました。

ミュンヘンとミュンヘンから小一時間のランズブルグではおとぎの町の様な、クリスマスを見ることができました。クリスマス・イブに向けてのアドベントと呼ばれる期間、子供たちは広場でくじ引きがあり、サンタからプレゼントをもらいます。大人たちはグリュ-ワインというホットワインを飲み、主婦は広場で気に入った樅の木を選び、リースの材料を探します。夜になると若い夫婦は子供たちを乳母車に乗せて、友だちといっしょに屋台でおしゃべりを楽しみます。ドイツは子供たちがいっぱいいました。教会では信仰心厚い人たちが祈っていました。電飾が飾られていながら厳か、ロマンチックでいながら静か。

リースや、ウインドウ・デイスプレイのアイデアが楽しくて、私は町を歩き、竜宮城の浦島太郎のように、時間が過ぎていきました。帰りの飛行機の席に着いたときは、窓の景色には夕辺の色がありました。

行きは11時間半、帰りは10時間半、偏西風に乗って戻ります。食事をして外を見ようと窓を開けると、星がすぐ近くに瞬き、地上にはロシアの基地とおぼしき規則だった光が見え、日本に帰るんだと思いました。ドイツにはまた来られるかしらとも考えました。楽しかった。・・・・・・・・

ウトウトとして、また、外を見ようと窓を開けると星だらけの中にいた。いつも、八ヶ岳の満天の星を見ていたがその中にいる自分がいた。星の王子様の作者、サンテグジュペリがすぐ隣に飛行しているんじゃないかと思った。北斗七星、北極星、オリオンを見つけた。星の王子様の1節、バラの言う台詞が思い浮かんだ、

「あなたが私を飼いならすと、もうお互いに離れちゃいられなくなるよ。あなたは私にとって、この世でたった一人の人になるし、私はあなたにとってかけがえのないバラになるんです。」 戻ってから本を読み直したら、それはバラじゃなくて、キツネの台詞だった。

古びた本の裏表紙には1967・5・8とあった。40年たっている。15歳のときに読んだのだもの、記憶が定かじゃないはずだ。フフフ。でもちょっと危ない台詞!

今また日常に戻り、私はインターネットのブログ「あとりえ・チビッコ」を書き、007ジェームスボンドの映画「カジノロワイヤル」なんかを見て、ダニエルクレイグかっこいいって思ったり、夢に出ないかと映画のパンフを布団の下に置いて寝てみたり、やはりノートパソコンはボンドが使っていたソニーのⅤAIOがよかったと思ったりしています。

皆様もこの2007年、団塊の世代がまた新しく飛び立つであろうエポックの年にあたり、お元気でお過ごしください。いつかどこかでお会いできたらと淡い期待をしながら。

2007年2月14日                       KEICOCO

追記:❤昨年のバレンタインデーのチョコに添えたお手紙です。もうそろそろ今年のバレンタインデーに秒読みになりましたので、レアではないですが去年の言葉をプレゼントします。❤

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2007/12/09

ドイツのグリューワインを作ってみました

Guryuwain 1年前の今日、ドイツに出発した日だ。私はその時、初めて冬のドイツを見た。もっと寒いと思っていたのに、例年にない暖冬だったようだ。

人は体の中に季節が埋め込まれることがあるようで、ここ数日ドイツのミュンヘンのマルクトが恋しい。そこで、グリューワイン(ホットワイン)の作り方を調べておいたので、生協の赤ワインで作ってG_gryuwainみることにした。

でも、味見をして適当に良い気持ちになったところでデジカメを撮ったので、写し方はよくない!

ワインに少し水を入れて、暖めてから、チョウジとシナモンを入れて、本当はオレンジを入れるらしいのだが、なかったので、良い香りのするリンゴを薄く切って入れてみた。本当のとは違う感じもあったけれど、今日の私には十分満足だった。味付け香り付けに入れたリンゴはデザートとして食べた。

ワイン自身がお酒なので、水で薄めても、お酒です。子供は飲んではいけません。でも、風邪の時だったら薄くしたら飲めるかも。

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2007/12/06

パソコン環境を新しくする

Hanataba パソコンの画面を変えた。ミュンヘンのクリスマスマルクトで撮った花束の写真にした。

最近は時間に余裕のあるときは《MAGIC 702》の音楽を流すことにしている。今日ちょうどクリックして数秒待つとサザンオールスターズの《心を込めて花束を》が流れてきた。六本木の東京ミッドタウンから発信している。

そこで今日からパソコンの画面を変えることに決めた。番組の一つであるMAGIC MORNINGはこの写真にもあっている。 「ゆとりを持った大人が楽しめるサウンドセレクション。名盤、名曲の中から心地よい目覚めと一日の始まりを演出するナンバーをセレクト」  

曲はビージーズのイン・ザ・モーニングからデビットコーズのユー・メイク・ミー・スマイルにと変わっていく。曲名がリストに紹介されていて、覚えやすい。そしてビリージョエルのシー・ガット・ア・ウェイに変わった。ポップス、ジャズ、ロックと玉手箱のような時間を享受できる。

でも私としては運動不足にご用心、体重2キロ減量できたのだからね!

オー!かつてのお気に入りが流れてきた。君の瞳に恋してる!とにかく健康はありがたい!

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2007/10/23

ミュンヘン旅情

Doitu0706ebijpgDoitu0706raionjpg  今年の初夏にドイツに行ってからもう4ヶ月が経った。いつだって思い返せばいろんな出来事があって月日が経っている。

今年の《初夏のドイツ》は去年の《クリスマスのドイツ》から半年を経て行ったため、贅沢なことではあるがどことなく感動が少ないように感じていた。

ところが今日写真を見て考えが変わった。実は今日はどうしても、家にいないといけない事情があり、朝から写真の整理をしていた。私の写真はピントも露出もいい加減で、写真家の妻として恥ずかしい限りではあるのだが、思い出が秋の深まりとともに熟してきたようで自分の撮った写真に癒された。ただし思い入れと思い込みが入り混じっていて、他の方が見ても感動を呼び覚ますようなものではないと思うが、私には極めて優れた写真なのだ。

ドイツ、ミュンヘンでの散策はすばらしい時間だった。今まで8回夫婦でドイツに行ったうち、5回ミュンヘン空港を使って出入りしている。自分たちでプロデュースしているので、慣れない所からでなく、慣れた所からスタートしていこうと考えているからだ。

Doitu0706hanajiijpg 写真は上がミュンヘンのマルクトのシーフード屋さんと花屋の前のデコレーション。下のおじいさんは帽子にも花、胸にも花。ニコニコして幸せそうだった。私に何か話しかけてきたけど、言葉が解らず、残念!

なぜ、ドイツが好きなのだろう。環境に厳しく対処していて、空気が澄んでいるからなのか。何も分析できていない。私は今まで行った外国はドイツだけなので、比較しようもないが、私の周囲には海外に行くチャンスに恵まれた人が多かったため、その人たちの話を聞いては漠然とドイツに行きたいと思っていた。今日あらためてドイツへの旅情が募ってきた。

Danke ! この言葉が使いたい! Guten Morgen ! 耳に心地よい響き。Bitte schon !

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2007/07/25

ドイツ人形を描く

DoituningyoujunpeiDoituningyouhinata_2DoituningyoumarieDoituningyounami                        

ドイツで買い求めた人形を絵の具で描いた。左から、ジュンペイ、ヒナタ、マリエ、ナミ。

女の子にとっては人形の青い目を、ロマンチックに感じるようだが、男の子にとっては、怖いと言う。男の子は今まででも、人形を描くと、よくその言葉を言った。

外国の人形に対して、かたくなな考え方を持っていることは、ある種の頑固さだが、男の子も女の子のなかにも、年寄りと同じような頑固さを感じる考え方を持っている子もいる。絶対こうでなくてはいけないと、自分で決めてしまっていることだ。

ところが、永久にそのままではなく、いつか虫が脱皮をするように、少しずつそのかたくなさを捨てて、いくような気もする。このように自分たちのDNAと違うことにたいして、特に目で見てわかる容貌に関して幼い時に、拒否するような殻を持っているのも、脳の構造か、心理的解釈がなされるのだろうと考えられるが、今の私の読書力とスキルでは、答えが出ない。

気付いたので言ってはおくが、楽しく描いている子もいるのだから、これでいい。

Doituningyounodoka_2DoituningyourisaDoituninngyoukenta_2 左はノドカ、リサ、ケンタ。ノドカはいつもと違う描き方をした。

リサは人形を1人描いてから席を替えてもう1人描いた。

ケンタは描いているうちに手や足が取れてしまった。バックにスクラッチ画を取り入れて構成したが、ちょっと気になる。ケンタもジュンペイも中学年はギャングエイジであり、反抗期もあり、難しい年頃なのだろう。

あとりえ・チビッコは、夏休みのためにKEICOCOギャラリーはしばらくの間お休みします。田園の誘惑や、日記は書きますので、アクセスしてください。皆様良い夏休みをお過ごしください。

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2007/07/18

きっこに会うなら、こんな町で

Doitu07063_kikko この間、現実での生活が多忙な日々に、「 きっこの日記 」のきっこかもしれない人に出会った。私の行きつけのペットショップだった。

もしかすると、夢を見ていたのかもしれないが。・・・・・・

彼女は松葉杖をついていた。

店の入り口で、正義の味方、オルレアンの少女と、私は眼が合った。 きっこ! きっこ? きっこ・・ きっこ?

「ブログの女王様にここで会うわけないでしょ!」「ヴァーチャルはヴァーチャルとして閉じ込めておきなさい!」 もう1人の自分が冷静にと指令を出した。

松葉杖をついているだけで何故きっこと思うの? 自分が毎日きっこのブログを読んでいるからと言って、あの人がきっこだと何故思うの? 

そう、私がずっと想像していた《きっこ像》は、私の学生時代の友人、水谷寿美子だ。

高校3年の春にアメリカのバークレー大学に入学し、ドイツのシーメンスで働き、ドイツ人と結婚しバウアー・寿美子・水谷という名になっていた。「バウワーはドイツ語で、百姓というのよ」、と教えてくれた。彼女が話す言葉は時として、滑らかさを欠いていたが、いつも真摯だった。そして私も真摯に人生を語っていた。その親友。今、彼女はどうしているだろう。お互いが忙しくなり、音信が途絶えてしまった。

松葉杖の女性は彼女の眼差しに似ていたから。絶対きっこと思った。

今、2007年6月のドイツの写真を整理していたら、あのペットショップにいたきっこらしい人にもう一度会いたいと思う気持ちがしてきた。そしてドイツランズフートの写真の中に、きっこに会うのにふさわしい町の写真があった。

なぜか、私の白昼夢のようなあの日の日記を書いてみたくなったのです。トラックバックはできないから、いつか、きっこがこのページに気付いてくれたらなあと思っている。そして、ヒールの高さ9センチの赤い色がチラッと見えるパンプスを履いている元気になったきっこと駐車場じゃなくて、このランズフートで会えたら、今度こそ声をかけよう。 

私は多分メレルかニューバランスの低くて、川上村の畑のどろが付いている靴だけど。

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2007/07/09

ドイツの誘惑@クラインガルテン

Doitu0706kuraingaruten2Doitu0706_kuraingaruten1Doitu0706_kuraingaruten3              

            

今回のドイツの旅ではクラインガルテンを見たいと思っていた。ことさら計画してではなく、なにげなく歩いていて、見ることができたらいいと考えていた。

前述の《こうのとりのゆりかご》 でもふれたように、ミュンヘンのシュヴァ―ビング病院を探している時にたまたま、お庭から出てきた人を見た。芳州先生が声をかけると、「どうぞー見ていっていいですよー、どうぞ!」 と言われたような気がして、ふたりで、お庭に入った。

Doituo7o6kuraingaruten4レタスや、キャベツ、スグリ 、ベリー類、ルバーブ、キュウリ、トマト、その間には花もあった。言葉が分からないので、気持ちを正確に伝えることが出来ず、あまり長居をしてはいけないという遠慮がちな気持ちもあり、植物の観察は詳細にはできなかった。

だが、通路にブロックを敷いて、野菜や花をその性格によって区分けしているように感じた。そして、レタスも3、4株だけで、他の植物もわずかずつ、たくさんの種類を植えていた。このことは川上の我が菜園でも見習いたいと思った。

金魚も飼っていた。ソファやゆりかごもあった。とても楽しそうに説明してくれたのだけど、全部、ドイツ語だった。気持ちは分かったけれど、気持ちを伝えられなくて、本当に申し訳なかった。 日本代表として笑顔だけは振り蒔いてきたつもりなので、きっと来年にはにっこりした顔のスミレの花が咲くだろう。      

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2007/06/21

こうのとりのゆりかご・雑感・3

Doitu0706_post 左の写真はドイツ、ミュンヘンのシュヴァービング病院の赤ちゃんポスト(ドイツではBABY NEST)です。

今回、ドイツに行く旅の目的の一つになってはいた赤ちゃんポストを見てくることが出来たが、物見遊山で行くようで、ためらわれてはいた。そしてミュンヘン駅から、Uバーンで5つ目の駅を降りたが、病院が近づくにつれ、私の足は重くなった。

途中、クラインガルテンを通りかかり、中から出てきたおじさんがそのお庭に招いてくださった。そのことも、前から希望していたことなのでとてもうれしかったが、赤ちゃんポストのことがあったので、そこを出るとまた足は重かった。

シュヴァービング病院は緑の木立Doitu0706_kurink3ちに包まれ、玄関の前のパラソルの下で憩う人もいる。入り口には年取ったおばあさんが受付をしていた。カボックに水をやりながら。ベビーポストというと、場所を教えてくれた。

それはシュヴァービング子供病院の中にあった。すぐに探せたのDoitu0706_kurinkでは無いので、病院敷地内を見ることになった。一見して病気の子供を見かけることもあり、昔、私が子供を育てているときに時々あった、アクシデントに見舞われたときのことを思い出し、胸が痛くなった。どこにだって、病気はある。大変でもいつかは治る。親はその時がんばる。

Doitu0706_kurink2  ベビーネストは、生まれた赤ちゃんが病気でなくても、育てることが出来ず、親が行き着くところだ。

私は、30分ぐらい探すうち、もうここに来られたことだけで終わりにしようと思った。そして、入り口に戻ってみると、シュヴァ―ビング子供病院の看板があったのでよく見ると一番下に《BABY NEST》と書いてあった。

病院を覆う塀を少し開けたように入り口があり、その場所はあった。私がそこに入ろうとすると、そのそばにいたおじいさんが、「入り口はそこじゃない!あっちだ!」としきりに言う。そのおじいさんにはその場所がドイツの恥だと思っているように感じた。言葉が分からないし、通じないから、「うろちょろ怪しいやつめ」と思ったのかもしれない。

すだれで被われているが、病院内のほかの施設より無味乾燥とした感じがした。つまり、子供病院内は楽しい絵や風車や子供向きの彫刻が置いているのに、そこは味気ない感じだった。赤ちゃんを置いていこうとする人に対して最後のメッセージをこめているように感じた。

(こうのとりのゆりかご・雑感1.2はドイツに出かける前に書いたので、文章の不備があります、これも不肖ながらの実力で仕方がありません。気が付きましたが直しませんので、3を読んで真意をお汲みください。またドイツ語も、英語もほとんど勘に頼っていますのでその辺もよろしく。でも、心と背筋だけは成田を飛び立ってからは日本代表なのでそれもよろしく!)

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2007/06/16

こうのとりのゆりかご・雑感・2

日本ではこうのとりのゆりかごが出来たが、3才の子が入れられていたという。育児放棄にならぬように、こういった施設は望ましく無いと政治家は言っている。

インターネットで 《 裁判所、養子縁組 》 で検索すると、養子をもらうための手順が出ている。養子は子供が物心着く前にと、6歳までにと決められている。熊本のこうのとりのゆりかごに置かれていた子が3歳だったということが、心に傷を残すと、騒がれていたが、日本の法律では6歳までにと言うことになっている。日本の法律だから多分、大昔からなのだろう。

私は昔、養女に貰われてきた方を知っている。確か、1年生になったときから、そのお家に来た。弟と同じ学年で、近所であったため、大変仲良く、幼少時代を過ごした。

一緒にご飯を食べたり、一緒に夏休みを過ごし、一緒にお風呂にも入ったりした。お互いの家で遊んだが、私の母は私に輪をかけて子供の面倒見が良いので、その子はまるでうちの子のように育った。或る時、母がその子から、《私にはホントのお母さんがいる。今のお母さんは違うの》 とお昼寝のあとで打ち明けられた。私たちもそれを聞いてビックリしたが、なにかの物語のような気がして、ことさらその友情に変化はなかったと思う。子供だったから。

だが、噂によれば、本当のお母さんはある地方の芸者さんで、子供がいると仕事ができないので、養女に出したのだと聞いた。そういえばその子はよく言うお人形さんのような子だった。そして、母は或る時とてもきれいでその子に似ている女の人とその子が一緒に歩いているのを見たと言っていた。

お互いに大人になり、進学や結婚を経て、現在も《その子》と行き来している。

つい最近、実家の母が頂き物の筍を届けてと言われ、彼女の家に行った。世間話や、介護の話になったが、最近の赤ちゃんポストやこうのとりのゆりかごを彼女は意識していたかはわからないが、

『 私は両親にすごく感謝している。本当にやりたい事をさせてもらった。今の私がいるのは母が自由にさせてくれたからだと思う。』と言っていた。つまり養母への感謝の気持ちだ。

彼女は昔から音楽関係の仕事をしている。そのために、ご両親は日本の音楽大学、ドイツの音楽大学にと留学させている。現在もある楽器の演奏もし、その指導もしている。私は彼女と小さい時から暗黙の了解のもと、そのことは知っていたが、一度も聞いたり、話したりしたことは無い。

私は赤ちゃんポストのニュースを聞くたびに、彼女の言葉を思い出し、うなずいている。そして、彼女の人生のことがスポットライトを当てたように光り輝きだすのです。舞台で光り輝いているように。 でもこの友人のようにうまくいくばかりではないかもしれない。それでも、虐待や子殺しなどになってしまうより、選択技を増やし、子供を育てる力や心がある人のところに、こうのとりが運んでくれるようにするのも善であり、注目すべきことのように思うのです。いろいろ紆余曲折があったとしても。

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2007/06/12

こうのとりのゆりかご・雑感・1

Kounotori 最近日本でも、熊本の慈恵病院で《こうのとりのゆりかご》が出来たが、そこに始めて置きざりにされた赤ちゃんが3歳だったことで、また新しい波紋があった。

私としては、関心があることだったので、ウイキペデイアで赤ちゃんポストについて調べてみた。荷の重い記事ではあるが、少子高齢化について、考えることも多く、少しずつ進めてみたいと思います。写真はドイツで買ったポストカード。

まず、日本での《こうのとりのゆりかご》が出来る以前には、1986年に群馬県大子町で5年ほど、《天子の宿》という施設があったそうだが、1人の赤ちゃんが凍死する事件で、閉鎖されたそうだ。

日本の熊本の慈恵病院ではドイツをお手本にしたが、各国の設置状況について書いてある。オーストリアは2005年までに6つの都市に設置。ベルギーでは2000年に設置、3年たったが置かれた子は0人。チェコでは2005年に設置、2006年までに3人。ドイツでは2000年に設置、2005年までに80ヶ所に設置。ハンガリーでは1996年に12ヶ所。インドでは1994年設置。イタリアでは2006年12月に設置、翌年2月に1名保護。オランダは2003年設置が予定されたものの反対で取り止めとなる。パキスタンが260ヶ所。フィりピンも設置。南アフリカ2000年設置2004年6月までに30名保護。スイスでは2001年5月設置。アメリカは1999年設置。

私たちが好きな国、ドイツでの《赤ちゃんポスト》が日本のお手本にもなっているようなのでチャンスがあったら見学もしてみたいと思い、調べたところミュンヘンのシュヴァービング病院に設置されているとあった。

ドイツでは《赤ちゃんポスト》に赤ちゃんを置く前に、《匿名出産》というもう一つ前の段階があるようだ。血液型だけ調べて、後は不問に付して出産させるのだ。赤ちゃんポストも、匿名出産も女性が抱えている社会的問題の解決をする時間を与えるもののようだ。

つまり、赤ちゃんポストは8週間連絡が無い場合養子縁組を進めるそうだ。匿名出産もやはり、出産の後、同じ期間待ち、そのあと養子縁組をするそうだ。

ところでウイキペデイアには、日本でも、平成17年末に6人の参議院議員が少子高齢化の実態調査のためノルウェー、フランス、ドイツを訪問してる。この間、安部総理と、官房長官がこうのとりのゆりかごでは遺憾の意をのべていた。でもそれより、この訪問に出席した議員の意見もマスコミは取り上げたって良いんじゃないかしら。かなり、しっかりしたレポートだと思うけど。議員たちも「 このことについては、調べてきたから意見アリ!」って手を上げたって良いんじゃないかと思う。自信がなくて、どうぞどうぞって遠慮したのかしら。

もしかすると視察が12月に入っているから、クリスマスマルクトのグリューワインを飲みすぎていて、記憶に無いのかしら? この議員たちが意見を言ったら具体性が出てきて、問題がはっきり進展すると思うけど。どうかな? 

あの事件以来、暗礁に乗り上げた感がある。と言うより、もっと現実の年金問題を乗り越えないと赤ちゃんや少子化に取り組めないのかもしれない。それほど日本の政治って後手後手になっているし夢も無い。だれかもっと、想像力を働かしてほしい。政治に縁遠い私でさえ、そう感じるんだから!

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2007/06/04

横浜でミュンヘンの天気を知る

Munich 今日ミュンヘンの天気を調べた。曇り時々晴れ、気温は22度。多分爽やかな風が吹いているだろう。

この写真は12月のヴィクトリエン・マルクト(市場)だ。あの頃、広場ではクリスマス用品が売られていた。6月の今頃はたくさんのバラの花束が売られているだろう。男性が大きな花束を持って、誰かにプレゼントする町だ。いいな、いいな!

この写真はあまり上手じゃない。もっと上手にとりたい。

ミュンヘンの天気はココをクリックしてね。

しばらくの間、メールやコメントのご返事が出来ません。でも、あとりえチビッコの記事の更新は時々しますから、見てください。6月8日、12日には確実に更新するはずです。

旅歌ノートは→にあるでしょ、それは頻繁に更新するでしょうから見てくださいね。下手だけど感動が多いと更新するはずだから。じゃー、ダンケシェ―ン!

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2007/01/21

ドイツの誘惑@ウサギの肉

Usagijpg1_1 ドイツ・ミュンヘンのクリスマス・マルクトではこのように肉も売られていた。この光景を見たとき、これってウサギ、と思い写真を撮っておいた。

私たちがドイツから戻って1ヶ月がたった。その間にテレビの報道で北朝鮮がウサギの成長が早いので、食料にするため、ドイツの農家にウサギの買い付けをしたというニュースを聞いた。私はあとりえの記事の更新をしていたので、そのウサギのことは、ちょっと気がかりだった。

今、この写真の上部を見ると、K・・・・・・とある。ドイツ語辞典でしらべると、Kaninchenとある。多分ウサギでしょう。肉の感じから鳥肉に似た味じゃないでしょうか。またいつか行くチャンスがあったら食べてみたいです。

Usagijpg2Usagijpg3

この日は暖かでした。外で食事をしても寒くはありませんでした。他にもいろいろな種類の肉がありました。

私たちは1回の旅行中2食ぐらいは、マルクトで買った材料でホテルの部屋で食べます。日本では私が食事の支度をしているわけですから、作る私も食べる主人もほっとします。すべて、Coldな食材、ハムや、ピクルス、パン、チーズですが。そのために旅行の始めにいつも、小さな花瓶、テーブルクロス、ナプキンを買います。それも旅行の楽しみの一つです。

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2007/01/04

ドイツが舞台の《飛ぶ教室》をNHKのBSでみる

2003年ドイツ映画《飛ぶ教室》をNHKBSでみた。正義先生というあだ名のあるヨーハン・ベック先生とその生徒たちとの聖霊降誕祭からクリスマスにかけての物語だ。

ライプチッヒの寄宿校に行かねばならなくなった12歳のヨナサンが飛行場から学校へと歩く場面から始まる。

マルチン、マックス、クライツカム、ウーリーの仲間たち、寄宿生の6年生と、通学している中学生との争い。思いがけず判ったヨハン先生の過去、そしてそれが東西ドイツの分断と関係していたり。また子供たちが練習している《飛ぶ教室》のミュージカルを反対され、それが思いもかけぬ方向へといくことなど。

教会のバッハの賛美歌を歌う場面はついこの間ミュンヘンで見たものと似ていたし、街並みも学校の校舎も日本のとは違うドイツの学校のスタイルだ。気候も12月末の陽射しだ。ヨナサンが乗ってきた飛行機がルフトハンザだったのもうれしい。子供たちが喧嘩をする町の雰囲気も確かにドイツだ。子供の頃にするようにいわれた罰が礼拝堂のろうそくを掃除するというのも、よく理解できた。

そしてこの映画で感動したのは辛抱強く待つ先生だ。そして子供たちが声を大にして言う「先生は自分で考えて解決するように指導する」ということだ。

子供たちが歌うミュージカルの中で、「友人を作るのには時間がかかる」というフレーズ。そして、全編に流れる《友情》のコンセプト!

かつて、私の友人の一人であり、ドイツ人と結婚した、優秀で、論理的な頭脳の持ち主、水谷寿美子は私が1回目のドイツに行った少し後に亡くなった。私にとっては親友とも言える人だった。ドイツの話をせずに逝ってしまった。たぶん生きていたらもっとドイツの話ができただろうと、この映画でまたダブルで悲しくなった。

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2006/12/31

ヒットラーの足音を聞いた樹

Landsjpg3大晦日になった。喪中のため、いろいろパスして年末になったが、おせち料理は質素に調理し、出来合いも買った。ただし野菜の煮しめは例年どうり8種類煮た。

あとりえ・チビッコのブログを覗いたところ、《ランズベルグ、ドイツ、刑務所》で検索されていたので見てみた。

(付記:それは《第一次大戦》というホームページだった。)

ヒットラーが1924年12月20日ランズベルグ刑務所から出所したとある。そして写真は古い写真だが、そこには見たことがある門も木もあった。

芳州先生のドイツの写真を急ぎ、パソコンで大きくして見てみる。アーチのくり方と脇にある窓の位置とでBayertor門だと解った。私たちがランズベルグ2日目に訪れたところだ。

ミュンヘンからランズベルグに着くまでの車中で、多分ヒットラーはこの辺も移動していたのだろうと思いを廻らしていたが、やはりそうだったのか。

私のドイツへの旅の目的はほとんどが観光であるが、もう一つの動機は《戦後50年経った国》を見比べると言うもので、1994年から始まった。また主婦の立場からドイツの国民性、合理主義も学びたいと思っている。 (付記:そして私は7回のドイツ行きを経験し、もう《戦後60年経った国》にもなっている。日本も戦後60年経った国なのだ。平和が60年続いているということだ。)

4年前始めてミュンヘンの駅の裏の石畳を踏んだ時には、歴史の中心人物の影を感じた。軽いデジャブのようであった。そして、毎回感じるのはどうして、この真摯で、真面目、頭が良い民族がヒットラーを生んだのかと言う疑問だ。いつかその疑問が解けるかと思う割には不勉強ではあるが。

Landsjpg4 この写真はBayertor門の裏から撮っている。上の写真の手前の木が、まさにヒットラーといっしょに写っている細い木だ。私はこの木を撮るときに、樹齢はどのくらいだろうかと考えていた。それだけだったのが残念な気もするし、知らなくて良かった気もする。(付記:ちなみにヒットラーを迎えに行ったのは写真家ホフマンという。)

今年最後の更新です。皆様良い年を! あけましておめでとうは今年も言えないから。

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2006/12/25

ドイツの誘惑@メリークリスマス

Germanyjpg6

                              

                                     

                         

皆様の幸せを祈ります

風邪を引きませんように

病気になりませんように

より良いドイツの写真は

豊田芳州のTheme》 を

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2006/12/24

ドイツの誘惑@本当の宗教心

Germanyjpg15_1 Germanyjpg16_1 ミュンヘンには教会がたくさんある。ここは大通りに面していて人が入りやすい、ビルガザール教会だ。ドアノブが人々の宗教心で磨かれて光っている。

以前にも書いたが、私はキリスト教の幼稚園に行き、その後、日曜学校の幼稚部の先生の助手を大学1年ぐらいまでしたが、集団に入りたくないという、私の気持ちの揺らぎから、教会には今では夏のバザーに行くだけの人になっている。ときどき悩みがあると新旧聖書の厚い本を「エイヤッ」と開け、そのページを読むことで心を落ち着けることがある。

Germanyjpg17フラウエン教会では聖歌隊が教会の中で 「アーアーアーアーアー」 「アーアーアーアーアー」 と練習していた。声を出すと会堂にこだましてきれいだった。

この教会でも何かこそばゆく、芳州より先に外に出た。強い宗教心のある人たちの邪魔をしてはいけない気がした。春に来た時にはそれほど感じなかったのだが。

クリスマスマルクトで手動のオルゴールを買った。最後に「イーザーホメタタエヨ」というので、小さい時に教会に行っていたときに歌っていた歌だ。今讃美歌の本で調べたら108番だった。何も疑うことなく純真な心の時に歌っていた歌だ。キリスト降誕の歌だ。

《 いざうたえ、いざいわえ、うれしきこのよい。かみの御子 あらわれぬ、いざほめたたえよ。 》

                                                 

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ドイツの誘惑@昼間のクリスマスマルクト

Germanyjpg11 今回のドイツ滞在中ずっと天気が良かった。着いた夜に雨が降り、帰る日にバスで走る時雪が舞った。

クリスマスのリースをあとりえ・チビッコでは30年ぐらい前から作っていたが、樅を使ったものは時々作っている。最近は花屋に樅を頼まずに川上の木を切って作れるので、予定が立てやすく、楽しい。今回クリスマスマルクトで見た木の種類は多種であったが、自由に木を組み合わせて考Germanyjpg13えていることに気づいた。来年のことを考えるとうれしくなってくる。鬼も笑うと思ったら、本当に鬼が出てきた。祭りの鬼が太鼓や鐘を鳴らして登場!もっと怖いのがいたけど写せなかった。私だって時々怒るとGermany_jpg14この写真ぐらいになるらしいけど、もっともっと、怖かった。きっと、中世のゲルマンの森にはお風呂に入らないうちに垢と汗と泥とで、動物と人間の間ぐらいにすごい形相になって鬼が暮らしていたんだろう。

マルクトで売っているクリスマスの飾りはハーブをつけたもの、シナモンのステック、オレンジピール、八角、ラベンダーなど。また、木の実をつけたものなど、発想が自由だった。大変参考になった。            

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ドイツの誘惑@車窓の景色と町の学生たち

Germany_jpg3 ミュンヘンから電車を乗り換えて50分程のところにある、ランズブルグ(レヒ川)にも行った。

途中の車窓の景色は一かたまりの町があると必ず、教会がある。 とがった屋根、丸い屋根の少し飛び出た教会が町や村のランドマークになっている。

車窓からの景色を見ていて小さい時からいつも思っていたこと。 う 

Germanyjpg5ランズベルグは城塞に守られるように立っている町だ。またレヒ川にも守られている。

ちょうど高校生と中学生の子たちが帰るところだった。ドイツでは学校は基本的に午前中で終わり、家に帰って昼食を食べ、小学生にはお母さんが足りない勉強を教えると聞いた。

何時だって、学校から帰るときはうれしい。私は集団生活が苦手で、小さい時から庭作りが好きだったので、こういう光景を見ただけで、嬉しそうと感じてしまう。

Germanyjpg9レヒ川は水量が多く豪快な流れだが日本の川とはまた少しニュアンスが違う。町を守り、川の美しさも守り、橋も作りすぎていない。ちなみにライン川下りをした時にもそう感じた。フランクフルトの1、2駅先のマインツを通るライン川には2本ぐらいしか橋は無かったと思う。日本で言ったら東京に近い隅田川にはもっとメチャクチャ橋が架かっている。ドイツは美を優先にしているし、自然を大切にしている。

川沿いに歩き時々写生したりしながらランズベルクを遠くから写した。夢を見ているようだった。

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ドイツの誘惑@クリスマス・マルクト

Germany_jpg2ドイツのクリスマスは夜が早いせいか、言葉が解らないからか神聖な感じがする。あちらにいる間ずっと、宗教的な重さを感じていた。

日本に戻ってから電車や雑踏の中での日本人の会話に絶望的な品のなさと、いわゆるエコノミックアニマルなエゲツナサを感じている。

こんなこと書く予定じゃなかったのだが、書いてしまう。

旅行中はいつも、背中に《日本代表》のゼッケンを付けて、背中をピッとさせて行動しているため、戻って街中での女性の中年同士や、若い男女の会話が、いやらしく聞こえる。いやらしい会話は口元が歪む。

まず日本語が解るからが、最大の理由になるが、あの、ミュンヘンの市庁舎前のマリエン広場にはそういう空気もなかったし、私の読唇術でも、そういった言葉を話している人は皆無だった。

Germanyjpg1 広場ではたくさんの店が出ているが、市庁舎テラスで賛美歌もしくはバッハの曲の合唱をしていた人たちがいた。私のそばにいた父親は女の子を肩車してそれを聞き、説明していた。私にはドイツ語は解らないが、心で「あの人たちはいつも練習して、今ここで皆に歌ってくださっているんだよ。」と聞こえた。

人形を売っている店の前で、赤ちゃんの人形をかわいいと思って見ていたら、私と同じ位の年のドイツ女性とすぐそばで目が合い、言葉は無くとも「子供たちが小さい時は可愛かったわね!」と目で話が出来た。また、今子供を育てている人がバギーを走らせ、「可愛いけど、毎日大変!」と言っていた。それは英語だったような。

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2006/07/10

サッカーW杯はイタリアが優勝!

Ge_108 サッカーは今朝、フランスとイタリアが戦い、PK戦の末、イタリアが勝った。

この写真は1ヶ月と1週間前にミュンヘン空港に向かうバスの中からあわてて撮った私の写真。

ドイツのレストランの中には、イタリア料理店が結構数多くある。パスタにしても、ピザにしても注文しやすいので、ドイツ旅行中に2回ぐらいは食べている。2000年にはドイツ北部のツエレに行った時は威勢のいい、イタリア料理店があった。隣の日本人のアイスクリーム店の噂話まで話し出して、面白いチョイ悪オヤジだった。

きっと今日の試合もあの店のオヤジは大きな声で応援していたんだろう。

今年のドイツ旅行は行けただけラッキーだった。時差ぼけがやっと戻ってから母の葬儀になり、あっという間の1ヶ月だった。これからまた1ヶ月、両方の親の仏事が続く。

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2006/06/25

ブログへの不思議な憧れ@きっこの日記 

Ge2_068

ブログとは不思議な力を持った電磁波だ。パソコンの画面から頭に入って、ハートに火を点ける。

2年前の夏にどうしてもホームページが作りたいと勉強しはじめた。私はそのときお手本にした3つのブログに憧れた。あくまでも、ヴァーチャル。

ほんと、絶対、ヴァーチャル!

そしてココログでブログを作り、1年たち、1年半たち、その憧れはまた拡がっていった。普通憧れはいつもシャボン玉のように消える。ところが私のブログへの憧れは消えない。

そして今、「きっこの日記」に憧れている。

これを話すことで、心の中のシャボン玉が消えちゃうんじゃないか本当は心配だ。でも私が、パソコンのバーチャルの中だけに存在していれば、大丈夫なはず。

写真はドイツ、ノルトリンゲンの教会。赤の色がいい。赤の割合がいい。今回の旅行で私が撮った中で一番のお気に入り。

お気に入りに入れてリンクしました。

追記 (6/26)リンクについてのメールをきっこさんへ送信しましたが、エラーになりました。追記(2007・9・10)パソコンは苦手だ。でも乗り越えよう苦手なことも

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2006/06/24

ドイツの誘惑@子供と話す

Ge2_105 ノルトリンゲンの教会の前の朝市で会った男の子ルカだ。

手回しオルガンの大道芸を見て、私が絵を描いていた時、脇から覗き込んだので、お話しした。

飛行機の機内食を描いたものや、ビールとおつまみを描いたもの、そのほかを見せた。そのうち私のそばにずっといるようになった。にぎやかな朝市のオルガンやシンバルの音がする中で。

ホテルの部屋に飾ってきたバラの花を描いたものも見せた。ほとんど、ビールを飲みながらメモとして描いたものばかりだが、彼を感動させたらしい。

Doitup_001_1手回しオルガンの絵はドイツから戻ってからまだ描きあげていない。そばには彼の妹の赤ちゃんがいたが、彼とだけおしゃべりしたのが、とってもうれしそうだった。またルカ君はビールの絵も気に入っていた。

以前のドイツの旅でも、子供と何かを媒介して話しをする。3年前のアウグスブルグでは、デジカメでかわDoitup_002いい少女を撮ることが出来た。

彼女は「ホームページ!」と言って喜んでパパとママに写真を見せながら、どんどんポーズをとってくれた。もしかすると、おばちゃんだからできたのかもね。

ルカ君はこのあと、手回しオルガンが終わるとと、お父さんにうながされて、バイバイしながら雑踏の中に紛れていった。いつまでも私と一緒に居たそうだった。

                    

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2006/06/20

ドイツの誘惑@あとりえの工作

Ge2_067_1 ノルトリンゲンでこのバスを見たのは私が1人で、ホテルの前に佇んでいた時だった。

乗っていた人たちは、教会の見学に行ってバスの中には人はいない。車体の脇に飾りがあるので、結婚式かと思い、そばを通る人に聞くと、サイトシーイングと教えてくれた。

寒い日だったが、風に舞うリースは私の心の中を暖かくした。

そのあとミュンヘンのカウトブリンガーという文房具やで、紐や、花、鳥の飾り物を買った。この写真のイメージをちょっとだけ採用して、明日、子供たちに作らせる。 ドイツから戻って、20日が経った。                                                                       Ge2_120_2

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2006/06/05

ドイツの誘惑@wan.com

Ge_030               Ge_048 私が初めてドイツに行ったのは12年前で、それから今回で6回目になるが、犬との関係や、町での犬の存在は変わらない。屋根のあるレストランや本屋、銀行、ほとんどどこでも入っていける。

それはほとんど犬のしつけがいいからだ。レストランで飼い主が食事をしているときは伏せをして待っている。日本のように《犬は入らないで下さい》という看板はない。店によってはリードをつなぐ杭がある。Ge_119飲み水を置く店もある。大型犬を飼っていることが多い。Ge1_103_1

Ge_097それでも今回ちょっとだけ、おりこうじゃない犬もいた。ファーストフード店の前でつながれて、ないていた犬だ。

そのとき次女に預けてきたココを思い出した。きっと大変だろう。そう思って帰ってきた。彼女はアレルギーを起こしていた。 彼女はしっかりしつけたらしい。ねえなんか変よ!お前本当のココ?

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ドイツの誘惑@旬のアスパラ

Ge1_031 Ge1_036 ネルトリンゲンでもミュンヘンでも屋台でアスパラが売られていた。家庭のお母さんやおばあさんはその中でも出来るだけ安いお店で買っている。こんなに売られていても、ビヤホールや格調高いレストランではあまりメニューにはない。そこで外に《Spargel》Ge1_109_1という黒板に書いた文字が出ている店では食べることが出来る。               

白アスパラに2種類どちらかののソースをかけてポテトか、豚肉、牛肉が添えられる。メニューには4月半ばから6月半ばまでの限定メニューと書いてあった。写真のポテトで11ユーロだった。ドイツでは1品がボリュームがあるので、私たちは1日2食、昼にはコーヒーとケーキで済ませた。そして、ほとんど毎日夕食はアスパラだった。アスパラのスープも美味しかった。多分缶詰でもスープは再現できるだろう。   

キッチン用品の店ではアスパラを茹でる用の深鍋、アスパラ皮むき、茹でたものを置く皿、トングも売られている。日本の緑色のアスパラは皮をむかずに食べられるが、あちらの白は食べていてセルロースが舌に触る時がある。皮むきが必要なのだろう。

私は試しにその皮むきを買ってきて、牛蒡を剥くのに試してみた。日本の他の皮むきより手を怪我しにくいようで、扱いやすいようだ。                                

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2006/06/04

ドイツの誘惑@ミュンヘンの狩猟博物館

Ge_081 教会を改造したミュンヘン狩猟博物館は見ごたえのある内容だった。入場料3.5ユーロは安い。途中の踊り場で幼稚園の子供たちが昔の狩猟生活のビデオを見ていた。見ながら飴を食べたり、ビスケットを先生にもらったりしてリラックスして見ていた。ドイツに住む獣たちが分かりやすく標本や剥製になっていて大人でも楽しかった。

芳州は釣りの仕掛けやルアーに夢中になっていた。私は中世の狩猟を版画的な絵にしたコーナーが楽しかった。やはり、シカとの戦いの歴史がずっとあったのだ。ちょっとだけ川上の畑を思い出した。なんか食われているんじゃないかな、と思った。Ge_111

Ge_109   滞在中2回、水曜日があったが、その日は見学の子が多かった。特に教会にはたくさんの子が先生に引率されてきていた。

3年生くらいで友だちとお祈りする子もいた。私の真似をして蝋燭をつけちゃってお金がないどうしよう、と言っている子もいた。                        

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ドイツの誘惑@城壁でロボット研究の日本の学生に会う

Ge2_024 ネルトリンゲンは1500万年前に巨大隕石が落ちてできたクレーターで、現在も中世も宿駅として栄えている町だ。すべてこの写真のような城壁で囲まれ、聖ゲオルク教会がどこからでも見える。ドイツは今、30年ぶりの寒波だそうで、天気も悪い時が多かった。それでも、芳州が撮影を始めると、降っていた雨も止み、天気予報よりは良かった。

この城壁の道のところどころにあった塔もゲオルク教会の90メートルの塔も高所恐怖症の私は途中で挫折した。はじめそれを予期して人が登る前に張り切って上ったが、やはり怖くなって降りた。Ge2_015        

登る時は気にしない1段1段も降りる時にはひどく腿の筋肉を使う。

その筋肉の痛さを気にしながら、城壁を歩いている時、日本の学生に会った。中部地方の大学院でロボット研究室に属し、約1年近くドイツに留学すると言う。ユウタ・Kといった。

私はあとりえ・チビッコ展の時のはがきの嵩一朗と和(のどか)の描いたロボットを思い出した。そして私たちの老後は少子化で助けてもらうのはロボットと思っているなどと話した。気持ちの良い感じが伝わってきて、あとりえのOGの誰かとお話しが合うのではないかなどと、おばさん根性がちらっとよぎった。

人生仕事も夢も大切だが、連れそう伴侶次第のところがある。そして、彼のように若くしてこのドイツに来たことをこれからの人生の中で生かして欲しいと思った。

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ドイツの誘惑@花束を持つ男性はすてき

Ge2_098 ノルトリンゲンの朝のマルクトは野菜や果物、ハーブの苗、ハム、チーズの清潔な屋台が出る。子供と一緒に若いパパがメモを片手にフランスパンを持って通り過ぎる。

中年の紳士が花束を持ってすれ違った。丁重にWould you take a picture for you ?  すかさずポーズをとってくれた。ダンケシエーン!

花束を持つ男性は他に2人見た。ことさら女性にたいしてレデイーファーストの姿勢を見せつけていることはなく、さらっとした表現を感じる。いいな、いいな、ドイツって。以前父が生きていた時、

「 ドイツの男性って品のいい、レデイファーストが多いから、今度生まれ変わって結婚するならドイツ人にしよう 」と言うと、父は真剣になって、 「芳州さんがいいじゃないか!」とむきになっていってたことを思い出す。 デモね、デモね、やっぱりいいな!

こういうことを言うから、へんな迷惑メールが入るのかしら?

今、芳州は母のいるグラニーに行っている。私はもっとドイツのこと書きたいけど、彼と更新のことで、あまり差をつけてはかわいそうなので、というよりも山之内一豊田の妻として言ってはいけない事を言ってしまったので、この辺にします。だが私は完全に時差ぼけで眠くない。目がらんらんとしている。

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ドイツの誘惑@パンは美味しい!

Ge_071 グーテンモルゲン! 

で始まるドイツの朝。始めはミュンヘンの冷たいカイザーロールも美味しかった。それでも、列車で2時間半ぐらいで行った、ノルトリンゲンのホテルのパンはいつも焼きたて。麦やシードが着いていて香ばしい。それは一目瞭然の美味しさ。

列車の窓から広大な麦畑を見て、パンとビールが美味しいわけが分かる。その肥料はモーモーさんのウンチ。花がきれいなのも、モーモーさんのウンチ!きれいな花のそばでも時々その匂いがした。

横浜に戻り、青春出版から出ている「これから5年 日本はこう変わる!」の中の食糧問題について、調べてみた。その各国の自給率は日本40%、ドイツ96%、アメリカ125%、イギリス74%、フランス132%、イタリア73% (2003/2004) とある。穀類も乳製品もドイツとフランスはアメリカなみかそれ以上だ。国土と比例したらやはりこの光景はうなずける。ちなみに牛乳も干草のにおいがすGe_012_1る。 生命の循環を体で意識した。                                                            

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