2009/11/15

体験画@リンゴの皮を剥く

リンゴの皮を剥くことを体験させて絵を描かせた。手の消毒、リンゴの持ち方、ナイフの進ませ方、何故手を切りそうになるか、くるくると剥けるのは大人になって親指が長いからなどの話をしながら進める。南ドイツのオーバーアマガウで買った木のリンゴを使って両手の動きを教える。剥いてから食べても、そのままにしておうちで食べても、自由にした。

Ringokiri_kenta 左はケンタ。

ケンタは入ってくるなり、「先生、リンゴって100円とかして高いでしょ、どうして皆に一個ずつくれたりするの?」と聞く。「それはね、みんなに御馳走して太らせて食べちゃうからだよー! ガブッ!」とは言いません。「先生がお絵描き教えるのもあと、10年はしないと思うから、できるだけ今、あとりえに来ている子にいろいろなことをしてあげたいのよ。」まで言った。

そのあとに「君たちが早く親から自立して自分で生きていけるようにしてあげたいから。そのためには先生が教材費を節約することはしなくてもいいと考えている。」という言葉を言うチャンスがなかった。子供たちの手の動きが心配で、ナイフで手を切るといけなかったからだ。ケンタは良い質問をしてくれた。

Ringokiri_kentarou 左はケンタロウ。

それからどこの国かは知らないが、お腹がすくと悪魔が潜むという西洋の諺がある。子供たちはリンゴを食べてお腹がいっぱいになり、幸せそうに絵を描いた。

体験を頭で構築するのは男子が上手に感じた。というよりか、経験を絵に置き換える作業は客観性が求められて、どちらかといえば装飾を好む女子には頭を切り替えにくいのかとも感じた。

大人になってリンゴの皮を剥けるようになった時、この日を思い出すだろうか。この課題を一番したかった、ヒナタとナミ姉妹は体調不良で休みだった。後日また時間を作りたい。また連絡します。

Ringokiri_momoka

Ringokiri_reikaRingokiri_riho               

            

上はモモカ、レイカ、リホ。

Ringokiri_haruki

Ringokiri_ayano

Ringokiri_kanon                            

             

上はハルキ、アヤノ、カノン。

| | コメント (0)

2009/10/31

デジカメ活用法@介護

Terukohuku_001 母はまた新しい施設に移動した。今までの世田谷区の施設が思いのほかゆったりとした設計で、母の衣類や化粧品、本などを持ち込んでいたため、新しい施設へ持ち物が入りきるか心配だった。

そこで私は母の衣類をハンガーに掛け、私のたんすの取っ手にぶら下げ、それをデジカメで撮った。A4サイズの用紙に9枚の名刺サイズに設定し写した。これがいい加減にしていると、母はおしゃれなので、「赤い色が混じったセーターを持ってきて」などと言われると、自分のでさえ忘れてしまうこともあるのに、人のなんか思いだせない! と意地悪な答えをしてしまう。そういうことは基本的にはしたくない。そこでこういうことを考え付いた。

≪知は力。技術は愛。頭は心≫ 

人はその気になるといろいろな難しいこともたやすくできる。今回もほかの書類の整理や、洗濯物の整理をしながらしていたので、時間が限られていた。だから写真の撮影もいい加減だが、母との連絡には用をなす。昨日母も喜んでくれた。

ところで移動のために使った海外旅行用のバックがファスナーから壊れた。今まで危ないと感じていたがついに壊れた。もう新しいバックは買ってあるので、もう粗大ごみとして捨てるのだが、豊田がビジネスで使った時代、私がドイツに10回使ったものだ。愛着がある。先ほど、中の布地を少しだけ切ってまるでへその緒見たいに小箱に入れた。

また、今度の施設に慣れるまで、ある程度時間がかかる。だが、昨日の医師との面談で、その先生が知人の医師と懇意と分かった。その時私たち姉弟は心の中で「にこっ」とした。母はお医者さんが好きだ。しかもその医師の名前がOO鹿先生だった。このブログをブックマークしている人は知っているが我が家は鹿にどうも縁がある。

| | コメント (2)

2009/10/20

ワインについてのブログ@プファルツさん

私がよく出かける八ヶ岳は、途中に甲府盆地があり、葡萄の産地だ。ときにワインをいただくが、まったくそのことには無知で、無作法だ。だがドイツつながりで知った、「Wein,Weib und Gesang」 さんのブログをよく見ている。ルターの言葉を副題に使っている。≪   ワイン、女、そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルチン・ルター(1483-1546)≫

そろそろ日本でもボジョーレヌーボー解禁の季節になる。私は去年行った、フランスのアルザスの葡萄畑の道が好きだ。欧州を舞台とした小説の原風景は葡萄畑のような道だ。あちらでデッサンした6月の葡萄はまだ実が小さかった。その絵をペイントで描いた。

私のお気に入りにWein,Weib und Gesangさんをリンクします。

Wain5a_2 でも絵の題は≪アルザスの葡萄≫です。

| | コメント (2)

2009/09/28

ドイツのパンをいつまでも食べに行くために@今すること

Doitupan ドイツのパンが美味しいのは、小麦粉の質が違っているから美味しいのだろう。列車の窓から小麦畑を見ると、土のさらさらした感じが、日本の土壌と絶対違う。

私はドイツにはもう10回行ったのだけど、最近の私の食生活から考えると、ドイツに行く自信が少しない。いわゆる日本食をしっかり食べる生活をしているからだ。魚、刺身、豆腐、野菜の煮物などの夕食。昼食はお蕎麦。朝食はパンと野菜、乳製品。

ほとんどドイツのホテルでのメニューと同じだけれど、野菜をたくさん食べることが違う。我が家では朝、最低120グラムは食べている。そこはドイツのホテルと違う。ドイツでは乾いたものだけだ。というのも私たちは基本的にツインで100ユーロ以下のホテルを選んでいる。

Doitutyoushoku ドイツのパンは固く、凝縮していてうま味がある。イーストも違うのだろう。シード(種)がたくさん付いたものがある。私はドイツが好きだし、パンも好きだし、コーヒーも好きだ。ドイツ語の響きも好きだ。だから、こうしてドイツに行ける自分をいつまでも維持していたい。

ところで最近、甘いものを食べるとくしゃみが出るようになった。和洋菓子から、ジャムなどを問わず、ある甘すぎる限界を超すと出る。これは体が受け付けないサインなのだと考えた。そして夏のあとの疲れが出た。なんだか熱いので熱を測ったら、35度台だった。えっつ?私って更年期障害? そこで健康に関する本を探した。

紅茶に生姜を入れて飲むのと、薬膳に関するものがあった。現在≪紅茶に生姜≫を実行している。まだ2日だけど。体を温めて燃焼させるというものらしい。またその健康法によると、りんごとニンジンのジュースが良いという。そこで今度はジュースも作ることにした。さっきジューサーを新しく買った。試しにニンジンりんごジュースを作った。音が凄いのが誤算だったが、絶対体に良さそう。

そういえば母と父が良く、健康に関する民間療法的なことにこだわって食していたことを思い出した。紅茶キノコ、酢大豆、ニンニク卵などを作って飲んでいた。それでも、病気にはなったけれど。私もそんな歳になったかと思いながらも、あのドイツパンを食べに行く喜びは捨てられないと、日本での数値の減少に躍起となろうと思う。

※上述の本 「体を温める」と病気は必ず治る 石原結實(三笠書房)

| | コメント (0)

2009/04/01

介護はロボットに任せた

母の介護施設から移動の勧めを受けている。1年は大丈夫という説や3カ月までで移動という説がいろいろ入り乱れて、こんなに元気なKEICOCOも心にダメージを受けて鬱になりそうだ。もうすでに鬱になっている人は親の介護に無関心でいられていいなあと声を大にして言いたい。

こんなにまじめなKEICOCOが鬱になったら子供たちを守れないじゃないか。そこでここ一週間考え続けて、遂に今日介護はロボットに任せることに決めた。金属を扱う会社に依頼して、まあ、マテリアルな会社ですが、そこで、介護のノウハウを現場の人に直接そのロボットに指導してもらった。一週間でできたことが何だか変な感じもするが、昨日試作ロボットに対面した。これは親の介護をしている団塊の世代の朗報となり、なおかつ自分たちの将来を明るくすることにつながる。

とりあえず、どんな仕事をしてくれるのかというと、介護施設で記入された身体精神アンケートの内容に合わせた仕事の内容になる。お食事を自分でできない人にはスプーンで食べさせてくれる。一つの惣菜だけでなく、甘辛を理解して口に運んでくれるようにプログラムされている。衣類を着せること。トイレの世話、投薬。また介護の一つには話を聞くという非常にレベルの高い反応も求められる。

「あの食事のときにいつも、前に座っている人がいじわるするのよ。何でじっと見つめるのかとか、見てもいないのにしつこく言うのよ。」と、母が言った時に、私だと人間ができていないので、「またそんなこと言って、誰もそんなこと言うわけないでしょう。おばあちゃんの気にしすぎよ。」と言ってしまう。だが今母の入っている施設の介護福祉士の人たちは、「そんなことは僕たち分かっているからね、心配しないでいいからね、今度時間があるときにゆっくり聞いてあげるからね」と答える。

ロボットにそこまでできるかと思ったが今相談している開発部長のKO氏は何とかやってみましょうと快諾してくれた。ここんところが一番のネックだったから、私もとても心配だった。昨日その試作ロボットに、とりあえず私の悩みを聞いてもらった。「最近夫がとてもうるさいの、どうしたらいいかしら、特に消しゴムとかボールペンをどこかに持って行ったってことを言うのがしつこくなったの。」「それはKEICOCOさんが本当にどこかに持って行ってしまっているんでしょう。自分用にご主人と同じものを袋に入れて持ち歩きなさい」 図星の答えに、納得。もうひとつ質問したけど、ここには書けません。

また前述の母の質問と同じ質問をすると、「認証が一致しません。質問者が違います。」と言う。すごい。なんだかわかんないけど。すごい。

今日私は介護施設への書類の作成は止めにして、介護ロボットを母に見せに行く。もう名前は決めてある。アトムだ。でももしかすると母はヒサオがいいと言うかもしれない。そうしたらその時はヒサオにする。ところでそのアトムは特別にお姫様抱っこもしてくれる。金属だと体に当たって痛いので、クッション材が金属部分からエアバックのように出てくる。それは自動車会社のノウハウを活かして作ってある。これはいっぱい作ろう。次世代の子供たちに負担を強いないために。

もちろん私は年取った母の介護に当たってくださる医師、介護福祉士、介護職員の人たちへ、常に尊敬と感謝の気持でいっぱいだ。だがしかし、構造的におかしいところ、無駄がある。それは年末になると道路の工事で、道を穴だらけにするやり方と同じ感じがする。あっちこっちに移動することで書類が作られ、どこかがお仕事したことになる。何も創造的でなくて、どこかその場限りの無駄だ。

介護ロボット≪アトム≫は第一号が我が家に導入され、2号はいずれ目黒区に寄贈となり介護職員の休日を増やすことになるだろう。

追記:ちなみにこの記事はエイプリルフールですから、お分かりですね。私の知人でやはり親の介護に携わっている方がこのロボットを購入したいと連絡がありました。もう名前を決めてあって、ウランちゃんだそうです。フフフ。 ちなみにこのブログでのエイプリルフールはカテゴリー≪4月の馬と鹿≫でお探しくださるとよろしいかと思います。

| | コメント (0)

2009/03/24

食卓の情景を描くことそして筆圧の強弱

ShokutakuharukiShokutakuhinataShokutakukahoShokutakukanon 左からハルキ、ヒナタ、カホ、カノン。

ShokutakumanamiShokutakushoukiShokutakuyuiShokutakumoena左からマナミ、ショウキ、ユイ、モエナ。

ShokutakurisaShokutakumarie_2 左からリサとマリエ。

子供たちに静物を配置しても、大人が書くようには表現しない。気に入ったところや、気になるところを描く。そして見たように描いたつもりでも、遠近法が間違っていたりして、不安定な感じが出てくる。でも、私は子供たちに「それでいいのだ。」 と言って、写真みたいに描いたらつまらないから自分が安心できるように描くので良いと言っている。それは子供の中にあるバランス感覚を引き出したいからだ。

筆圧もこういう静物画を描くとはっきりと出てくる。往々にして、元気で大声でしゃべる子は筆圧も強く元気な絵を描く。ただ、元気すぎて、細かい表現に欠けるので、注意しないと、粗雑になる。

どちらかと言えば静かな子はしゃべらない分、観察や自分の気持ちと対話していたりするので筆圧も弱く、迫力に乏しい。どちらも、そのままではつまらない絵になる場合もある。そういう時はこちら指導者が、どこか美しく感じる部分を強調してみるように促す。すると絵はだんだん面白くなり、本人も意識して、友達に上手と言われるようになる。

そんなことをしながら1年たち、2年たち、3年たち、もっとたち、子どもたちは工作と絵を描くこの教室になじみ、ほかの子よりは少しだけ絵が好きだと感じてくる。私はこの小学生の時は、これでいいと思っている。遠近法はそれなりに大きくなると理解できてくる。自分が一生懸命に描いた絵が、自分で気に入っている。そんな絵が小学生で、1、2枚記憶にしっかりと残ればいいと思っている。だからこうして教室に来て時間を気にしないで描けることが多ければ、その枚数は増えると思う。

いつでも、こうして採り上げる絵を選び、写真のサイズを縮小しココログに載せやすくするという作業をしていると、全員の作品を載せたいのだけれど、いろいろ考えて止めたりもする。その作業は時々つらい。しかし、落ち着きのない子(絵を描く以前の机に座って落ち着いて何かをするという時間を持てなかった子)が、なかなかの作品を仕上げたりすると、私の心の中に勲章のような満足感が広がるのです。

| | コメント (0)

2009/03/17

子供のフラワーアレンジメント

Arenji2_2Arenji1_2

卒業式の季節なので、子供たちに花のアレンジをさせた。

季節的に花の価格が高騰する時期なので、迷ったがどうしても、この課題はこの時期にやりたかったので、万全の準備をして指導した。

水を入れるオアシスの周りにカラーの薄紙を入れることがポイント!この種の紙は昔パピエと言っていたような気がする。ただのフランス語かしら。そしてドイツから買ってきた、テントウ虫とクルクルの飾りになるリボンを絡ませて出来上がり。花はカーネーション、ガーベラ、アルストロメリア、周りに入れた葉はユーカリだ。Arenji5 Arenji8

花を傷つけず、下のオアシスが見えないようにきれいに処理することを教えた。もちろん女の子はお花が好きだが、男の子も、こうして花を差して美しいものができるということにうれしくなる自分を意識していた。

これが情操教育なのではないだろうか。私はバブルの時も、不況と言われている今も、子どもたちがすべき大切なことを探している。節約すべきことも豪華にすべきことも教えないといけない。エコはこれから生きる上でのスキルにしないといけないと思うが、潤滑油のような存在もスキルとして身につけていけば自分自身にもそれは還ってきてわが身が豊かになると思う。Arenji6_2 Arenji14

この記事も落ち着いて更新できないので、悪しからず。明日、明後日のあとりえの教室をすると、子どもたちは春休みに入る。おじいちゃんの家やおばあちゃんの家に行くのかしら。

Arenji15

| | コメント (0)

2009/01/11

七草を描く

Nanasusa_marie_4Nanasusa_momoka_4Nanasusa_ayano_4                                                    1月7日は七草粥を食す日だ。あとりえの子供の中にどれだけの子がその行事をしているかと絵を描いているときに、聞いてみた。

『せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずひろ、これぞ春の七草』 の歌を知り、七草粥の行事を家庭でしているのはヒナタとナミの家だけだったようだ。子どもたちに一斉に聞いたのではないので、もしかすると何人かの子たちがおうちでしているのかもしれないが。写真は左からマリエ、モモカ、アヤノ。

Nanasusa_nami_2

Nanasusa_hinata

Nanasusa_momoko

左からナミ、ヒナタ、モモコ。昨年末にGペンを使いインクで描くことをしたのだが、それが気に入っている子が多かったので、この『七草を描く』もGペンで描かせた。こういうときに子供の筆圧がはっきり分かる。マリエは元気な子だ、子供たちの中で抜群の筆圧だった。声も大きいし、質問も多い。なぜとか、どうしてとかをよく聞く。この絵も時間をかけて丁寧に描いた。モモカは斜めに七草を描いた。視点の違いを感じる。

Nanasusa_manami

Nanasusa_kentarou

左はマナミとケンタロウ。今日のおけいこの時、昨年長野の山小屋で作った干し柿を子供たちに1個ずつあげて、食べながら描いたのだが、マナミは干し柿も描いた。七草粥を作っているのも描いている。ほおっておいたら それを作っているママも描きそうなほどに、普通の表現をする子だ。私は芸術的な表現だけでなく、普通に考え、普通に描き、普通にアイデアを練る子もいて良いと思っている。奇を衒い過ぎないのも大切なことであると思う。でもいつかある日こうして物を考え、こうして絵を描き、こうしてアイデアを練ったことが自分の人生でものすごく、大切なことだったと気がついてくれると信じている。お嬢さんになった時かしら? ママになった時かな? おばあちゃんになったときかな? そのぐらいずっと先のことかもしれないけれど、よく年賀状をくれる昔あとりえに通った子たちはもしかするとそのことにもう気づいているのかもしれない。

私が『せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ春の七草』と言うと 『せんせー、どれがなずなー、』 『せんせー、どっちがすずしろ?』 『日本語であそぼでやってたー』 『お腹が痛かったけど学校には行かなかったけど、あとりえには来た』 『どれがぺんぺん草ー』『インクが垂れちゃったあ 』 

子供たちの声があたりの空気を震わす。こうして2009年もあとりえ・チビッコは子供たちに新しい刺激、昔からの刺激を与えるべく始動しはじめている。先生も数が少ない灰色の脳細胞(名探偵ポアロのように)をフル回転してがんばるからね!

| | コメント (0)

2009/01/01

あけましておめでとう@2009年元旦

09shougatu あけましておめでとうございます

本年もよろしくお願いいたします

新しい年が皆様にとって希望と安寧に満ち溢れたよい年になりますようお祈り申し上げます。

また新しい年もこのブログ  《あとりえ・チビッコ》  にご訪問くださいますようお願い申し上げます。さてあとりえ・チビッコでは子供の絵などの作品を掲載していますが、子供というものはまだまだ世の中のためにはなにも出来ません。それでも時折大人がびっくりするようなかわいい絵を描きます。また皆様の子供の頃に忘れてきた幼い純粋な心を思い出すような作品も作ります。そして絵を描きながら開放的になっておしゃべりをし、それはある時は詩であり、また哲学的な真実を述べています。それはただのおしゃべりと一笑に付してしまうにはもったいなく、私はこのようなブログという形で記録しています。

またプロフィールにも書いている長野の山小屋を中心とした自然の中での生活 《田園の誘惑》も楽しんで更新しています。ハーブの匂いのする清涼な空気を都会で暮らす人にもお届けしています。ちなみにもうそろそろアクセス数5万になろうとしています。 

今年もつかの間の時間、心洗われる子供たちの絵をご覧になり、皆様の日々の糧となればと、このブログを発信していきますのでよろしくお願いいたします。taurus

| | コメント (2)

2008/08/04

ドイツの誘惑@シュツットガルト・ウィルヘルマ動物園

Wiruheruma3《 2008年6月4日の日記から 》

ドイツの朝のパンは相変わらず美味しい。1,5個、ハム、チーズ、ジャム、ヨーグルト、コーヒー、牛乳を食す。

ホテルを出てウィルヘルマ動物園に向う。途中に噴水の出ている小山があり、不思議に思ってみてみると近くに保養所があり、水が湧き出ている。自転車に乗った人たちが飲んでいるので、飲めるかと聞くとおいしいと言う。私も手で飲んでみると不思議な味がした。手の水をよく見るとシュワシュワしている。炭酸水のようだった。また手に塗るようにするとサラサラした感じがした。あとでちょっとだけお腹が痛くなったが一過性のもののようですぐ治ったので、ほっとした。

Wiruheruma4Wiruheruma2Wiruherumaウィルヘルマ動物園の入場料は 11.4ユーロだった。大きな樹木がたくさん植えられて、地図を見ただけで圧倒されてしまう。

アクアリウムの爬虫類の部屋から進む。青や黄や緑のカエル。ヘビが草や木の植え込んだ中から顔を覗かせる。ビックリの連続だった。シロクマのいるところは山を登っていく。野毛山動物園と同じようにコンドルやフクロウがいる場所が近くだった。シロクマの場所には人がいたが、さり気なくしていた。私たちはお腹が空いたのでアイスクリームを食べて椅子に座っていた。小熊が少し経って出てきた。日本だとドヨメキが起こるだろうがみんな静かだった。

ところが私たちの並びにいた高校生らしき子供たちが『シロクマ出て来い!』と大声で騒ぐと、監視員が出てきて、静かに諭すように言った。『・・・・・ニヒト』

シロクマは何度もママ熊に噛み付いたり、体を寄せたりしている。後をついて廻ったりしつこいほどだ。かなり写真を撮ったが意外と動きは早い。

Wiruheruma5_2

動物園内では親子やおばあちゃん連れで見学していた。ゆったりと子供たちに動物のお話をしているのが印象的だった。金魚が日本とは違う展示の仕方をしているように感じた。きれいだと思った。私のお気に入りのペンギンはウィルヘルマ動物園では霧を吹きかけてもらっていた、涼しそうで良いアイデアだと思った。フクロウの餌は白いウサギだと気づいた。

帰りのUバーンで隣り合った家族と縫いぐるみのウィルバーを見せ合ってニッコリ。また遠足の5、6年生の女の子のは三分の二がピアスをしていた。ピアスは私の『棺おけリスト』の一つだけれど。

『きっこの日記』が動物園を取り上げていたので、私もドイツ、シュツットガルトのウィルヘルマ動物園を思い出してあの日の日記に書き加えました。

| | コメント (2)

2008/07/13

今日はお盆の入り

今日はお盆の入りだ。私の過去ログにはお盆についての記事(新盆の迎え火と送り火)が入っているが、そこへのアクセス数が徐々に増えている。ここ7日間にアクセスの30パーセントに達している。

今日は入院中の母から、これこれこういう風にお寺のことをして欲しいといわれていたが、事業を起こそうとしている弟が何から何まで一人でするのが大変そうなので手伝った。

思ったよりは家の仏壇をきれいに掃除してあったのでほっとした。私はお盆の飾りを置き、お花を活けて、提灯をセットし、お線香をともし、日蓮宗の南無妙法蓮華経を唱えた。仏壇のおじいちゃんは私を見てニコッと笑ったので、私も笑った。

病院にいるおばあちゃんとの話をおじいちゃんに報告した。おばあちゃんに昔の寿雄さんとの馴れ初めを聞いたら、『始めは4才の歳の差をみんなに反対されたわよ。でもおじいちゃんはいい加減で無責任で苦労したわよ。ママはおじいちゃんを尊敬しているみたいだけど。』と言っていた。そう父に報告。そしたら、父は『お盆でそっちに行くけど、まだまだ照子はそっちにいて欲しいよ。この自由はたまらん!』と言っていた気がする。私はおばあちゃんの腰の痛みを軽くしてあげてと父に頼んだが。

そして弟を車に乗せて、摩耶寺に行った。行く途中、介護保険のこと、社会保険のことをお互いに口角泡を飛ばして話す。そしてこの国はどのようになっているかとか、肝心のことを話しかけているうちに摩耶寺に着いてしまった。なんと無力な私たちであろうか。あっという間に着いてしまうのはお寺だけじゃない。人生もそうだ。ボブディランも、ジョーンバエズも、ビートルズも、振り向いてみればはるか彼方に行ってしまった。青春は心の中で甘酸っぱく疼いている。弟が行っていた麻布中高の面々、そして私の友人たち、女子美やトキワ松の面々の顔が浮かんだ!

きっと皆の中の何パーセントかの人は親の病院のお見舞いや、介護や、お寺のことをしているのだろう。日本を背負っていた団塊の世代、ベビーブーマーたちだ。そのやり方がその人の人格を物語るものかもしれない。

私もこれから、芳州先生の家のほうのお盆の行事をする。お迎え火だ。おがらを焚いて3回跨ぐと言うのをする。それが終わったら《BUCKET LIST》の感想でも書こうか。そうだそうしよう!

| | コメント (0)

2008/07/06

シラカバの木を切る

Kiwokirujpg最近の天候は、雨が降ると予想以上の雨量になり、油断が出来ない。

今年4月には雪が降り森の中の木がかなり折れて未だに見苦しい光景を見かける。そして我が家では数年前から山小屋にシラカバの木が寄りかかり、風が激しく吹くと擦れてキーキー音がしていた。そこで、私はそのシラカバの木を今日切ることにした。大きな台風もたくさん来そうな気もするから。そして、一番重要なことはまだ今なら毛虫がいなそうだから。梅雨が明けると毛虫が発生するからだ。以前にも書いたが私は毛虫が苦手だ。

さて、2階の窓に跨って、カーテンレールにしっかりとしがみ付き、右手に鋸を持ってシラカバを切りはじめた。約15センチの直径だ。木を切るときにはほとんど鋸で切るが、始めに木の傾き、地面の傾き、木についている枝の方向、量を計算し、倒れる方に何もない状態にしておかなければいけない。何かがそちらにあったらそこにぶつかって反対にこちらに来ることを十分予想しておかなければいけない。木は予想外の動きをする。

そして、何かが起こっても逃げれる道を確保して鋸を引き始める。そしてその数学的で物理的な考えを持つと同時に、森への信仰といおうか、木への感謝を心の中で唱えながら、畏怖にも似た気持ちで、鋸を引く。

今回はその木の先が7メートルの長さほど屋根に乗ってしまい、またもう一つ仕事が増えた。屋根からずり落とす仕事だ。私の読みの悪さを心配して、芳州先生が出てきて、傾斜した屋根から飛び出ている枝にカーボーイがする投げ縄を作って落とそうとした。ところがなかなか上手く出来ない。そのうち雷が鳴り出し、ココが怖がって鳴き出した。そこで芳州ちゃん投げ縄をあきらめて、手の届くところの木をチョンと引っ張った。ダダダーンthunder

無事シラカバを落とすことが出来ました。めでたしめでたし!筋肉痛はきっと明日出る。

| | コメント (2)

2008/07/05

工務店のツバメたち

Kawasinkai_007Kawasinkai_002今日は午後、川上村の新海工務店を訪ねた。だいぶ前に工事してもらった請求書が送ってこないため、買い物がてら寄ってみた。ツバメが出たり入ったりして飛んでいる。

材木がつまれた仕事場の上の天井にツバメの巣が2ヶ所あり、一つには子ツバメが2羽、口を尖らせて餌を待っていて、もう一つにはもっと小さな子ツバメが顔を覗かせていた。ツバメは3羽いたのだが、カラスが襲って2羽になったという。下に糞が落ちてシミになるといけないからとダンボールを敷いてあるが、なんとも大変なことです。

そして新海さんから最近工事をしているエコ住宅についてのお話を聞く。NHKのビデオを見ての注文は外壁の厚さを木材と断熱材とで30センチ近くにし、床下物置にはレンガの夜間蓄電の暖房装置をし、屋根にはソーラーパネルをつけるという。完璧なCO2を出さない住宅を目指すという。

またその注文主は前に住んでいた場所からキッチン用のストーブを8人がかりで持ち移送すると言う。まあビックリ! その注文主の名前を聞いたが、有名人なのでここには書かないし口が堅いKEICOCO先生はあとりえチビッコの生徒にも言わない! でもチャンスと時間とコネクションとご縁があったらそのおうちが出来たら見学がしたい。家よりも、年代物のキッチンストーブが見たい。奥様はどんなお料理を作っているのかしら。

新海さんは自分の仕事の集大成として、跡継ぎに残す仕事として、しっかり図面をひいて地面を掘って、大岩を打ち砕いて基礎工事をして立派な山小屋を立てているのだ。その新海さんを私たちに紹介をして下さったのが村の知識人、由井幸憲さんだ。この方とのご縁は場を改めて書きたい。新海さんは我が家の小さな部屋も増築もしてもらっているが、その部屋は冬でも寝ていて汗をかくほどだ。

ツバメが巣を作る家は繁盛する家と聞いたことがある。ノンビリしっかり、ドイツのレンガや石の家のような半永久的なそして耐震偽装とは無縁の木造の家造りをここ、信濃川上でを造っていってほしい。

まあ、我が家は当分質素な山小屋のままですが。

| | コメント (0)

2008/06/03

夢の実現

先月5月26日に三浦雄一郎さんがエベレストの登頂に成功し、5月31日にはスペースシャトルが打ち上げられて、日本人星出彰彦さんが宇宙に飛び夢を叶えた。2つのニュースは最近にない明るい希望のあるニュースだ。

三浦雄一郎さんは『夢に向かって1歩を踏み出す、踏み出したら諦めない』と言っている。75歳でエベレストに挑戦するというのはアンチエイジングを通り越している。凄すぎる!

また、星出さんの4歳のときの絵には宇宙を旅する自分を描き、そばに、《ME》と書いている。この絵を見て私は、子供たちにいつも自分の夢が何であるかを意識させないといけないと思った。絵はそれを意識しやすくさせる道具だと思う。

Kawa0806_002

Kawa0806_yume ちなみに私の夢は以前にも書いたが、植木職人だ。『おばさん、お茶が入りましたよ!』って言われるのが夢と、高校の友人のデラに言っていた。多分その点では私は夢を実現できていると思う。まだまだ別の可能性への夢はを捨ててはいないけど。

ただしこの夢を追う人たちは帰ってくるまで目が離せない。

そして人にはいろいろな夢があると思う。その夢は時としてわからなくなるときもある。夢を実現したい時に出会った人とその同じ道を歩き、手を携えて一緒に行ければ良いけれど、時としてその線路の分岐点に来てしまうときもあるかもしれない。遠くに見えるものが違って見えるかもしれない。めざしていることは同じでも、そこに行く道には花の咲いている道と険しいがけを通る道があるかもしれない。そこで、考え込んでしまうかもしれない。夢を実現するには一人でがんばることも大切だがサポートする人も必要だ。その一人になれる人となれない人がある。雄一郎さんの息子さんも途中で高山病になりサポートを断念した。そんなことはよくあるのだろう。父の雄一郎さんは自分が登頂に成功したことより息子がベースキャンプに戻れたほうがうれしかったと言っていた。親心はそんなもんだ。夢の実現は現実をしっかりとしておかなければ実現しない。きっと息子さんも父親のために、下働きをして疲れきって登頂に同行したのだろう。

本当の自分の夢がなんなのかをよーく考えよう。人によってはごく身近に普通の家庭を幸せに築いていくことが夢である場合もありそうだが。先に良い家庭を築いてから、夢を築くことは出来ないものだろうか。上の写真は私の夢が実現している畑の作物。オーマイ ルッコラ!

当分《あとりえチビッコ》より、《旅歌ノート》の更新が多めになると思います。ダンケシェーン!

| | コメント (0)

2008/05/23

日本での夏時間と裁判員制度導入は土壌が違う

私のブログの師匠、庄内拓明さんが《どうして夏時間に反対なの》の記事を書いている。思わず、ドイツを旅している時に見た光景が浮かんだので、コメントを書いた。それから同じように欧米に真似することでの裁判員制度も、専門外だが気になっている。

以前、ミュンヘンからオーバーアマガウまでの高原への道すがらバーベキューセットを庭の方へ移動している男性を二人も見た。その時間は夕方の5時少し過ぎだった。しかも平日だった。日本では考えられない光景だったのでよく覚えている。

日本では会社でも学校でも、あらゆるところで残業が多い。私の教えているあとりえの子供たちのお父さんもその激務のため身を粉にして働いている。お母さんたちはお父さんの分もがんばって父親役をしている。遅く帰るから、単身赴任で遠くにいるのと変らないという。

ドイツに限らず、欧米では個人の家庭の時間を大切にする。だが日本では会社を大切にし、城主や侍社会のままのように会社を大切にする。しかも東京、大阪と言った一極集中だ。狭い日本なのに慌てふためいて皆で同じ方向を向くから休みには渋滞する。

夏時間はドイツの緯度とも関係があると思う。夏は夕方の9時半にやっと日が沈む。10時くらいはまだ明るい。そのような背景での夏時間かもしれない。日本でテレビからよく流れる公共広告機構が 《夏時間です、お父さんはおうちに帰りましょう》 とカラスの歌を流してくれれば何とかなるかもしれない。

裁判員制度もこの頃考えていることだ。日本では昔の時代劇を見れば罪人は御白砂に並ばされて、もろ肌抜いて大岡越前が登場し裁いていた。お上が決めることに、へへーの世界だ。欧米では罪びとにはギロチンがあり、町の人々が集まって裁判をした。そして、ウエスタンに至れば裁判、引き馬があった。みな、市民が参加して裁いている。なにか土壌が違うと思う。それにしても急すぎる。私が気づいたのは2年前だ。もう少し議論があってのことでしょう。3000人に一人が選ばれるのですって?

もしこのことをすべてやっていくようにするには農業の土全部を変えてしまう《客土》をしないとできないと思う。農業に喩えればの話ではあるが、思い切り石灰の多い、欧米の土に入れ替える。

不勉強ではあるが、この頃変!と思うので、一応書いておきます。(追記:まさしく不勉強で、裁判員制度を陪審員制度と誤って表記していました。書き直しました。)

| | コメント (0)

2008/04/20

粘土感覚でピザ作り

Piza0804 先週の工作はピザをした。子供たちは泡のハンドソープで手をしっかり洗い、腕まくりをしてパイ生地を混ぜて、こねて、膨らまして、待って、のばして、野菜をトッピングして作った。

この中で一番大切なことは 《待つこと》 だと思う。自分の努力以外の時間が作るもの。

と言ったって分かる子はいない。粉にイーストを混ぜてベタベタした物がいつの間にか、手に付かなくなり、まとめて発泡スチロールの箱の中に置いておくとふんわり、大きく膨らむ。ママのおっぱいのようになる。なんだか良い気持ち~~。小さい時にママのそばで感じたお母さんの安心さ。Piza0804k

ピザ生地がそこまで、人間の母性への感覚を呼び覚ますとは言い切れないが、子供にとって良い感じだったことは間違いない。そしてトッピングして出来上がり、おうちに持って帰って焼いてもらう。

これこそ情操教育だ、と言える。またしても、理論は次回へ持ち越しだが。

衛生上の注意をしっかりして、制作に臨んだ。テーブルに敷いたビニールは芳州先生の写真展のパーテイーの時に使ったものだ。雑巾は目黒の母が以前たくさん作ってくれた新しいものをおろした。

| | コメント (0)

2008/04/01

あるセンサーの開発について

この頃、私は電車内での男性のある特徴ある行動に気づいた。

電車を降りたり乗ったりする時に、人に触れないように両手を挙げて、バンザイをして降りることだ。それはどうも痴漢に間違えられないようにするための、自衛手段らしいのだ。ただ両手を挙げるだけの人もいるが、その両手をひらひらさせて踊りながら降りる人がいたのは、ビックリした。ひどく違和感がある。なんだかマツケンサンバを踊っているみたいだった。その日の東横線では一人だったけど、その数日後に今度は4人の人が手をひらひらさせて降りて行った。その時からなんだか日本の男性は惨めな感じを通り越して、面白く感じた。電車の中で私だけが気がついてクッククック笑っていた。だがそういうことはそろそろ、木の芽時になるので、私自身が気をつけないといけないとも思っている。

そして本題に戻り、電車内でのそれらの迷惑行為は何とかならないものかと思う。周防監督の「それでも僕はやっていない」の映画に表されているように、そんな事件はどこでも起きそうだ。家族がそういう冤罪の事件に出くわしたらどうしようか。 

そこで、私はここずっと日本の男性のために、痴漢感知装置≪チカンカンチセンサー》を考えていた。それは厳密に言えば迷惑行為をしていないことを証明するという機械で、男性にとって、朗報とも言える。まだそれは商品化の一歩手前であるが私が試作品を作ってみたのではかなり効果がありそうだ。

まず、簡単に言えば、ネイルサロンで付けているつけ爪のような装置だ。ICチップが埋め込まれていて女性用のネイルのように尖っていないのでそれを爪の上に嵌め込む。朝会社に行く時に付けて、会社から帰ったら取る。爪を切るときにはもちろん取り外さないといけない。そのICチップは約1年分の指の記憶を取っておける。だから、電車の中で勘違いをされてもこのデータを見てくださいとすぐにバックの中やポケットに入れた小さな子機を見せて、分かってもらえる。身の潔白を明快に敏速に証明できる。

だが企業秘密もあり現在これ以上は言えない。絶対言えない。それといくらアイデアが良いといっても、商品の説明をするのは差し控えたい。私の美学に抵触する言葉を使わないといけないからだ。だが一日も早く商品化がされれば、日本のサラリーマンや立場ある人は電車内での恐怖や不安から解き放たれて自由になれると思うので、今最終的な製造元を検討中だ。まじめで心の正しい人たちの要望もあるので商品化は近い!なんだかよく分からないけど。

そして付け加えれば、最近は男性車両の導入が検討されているという噂があるようだが、それこそ日本のオカシサの象徴だ。車両に男性車両と女性車両ができるなんて、おぞましい。私があわてて電車に乗ってせっかく席に座ったのに男性車両と気づいたら、また黒いサングラスとつけ髭を付けないといけなそうで、私がどんどん怪しくなる。だからそういう導入は絶対困る。

なおこの記事は造形絵画教室「あとりえ・チビッコ」とは全く違う記事ですが、KEICOCO先生の優しい心を信じている生徒や元生徒、保護者の方なら御理解いただけると思っています。

ちなみに今日は4月1日、新しい出発の日です。

| | コメント (2)

2008/01/01

開けましておめでとう&ダンボールのデザイン

BoxBox2明けましておめでとうございます。やっと大きな声でおめでとうが言える新しい年になった。(2年続けて喪に服していたから)

都会のネズミも森の中のヒメネズミも今年は子年。暮れの間に車の中で聞いていた占いでは、新年は努力してきた人が報われると言っていた。信じてみよう、とりあえず。

今年もブログを通じて、芳州とアクセス数と記事の更新と内容の充実を競い合っていこう。

さて、暮の頂き物の中に和菓子の贈り物を梱包するダンボールに上の写真のような、形態のものがあった。包みを開け菓子の箱を取り出すと、ワン、ツーでダンボールを解体できる。

最近ゴミの捨て方のルールが厳しくなり、特にダンボールは本来頑丈に作っているものであるのに、それを解体するのは矛盾があるのだ。特に高齢者がそれをルール通りにゴミ捨て場まで出そうとするのは大変だ。

ところがこのダンボールは写真のように力がなくても容易に解体できる。和菓子という高齢の方に贈る割合があるので、デザインを開発させたのだと感じる。和菓子のおいしさを賞味する以上に、この会社の心というか思いやりを感じることができた。そしてかつては女子美術短大の生活デザイン教室でデザインの初歩を勉強し、その道に進みたい願いむなしく現在に至った私はこのデザインを設計したグループや、考えた人にオマージュを籠めて賞賛をおくりたいと思う。

ちなみに和菓子の会社は《叶匠壽庵》でした。

昔だったら、孫の手も借りられたが、これから、日本は少子高齢化でなかなかそれも難しい。特にダンボールについてはデザインの発想の優しさと行政の対応の柔軟さが考えられると思う。

とにかくダンボールを解体するのは矛盾した行為なのだから。開けましておめでとうございます!

| | コメント (2)

2007/11/21

干し柿を渋柿から作る

Jouetukawakami_003

当分、都会での仕事が多く、山小屋にいけない。そうなると戻ったばかりでも川上が妙に恋しい。

今年初めて渋柿から干し柿を作ってみた。インターネットで調べると、渋柿は干し柿にするためにヘタのところについている枝を紐で結びやすく切ってあると、でていた。2ヶ所の違う地方の店で柿を買ったが同じように切れていた。なんだか上手ではないが、皮を剥き、適当に紐でくくって、山小屋の2階に干してきた。

直江津の朝市で買った時に、おばちゃんから、ハエが付かないようにするには熱いお湯に潜らせると良いと聞いた。川上ではもう寒くてハエも出ないはずなので、それはしなかった。インターネットで渋柿を検索する途中、柿渋には抗菌作用があるとでていた。なぜか、皆が嫌がるものが世の中が進むと価値が出てくるようだ。そういえば、青いイチジクはやはり美味なるものになった。この頃味覚がまたまたしっかりとしてきた気がする。いいたくないけど、年の功とかかな、美意識の高まりとかと、いいたいけどね。

この柿が美味しくなる頃、山に行けるはずだ。それまでの間、また世の為、人の為に都会で働こう。そして、私にとって、父の供養は映画を見ることなので、ご褒美としてたぶん、ボーンアルティメイタムは見るでしょう。

| | コメント (4)

2007/10/23

男の子の七五三

753_14 この間の日曜日に親戚の子、トモクンの七五三に呼ばれて行った。よく晴れた日曜日で、船橋大神宮の境内には早い七五三をする子どもたちとお宮参りの赤ちゃん家族で賑やかだった。

10組ほどが名前を呼ばれて、神主の祝詞は「かしこみーかしこみー」「あめつちのー」「・・・・がおのこ」などなど、神社系の言葉にうれしくなった。ここ1、2年仏教系の言葉ばかり耳にしていたので、不謹慎かもしれないがマジでにんまりした。

やっぱり日本人だ。

二礼二拍手一礼を皆でした。トモクンが頭を下げる時、ケイコバアバは思い出したぞ。娘が結婚を決めて私に話した時、「結婚式はしない」とかなんとか言ったときに、「結婚すると必ず、自分より偉大なのもに対して拝みたくなるような時が必ずあるから、そういう場所で結婚式をしてね。」と言った。どちらの方の娘に言ったか忘れたが。一人は山手聖公会の教会、一人は明治神宮で結婚式をしてくれた。

私は二人の娘の母親だったので、男子の七五三に出るのは始めてだ。着付けの面倒さはなく、シンプルに成長を喜べる。まあ母親でなく親戚の子だから、気も楽なのだけどね。

式の後、お婿さんのお父さんとお母さんと久しぶり会い、船橋で有名な東魁楼本店の個室でお食事をご馳走になった。中華料理が何品出てきたかわからぬほど出て来て、遠慮もせず、むしゃむしゃと心からトモクンの成長と両家の弥栄を寿ぎ、食べつくした。若い人たちと一緒だとスケールが違う。その後の夕食一食は断食した。

写真はトモクンが千歳あめがどんなものかと袋を覗いているところ。

| | コメント (0)

2007/02/17

造形絵画教室でピザを作る

Piza_003 2日続けて、あとりえ・チビッコでピザを作った。

強力粉を煉るのは粘土感覚、トッピングを飾るのはコラージュ、おいしく作るのは料理、感覚を磨くためにいろいろなことをする。作る前にミューズで手洗い。

一応、材料をお知らせします。

強力粉120グラム、イースト3グラム、砂糖小さじ1、塩小さじ1/2、ぬるま湯75CC、オリーブオイル・タラリ、  トッピング(たまねぎ、トマト、ブッロッコリー、ソーセージ、コーン、ジャガイモ、ピザソース、チーズ)

ピザ生地の材料をすべて混ぜてから、テーブルに出して、こねて、まとめ、暖かい場所に10分くらい置き、取り出しPiza_005 て、手粉をつけて、伸ばし紙皿に入れて、オーブンで焼く。220度で15分~20分。

言葉で説明すると、簡単だけど、準備が大変。2度ほど作るシュミレーションをして、材料を買出しして、茹でたり、切ったりをし、袋に入れて分ける。あいか先生が材料調達をしてくれた。友人を集めて、お食事会をよくしているので、手順や、お手伝いが上手い。今回は仕事の動線を考えて進めるのを、若い感覚で決めてくPiza_006 れた。

娘と仕事を一緒にするのも楽しい。

醗酵の待ち時間に自分の店のカードを作って、袋に貼って、出来上がり! おうちで焼いてね!

| | コメント (0)

2006/10/03

八ヶ岳から銀座にスイッチターン

Kawa061003jpg_1 八ヶ岳山麓はほんの少し、紅葉が始まリ、その光景に後ろ髪を引かれるように横浜に戻った。

昨日は朝から雨で、帰る間際の晴れ間に、畑を見た。やはり動物にやられていて、残っている紫蘇、ねぎ、ルッコラを持ち帰った。

私の戦意喪失感と我慢の限界は10パーセントしか残っていない。まるで、コンバットの一場面のように、野菜を持って、撤退をしてきた。

Ginza0610jpg2 そして今夜は芳州先生の千葉大スキー部の友人と会食。窓のそばの落ち着いた席を予約してくれたのと、今日はウイークデーのせいか、いい雰囲気でおしゃべりが出来た。夫たちは写真、英国王立写真協会のこと。妻たちは子供のこと、仕事や趣味のことをおしゃべりした。クルーズクルーズの写真があまりにぶれていて載せられなかった。

こうして、私は都会の時間も大切にしたい。ささやかな時間ではあるが。そして、こんなひどい写真でも

友人に「ブログ見てますよ!」って言われて、うれしかった。

| | コメント (0)